(以下、日経ビジネスオンラインから転載)
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「移民を拒んだ日本の活力は乏しい」
外国人労働者への過度な依存を抑制する方針へ転換したシンガポール
シンガポールの成長戦略が転換点に差しかかっている。
直近10年間(2000年~09年)の平均成長率は約5%と2001年のITバブル崩壊や昨年の金融危機で2度にわたりマイナス成長に陥ったにもかかわらず、経済は順調に拡大してきた。
とりわけ、2004年から2007年の平均成長率は8%台に達し、1人当たりGDPが日本に匹敵する国としては驚異的な成長ペースを記録した。
政府は2010年の成長率は、前年の落ち込みの反動で最大6.5%に達する可能性があるものの、中期的に5%超の成長ペースを持続することは現実的ではないとみている。
こうした見方の背景には、シンガポールはアジアの高成長の果実を享受できる環境下にあるものの、これまで成長の源泉であった労働力の拡大、とりわけ外国人労働者の拡大が限界に近づいていることがある。
労働者の3人に1人が外国人
人口規模が小さく、少子化が進展しているシンガポールにとって、外国人労働者の積極的な受け入れは成長戦略の柱の1つであった。
過去10年間にシンガポールの総人口は約400万人から約500万人へ約100万人増加したが、内訳をみると、シンガポール人(国籍保有者と永住権保有者の合計)の増加数が約50万人、外国人の増加数が約50万人であった。
もっとも、シンガポール人の増加分のうち約25万人が永住権を取得した外国人であることを考えると、総人口増加分の約4分の3を外国人が占めたといえる。この結果、労働者の3人に1人は外国人が占めるようになった。
シンガポールの外国人労働者と聞くと、外資系企業の駐在員を思い浮かべる人がいるかもしれないが、大多数は建設業や家政婦・レストランなどサービス業に従事する単純労働者である。
こうした仕事に従事することを希望するシンガポール人が少ないこともあり、インドネシアやインドなど域内の労働力に依存してきた。企業にとっては、外国人雇用税(注)を支払ってもシンガポール人に比べ安価な労働者を確保できるというメリットがある。
他方、政府にとっては、リー・シェンロン首相が「外国人は雇用の調整弁」と明言しているように、不況期には外国人労働者を減らすことで、シンガポール人の雇用を優先することができるというメリットがある。
(注)外国人雇用税とは、雇用主が外国人労働者を雇う際に政府に支払う税金。業種やスキルに応じて税金額が異なる。一般に、スキルが低い労働者ほど税金が高くなる仕組み。
外国人労働者急増の弊害を指摘する声も
もっとも、近年では外国人労働者の急増による問題を指摘する声が上がっている。1つは成長の質が低下していることに対する懸念である。
外国人を中心とした労働力の拡大は、成長の源泉となった半面、労働生産性の伸びは低下している。政府の試算によると、2000年~2009年の労働生産性上昇率は年平均1.4%にとどまり、91~99年の3.5%から大幅に低下した。
また、労働生産性の絶対水準を主要国と比較すると、サービス業は米国の6割、建設業は日本の3割にとどまっている。これらは外国人労働者への依存度が高い業種であり、企業は投資により生産性を向上させるよりも、安価な外国人労働者に依存する傾向があると考えられる。
もう1つは、生活の質が低下していることに対する懸念である。外国人の急増に交通や住宅など生活インフラの拡大が追いついておらず、国民の間から通勤時の地下鉄は「東京並みのラッシュ」という不満が出るようになった。
筆者の感覚では、東京ほど混雑しているわけではないが、ガソリン価格の上昇で公共交通の利用者が増加していることも手伝い、混雑度が増していると感じることは事実である。このほか、増加する外国人労働者の宿舎建設を巡る住民の抵抗もある。
さらに、レストランや小売など接客業において、英語力が十分でない外国人労働者が増加した結果、英語が通じないという問題も生じている。
政府は、公用語である英語は、国際都市の地位を維持する必須条件として、レストラン・ホテル・小売業に従事する外国人労働者に対し、今年7月から就労ビザ取得時の英会話テストを導入する方針を打ち出した。
外国人労働者を抑制する方針へ転換
こうした状況を踏まえ、政府は外国人労働者を抑制する方針へ舵を切った。2月1日に政府が発表した新経済戦略では、労働生産性を向こう10年間で年率 2~3%引き上げ、3~5%成長を目指す方針を打ち出したが、その中で外国人労働者への過度な依存を抑制することが盛り込まれた。
新経済戦略を受けて発表された2010年度予算案では、企業に対し労働生産性を高めるための設備投資の優遇税制と共に、外国人雇用税の段階的な引き上げが盛り込まれた。
今回の方針転換は、外国人労働者への依存度をこれ以上は高めないというもので、外国人労働者を大幅に減らす方針ではない。少子化の進行に歯止めがかからない中、シンガポールの経済成長に外国人の存在が不可欠であることに変わりないからだ。
政府は、単純労働者を減少させる一方、高いスキルを有する外国人労働者は引き続き歓迎する方針である。
外国の人材を締め出せば景気低迷が続く
昨年8月、建国の父であるリー・クアンユー顧問相は、「日本は移民の受け入れを拒んできたため経済の活力が乏しい」と述べ、外国の人材を締め出せば日本のように長期景気低迷が続くとの危機感を示した。
マクロ経済の観点からみると、今回の政策転換は経済規模の拡大から生産性の向上へ軸足をシフトさせることを意味する。シンガポール経済は順調に発展した結果、アジアで最も高い経済水準に達した。
小さな都市国家として資源の制約が多い中、今後も持続成長を維持するためには、外国人労働者を活用しつつ、一段と付加価値が高い経済構造へシフト出来るか否かがカギを握っているといえよう。
