(以下、MONOistから転載)
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日本と外国との“文化の違い”を“数値”で把握 ~オフショア開発とご近所付き合い~
オフショア開発は、海外(外国人)に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しい――。新シリーズでは、「オフショア開発とコミュニケーション問題」を取り上げる。まずは、日本と外国との文化の違いを数値で把握してみよう。
[山浦恒央 東海大学 大学院 組込み技術研究科 准教授(工学博士),MONOist]
ソフトウェア開発で、最も人件費が高い国はアメリカと日本です。生産性の改善には限度がある、というより、この40年間で生産性はほとんど上がっていません。そのため、ソフトウェア工学による生産性向上策に絶望した企業が、“即効薬”として飛びつくのが、インドや中国をはじめとした海外に発注する「オフショア開発」です。
オフショア開発の成否を分ける最大のポイントは何か。それは、異文化コミュニケーションの問題を解決することにあります。そこで、今回から新しいテーマとして「オフショア開発とコミュニケーション問題」を取り上げます。
オフショア開発を経験した人が必ず感じるのは、“コミュニケーションの難しさ”です。取引先が外国人の場合、なかなか自国の開発プロセスを完全に理解してもらえません。言ってみれば、隣の家の住人や、結婚相手の家族との関係みたいなものでしょう。
新シリーズの第1回では、日本と外国との“文化の違い”を“数値”で把握してみようと思います。
1.自分以外は全て異文化
私たちは、無意識に人間をカテゴライズする傾向にあります。例えば、高学歴者が仕事で失敗すると「何だよ! ○○大学のくせに使えないなぁ……」とボヤいたり、買った電子機器が直ぐ壊れると「まぁ、○○製だからなぁ……」と考えたりしたことはありませんでしょうか。「異文化」と聞くと、“外国人とのやりとり”と考えがちですが、そうではありません。外国人に限らず、自分以外の人とのコミュニケーションは、全て、異文化コミュニケーションです。
外国人と日本人との文化的な差異が大きいのは当たり前のことです。しかし、日本人同士、例えば“隣の住人”であっても、宗教、支持政党、食習慣、衣服など、さまざまな点で違いがあります。重要なのは、オフショア開発の問題を「中国人だから……」「インド人だから……」という“偏見”をベースに考えるのではなく、「(自分以外の)他人とのコミュニケーションの問題」という視点で考えることです。
2.日本ではクレーム、外国ではノープロブレム
以前、シンガポール育ちの友人であるA君とこんな会話をしたことがありました。
A君:シンガポールでボールペンを買うと、10本に1本はインクが出ないんですよ。
私:それってひどくないですか?
A君:私の国ではそれが当り前なので全く気になりません。高品質のボールペンが欲しいときは、百貨店に行きますよ。
私:……。
日本の場合、購入したばかりのボールペンのインクが出なければ、不機嫌な顔をして購入した店へ返品しに行きます。これに対し、東南アジアには“商品を返品する”という習慣がありません。スーパーで買った果物が原因で食あたりを起こしても、訴えないそうです。万一、日本で同じことが起きたら、訴訟問題に発展するかもしれません。
ソフトウェア開発でも、国によって品質基準や環境条件が異なります。例えば、エアコンの場合、日本では静かな運転音が求められますが、アジア地域では逆に音が大きくないとダメだそうです。これは、エアコンが壊れていないかどうかを運転音で判断するからです。日本では、うるさい動作音のエアコンはクレームの対象になり、最悪リコールになるかもしれません。つまり、日本のバグは他国では正常、また、その逆のケースもあり得るのです。
3.日本人が品質にうるさい理由
著名な社会心理学者であるギアード・ホフステッド氏が、1968年から1978年にかけて、全世界の11万6000人を超えるIBM社員を対象に調査を実施し、4つの文化次元を抽出しました。これを「ホフステッドの多次元理論」といいます。これにより、文化的な違いや行動原理を数値で表すことができます。
近年の研究では、さらに2つの次元が追加され、6つになりました。以下、各次元について解説します。
(1)「権力格差」
権力の弱い者が、権力が不平等に分布している状況を理解し、それを受け入れるかどうかを表したものです。権力格差が大きい場合は、上司に対して反対意見を言わなくなります。
(2)「不確実性の回避」
不確実な状況や未知をどの程度嫌うかを表したものです。
(3)「個人主義」と「集団主義」
個人主義的な集団では、個人と個人の結び付きは弱く、一方、集団主義的な社会では、集団やチームのルールに従うことによって、集団が個人を保護してくれます。
(4)「男性らしさ」と「女性らしさ」
「給与」「昇進」「やりがい」など自己主張、上昇志向に関することを「男性らしさ」といい、「上司や部下との関係」「仕事の協力関係」「住んでいるコミュニティー」「雇用の保障」など、横とのつながりや協調関係に関することを「女性らしさ」といいます。
(5)「長期指向」と「短期志向」(追加された次元)
長期志向は、忍耐や倹約など「利益を得るために、将来、必要となる活動をすること」、一方、短期志向は、慣習、伝統、面子、付き合いなど「過去や現在に関係した活動をすること」です。
