八丈島のおいしい暮らし

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八丈島酒造祝100周年インタビュー

2015年06月15日 06時31分10秒 | インタビュー


6月12日(金)発売の南海タイムスに広告が載りましたので、
ご覧になられた方もいらっしゃると思います。


八丈島酒造の焼酎  あさぬま焼酎コーナー

八重椿や江戸酎でお馴染みの八丈島酒造さんが今年で100周年を迎えました。
一ファンとして、心よりお喜び申し上げます。おめでとうございます!

わたしは昔から大の八重椿党で、15年ぐらい前ですが、
友人達と毎月8日に集まって八重椿を飲む会を主催していたほどの熱烈ファンです。
自分のことのように嬉しいので、社長の清光さんにお祝いを言いに行ってきました!


八丈島酒造(大賀郷・東里)

八丈島酒造は、大賀郷の東里にあります。裁判所や出光の裏の方ですね。
*八丈島酒造合名会社 | 東京七島酒造組合


八丈島酒造合名会社 代表 奥山清光さん

サッカーの奥山武宰士くん のパパとしても有名な清光さんですが、
わたしは清光さんと同じ大賀郷東里の出身ですから、地元の先輩です。
100周年の八丈島酒造について、ざっくばらんにいろいろとお話を伺いました。

●八丈島酒造100周年おめでとうございます!感慨をお聞かせください。
100年よくぞ続いた。先祖が始めたものをよく守ってこれた。という思いと、
焼酎造りは八丈島の伝統産業だから、後に続けていく責任を感じます。

●清光さんは何代目ですか?
大正4年の清五郎酒屋から3代目です。

●でも実際には、もっと前から焼酎を造っていたんですよね?
たぶんね。江戸時代から焼酎を造っていたと思うけど、
記録に残っている一番古いものが大正4年なので、そこから100年ということです。
八丈島に焼酎を伝えた庄右衛門さんが東里に住んでいて、
うちの先祖が焼酎造りを教えてもらったひとりじゃないかと思うけど、
そういうことは文献には残ってないから証明のしようがない。


八丈島酒造の焼酎

●八丈島酒造の焼酎の中で、一番古くから造っていたのはどれですか?
八重椿の前に、八重という焼酎を造っていて、その後、八重椿もできて、
八重椿に統一されたから八重椿が一番古いね。
その後、島流し、一本釣りが昭和60年から、江戸酎が平成25年から。

●清光さんが焼酎造りでこだわっていることを教えてください。
ずっと造りたかった八丈島産芋100%の江戸酎をやっと造ることができたけど、
芋ブレンド(約20%)の八重椿も八丈島産の芋を使っている。
八丈島の焼酎として売るのだから、八丈島の芋を使わなければと思ってます。

●焼酎造りで一番大変な点はなんですか?
それはやはり、八丈島産の芋をそれだけの量確保することだね。
島の芋がなければ、うちの焼酎は造れないから。
芋が豊作なら焼酎をたくさん造れるけど、不作なら少ししか造れないわけだから。
芋は自分でも作ってるけど、農家に頼んで作ってもらっています。

●八丈島産芋100%の江戸酎は、発売以来好評ですが、
実はあの焼酎は、ラベルに書かれてないけど、3年古酒なんですよね?

そう。だけど、焼酎が出来上がる時期と販売の時期の関係で、
3年に少し満たないから3年古酒とは書けない。
だから、約4年置いて、3年古酒と書こうかと検討している。

●このエピソードが清光さんの誠実な人柄をよく現してますね。
こだわりをもって良い焼酎を造っているのに、一切PRしないしね。
だから、今回はわたしが代りにPRしておきますね。

ありがとう(笑)
でも、焼酎は嗜好品だから、みんな飲みたいものを飲めばいいと思ってるよ。

●今後の展望などあればお聞かせください
現実的には難しいから夢だけど、芋だけでなく麦も八丈島産を使えたらと思う。
そしたら本当の意味で八丈島の焼酎になるでしょう。夢だね。

●ありがとうございました。これからもおいしい焼酎を造ってくださいね。
わかりました。がんばります。


八重椿トートバッグ

清光さんの奥様の絹代さんから相談されて、
100周年プレゼントに八重椿トートバッグをご提案したものが完成しました。
八重椿ファンのわたしが一番ほしいノベルティです。いただきました。
この他、八丈島酒造の焼酎銘柄入りTシャツもあります。
樫立在住の元ユニクロデザイナーあやこちゃんのデザインですから、
かっこいいですよ。本日6月15日から各小売店でプレゼントされます。

プレゼント方法は各小売店に一任されてるそうですが、絹代さんは、
できたらいつも焼酎を買ってくださる方々にお渡ししたいと仰ってました。
あさぬまには、トートバッグとTシャツ各5枚ずつあるそうです。
われこそは八丈島酒造の焼酎をたくさん飲んでいる!とお思いの方は、
どうぞ、あさぬまにてお問い合わせください。
ただし、すぐなくなると思いますので、どうぞお早めに!


