先週の土曜日の白髭橋の炊き出しに二週間ぶりにHIV患者のIさんが来ていた。
公園の水道近くの場所で彼はいつものようにいた。
行くと、伊藤さんの子供のロマンが彼と話していた。
そこを自分も加わり、会話をしたが、彼は初対面のロマンには自分の病気のことは話していないようだったので、あえて病名に触れず会話をした。
彼は先週体調を壊して炊き出しには来れなかったと言う。
胸のポケットからタバコが見えたので、タバコのことも聞いてみた。
タバコは一日15本とコスモスの訪問ナースと約束し、それをどうにか守っているらしい。
酒を飲まない彼はタバコが気を治める唯一のものになっている。
「自分からすべてを奪わないで欲しい・・・」とタバコだけが一人で居るときの慰めになっていることを振り絞るように語っていた。
「すべてを奪わないで欲しい」と言葉に出さずに得ない彼はどれだけ大切なものを奪われてきたのだろうか、それは自分の想像を絶するだろう。
そこでしばらく会話をしていたが、ロマンは他のボランティアと一緒に帰っていった。
自分は先々週と同じように彼と一緒に山谷へ帰った。
彼は彼の今の苦しみを淡々と話した。
彼が今住んでいるドヤの部屋にはコンセントが一つしかなく、また節電と言うことを大家は言い続け、ブレーカーも落ちるから使えず、冷蔵庫もエアコンもなく、扇風機すらない。
門限もあり、風呂は四時から八時の間にしか使えない。
前の家のエアコンの外気が部屋に入り、もう居られたものではない。
「もう地獄ですよ・・・」とそれがいかに耐え難い地獄のようなものであることを分かって欲しいと搾り出すように語った。
解決策を見出すことか、それとも彼のその苦しみを肌に感じるように分かってあげることか、どれが一番最良な状態を生み出すのか、安易な答えが浮き出してくるのを押さえながら、彼と炎天下のもと歩いた。
「それでも今日は暑いですね」
「こんなものじゃないですよ、もっと暑くで、それは地獄ですよ・・・」
きっと気が狂いそうになるほど暑く、逃げ出すに逃げ出せない生き地獄にいるようなものなのだろう。
それは彼の運命にも彼自身投影していた。
そこで気が付く、解決策が必要なのではない、もし解決策があれば、それはいつか彼自身が実行するだろう、だが、いま他人の自分に出来ること、そして彼が望むことは、必死に生き地獄に耐えている自分をただ認めて欲しいということに尽きるように感じた。
彼は自分の住んでいるドヤを教え、そこで別れた。
すべてを奪われたかのような男は地獄に帰っていくようにトボトボと炎天下を歩いていった。
その心はどうあったのだろうか。
その心に自分はどう反応したのだろうか。
その心は何らかしらの反応をしたのだろうか。
その心は愛が必要だと叫んでいたのかもしれない。