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手打ち蕎麦をする私の徒然日記

2003年1月に手打ち蕎麦に初挑戦。手打ち蕎麦の事ばかりでなく、日常インパクトのあった事柄を思ったまま綴ったブログです。

息子の自宅の新築祝いは超楽しかった!

2010-02-08 10:12:29 | 家族
大安吉日の昨日は、我が息子の自宅の新築祝いが行われた。晴れた日の昨日、埼玉に住む息子の家の新築祝いが行われた。家は、私たち夫婦が長年住んでいた家を建て替えて作られたものだ。そして、建設にあたった大工さんが、息子のお嫁さんのお父さんでもあるので、家の室内外には、いろいろと工夫がちりばめられていて、息子夫婦ご自慢の家だ。家の屋上にはバルコニーも設けられていて、そこに上ったら、快晴の昨日は、雪をかぶった真っ白い、富士山がクッキリ美しく眺められた。
午後から始まった新築祝いには、私たち夫婦のほか、千葉に住む娘一家4人、それと息子のお嫁さんの両親も参加した。息子のお嫁さん手作りの沢山の料理などを前にみんなで乾杯。我が娘一家の子供二人、息子の子供二人を合わせた4人の子供たちは、主にテレビゲームを賑やかに楽しだりした。私は、息子のお嫁さんのお父さんと、手打ち蕎麦の打ち方などに花を咲かせた。それから、今月13日に誕生日を迎える、現在小学3年生の、息子の2番目の子供の誕生祝いも行われて、ケーキも振舞われた。
こうして、昨日は、賑やかで、笑いのたえない、楽しい一日だった。みんなが元気で、楽しく過ごせた、こんな幸せな日が、これからも、ずーっとずーっと長く続いてほしい、と心から思った。



今日、1月31日は「愛妻の日」なんですって?!

2010-01-31 22:36:48 | 家族
先日、朝のテレビ番組を見ていたら、今日1月31日って、「愛妻の日」である、と言っていた。
そんなわけで、数日前の晩、日比谷公園で、世の旦那衆が、愛妻を称える言葉を、感謝を込めて、大声で叫ぶイベントが、日比谷花壇の主催で、行われていたそうで、それがテレビで報じられていた。
数十人が出場した、そのイベントの中で、あるご主人は、
「いつも帰りが遅くて、ゴメン!!」
って、叫んだあとで、
「いつも最高の寝顔で迎えてくれて、ありがとう!!」
って、叫んでいた。
見ていた私は、思わず大笑いしてしまった。そして、咄嗟に、この人、我が息子が言いそうな言葉をそっくり代弁しているみたいだ、って感じたものであった。
IT企業に勤める我が息子、毎日のように最終電車とかタクシーで深夜、帰宅するそうだから、仕方ないかもネ。



クリスマスは、孫娘たちを連れて東京タワーなどを見物

2009-12-26 19:27:20 | 家族
昨日の12月25日のXマスの当日、家内と私とで、二人の孫娘を誘って、クリスマス・イルミネーションを見物するため、都内に出かけた。男の子の孫は、サッカーの練習などの都合で、誘えなかった。最近は、休日はいつも、サッカーのスケジュールが組まれていて、4人の孫が揃う機会が少なくなっているのが、私にとっては非常に残念だ!。
さて、昨日、私たち4人が夕方、4時過ぎ頃、新宿に降りたち、地下鉄の大江戸線で最初、六本木に行って、そこのミッドタウン・イルミネーションを見物した。特に、そこの、スターライトガーデンは、約17万個のLEDの光が、銀河の庭をイメージしていて、見る人たちを楽しませてくれた。孫娘も驚きの歓声を上げて喜んだのは言うまでもない。
この後、大江戸線で赤羽橋に行き、そこから少し歩いて、東京タワーに行った。展望台に乗るチケットを買うのも、エレベーターに乗るのも、どちらも、大勢の人でごったがえしていて、長い行列だった。エレベーターで展望台に着くと、これまた、ひどい混雑。外の夜景を見下ろすのも、人垣の間から覗いて見るほどだった。でも、金銀の砂を散らしたような素晴らしい夜景は見ごたえ十分だった。小学2年生の孫娘は、夜景の中に国会議事堂の頭部分を見つけて、叫び声を上げていた。エレベーターで展望台から下ったころ、5歳の孫娘がお腹が空いた、というので、急遽、食事をすることにした。食堂では、食券を買うのも、食事するテーブルの空き席を確保するのも、ひどい混雑の為にひと苦労!。結局、マクドナルドの店で、紙袋に入った食べ物だけをテイク・アウトして、この店の階下にある、待合室みたいな場所に行き、そこのテーブルで、簡単な食事をした。食事を終えて、外にでると、タワー名物のノッポ君がいて、列を作った子供たちとの写真撮影にポーズを取っていた。ノッポ君を見つけた5歳の孫娘は、歓声上げて大喜び。我が孫娘も、ノッポ君を挟んで、写真におさまった。それにしても、タワーの真下から、上を見上げるとオレンジ色のタワーの雄姿がすごく美しかった。!橋脚の近くには、大型のXマスツリーもあって、人々を魅了させていた。
東京タワーから徒歩で、赤羽橋の駅まで戻る途中、ときどき後方の東京タワーを振り返ると、タワーの照明が、いろいろに変化していて実に美しい。時には、ハートの形をしたピンク色のライトが点灯して、孫たちや道行く人たちも、大歓声!。
本来なら、小学2年生の孫娘の希望で、引き続き、赤坂サカスを訪れる予定だったが、5歳の孫娘が眠そうなので、大門駅で下車して、JRの浜松町駅から、秋葉原に行き、そこから、筑波エクスプレスに乗って、孫娘の自宅に向かった。自宅に着いたのは、午後9時半少し前くらいだったが、孫娘は二人とも車中で一睡もすることなく、家内との会話に花を咲かせていた。早速、私たち4人は、お風呂に入って眠りについた。普段なら、午後8時頃には、眠りにつく5歳の孫娘だが、この日ばかりは、午後10時頃まで元気に目を覚ましていた。この日も、普段、私たちが泊まる日と同じように、5歳の孫娘は、私と家内との間に入って、3人が川に字になって、フトンで寝入った。