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「移民を拒んだ日本の活力は乏しい」
外国人労働者への過度な依存を抑制する方針へ転換したシンガポール
シンガポールの成長戦略が転換点に差しかかっている。
直近10年間(2000年~09年)の平均成長率は約5%と2001年のITバブル崩壊や昨年の金融危機で2度にわたりマイナス成長に陥ったにもかかわらず、経済は順調に拡大してきた。
とりわけ、2004年から2007年の平均成長率は8%台に達し、1人当たりGDPが日本に匹敵する国としては驚異的な成長ペースを記録した。
政府は2010年の成長率は、前年の落ち込みの反動で最大6.5%に達する可能性があるものの、中期的に5%超の成長ペースを持続することは現実的ではないとみている。
こうした見方の背景には、シンガポールはアジアの高成長の果実を享受できる環境下にあるものの、これまで成長の源泉であった労働力の拡大、とりわけ外国人労働者の拡大が限界に近づいていることがある。
労働者の3人に1人が外国人
人口規模が小さく、少子化が進展しているシンガポールにとって、外国人労働者の積極的な受け入れは成長戦略の柱の1つであった。
過去10年間にシンガポールの総人口は約400万人から約500万人へ約100万人増加したが、内訳をみると、シンガポール人(国籍保有者と永住権保有者の合計)の増加数が約50万人、外国人の増加数が約50万人であった。
もっとも、シンガポール人の増加分のうち約25万人が永住権を取得した外国人であることを考えると、総人口増加分の約4分の3を外国人が占めたといえる。この結果、労働者の3人に1人は外国人が占めるようになった。
シンガポールの外国人労働者と聞くと、外資系企業の駐在員を思い浮かべる人がいるかもしれないが、大多数は建設業や家政婦・レストランなどサービス業に従事する単純労働者である。
こうした仕事に従事することを希望するシンガポール人が少ないこともあり、インドネシアやインドなど域内の労働力に依存してきた。企業にとっては、外国人雇用税(注)を支払ってもシンガポール人に比べ安価な労働者を確保できるというメリットがある。
他方、政府にとっては、リー・シェンロン首相が「外国人は雇用の調整弁」と明言しているように、不況期には外国人労働者を減らすことで、シンガポール人の雇用を優先することができるというメリットがある。
(注)外国人雇用税とは、雇用主が外国人労働者を雇う際に政府に支払う税金。業種やスキルに応じて税金額が異なる。一般に、スキルが低い労働者ほど税金が高くなる仕組み。
外国人労働者急増の弊害を指摘する声も
もっとも、近年では外国人労働者の急増による問題を指摘する声が上がっている。1つは成長の質が低下していることに対する懸念である。
外国人を中心とした労働力の拡大は、成長の源泉となった半面、労働生産性の伸びは低下している。政府の試算によると、2000年~2009年の労働生産性上昇率は年平均1.4%にとどまり、91~99年の3.5%から大幅に低下した。
また、労働生産性の絶対水準を主要国と比較すると、サービス業は米国の6割、建設業は日本の3割にとどまっている。これらは外国人労働者への依存度が高い業種であり、企業は投資により生産性を向上させるよりも、安価な外国人労働者に依存する傾向があると考えられる。
もう1つは、生活の質が低下していることに対する懸念である。外国人の急増に交通や住宅など生活インフラの拡大が追いついておらず、国民の間から通勤時の地下鉄は「東京並みのラッシュ」という不満が出るようになった。
筆者の感覚では、東京ほど混雑しているわけではないが、ガソリン価格の上昇で公共交通の利用者が増加していることも手伝い、混雑度が増していると感じることは事実である。このほか、増加する外国人労働者の宿舎建設を巡る住民の抵抗もある。
さらに、レストランや小売など接客業において、英語力が十分でない外国人労働者が増加した結果、英語が通じないという問題も生じている。
政府は、公用語である英語は、国際都市の地位を維持する必須条件として、レストラン・ホテル・小売業に従事する外国人労働者に対し、今年7月から就労ビザ取得時の英会話テストを導入する方針を打ち出した。
外国人労働者を抑制する方針へ転換
こうした状況を踏まえ、政府は外国人労働者を抑制する方針へ舵を切った。2月1日に政府が発表した新経済戦略では、労働生産性を向こう10年間で年率 2~3%引き上げ、3~5%成長を目指す方針を打ち出したが、その中で外国人労働者への過度な依存を抑制することが盛り込まれた。
新経済戦略を受けて発表された2010年度予算案では、企業に対し労働生産性を高めるための設備投資の優遇税制と共に、外国人雇用税の段階的な引き上げが盛り込まれた。
今回の方針転換は、外国人労働者への依存度をこれ以上は高めないというもので、外国人労働者を大幅に減らす方針ではない。少子化の進行に歯止めがかからない中、シンガポールの経済成長に外国人の存在が不可欠であることに変わりないからだ。
政府は、単純労働者を減少させる一方、高いスキルを有する外国人労働者は引き続き歓迎する方針である。
外国の人材を締め出せば景気低迷が続く
昨年8月、建国の父であるリー・クアンユー顧問相は、「日本は移民の受け入れを拒んできたため経済の活力が乏しい」と述べ、外国の人材を締め出せば日本のように長期景気低迷が続くとの危機感を示した。
マクロ経済の観点からみると、今回の政策転換は経済規模の拡大から生産性の向上へ軸足をシフトさせることを意味する。シンガポール経済は順調に発展した結果、アジアで最も高い経済水準に達した。
小さな都市国家として資源の制約が多い中、今後も持続成長を維持するためには、外国人労働者を活用しつつ、一段と付加価値が高い経済構造へシフト出来るか否かがカギを握っているといえよう。
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