(6)「気ままさ」と「自制」(追加された次元)
気ままさとは、人生を楽しみ、楽しい時間を過ごすことを目指すことです。一方、自制は、厳格な社会のルールで楽しみが抑制され、規制されることを意味します。
この6つの次元で、日本、中国、ドイツ、インド、アメリカ、タイの文化次元を表したのが表1です。
国 権力の格差 個人主義・集団主義 女性らしさ・男性らしさ 不確実性の回避 長期指向・短期志向 気ままさ・自制
日本 54 46 95 92 88 42
中国 80 20 66 30 87 24
ドイツ 35 67 66 65 83 40
インド 77 48 56 40 51 26
アメリカ 40 91 62 46 26 68
タイ 64 20 34 64 32 45
表1 日本、中国、ドイツ、インド、アメリカ、タイの文化次元
表1を見ると、アメリカは「権力の格差」が低く、「個人主義」が高く、「短期指向」で「気まま」であることが分かります。一方、日本は他人との関係性を重視する「女らしさ」が高く、また「不確実性の回避」は他国より圧倒的に高いことが分かります。
不確実性の回避が強い国では、曖昧(あいまい)さを解消したいという欲求が働きますが、新規性のある製品、技術、開発手法が生まれないといわれています。日本はよく「高信頼性、高付加価値商品を作るのはうまく、工業化は得意だが、スマートフォンのような新規性のあるモノを作れない」といった話を聞きます。これとホフステッドの多次元理論とを照らし合わせるとうまく説明できます。
文化の土壌は各国により全く違います。オフショア開発では、日本人の専売特許ともいえる「品質重視(往々にして、過剰品質になる)」を、相手に完全に理解してもらうには、多くの時間が必要です。たった1回の失敗だけで相手を責めず、ある程度のスパンで考えながら、ゆっくりとこちらの考えを浸透させていくべきです。
4.おわりに
オフショア開発は、ソフトウェア開発におけるコスト削減の“切り札”のように言いはやされていますが、簡単ではありません。効果が高い方式ほど、成功へのハードルも高いのです。オフショア開発は、海外に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しいのです。もちろん、困難な度合いは、文化が異なると大きくなります。
さて次回は、仕様書の書き方など、オフショア開発の問題点を具体的に解決する方法を解説していきます。
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日本と外国との“文化の違い”を“数値”で把握 ~オフショア開発とご近所付き合い~
オフショア開発は、海外(外国人)に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しい――。新シリーズでは、「オフショア開発とコミュニケーション問題」を取り上げる。まずは、日本と外国との文化の違いを数値で把握してみよう。
[山浦恒央 東海大学 大学院 組込み技術研究科 准教授(工学博士),MONOist]
ソフトウェア開発で、最も人件費が高い国はアメリカと日本です。生産性の改善には限度がある、というより、この40年間で生産性はほとんど上がっていません。そのため、ソフトウェア工学による生産性向上策に絶望した企業が、“即効薬”として飛びつくのが、インドや中国をはじめとした海外に発注する「オフショア開発」です。
オフショア開発の成否を分ける最大のポイントは何か。それは、異文化コミュニケーションの問題を解決することにあります。そこで、今回から新しいテーマとして「オフショア開発とコミュニケーション問題」を取り上げます。
オフショア開発を経験した人が必ず感じるのは、“コミュニケーションの難しさ”です。取引先が外国人の場合、なかなか自国の開発プロセスを完全に理解してもらえません。言ってみれば、隣の家の住人や、結婚相手の家族との関係みたいなものでしょう。
新シリーズの第1回では、日本と外国との“文化の違い”を“数値”で把握してみようと思います。
1.自分以外は全て異文化
私たちは、無意識に人間をカテゴライズする傾向にあります。例えば、高学歴者が仕事で失敗すると「何だよ! ○○大学のくせに使えないなぁ……」とボヤいたり、買った電子機器が直ぐ壊れると「まぁ、○○製だからなぁ……」と考えたりしたことはありませんでしょうか。「異文化」と聞くと、“外国人とのやりとり”と考えがちですが、そうではありません。外国人に限らず、自分以外の人とのコミュニケーションは、全て、異文化コミュニケーションです。
外国人と日本人との文化的な差異が大きいのは当たり前のことです。しかし、日本人同士、例えば“隣の住人”であっても、宗教、支持政党、食習慣、衣服など、さまざまな点で違いがあります。重要なのは、オフショア開発の問題を「中国人だから……」「インド人だから……」という“偏見”をベースに考えるのではなく、「(自分以外の)他人とのコミュニケーションの問題」という視点で考えることです。
2.日本ではクレーム、外国ではノープロブレム
以前、シンガポール育ちの友人であるA君とこんな会話をしたことがありました。
A君:シンガポールでボールペンを買うと、10本に1本はインクが出ないんですよ。
私:それってひどくないですか?
