穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

時間をシャッフルする

2014-11-19 21:48:19 | モディアノ

パトリック・モディアノの翻訳がにわかに増えて来た。人気が出だしたのだろうか。彼は息の続かない作家らしい。いずれも目に優しい活字組みで200ページくらいの中編だ。そして値段が、単価が高い。200ページの単行本と言うと普通はせいぜい千四百円くらいだろうが、モディアノの翻訳は大体二千円から二千五百円くらいのようである。それだけ出版社も大量には売れないとふんでいるのだろう。本の生産コストも廉そうだ。紐の栞の無いものが多い。私の様に一気読みをしない読者には不便だ。ま、こんなところが即物的な印象だ。内容を読んだ感想ではない(読んだのは書評を書いた二冊とこれから書こうとする三冊だけだ)。

さて、彼の作品で「八月の日曜日」というのがある。大分前に買ってちょっと読んで「これはどうも、」としばらく放っておいたのだが、時間が出来たので続きを読んだのだが、途中からテンポがよくなった。彼の小説について、よく推理小説風といわれるが、そんな感じになる。高価なダイヤモンドの首飾りを持った女性が連れ去られて行方不明になるというあたりからだ。

 しかし、ノーベル賞受賞作家の作品である。行方不明事件の解決なんてオチはない。純文学なのである。

さて訳者の堀江敏幸氏の後書きによると「語りの時間軸の複雑にして精妙なゆがみ」とあるが、私の表現でいえば、時間をシャッフルしているテクニックが独特の趣を出している。玄人ごのみの職人技というところだろう。したがって途中まではチンプンカンプンで投げ出したくなる。最後まで読まない腑に落ちない作品である。失踪事件あるは拉致事件(事件の性質も特定出来ない)の解決は無いが、作品は奇麗に円環を描いて結晶化する。

また、場所についても二つの軸がある。南仏ニースとセーヌ川に合流するマルヌ河畔である。知っている人は知っているのだろうが、小説に出てくるあたりのマルヌ河畔のことはあまり知られていないのではないか。うさんくさいというか曰くのある金持ちの別荘があるところと小説ではほのめかせている。女主人公の住んでいた場所で、「わたし」と彼女が出会った場所でもある。

一方ニースはシルヴィア(女主人公)とわたしが世間を逃れて隠れ住んでいる場所である。わたし(この場合の「わたし」は書評の筆者であるが)はニースに二、三回滞在したことがあるだけで表のニースしか知らなかった。当然ながら観光地の裏側に別のニースがある。その辺りが二人の生活しているエリアである。ニースの観光客向けの代表的なところにプロムナード・デ・ザングレ(イギリス人の遊歩道)と言われる海岸沿いの道がある。これが頻繁に小説に出てくる。その頻出度は異常とも言えるのだが、マルヌ河岸にもプロムナード・デ・ザングレという道路があるというのだな、堀江氏の解説によると)。

そうすると、小学生の作文の様にやたらとプロムナード・デ・ザングレが出てくるのは作者の意図的手法であったわけである。 

いままで読んだ三作のなかでは一番よくまとまっている作品だ。一般受けするかどうかは疑問だが。

 



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