生後4ヶ月の赤ちゃんがやってきた!

2009-12-14 13:39:49 | 家族
一昨日の土曜日(12月12日)に、我が家に生後4ヶ月の赤ちゃんを連れた若夫婦がやってきた。若夫婦とは、私たち夫婦が今年の半ば頃、沖縄にツアー旅行をしていた時に、知り合った間柄で、その当時、若夫婦の奥さんは妊娠9ヶ月ほどで、大きなお腹をかかえて、旅をしていた。沖縄旅行最終日に宿泊したホテルで、偶然に話するチャンスがあって、知り合ったのだ。
その後、千葉県にお住まいの若夫婦から、家内の携帯電話に連絡があって、私たちは男の子の赤ちゃんが誕生したことを知った。そのときに、彼らと、我が家に遊びにくるよう約束を交わしていて、今回、電車で2時間あまりかけて、来訪してくれたのだ。
思えば、我が家に赤ちゃんが来るのは、久しぶりだ。現在 幼稚園年中児の5歳の孫娘の赤ちゃん時代以来であり、懐かしい。
若夫婦の赤ちゃんの名前は、「暖」(ひなた)くんと、言うそうで、例によってまるまると太った顔を見ると、奥さんに似ているようだが、若夫婦に伺うと、奥さんのお父さんにそっくりだ、と言われるそうだ。
私は、この日のために、奥さんが大好きだというので、2日前に北海道から届いたばかりの新蕎麦粉を使って、手打ち蕎麦を打って、ご馳走した。このときに打った蕎麦は、ことのほか、上手く打てたのは、なによりだった。
私たちは、メーン・デッシュの鍋物や手作りのお菓子などを食べながら、夕方暗くなるまで、いろんな話題に花咲かせたが、その間中、「暖」(ひなた)くんは、まったく泣くことなく、時々は眠ったが、穏やかな顔をして、雰囲気を和ませてくれた。
赤ちゃんがいてくれるって、こと自体、いいもんだな、ってつくづく思う。未来がある。明るい。幸せ感いっぱい。・・・・・・


頑固なお姑さん、どこにもいるもんですね!

2009-10-09 16:26:12 | 家族
先日、友人とメールで話していて、その人の子供の頃の話題を聞かせてもらう機会があった。--
その人の家では、お父さんの母、つまりお姑さんが一緒に暮らしていて、その人のお母さんは、相当に苦労されていたそうなんです。お姑さんは、凄く頭の良いおばあさんだったそうで、我が儘と言うより頑固だったそうです。
当時、子供だった友人から見ても、お母さんは、辛そうだったけれど、でも、愚痴一つ言わず頑張っていたそうです。--
こんな話を聞いていて、私は、頑固なお姑さんて、どこにも身近にいるもんだな、と思った。そして、私たち夫婦の若かった時代を思い出した。そう言えば、かつて、家内が、長女を出産したとき、一時期、家内が赤ちゃんを連れて、私の母や父が住む実家に、世話になっていたことがあった。その際、世間で言われる、嫁-姑の関係問題からくるストレスで、家内は、髪の毛が抜けて円形脱毛になったのです。あの頃、家内の頭髪全体も薄くなってしまっていたのを、私は、今でも鮮やかに憶えている。で、当時、家内のお母さんがカツラを買ってくれて、しばらくの間、家内がそれを被っていたものでした。
現在、家内のお母さんは、パーキンソン病を患って、病院に長期入院を余儀なくされていて、ほとんどの時間、眠っている状態であり、意識も朦朧としている状態だ。ときどき、私は家内とともに病院にお見舞いに行っているが、現在の最新医療技術でもパーキンソン病の全快は難しいらしい。実に残念でならない。小学校4年生の男の子をはじめ、私の4人の孫など、家内のお母さんが、意識をハッキリさせて、彼らを見ることができたなら、どんなにか喜ぶことであろう。


