昔に出会う旅

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北海道旅行No.24 えりも町 「百人浜」の風景と、緑化の歴史

2011年09月22日 | 北海道の旅
北海道旅行4日目 6/6(月)、「一石一字塔」の近くにある「百人浜」の海岸に向かう散策道を歩いて行きました。



道路から百人浜へ向かう道の入口です。

「百人浜の展望台」の案内板があり、向こうに展望台の屋根が見えています。

若い木が道の両側に茂り、好天にも恵まれた海岸への道は、さわやかでした。



「百人浜の展望台」の横に案内板と、東屋がありました。

案内板には「ようこそ、えりも国有林へ」のタイトルで、下に「北海道森林管理局・日高南部森林管理署」の名があることから、この一帯で行われている植林のことが書かれているようです。

展望台へ上ってみようかとも思いましたが、特に見るものもないと思い、止めました。



「百人浜の展望台」横の案内板に不思議な写真が掲示されていました。

タイトルに「ようこそ、えりも国有林へ」とあり、最後に「北海道森林管理局日高南部森林管理署」と書かれていることから、この一帯は国有林のようです。

写真の説明文では、かつてこの一帯の森林がなくなり、荒廃していた時代の風景でした。

以前、図書館のDVDで見たNHKのプロジェクトX「えりも岬に春を呼べ」で緑化に取り組んだ飯田常雄さん達の壮絶な物語を思い出しました。

コンブが豊かに育つことから襟裳岬の周辺には明治時代以降、多くの人々が入植、周辺地域の木々が伐採されて大正時代には海岸周辺の土地は荒廃してしまったそうです。

この地域の人々が森の再生に挑む物語「えりも岬に春を呼べ」は、この写真の時代からスタートします。

森が無くなると、陸地から海に流れ出る栄養分もなくなってしまいます。

昆布の育つ海底の岩場にも陸地から風で飛ばされてきた赤土が堆積し、覆われてしまったそうです。

百人浜一帯が緑豊かになり、昆布が育つ今日までには想像を絶する苦難の歴史が語られていました。

■森案内板の説明文に林造りの解説がありました。
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1.生まれ変わったえりもの森
ここは砂漠?
いいえ、荒廃し、「えりも砂漠」と呼ばれていた頃のえりも国有林です。
失った自然を回復するため、昭和28年から緑化事業が始められ、現在ではすっかり緑に覆われています。

2.えりもの森が目指す森
厳しい気象条件を持つえりもでは、潮風に強いクロマツを中心に植栽してきました。
しかし、同じ樹種ばかり生えている森は、万が一害虫が発生した場合、大きな被害が出る心配があります。
昔のえりもの森は、カシワやミズナラといった広葉樹が中心だったようです。
そこで、広葉樹を少しずつ増やし、従来の森に近づけることを目標としています。

3.成長を続けるえりもの森
では、広葉樹を増やすにはどうしたらよいのでしょうか?えりも国有林では、混みすぎたクロマツを伐る(本数調整伐といいます)ことで、広葉樹の導入を進めています。木を透かすと、森の中が明るくなります。
そうすると、風や動物たちによって運ばれてきた広葉樹の種が芽を出しやすくなり。また、大きな木へと成長しやすくなるのです。
こうして、えりもの森は、旺盛な成長を続けています。
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「えりも町郷土資料館ほろいずみ」にこの一帯の緑化の地図が展示されていました。

この地図は、「百人浜」から「襟裳岬」までの南北に長いエリアを二分割にして上下(A・B)に並べています。

オレンジ色のエリアが「草本緑化」、グリーン色のエリアが「木本緑化」で、百人浜一帯の緑化活動の経過が表示されています。

森林の再生は、最初に草の生えた土地にする「草本緑化」、次に木の苗を植えて森林を造る「木本緑化」のステップがあり、地図B(襟裳岬近くの南部)に緑が多くあることが分かります。

襟裳岬の先端には岩場が広がり、昆布が多く採れることを考慮して優先的に緑化を進めたものと思われます。

海を再生させようと立ち上がった人々は、試行錯誤で森林造りに取り組み、雑海草「ゴタ」で砂地を覆い、草の種を強風と、乾燥から守る方法にたどりついたそうです。

■緑化の地図の下に「えりも式緑化工法」のタイトルで工程が掲載されていました。
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1.レーキで耕転、2.種子・肥料播き、3.レーキで地掻き、4.海草で被覆、5.防風垣を作る
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小高い場所に建つ展望台の前から海岸方向を見た風景で、沖には美しい海が広がっています。

道の右手(南)に木が植えられ、上段の緑化の地図では「草本緑化」でしたが、「木本緑化」の段階に進んでいるようです。

又、道の左手(北)にも一面に小さな広葉樹が見られ、緑化事業が継続していることが分かります。

緑化が軌道に乗ってきた頃の1984年の冬、この海に奇跡が起きました。

夜明けに巨大な流氷が現れ、えりもの海を覆い、海底の砂をえぐって取り去ったそうです。

「泥コンブ」と称されていたえりもの昆布が再生し、地域の生活がよみがえる出来事だったようです。



海岸に近づくと、防風垣がありました。

表示板に「人工林」とあり、2003年に植えられたクロマツのようですが、柵により木の苗が強風から守られていることが分かります。

ここまで手をかけないと森林の再生が出来ないことを考えると、えりも町の自然環境の厳しさが分かるような気がします。



海岸近くから「百人浜の展望台」を振返った風景です。

今思えば、展望台に上がって周囲の風景を見なかったのが残念です。



道を横切るように溝があり、そこにオタマジャクシが泳いでいました。

どんなカエルになるのでしょうか。

既に6月、北国、北海道の季節の違いを感じます。



南北に長い砂浜が続く、百人浜の海岸です。

海岸の北方向の風景で、向こうに見えるのは庶野港の北にある岬でしょうか。

この砂浜の砂を見るとキメ細かく、強風で砂嵐になっていたことも想像できるものでした。



海岸近くから北西方向を見た風景です。

広い海岸に長い防風柵が伸び、向こうに美しい「豊似岳」などの峰々が続いています。

「草本緑化」されたと思われるこの草原も、やがて植樹され、様々な木が生える森林となるのでしょうか。



海岸近くから南西方向を見た風景です。

こちらにも長い防風柵が伸び、濃い緑の針葉樹林を守っているようです。

向こうに見える低い峰は、左手の襟裳岬付近まで続き、自衛隊のレーダーと思われる建物も見えます。

日高山脈が襟裳岬で海に没するとされる直前の風景でしょうか。



襟裳岬へ到着し、駐車場近くから北方向の百人浜を見た風景です。

強風を避けるためか、斜面に家が建てられ、その下には昆布の育つ岩場の海岸が広がっています。

岬近くには緑化に取り組んだ人々の集落、その向こうには緑化が進む長い「百人浜」、が見えます。

森進一の「襟裳岬」を思い出しました。

悲しみを暖炉で燃やし、暖かい「えりもの春」が来ていたようです。


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