何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

接遇を学ぶには

2005-08-30 21:39:38 | よくわからないこと
 薬局も一種の“客商売”だから、患者さんとの接遇面に配慮は必要である(ただし患者さんを「客」と言うのは、具合が悪くなってくれたことをありがたがるように思われることもあって、いわゆる「客」とは異なる意味もあるが、あえて承知で)。

 患者さんから、態度が悪い、気配りが足りない、笑顔がない、・・・このようなことが指摘されると、「接遇に問題がある」ものとして問題視され、接遇研修なるものが計画される。どこの薬局でも、同じような筋道、論理で、接遇を問題視するが、接遇研修って、どこかヘンではないか と思うのだ。

 その理由は、下記の2点による。
1.接遇を改善して、いったい何を求めるというのだろうか?
2.接遇は技術習得で、改善するのだろうか?

 愛想を良くして、感じのいい店だね、という印象を与えて、気分よく過ごしてもらうことが目的か。感じがいい、ということをもって、再来を求めているのか。そもそも表面だけ繕って、心が理解してもらえるのだろうか。
 患者さんがドアから入ってきたら、こうするんですよ、こういう場合はこう、そういう場合はこう、もしこのように言われたらこう言う、そんな技術で、接遇が良くなったと患者さんは受けとめてくれるだろうか。

 患者さんに対して、行き届いた接遇ができるということは、患者さんに対して医療人として常識を持ち、思いやりを持つ気持ちなくしては、生まれて来ない と思うのだ。

 手をこう動かせ、お茶を出せ、あーしろ、こーしろ、じゃない。自分たちは何を専門としているのか、何の業種なのか、それがわかっていないのから接遇ができない。その意識さえ備わっていれば、手の差し伸べかたがどうあれ、どのような言い回しをしても、心が通じさえいれば接遇は合格ではないかと思う。それとも、さらなる技術を加えて厚遇することが求められているのだろうか。

 単に技術を教える研修ならいらない、やめよう。医療従事者としての倫理、使命、責任、そのようなことを持たずして、単にマナーの先生を講師にしても意味がないと思う。土台のないところに、テクニックは育たないのではないかと思う 
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