※日月特売チラシはブログ掲載ありませんので、レジカウンターでご覧くださいね。

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【追悼3】大澤一勝さん@八丈島を彩る人々

2012年07月20日 20時31分55秒 | インタビュー
◎この記事は、2009年12月27日に掲載したものです。

本日の日曜インタビューは、「大勝組」会長、大澤一勝さんです。
一勝さんへのインタビューは、浅沼社長からもリクエストが出てました。

先日お伝えした「アイランドクリスマス」や「ドバンケ餅つき大会」などを
中之郷で主催されている他、観光客が台風などで島に足止めされた際に、
「欠航流人」の宴を催して島のご馳走を自腹で振舞うなど、
一勝さんの豪快さは島では知らない人がいないほどの有名人。
人にご馳走するのが趣味と仰います。はい、わたしも何度もご馳走になってます。
一勝さんは気前がいいだけじゃない、お話しすると表裏のまったくない、
飾り気のない率直で温かい人柄に魅了されます。そんな一勝さんの魅力を
インタビューで少しでもお伝えすることができるといいのですが。


大澤一勝さん 昭和6(1931)年6月22日生まれ(78歳)

●一勝さんは78歳になられたんですね!
 おやじに、お前は一番長い日(夏至)に生まれたから呑気だといわれたよ。
80はもう年寄りだと思う人が多いだろうけど、ぜんぜんだね。
自分が70を過ぎてみて、80なんかぜんぜん年寄りじゃないよ。

●一勝さんは現役はいつ引退されたんですか?
いまは「大勝組」は息子さんがやってらっしゃるでしょう?

 3~4年前かな?70歳で譲ろうと思ってたんだよ、ほんとはね。
だけど70のときには借金がうんとあったから、借金が終わるまでは俺がやった。
そのとき運良く飛行場が買収になって借金を全部返して、ツイてるんだよね、俺は。
いままですべてそうなんだから。困るとどこからか来るんだよ、仕事が。
不思議なんだよね。

●それが実力なんじゃないんですか?
 いや~それもあるだろうけど、度胸も必要だよね、人間はね。
俺は若いときには借金がいっぱいあってさ、それでも人のものをぽんぽん買ったんだ。
何人から借りたろうな?何十人だね。みんなが貸してくれたんだよね。

●貸してもらえるのが信用だし実力でしょう?
一勝さんの土木の会社は、ご自分で起業されたんですか?

 そうだよ。親父は漁師だったけど、俺を自由にさせたから漁師やれともいわない。
でも俺は8人兄弟で男が1人だったから、本当は船をやってもらいたかったろうね。
だけど絶対やれとは言わなかった。自由にさせた。

●やろうとも思わなかったんですか?
 いや、でも10年近くは船に乗ったんだよ。
そのときは終戦直後で島の園芸がすごく盛んだったから、えらく稼ぎになったんだよね。
だから我々の年代は園芸家が多い。儲かったから。それで自分も園芸をやっていた。

●最初は園芸をされてたんですね!?
それで、園芸と関連して造園や伐採なども手がけるようになったんですね?

 そうだよ。その頃は、切り葉なんかもやってたんだよ。
俺は本当に人生に恵まれてると思うな。
なんだか知らないけど、とにかく儲かったな~

●いつ頃が一番儲かりました?
 ロべは上がり下がりがあるんだよ。上がると下がる、必ずまた上がる、下がる。
そうなってきたんだよ、何回か。それが一番タダみたいに売れないときに、
知り合いのロベがいっぱいあって、ずいぶんバカにされて叩かれてるのを聞いたから、
俺が行って思い切ってみんな買っちゃったんだよ。あのとき100万で買ったんだよな。
100万にしたいとその人が言ったから。それが翌年からバカ当たり。

●それは上がるのを見越して買ったんでしょう?
 ちがうちがう。ちがうよ~俺は昔から人をいじめるのを見るのが嫌いで、
いじめる人を見ると対抗しちゃうんだよ。昔からそういう性格。
大嫌いだ、いじめる人は。(叩いてる人を)このやろうと思ってさ、
買ったらたまたま当たったんだ。100万で買って2万本ぐらいあったんだね。
1本50円じゃない?とにかく俺はツイてるんだけど、
東京で20代に知り合った人が偶然向こうで市場を作ったんだよ。
それで訪ねて行ったら大歓迎で、そこにロベの鉢を送ることになった。

●1本50円がいくらになったんですか?
 安いのが5千円、高いのは1万2千円ぐらい。

●すごい~~~(笑)
元手は売値を考えたらタダみたいなもんですね。

 そうだよ。それから4~5年儲けたんだな。

●それも一勝さんに行動力があるからでしょうね。
 うん。でもロベを買うときには、儲けるつもりで行ったんじゃないんだよ。
だってぜんぜん売れなくて叩かれてたんだからさ。
だからとにかく不思議なんだよ。みんなは同じ園芸をやっても大変らしい。
どうやって?といわれる。俺はお陰様で今は借金もないし楽をしてる。
なんでなんだ?という。お前らはね悪いことするから駄目なんだよ、
神様、お天道様が見てるんだよ、悪いことをしないでいると天から
テレパシーが来るんだよ、というと、「え~~!」とみんないうけどさ。
ほんとだよ。


一勝さんの中之郷の宴会場にて

●いまはお仕事は息子さんに譲られて、
地域の活性活動をなさっている、ということでいいですか?

