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詩集「コピー用紙がめくれるので」 田中眞由美 (2023/08) 思潮社

2023-09-08 18:03:19 | 詩集
第6詩集。109頁に25編を収める。カバーには作者の油彩画が用いられている。

「あとがき」には、前詩集を出したあとの世界の変化として新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻があったことが記されている。今や通信技術、物流システムなどの発達により世界中の人々の生活基盤が少なからずつながったことから、誰もが社会変化からは逃れられなくなっている。意図するしないに関わらず、人はこれまで以上に他者と関わりを持って生きていかなければならないわけだ。

詩集タイトル作である「コピー用紙がめくれるので」や「黒のかたち」では、当たり前と思っている日常生活の光景の背後にある地球規模の荒廃の匂いを、話者はかぎ取っている。

   知らぬまに背負ったもの
   知らぬまに重みを増したものを纏い
   支配された時が刻まれていく
   (3連略)
   運ばれた先で黒を捲れば
   色彩は甦るのだろうか
   陽はまだ昇らない
                (「黒の形」より)

このように、以前から社会的視点からの作品を多く書いてきた作者の鋭い嗅覚が捉えた作品も少なくない。

「そのひと」。具体的な記述はないのだが、そのひとは他者の哀しみに寄り添っているうちに自らが哀しみに取り憑かれてしまったようなのだ。あまりに他者に優しすぎたのだろうか。そのことに、話者だけが気付いてあげているようなのだ。

   誰も災禍に気づかないから
   その人の苦しみにも気づかないまま
   それぞれの日常を微睡んでいる

   そのひとももう自分の日々を微睡んでいい
   かまって欲しいものたちと
   格闘する忙しさにまぎれればいい

そのひとには身近にかまってあげなければならない小さい人や小さい生き物がいるのかもしれない。そのひとの優しさをもっと自分のために使うことを、話者はそれこそ優しく思っているのだ。

「するので」は、軽妙なのに深みを感じさせる作品。冷たい風が吹いてすうすうする胸に「ごつごつした思い」があって「昨日が/声をかけてくる」のだ。「不揃いのつぶつぶ」があるのだ。

   それなら
   消えてよ って言ったら
   そうなんだけど
   つぶつぶがひとつずつ主張して
   なかなか難しいって

後悔なのか、理不尽感なのか、それとも他人にはいえない怒りなのか。自分でもうまく処理できない感情を具体的なイメージとして巧みに表現していた。
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