A君:私の国ではそれが当り前なので全く気になりません。高品質のボールペンが欲しいときは、百貨店に行きますよ。
私:……。
日本の場合、購入したばかりのボールペンのインクが出なければ、不機嫌な顔をして購入した店へ返品しに行きます。これに対し、東南アジアには“商品を返品する”という習慣がありません。スーパーで買った果物が原因で食あたりを起こしても、訴えないそうです。万一、日本で同じことが起きたら、訴訟問題に発展するかもしれません。
ソフトウェア開発でも、国によって品質基準や環境条件が異なります。例えば、エアコンの場合、日本では静かな運転音が求められますが、アジア地域では逆に音が大きくないとダメだそうです。これは、エアコンが壊れていないかどうかを運転音で判断するからです。日本では、うるさい動作音のエアコンはクレームの対象になり、最悪リコールになるかもしれません。つまり、日本のバグは他国では正常、また、その逆のケースもあり得るのです。
3.日本人が品質にうるさい理由
著名な社会心理学者であるギアード・ホフステッド氏が、1968年から1978年にかけて、全世界の11万6000人を超えるIBM社員を対象に調査を実施し、4つの文化次元を抽出しました。これを「ホフステッドの多次元理論」といいます。これにより、文化的な違いや行動原理を数値で表すことができます。
近年の研究では、さらに2つの次元が追加され、6つになりました。以下、各次元について解説します。
(1)「権力格差」
権力の弱い者が、権力が不平等に分布している状況を理解し、それを受け入れるかどうかを表したものです。権力格差が大きい場合は、上司に対して反対意見を言わなくなります。
(2)「不確実性の回避」
不確実な状況や未知をどの程度嫌うかを表したものです。
(3)「個人主義」と「集団主義」
個人主義的な集団では、個人と個人の結び付きは弱く、一方、集団主義的な社会では、集団やチームのルールに従うことによって、集団が個人を保護してくれます。
(4)「男性らしさ」と「女性らしさ」
「給与」「昇進」「やりがい」など自己主張、上昇志向に関することを「男性らしさ」といい、「上司や部下との関係」「仕事の協力関係」「住んでいるコミュニティー」「雇用の保障」など、横とのつながりや協調関係に関することを「女性らしさ」といいます。
(5)「長期指向」と「短期志向」(追加された次元)
長期志向は、忍耐や倹約など「利益を得るために、将来、必要となる活動をすること」、一方、短期志向は、慣習、伝統、面子、付き合いなど「過去や現在に関係した活動をすること」です。
(6)「気ままさ」と「自制」(追加された次元)
気ままさとは、人生を楽しみ、楽しい時間を過ごすことを目指すことです。一方、自制は、厳格な社会のルールで楽しみが抑制され、規制されることを意味します。
この6つの次元で、日本、中国、ドイツ、インド、アメリカ、タイの文化次元を表したのが表1です。
国 権力の格差 個人主義・集団主義 女性らしさ・男性らしさ 不確実性の回避 長期指向・短期志向 気ままさ・自制
日本 54 46 95 92 88 42
中国 80 20 66 30 87 24
ドイツ 35 67 66 65 83 40
インド 77 48 56 40 51 26
アメリカ 40 91 62 46 26 68
タイ 64 20 34 64 32 45
表1 日本、中国、ドイツ、インド、アメリカ、タイの文化次元
表1を見ると、アメリカは「権力の格差」が低く、「個人主義」が高く、「短期指向」で「気まま」であることが分かります。一方、日本は他人との関係性を重視する「女らしさ」が高く、また「不確実性の回避」は他国より圧倒的に高いことが分かります。
不確実性の回避が強い国では、曖昧(あいまい)さを解消したいという欲求が働きますが、新規性のある製品、技術、開発手法が生まれないといわれています。日本はよく「高信頼性、高付加価値商品を作るのはうまく、工業化は得意だが、スマートフォンのような新規性のあるモノを作れない」といった話を聞きます。これとホフステッドの多次元理論とを照らし合わせるとうまく説明できます。
文化の土壌は各国により全く違います。オフショア開発では、日本人の専売特許ともいえる「品質重視(往々にして、過剰品質になる)」を、相手に完全に理解してもらうには、多くの時間が必要です。たった1回の失敗だけで相手を責めず、ある程度のスパンで考えながら、ゆっくりとこちらの考えを浸透させていくべきです。
4.おわりに
オフショア開発は、ソフトウェア開発におけるコスト削減の“切り札”のように言いはやされていますが、簡単ではありません。効果が高い方式ほど、成功へのハードルも高いのです。オフショア開発は、海外に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しいのです。もちろん、困難な度合いは、文化が異なると大きくなります。
さて次回は、仕様書の書き方など、オフショア開発の問題点を具体的に解決する方法を解説していきます。