 いまはというか、俺はもう30年も前からこういうことをやってるんだよ。
人から借りた金で。(笑)
昔はね、アブキ(トコブシ)なんかがいっぱい獲れたから、
ここの前の広場にアブキ100キロ置いて無料接待したよ。

●観光客に?
 いや、島の人も観光客も。だれでも。

●それは昭和40年代くらいですか?
 30数年前ぐらいかな~トコブシが獲れなくなってやめたんだから。

●では一勝さんは若い頃からそうやって振る舞いを続けていらっしゃるんですね?
 20代からだよ。
昔ね、青年団の頃には天草やトコブシがいっぱいあって稼ぎになったから、
大人の費用が500円くらいの頃に天草は1日1貫とって2千円になった。
それからメットウ(八丈島特産の貝)はボタンにするのに殻が売れたんだよね。
当時はメットウは中身付きで1貫200円で売れた。あれはかさばるから目方になる。
メットウは無限にあったし、稼いだお金で青年団にりんごやみかんを食べさせたよ。

●メットウの殻はどこに売ってたんですか?
 ボタン工場が島に何軒かあったじゃ。

●えぇ!?島にボタン工場があったんですか!?知らないです。
 そうだよ。終戦間もなく。だから殻が高いんだよ、身はタダみたいなもので。

●昔はお土産用にメットウの缶詰もありましたよね?
 うん、缶詰にもしたけど、それはあまり殻が売れなくなってからじゃないかな?

●一勝さんは若い頃にはそうやって青年団にご馳走したり、
観光客が来れば観光客にご馳走して、ず~とそういうことをされてきて、
いろんな方から感謝されてるでしょうね。

 それはわかんないけどな。
とにかくね、人を見るとご馳走したくてしょうがないの。へへへ。
もう病気だねこれは。人を見たら奢(おご)りたくて夢中になるんだから。(笑)
あんまり大勢だと大変だけど、ここでできるのが10~15人だからそのくらいがいいね。
それより多いと裏のカラオケルームを使って、もっと多いときには
その裏にある広い部屋を使わないと入らないから。


一勝さんの中之郷の宴会場の裏にある専用カラオケルーム

●一番多いときには何人ぐらい?
 120~130人ぐらい。いつか、やったじゃ、欠航のときに。

●あの「欠航流人」のときには、中之郷の方々が協力してご馳走作るでしょう?
 そうそう。手伝ってね。めゆ工房とか。
あれはどういうきっかけで始めたっけかな?
とにかくいまは連絡がくるよ。ビューホテルとかそういうところから。
ただし、2日欠航になった場合だよ。1日でやったら大変だよ。

●そうですよね。2日以上欠航して、かなり気の毒な場合ですね?
 そうそう。それで飲み放題食べ放題の無料接待をするけど、
これはタダじゃないよというとみんなぎょっとする。
代金をとらない代わりに、八丈島を必ず宣伝してくださいと俺はいうんだ。
そして、家族や友達を連れてまた来てくださいという。
すると、みんなわかりましたといってくれる。
そして実際にけっこう来てるんだよね。

●南海タイムスに、ありがたいというお礼の手紙も載ってましたが、
欠航で足止めされて困っていた観光客の方々は感激されるでしょう?

 そう。びっくりして、涙を流して帰る人もいるよ。
無料接待なんて、日本中、世界中にもどこにもないと。

●そして一勝さんのところには島のものがいつもたくさんあるから、
みんなで協力して作った島料理が出てきたら、それも嬉しいでしょうね。

 そうだよ。みんな、はじめて食べたというよ。
だから、島のホテルも民宿ももっと島のものを使いなさいと俺はいうよ。
民宿はその土地のものを食べさせるのが当たり前なのに、
そうでない民宿もあるから俺は怒る。だから客が増えないんだと。
客が来ない来ないというが、お前らのせいで来ないじゃないかと。
もっとお客に愛情を持てば絶対にお客は増えるよ。
ここで飲ませた人たちは、みんな「必ずまた来ます」と帰る。
お客を喜ばせたいという気持ち、優しさがないとお客は増えないよ。
旅行へ行って、景色は忘れることがあっても、おいしい食事は忘れないんだから。
うちは特に高いものを使ってるわけじゃないんだよ。
まぁ、うちはたまたまトビウオ船を持ってるからだけど。

●それは大きいでしょう。トビがある、白子がある、運がよければ卵がある。
トビの開きはいつでもある。アイランドクリスマスでいただいたトビの開きの
プレゼントが島らしくてとてもよかったです。

