何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

脱線事故の犯人は誰?

2005-05-05 15:03:21 | JR西に学べ
 そろそろ福知山線脱線事故の報道も、事故に直接に係る新たなネタがなくなってきたようだ(あって欲しい)。この際とばかり内部告発でもあれば別だが、国鉄時代の尾を引きずっているのか、と思うのは私ばかりではあるまい。

 第一義的には、運転士の責任(異常なスピードの出しすぎ)なんだろうが、亡くなってしまったから本人に聞くことはできないこともあってか、「JR西に殺された」とか「企業の犯罪」という論調だ。JR西って営業エリアが広いが、他県の職員の心中はいかばかりか。

 社員の中には大きな声では言えないが、この際、上層部や組織の体質が変わって欲しいと思う反面、そこまで言われることはないと、反論もあろう(今は反論できずに、こらえているだろうが)。
 どうして運転士の責任でなく、JR西体質がここまで問われるのか、社員はわかっているのだろうか。バッシングがおさまらないのは、何が原因と思っているのだろうか。

 自動車だって、免許を持っていれば誰でも大なり小なり事故を起こしたことがあるか、違反で警察に捕まった経験を持つだろう。そこには本人の不注意もあるが、みなその遠因があったこともわかりすぎているのだろう。その遠因を作ったのは、紛れもなく組織なのだ。上司かもしれないし、経営者なのだろう。

 だから「申し訳ない」の言葉しかない垣内社長を許そうとする空気が生まれてこない。まだマニュアル的対応をしている。これだけの事故に、自分の言葉が見えないのだ。それに相反するかのように、そこにはJR西の腹の内が透けて見えるようだ。保障や内部介入を含めた組織的防衛が働いているのがイヤというほど見てとれる。

 あの社長にはもはや期待できない。あまり本当のことを求めても、その資質のない人からは期待するものは出てこない。それどころか自殺しちゃうんじゃないか、心配しちゃう。違った意味で、マスコミがこういうふうに変われ、と吹き込んで、そういう気持ちや考えのない上層部を一掃しちゃったらどうだろうか。

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