孫娘の通う幼稚園の運動会を楽しむ

2009-10-05 23:02:27 | 家族
昨日の日曜日、5歳の孫娘が通う幼稚園の運動会が行われた。この日は、最近のぐづついた天候の中にあって、この日だけは、まあまあの良い天候に恵まれた。
運動会では、かけっこあり、綱引きあり、遊戯などもあり、いろいろ楽しんで見物した。
昼食時には、例によって、園児たちが、ぎっしりつめかけた応援席のお父さん・お母さんたちのところに来て、地面に敷いたビニールシートの上で、思い思いのお弁当を広げて、ワイワイガヤガヤ言いながら食べていました。心地よい風、眩しい太陽の下での、このような光景っていうのは、たしか私も、幼い頃に経験したのと変わらないんだなァ、って、しみじみ懐かしく思い出していました。
両親や兄弟姉妹、それに、おじいちゃん、おばあちゃんなどと一緒に、おにぎりとか果物など持参した食べ物をニコニコ顔で頬張る園児たちは、どの顔も明るく、みんな楽しそうで、溌剌としていて、「生きている」って言うことの喜びを発散しているように思えました。ほんとに、彼ら、彼女たちは可愛いです。こんな時、私は、そんな園児たちを見ていて、「これから先も、ずーと、現在のような幸せ感に満ちた時間を過ごして欲しい!、過ごせるようになって欲しい!」って心から祈る気持ちになります。「未来に栄光あれ!」って心の中で叫んでいます。
運動会の会場から戻って、娘宅で、家族揃ってカレーライスを食べてから、7時過ぎに、家内が運転する車で帰宅したのですが、娘宅を出発する時は、私にとっては、最近は、いつものように、ちょっと、悲しくなることがあるのです。
と、いうのは、特に家内になついている幼稚園児の孫娘が、「帰っちゃイヤ!」って、いっぱい涙をこぼしながら、メソメソ泣かれてしまうこと、なんです。このときばかりは、私も悲しくなります。心が痛みます。最近は、娘宅に滞在して、そして、帰宅する時は、いつもこのような光景が繰り返されるので、辛い気持ちになるのです。


幼児の泣き叫ぶ声・・スワッー、親の幼児虐待?!

2009-09-18 18:15:15 | 家族
昨日の午前10時を少し過ぎた頃、私の家の前、通りを隔てた向こう側の家から、火のついたように激しく泣き叫ぶ子供の声が聞こえてきた。ほんの数年前に建てられたその家は、2階建てで、若い夫婦が住んでいて、2歳くらいの子供が一人いることは、知っていた。その家は、外壁がすべて、黄色に塗られていて、所有している自動車もまた、黄色で、余程黄色がお好きらしい。私は、いままでに、ご主人は見かけたことはないが、若い母親が、子供を自動車に乗せて出かけるような場面に、月に1、2度くらいの割合で遭遇するくらいで、話を交わしたことはない。細身でスラッとした、その若奥さんの家は、いままで、いつも物音ひとつせず、静かなたたずまいを見せていたが、昨日だけは、全く別だった!
昨日は、30分以上も、その家から、幼児の泣き叫ぶ声が断続的に聞こえてきた。その泣き声は尋常ではなかった。いまにも子供が気が狂ってしまうほどの激しい泣き叫びだったのだ。私にとって、このような子供の泣き叫ぶ声を聞くのは、身を引きちぎられるほどの辛さを感じる。そんな中、その黄色の家を眺めていたら、いままで入り口のドアが開いていたらしく、私が目をやったちょうど、その時に、ドアが閉められた。時間的に、おそらく、若奥さんが、子供の泣き声が外に聞こえないように閉めた、と思われるが、それでも、幼児の激しい、大きな泣き声は、家の外に漏れて十分に辺りにコダマした。
2歳くらいの子供をどうして、30分以上も折檻する必要があるのだろうか?実に不思議に思う。物静かそうに見える、あの若奥さんが、幼児を叱っていたのかどうかは分からないが、昨日の件は、明らかに幼児虐待の部類に入る、と思える。