 うまいでしょう?買うとけっこう高いからね。
俺は、民宿では「これはなんですか?」と聞かれるものを出せという。
民宿の朝食が鮭に納豆に卵なんてだめだよ。そんなものは日本中どこでもある。
他で食べられないものを出しなさいというんだけどね。手間を惜しんじゃだめ。
手をかければおいしく食べられるものが島にはいっぱいあるんだから。
鮭を出すよりトビウオの塩干し。お客においしいものを食べさせるんだという愛情。

●八丈島映画「今日という日が最後なら」の撮影隊スタッフもこちらで何度も
島料理をご馳走になって、後々までおいしかった、忘れらないといってます。
ヤギがおいしかったとか、強く印象に残っているようです。

 そうでしょう?ヤギはうまくて、みんなびっくりするよね。
臭いという印象があるんだろうけど、実際はうまいもの、ヤギは。

●そういうものをもっともっと島の宿泊施設で出せるようになるといいですね。
 そうそう。ヤギはけっこう高いけどね、鮫とか三の字とか、タダみたいに
もらえるものでもおいしいよ~!角鮫はおいしいよ、ヒレも皮もみんなおいしい。
ムロだってうまいじゃ。唐揚げも刺身もうまいし。


一勝さんの中之郷の宴会場にて

●一勝さんがいまの八丈島についてお考えになっていることがあれば
お聞かせいただけますか?

 そうだね、俺は「スポーツアイランド」ということをもう20年ぐらい前から
いってるんだけど、それしかないと思ってる。島に客を呼ぶには。

●あ~そんな前からそういうことを考えておられたんですね。
いま、島は少しずつそういう方向になりつつありますね。

 俺はずいぶん前から芝生のグランドを作ろうといってたんだけどね。

●南原スポーツ公園ができて、では念願がかなった感じですか?
 そう。だけど、遅すぎるんだよ~もっと昔に作らないと。
当時はなかったけど、いまはどこでもそんなものはあるんだからさ。

●これからの八丈島は、スポーツ人口を誘致するという方向がいい?
 そうだよ~スポーツアイランドで売り出そうと俺は昔からいってたんだよ。
それで昔の町長と喧嘩になったことがあるよ、何度か。(笑)
東京都内には何千という学校があるんだから、そこからを島によこしてくれればいい。
必ず遠征にはどこかへ行くんだから。それを八丈にしたらいい。
客が来なきゃだめなんだよ、島は。まぁ、それはどこでも同じだけど。
でも今は難しいんだよね~世界中、日本中、お客の引っ張りっこだからさ。
それはわかるけどね。でもここへ来る人は、こんな近くにこんないいところが
あるとは知らなかったという。来てみたらとてもいい島だというよ。
観光バスでぐるっと見て回っただけではだめだ。脇道へ入って島の人と話をしないと。
1泊の人が多いから、そういう時間がないんだよね。ゆっくり来てほしいね。

●いろいろ聞かせていただいてありがとうございました。
最後に、一勝さん主催の「ドバンケ餅つき大会」が30日にありますが、
あれはだれでも参加していいんですか?

 そうだよ。来てくださいとタイムスに書いてあるでしょう?
来る人が少ないとがっかりするよ。どんどん来て餅を腹いっぱい食べればいいよ。

__

◎「欠航流人」に関する映像を「八丈島観光レクリエーション研究会」が公開してます。

いまさっき、一勝さんから「うまい寒ブリが入ったから今日も宴会をする」
とのありがたいお誘いがありました。UPしたら行ってきま~す!
まだやってるかな?急いで行かなきゃ~

__

以上です。
これからもお誘いの電話がかかってくるような気がしてなりません。
大好きな一勝さんのインタビューを当ブログに残しておけることをうれしく思います。

【追悼2】一勝さんからの差し入れ

2012年07月20日 19時01分55秒 | インタビュー
◎この記事は、2007年7月31日に掲載したものです。


千葉県印旛村体験学習ツアーの子どもたち

おねいさんは、こちらのかわいい子どもたちと過ごしていました。
千葉県印旛村といえば、印旛沼が有名です。

印旛沼  クリック

大きな湖沼はあるけど海までは車で1時間半~2時間のところに暮らす子どもたち。
その子どもたちに海に囲まれた大自然を体験学習させたい願いのツアーです。
インターネットで情報収集をされていた印旛村の方からご相談を受け、
このツアーのお手伝いをいたしました。



早朝に釣りをしましたよ。釣りは初めての子が多かったです。
あちらにジャージを着て写ってるのは、八丈島の中学生です。
おもりの付け方を教えています。

おねいさんが考えたのは、印旛村の子たちと地元八丈島の子どもの交流です。
島には釣りが大好きで、大人顔負けに釣る子どもがたくさんいます。
プロの釣りガイドはひとりだけお願いし、
アシスタントは島の子どもたちにお願いしました。



成果は上々 たくさん釣れましたよ。100尾以上釣れました。
プロのガイドさんも島の子どもたちのアシスタント振りを誉めておられました。



そして、釣った魚を食べるところまで体験してほしかったので、
お昼はバーベキューにして、たくさん釣れた小ムロに割り箸を突き刺し、
丸焼きにして食べました。



大きなムロも釣れたので、魚の皮むき体験です。みんな上手にむけましたよ。
島内在住の大人の方でも、ムロの皮をむいたことない方いるんじゃありません?
簡単ですから、ぜひ挑戦してくださいね。



