昔に出会う旅

歴史好きの人生は、昔に出会う旅。
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旅の楽しみです。 妻の油絵もご覧下さい。

「松下社」の気になる小さな鳥居

2009年09月14日 | 近畿地方の旅
「御塩殿神社」から二見浦海岸沿いを東に向かい「松下社」を参拝しました。

二見の「夫婦岩」付近から国道42号に合流、鳥羽方面へ1~2Km走った所に「松下社」があります。

すぐそばを五十鈴川の派流が流れています。



国道42号線沿いに「松下社」の森が茂り、クスの古木がありました。

幹や根の中央が空洞になりながらも枝や、葉が元気に茂っています。

背後の境内は、一段高くなっています。

■柵に囲まれたクスの木の根元に立て札がありました。
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 松下社の大クス
県指定文化財
松下 松下社 昭和一二・一二・一〇指定
 松下社宮域内の南東部にあり、昭和一二年(一九三七)一二月一〇日に三重県の天然記念物に指定されている。
主幹は五メートル位を残して枯損し下部は空洞化しているが、樹幹基部の周辺から枝幹が張り出して堂々たる景観を保っている。
 樹齢は二〇〇〇年とも言われているが、その風格は幽遠な蘇民の伝説を秘めた神社によく適応し、より一層の荘厳さを漂わせている。
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松下社付近の地図に境内の建物名称(推測)を張付けたものです。

黄緑のエリアが松下社の境内で、参道口がA・B二ヶ所あります。

大クスは、国道42号沿いにあり、真っ先に見えます。



上段の境内図にある参道口Aです。

右手には手水舎があります。

神社の境内がとても奇麗に掃除され、本当に気持ち良く参拝させて頂きました。

地元の方々が、「松下社」を大切にされていることが分かります。



三段の石段が見えています。

石段を上がった左手に板塀と、入口があり、神社の門のようです。

突き当たりを右手に進むと再び石段があります。



板塀越しに中を覗くと、小さな祠がありました。

立札には「蘇民祠」と書かれてあり、蘇民将来を祀る祠のようです。

この地では「蘇民将来子孫」と書いた桃符を注連縄に吊す習慣が古くから続いているようです。

「蘇民将来」の伝説は、「備後風土記」(広島県東部)の逸文にありますが、この地方に色濃く残っているのはなぜでしょうか。

■東洋文庫「風土記」吉野裕訳 にある備後風土記の逸文を転記します。
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備後国[きびのみちのしりのくに]
 蘇民将来
 備後の国の風土記にいう、-疫隅の国社[えのくまのくにつやしろ]。昔、北の海においでになった武塔[むとう]の神が、南の海の神の女子を与波比[よばい](求婚)に出ていかれたところが、日が暮れた。その所に将来兄弟の二人が住んでいた。
兄の蘇民将来はひどく貧しく、弟の将来は富み、家と倉がー百あった。ここに武塔の神は宿を借りたが、惜しんで借さなかった。兄の蘇民将来はお借し申しあげた。そして粟柄[あわがら](粟の茎)をもって御座所を造り、粟飯などをもって饗応した。
さて終わってお出ましになり、数年たって八桂の子供をつれて還って来て仰せられて、「私は将来にお返しをしよう。お前の子孫はこの家に在宅しているか」と問うた。蘇民将来は答えて申しあげた。「私の娘とこの妻がおります」と。そこで仰せられるには、「茅の輪を腰の上に着けさせよ」と。そこで仰せのままに〔腰に茅の輪を〕着けさせた。その夜、蘇民の女の子一人をのこして、全部ことごとく殺しほろばしてしまった。そこで仰せられて、「私は速須佐雄[はやすさのお]の神である。
後の世に疫病がはやったら、蘇民将来の子孫だといって、茅の輪を腰に着けた人は免れるであろう」と
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松下社の拝殿の前に立ちました。

鳥居、壁のない銅板葺きの拝殿、その奥に塀に囲まれた神殿があります。

右手の茅葺きの建物は、絵馬が多く掛けられていることから「絵馬殿」とも思われます。



拝殿前の両脇に門のような石組みがあり、小さな鳥居と、枯れた榊が置かれていました。

始めて見るものです。



拝殿から見た「松下社」の神殿です。

■立て札に祭神が書かれていました。
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ご祭神
 不詳一座
 素盞鳴尊
 菅原道真
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拝殿横にある茅葺の建物です。

神様に奉納された絵馬がたくさん飾られていました。

奉納された絵馬が神様に見えるよう配慮してか板壁の建物に窓が広く開いています。



社務所と思える建物ですが、常駐する人はいないようです。

建物の前に石と注連縄で囲まれた木がありました。

大木でもない木に注連縄が張られ、いったいこの木は何なのでしょうか。



南の参道口近くに「山の神」と書かれた立て札があり、小さな鳥居が立掛けられた枯れた榊の束がありました。

拝殿前にも同じものがありましたが、一体何でしょうか。

古代の信仰の形を思わせるとても珍しいものです。



参道口Bから見た境内です。

神殿建物の方向から、こちらが正式な参道口のようで、この後方に一の鳥居がありました。

境内のあちこちで見た榊の束に立掛けられた小さな鳥居の不思議な光景が今でも気になっています。


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