若夫婦から赤ちゃんの写真が載ったハガキが届いた

2009-09-07 23:37:20 | 家族
夜、家に戻ったところ、家内から、数ヶ月前の沖縄旅行の際に知り合いになった若夫婦からハガキが届いた、ことを知らされた。赤ちゃん誕生で、家内が先日、若夫婦宛てに贈ったお祝い品に対しての、お礼の文章がしたためられた、そのハガキを早速見てみたら、若夫婦に抱かれた可愛い赤ちゃんが写っていた。お父さんにもお母さんにも似ていて、すごく可愛いい。お父さんはラグビーが趣味だ、と言っていたので、なんかしら、赤ちゃんの顔も逞しく見えた。若夫婦にとっては、初めての赤ちゃんでもあり、感動もひとしおだろう、と思う。このような、赤ちゃん誕生のおめでたい話題とか、子供の話題っていうのは、私にとっては、若さとか元気をもらう一番の原動力になる。
赤ちゃんの写真を見て、私は、ここのところ一週間以上も逢っていない孫たちが急に恋しくなって、早速、千葉の孫娘のところに電話を入れた。時間は夜8時半を回っていたので、家内からは「もう寝てるかも知れないので、電話しないほうがいいのでは」と言われたのだが、敢えて電話してみた。すると、幼稚園年中さんの孫娘が電話に出たので、私は「いま、何をやっているの?」と質問してみた。すると、彼女は「くもん(公文)の問題をやってるの」という返事。そして続けて彼女が言うには、「明日からは引き算の問題をやるんだよ」と言っていた。--こんな会話の短いやりとりをした後、勉強にお邪魔かな、と思って、ほどなく電話を切った。





ブルトレの北斗星に乗車して孫娘一家が帰ってきた

2009-08-25 17:29:55 | 家族
今日は、北海道旅行から、孫娘一家が帰ってくることになっている。それで、昨夕は、私の携帯に札幌にいる孫娘から電話がかかってきた。「いま、"北斗星"に乗ったとこなんだよ!」って。声の調子から、小学2年生の彼女は、今回初めて乗車するブルトレのせいか、興奮気味なのが伝わってくる。電話中に、大宮には明朝の9時10分に到着することなどを知らせる旨の、車内アナウンスも聞き取ることもできた。
そんなわけで、今朝、私は、いつも利用している東北線の駅に出向いて、ブルトレの北斗星が通過するのを見送ることにした。事前に「北斗星」に乗車中の娘(孫娘の母親)の携帯に電話を入れて、おおよその通過時刻を知ってから、最寄の東北線の駅に足を運んだ。大宮駅方向の最前部のプラットホームに立ったとき、ほどなくして「北斗星」がやってきた。娘一家は、列車の最前部に近い車両に乗っていることを知らされていたので、目の前を通り過ぎる「北斗星」を目を凝らて見ていた。でも、すぐ目の前を高速で通り過ぎたので、ハッキリは確認できなかったまま、列車は瞬く間に、過ぎ去っていった。その後すぐに思い返してみたら、なにやら、前方車両の中で数人の人たちが手を振っているような、なんか活発な動作をしているらしい様子が脳裡に刻まれている。恐らく、それが娘一家だということは間違いない、と思っている。家路に向かうため、プラットホームを歩いているとき、いま通り過ぎたばかりの「北斗星」にいる娘から、私の携帯に電話がかかってきた。彼女はすぐに、「お父さん、わかったわよ」と言った。孫娘一家は、プラットホーム上の私の存在がわかったようだった。
孫娘一家の北海道旅行は、行きは羽田から飛行機で、そして帰りは、札幌からブルトレ。二人の孫娘たちには、エキサイティングな旅行で、いろんな経験、楽しさを味わったひとときであっただろう。




今日も孫娘から電話があった

2009-06-25 18:41:05 | 家族
いゃあ、驚いた!今日も千葉に住む5歳の孫娘から、午後4時半過ぎに、私の体の具合を心配して、電話がかかってきた。「ムーチャン、大丈夫?」って。
ひとしきり電話でお話してから、最後に「ママに代わって!」という私の注文に、娘に代わってもらった。そして、分かったことは、昨日の電話もそうだったが、5歳の孫娘が私のこと心配して、自発的に電話のダイヤルをまわして電話をよこしていた、ことが分かったのである。