釣ったばかりのムロは当るとよく島の人はいいます。
もちろん大丈夫な人のほうが多いのですが、万一を考えて酢味噌和えにしました。
当りやすい魚は、酢で〆て食べます。



バーベキューといえば焼きそばに焼肉、フランクフルトででしょう。
島の中学生が何回かに分けてたくさん作ってくれた焼きそばです。
暑い中、がんばってくれました。ありがとう。



そしてこちらは、大勝組の一勝会長から差し入れていただいたトビの開き。
この子、ガブリとかじりついて、「おいしい~~」と言ってましたよ。



こちらも一勝おじさまから差し入れの島の恵み、海苔ご飯です。おいしかった



いつも大きな心で子どもたちのことを考えてくださるチャーミングな一勝会長。
いつもありがとうございます。



そして、釣りガイドのアシスタントをしてくれた大賀郷中学校の男子数名。
本当にとっても立派でした。そして、きっと印旛村の子どもたちも
大人に教えてもらうより嬉しかったと思うよ。どうもありがとう

__

このときも、わたしが一勝さんにお願いしました。
「遠くから八丈島体験に来る子供達に、島物を差し入れていただけませんか?」
一勝さんは、そんなときいつでも「おー、いいよ」と軽く仰って、届けてくださる。
「八丈島をちゃんと宣伝しろよ」といつも一勝さんからいわれていました。
宣伝しますとも。ちゃんと宣伝しますから、見ていてくださいね。

【追悼1】一勝さんの八丈島の宴

2012年07月20日 16時33分48秒 | インタビュー
昨日、大勝組の大沢一勝会長が永眠されました。

当ブログに何度もご登場いただいて、
島のお料理をたくさんご紹介させていただいたり、
長いインタビュー記事も掲載させていただいた
わたしの大好きな一勝おじ様が逝ってしまわれるなんて、
いまだに信じられない信じたくない気持ちです。

体調のよくないことはお聞きしていたのですが、
東京の病院へ行かれる前にも電話でお話ししましたので、
きっとお元気になってお帰りになられると信じていました。

一勝さんとの思い出はたくさんあって、
それらはすべてわたしがお世話になった思い出ばかりです。
もう一度お礼を言いたいことばかりです。

本日は、これまでにたくさん掲載させていただいた
一勝さんの記事の中から、3記事を選んで再掲載させていただき、
当ブログからのお礼の気持ちとさせていただきます。

あまりにも寂しいけど、心からご冥福をお祈りいたします。

◎以下の記事は、2007年3月20日に掲載したものです。


㈱大勝組 大沢一勝 会長

さて、今回の「突撃!八丈島の晩ごはん」は、
八丈島ではとっても有名な方のご登場です。
島の造園・土木業界のドン、㈱大勝組の大沢一勝会長です。

学生たちによる八丈島映画 「今日という日が最後なら、」の制作に、
一勝会長には多大なるご協力をいただいております。
この日は、柳明菜監督はじめ関係者が一勝会長の隠れ家へご招待いただき、
一勝会長自ら作られた島の幸料理をご馳走になりました。

見事な八丈島の幸オンパレード
八丈島にはどんな自然の幸があるでしょう?みなさま、ご覧くださいね。


「飛魚のたたき」

まさに今、八丈島は飛魚のシーズンです。
「だいたく丸」という名の漁船も持つ一勝会長のおすすめは、飛魚のたたき。
葱や島唐(青唐辛子)などの薬味と味噌を丁寧に包丁で叩き込んだ
新鮮な八丈島の飛魚は絶品です。


「トビ子の塩焼き」

おねいさんは、この飛魚の卵を見たとき、目からハートが出ましたよ。
おねいさんの大好物です。
こんなに立派な飛魚の卵は、近頃なかなかお目にかかれません。
一勝会長曰く、「こんな大きいのは、1000本に10本ぐらいしか入ってない」

中がよく見えるように写真を撮りました。糸を引いてるのがわかるでしょうか?
このくらい大きな卵になると、こくがあり、もっちり感が素晴らしいです。
味は、ブリ子(ハタハタの卵)に似てますよ。
歯にくっつくような濃いタンパク質の深い味わい。わかるかな?


