min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

神なるオオカミ

2008-03-03 07:45:19 | ノンフィクション
姜戎著『神なるオオカミ 上・下』講談社 2007.11.28初版 各1,900円+tax
原題:『狼図騰』

オススメ度★★★★☆

中国の文化大革命のさなか、いわゆる「知識青年」と呼ばれる若者たちは中国大陸の奥地深くまで下放された。
内モンゴルの大草原の只中へ何十人かの華人青年たちが下放されたが、その中のひとり、陳陣の数奇な体験を通して草原オオカミと人間との関わりを綴る著者の自伝的小説である。

上巻においては陳陣が“父”とも仰ぐモンゴル人の古老“ピグリじいさん”の薫陶を受けながら草原の遊牧生活に徐々に慣れてゆくとともに、草原の民がオオカミ・トーテムを持つことに興味が引かれてゆく。
上巻で描かれる草原のオオカミたちと遊牧民の壮絶な戦いが圧倒的迫力で活写される。
白きボス・オオカミに率いられたオオカミの群れが黄羊(野生の羊)の群れに襲い掛かり、これを包囲殲滅する様の凄まじさはかってこのような描写を経験したことがない。
オオカミの攻撃は正しく軍隊のそれであり、いや並みの軍隊よりもはるかに勇猛果敢であり狡猾で激しいものである。
大昔から草原の民はオオカミから戦法を学んだのではなかろうか?と陳陣は考える。
更に人間に多くの子オオカミを狩られ殺されたオオカミの群れが、その復讐とも思われる軍馬への攻撃はこの本を読むものたちの魂をゆさぶり背筋を凍らせる。
草原のオオカミたちと人間の壮絶な戦いぶりをみながら、陳陣のオオカミへの興味は益々深まってゆく。
古老の“ピグリじいさん”の反対を押し切って陳陣と友人はオオカミの巣穴から7匹のオオカミの子どもを捕獲する。
自らの手で育てながら今尚神秘的な生態を持つオオカミをじっくり観察しその謎を知りたいと願う。
こうして前代未聞の華人とオオカミの子育て交流が始まった。
下巻では捕獲した子オオカミ(小狼と命名)を探しにやってくるオオカミの群れとの対峙やら大きくなるにつれパオの近くで野生のオオカミを飼うことの困難さが描かれる。
著者が訳者のインタビュウでも述べているが、やがて中国政府の方針で多くの華人や農民化した別のモンゴル人がオロン草原にやってくる。著者曰く
『1950年代から、漢民族の人口急増により食料が足りなくなって、徐々にモンゴル草原に進出して畑を開拓するようになった。一方、政府は牧畜業を発展させるためにオオカミ狩を奨励した。その結果、1970年代になると、草原にオオカミがほとんどいなくなった。オオカミの消失と草原の砂漠化は、ほぼ同時に進行した。いまの深刻な砂漠化はその報いだ』

下巻では更に著者が長年研究した「オオカミ・トーテムについての講座と対話」が連綿と披瀝されるが、この部分は正直ちょっと辟易するほどマニアックである。
これは蛇足だが、中国の華人の祖先もまた草原の民の血を継ぐもので、したがってオオカミの“獣性”を持っているはずだ。いわゆる中国病(具体的に何を指すのかは不明)を克服する為には今こそ“狼性”と“獣性”を取り戻すべきだ、と主張するのだが、いやいやこれはかんべんしてほしい。
今の中国大陸のお方たちが“狼性”なんぞもって元気?になられたら世界中が迷惑するというものだ。草原の民が最初に陳陣に言ったように
『お前たち華人は草を食む羊だ。おれたちモンゴル人は肉を喰らうオオカミだ』
そう、羊でいてもらったほうがありがたい気がする。

さて、日本オオカミやエゾオオカミも似たような経緯で我が国から絶滅したのではなかろうか。
ここ数年北海道、特に道東でのエゾシカの急増(一説では20万頭にも増えた)で農作物や森林への被害が問題となっている。
ふたたび野にオオカミを放とう、という議論すら出てきている。人間の身勝手によってオオカミは絶滅されたのだが、自然体系を壊したのは人間で、これを復活できるのも人間である。だが、今の北海道でオオカミに対する偏見と無知があるかぎり再びオオカミに対して過ちを犯すべきではない。
オオカミと人間はきっと共存できるものと信じるが、いまの人間にはその資格も能力もないのではなかろうか。