「飛魚の白子」と「島セロリの酢味噌和え」

写真左が飛魚の白子。
写真右は、島のセロリの酢味噌和えです。葉っぱまで全部入ってますよ。
島のぬた(酢味噌和え)はあまり甘くいたしません。さっぱりしたお味です。


「みょうがの酢の物」

みょうがも八丈島ではよく栽培されています。


「たこうなの煮つけ」

「たこうな」とは、細い笹竹の筍のこと。
島の人はこれが大好きで、シーズン中にたくさん採って冷凍保存しておきます。


「岩海苔」

八丈島で最も高級な食材のひとつ。
1~2月の海の荒れる寒い時期だけ岩場に育つ貴重な岩海苔です。
お天気の様子を見ながら天日干しされた八丈島の岩海苔は、
軽くあぶってそのまま食べたら、磯の香りがいっぱいで、ぁぁもう幸せの味。


「岩海苔ご飯」

その岩海苔を炊いたご飯に混ぜ込んだ「岩海苔ご飯」
自然の滋味が口の中いっぱいに広がります。


「山羊肉の塩焼き」

八丈島には、日本全国でも数少ない山羊肉を食べる食文化があります。
山羊肉は、思われているように臭いお肉ではありません。
一度召し上がるとわかりますが、こんなおいしいお肉は他にない
と思えるほどおいしいんですよ。あっさりしていて、牛肉より癖はありません。

一勝会長のおすすめは、山羊の脂身。
おねいさんははじめてチャレンジしましたが、なるほどおいしい。
脂身に臭いがあると聞いてましたが、ぜんぜん臭くないですよ。
お肉の脂身の中では、最も食べやすい気がします。いいお味です。


「山羊肉」

現在は八丈島でも稀少な山羊肉です。
山羊肉で焼肉をするときには、焼肉のタレは使いません。
塩だけでシンプルにいただきます。それだけお肉の味がいいからです。


画像左から、柳明菜さん、大沢一勝さん、浅沼社長

一勝会長、ご馳走さまでした
映画スタッフ一同、一品一品に大感激しながら島の幸を堪能させていただきました。
島のいい素材にこだわる一勝会長のお料理は、島外の方をもてなす一番のご馳走ですね。

__

この頃に、わたしははじめて一勝さんにお会いしました。
ヤギ肉の脂身のおいしさを教えていただいたり、
八丈島の食材に対するこだわりと慈しみ方を教えていただきました。
一勝さんのこのこだわりは、わたしにも乗り移ったといえます。

大澤一勝さん@八丈島を彩る人々(14)

2009年12月27日 20時05分05秒 | インタビュー
本日の日曜インタビューは、「大勝組」会長、大澤一勝さんです。
一勝さんへのインタビューは、浅沼社長からもリクエストが出てました。

先日お伝えした「アイランドクリスマス」や「ドバンケ餅つき大会」などを
中之郷で主催されている他、観光客が台風などで島に足止めされた際に、
「欠航流人」の宴を催して島のご馳走を自腹で振舞うなど、
一勝さんの豪快さは島では知らない人がいないほどの有名人。
人にご馳走するのが趣味と仰います。はい、わたしも何度もご馳走になってます。
一勝さんは気前がいいだけじゃない、お話しすると表裏のまったくない、
飾り気のない率直で温かい人柄に魅了されます。そんな一勝さんの魅力を
インタビューで少しでもお伝えすることができるといいのですが。


大澤一勝さん 昭和6(1931)年6月22日生まれ(78歳)

●一勝さんは78歳になられたんですね!
 おやじに、お前は一番長い日(夏至)に生まれたから呑気だといわれたよ。
80はもう年寄りだと思う人が多いだろうけど、ぜんぜんだね。
自分が70を過ぎてみて、80なんかぜんぜん年寄りじゃないよ。

●一勝さんは現役はいつ引退されたんですか?
いまは「大勝組」は息子さんがやってらっしゃるでしょう?

 3~4年前かな?70歳で譲ろうと思ってたんだよ、ほんとはね。
だけど70のときには借金がうんとあったから、借金が終わるまでは俺がやった。
そのとき運良く飛行場が買収になって借金を全部返して、ツイてるんだよね、俺は。
いままですべてそうなんだから。困るとどこからか来るんだよ、仕事が。
不思議なんだよね。

●それが実力なんじゃないんですか?
 いや~それもあるだろうけど、度胸も必要だよね、人間はね。
俺は若いときには借金がいっぱいあってさ、それでも人のものをぽんぽん買ったんだ。
何人から借りたろうな?何十人だね。みんなが貸してくれたんだよね。

●貸してもらえるのが信用だし実力でしょう?
一勝さんの土木の会社は、ご自分で起業されたんですか?

 そうだよ。親父は漁師だったけど、俺を自由にさせたから漁師やれともいわない。
でも俺は8人兄弟で男が1人だったから、本当は船をやってもらいたかったろうね。
だけど絶対やれとは言わなかった。自由にさせた。

●やろうとも思わなかったんですか?
 いや、でも10年近くは船に乗ったんだよ。
そのときは終戦直後で島の園芸がすごく盛んだったから、えらく稼ぎになったんだよね。
だから我々の年代は園芸家が多い。儲かったから。それで自分も園芸をやっていた。

●最初は園芸をされてたんですね!?
それで、園芸と関連して造園や伐採なども手がけるようになったんですね?

 そうだよ。その頃は、切り葉なんかもやってたんだよ。
俺は本当に人生に恵まれてると思うな。
なんだか知らないけど、とにかく儲かったな~

●いつ頃が一番儲かりました?
 ロべは上がり下がりがあるんだよ。上がると下がる、必ずまた上がる、下がる。
そうなってきたんだよ、何回か。それが一番タダみたいに売れないときに、
知り合いのロベがいっぱいあって、ずいぶんバカにされて叩かれてるのを聞いたから、
俺が行って思い切ってみんな買っちゃったんだよ。あのとき100万で買ったんだよな。
100万にしたいとその人が言ったから。それが翌年からバカ当たり。

●それは上がるのを見越して買ったんでしょう?
 ちがうちがう。ちがうよ~俺は昔から人をいじめるのを見るのが嫌いで、
いじめる人を見ると対抗しちゃうんだよ。昔からそういう性格。
大嫌いだ、いじめる人は。(叩いてる人を)このやろうと思ってさ、
買ったらたまたま当たったんだ。100万で買って2万本ぐらいあったんだね。
1本50円じゃない?とにかく俺はツイてるんだけど、
東京で20代に知り合った人が偶然向こうで市場を作ったんだよ。
それで訪ねて行ったら大歓迎で、そこにロベの鉢を送ることになった。

●1本50円がいくらになったんですか?
 安いのが5千円、高いのは1万2千円ぐらい。

●すごい~~~(笑)
元手は売値を考えたらタダみたいなもんですね。

 そうだよ。それから4~5年儲けたんだな。

●それも一勝さんに行動力があるからでしょうね。
 うん。でもロベを買うときには、儲けるつもりで行ったんじゃないんだよ。
だってぜんぜん売れなくて叩かれてたんだからさ。
だからとにかく不思議なんだよ。みんなは同じ園芸をやっても大変らしい。
どうやって?といわれる。俺はお陰様で今は借金もないし楽をしてる。
なんでなんだ?という。お前らはね悪いことするから駄目なんだよ、
神様、お天道様が見てるんだよ、悪いことをしないでいると天から
テレパシーが来るんだよ、というと、「え~~!」とみんないうけどさ。
ほんとだよ。


一勝さんの中之郷の宴会場にて

●いまはお仕事は息子さんに譲られて、
地域の活性活動をなさっている、ということでいいですか?

 いまはというか、俺はもう30年も前からこういうことをやってるんだよ。
人から借りた金で。(笑)
昔はね、アブキ(トコブシ)なんかがいっぱい獲れたから、
ここの前の広場にアブキ100キロ置いて無料接待したよ。

●観光客に?
 いや、島の人も観光客も。だれでも。

●それは昭和40年代くらいですか?
 30数年前ぐらいかな~トコブシが獲れなくなってやめたんだから。

●では一勝さんは若い頃からそうやって振る舞いを続けていらっしゃるんですね?
 20代からだよ。
昔ね、青年団の頃には天草やトコブシがいっぱいあって稼ぎになったから、
大人の費用が500円くらいの頃に天草は1日1貫とって2千円になった。
それからメットウ(八丈島特産の貝)はボタンにするのに殻が売れたんだよね。
当時はメットウは中身付きで1貫200円で売れた。あれはかさばるから目方になる。
メットウは無限にあったし、稼いだお金で青年団にりんごやみかんを食べさせたよ。

●メットウの殻はどこに売ってたんですか?
 ボタン工場が島に何軒かあったじゃ。

●えぇ!?島にボタン工場があったんですか!?知らないです。
 そうだよ。終戦間もなく。だから殻が高いんだよ、身はタダみたいなもので。

●昔はお土産用にメットウの缶詰もありましたよね?
 うん、缶詰にもしたけど、それはあまり殻が売れなくなってからじゃないかな?

●一勝さんは若い頃にはそうやって青年団にご馳走したり、
観光客が来れば観光客にご馳走して、ず~とそういうことをされてきて、
いろんな方から感謝されてるでしょうね。

 それはわかんないけどな。
とにかくね、人を見るとご馳走したくてしょうがないの。へへへ。
もう病気だねこれは。人を見たら奢(おご)りたくて夢中になるんだから。(笑)
あんまり大勢だと大変だけど、ここでできるのが10~15人だからそのくらいがいいね。
それより多いと裏のカラオケルームを使って、もっと多いときには
その裏にある広い部屋を使わないと入らないから。


一勝さんの中之郷の宴会場の裏にある専用カラオケルーム

●一番多いときには何人ぐらい?
 120~130人ぐらい。いつか、やったじゃ、欠航のときに。

●あの「欠航流人」のときには、中之郷の方々が協力してご馳走作るでしょう?
 そうそう。手伝ってね。めゆ工房とか。
あれはどういうきっかけで始めたっけかな?
とにかくいまは連絡がくるよ。ビューホテルとかそういうところから。
ただし、2日欠航になった場合だよ。1日でやったら大変だよ。

●そうですよね。2日以上欠航して、かなり気の毒な場合ですね?
 そうそう。それで飲み放題食べ放題の無料接待をするけど、
これはタダじゃないよというとみんなぎょっとする。
代金をとらない代わりに、八丈島を必ず宣伝してくださいと俺はいうんだ。
そして、家族や友達を連れてまた来てくださいという。
すると、みんなわかりましたといってくれる。
そして実際にけっこう来てるんだよね。

●南海タイムスに、ありがたいというお礼の手紙も載ってましたが、
欠航で足止めされて困っていた観光客の方々は感激されるでしょう?

 そう。びっくりして、涙を流して帰る人もいるよ。
無料接待なんて、日本中、世界中にもどこにもないと。

●そして一勝さんのところには島のものがいつもたくさんあるから、
みんなで協力して作った島料理が出てきたら、それも嬉しいでしょうね。

 そうだよ。みんな、はじめて食べたというよ。
だから、島のホテルも民宿ももっと島のものを使いなさいと俺はいうよ。
民宿はその土地のものを食べさせるのが当たり前なのに、
そうでない民宿もあるから俺は怒る。だから客が増えないんだと。
客が来ない来ないというが、お前らのせいで来ないじゃないかと。
もっとお客に愛情を持てば絶対にお客は増えるよ。
ここで飲ませた人たちは、みんな「必ずまた来ます」と帰る。
お客を喜ばせたいという気持ち、優しさがないとお客は増えないよ。
旅行へ行って、景色は忘れることがあっても、おいしい食事は忘れないんだから。
うちは特に高いものを使ってるわけじゃないんだよ。
まぁ、うちはたまたまトビウオ船を持ってるからだけど。

●それは大きいでしょう。トビがある、白子がある、運がよければ卵がある。
トビの開きはいつでもある。アイランドクリスマスでいただいたトビの開きの
プレゼントが島らしくてとてもよかったです。

 うまいでしょう?買うとけっこう高いからね。
俺は、民宿では「これはなんですか?」と聞かれるものを出せという。
民宿の朝食が鮭に納豆に卵なんてだめだよ。そんなものは日本中どこでもある。
他で食べられないものを出しなさいというんだけどね。手間を惜しんじゃだめ。
手をかければおいしく食べられるものが島にはいっぱいあるんだから。
鮭を出すよりトビウオの塩干し。お客においしいものを食べさせるんだという愛情。

●八丈島映画「今日という日が最後なら」の撮影隊スタッフもこちらで何度も
島料理をご馳走になって、後々までおいしかった、忘れらないといってます。
ヤギがおいしかったとか、強く印象に残っているようです。

 そうでしょう?ヤギはうまくて、みんなびっくりするよね。
臭いという印象があるんだろうけど、実際はうまいもの、ヤギは。

●そういうものをもっともっと島の宿泊施設で出せるようになるといいですね。
 そうそう。ヤギはけっこう高いけどね、鮫とか三の字とか、タダみたいに
もらえるものでもおいしいよ~!角鮫はおいしいよ、ヒレも皮もみんなおいしい。
ムロだってうまいじゃ。唐揚げも刺身もうまいし。


一勝さんの中之郷の宴会場にて

●一勝さんがいまの八丈島についてお考えになっていることがあれば
お聞かせいただけますか?

 そうだね、俺は「スポーツアイランド」ということをもう20年ぐらい前から
いってるんだけど、それしかないと思ってる。島に客を呼ぶには。

●あ~そんな前からそういうことを考えておられたんですね。
いま、島は少しずつそういう方向になりつつありますね。

 俺はずいぶん前から芝生のグランドを作ろうといってたんだけどね。

●南原スポーツ公園ができて、では念願がかなった感じですか?
 そう。だけど、遅すぎるんだよ~もっと昔に作らないと。
当時はなかったけど、いまはどこでもそんなものはあるんだからさ。

●これからの八丈島は、スポーツ人口を誘致するという方向がいい?
 そうだよ~スポーツアイランドで売り出そうと俺は昔からいってたんだよ。
それで昔の町長と喧嘩になったことがあるよ、何度か。(笑)
東京都内には何千という学校があるんだから、そこからを島によこしてくれればいい。
必ず遠征にはどこかへ行くんだから。それを八丈にしたらいい。
客が来なきゃだめなんだよ、島は。まぁ、それはどこでも同じだけど。
でも今は難しいんだよね~世界中、日本中、お客の引っ張りっこだからさ。
それはわかるけどね。でもここへ来る人は、こんな近くにこんないいところが
あるとは知らなかったという。来てみたらとてもいい島だというよ。
観光バスでぐるっと見て回っただけではだめだ。脇道へ入って島の人と話をしないと。
1泊の人が多いから、そういう時間がないんだよね。ゆっくり来てほしいね。

●いろいろ聞かせていただいてありがとうございました。
最後に、一勝さん主催の「ドバンケ餅つき大会」が30日にありますが、
あれはだれでも参加していいんですか?

 そうだよ。来てくださいとタイムスに書いてあるでしょう?
来る人が少ないとがっかりするよ。どんどん来て餅を腹いっぱい食べればいいよ。

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◎「欠航流人」に関する映像を「八丈島観光レクリエーション研究会」が公開してます。

いまさっき、一勝さんから「うまい寒ブリが入ったから今日も宴会をする」
とのありがたいお誘いがありました。UPしたら行ってきま~す!
まだやってるかな?急いで行かなきゃ~