昨夜遠藤周作氏の「侍」を読み終えた。
「イエスの生涯」「キリストの誕生」「沈黙」「侍」と読んできたが、さすがに昨夜は疲れた。
その疲れは長谷倉こと、侍の疲れ、与蔵、西、またベラスコの疲れを背負い込んでいた。
今朝になっても、何だかぼぅーっとしている。
四年わたる長旅のすべての辛苦が何の報いもなく水の泡、それに増して帰国後の非情な待遇、そして、切腹の沙汰・・・。
小説には切腹とは書いていなかったが、侍はそうさせられたのだろう・・・。
何とも重い内容ながら、その苦しみの過程にてイエスが彼らとともにあることを彼らが一人ひとり実感していく様は生きた信仰のそのものであり、それは死からの復活を意味するようにも捉えられよう。
解説「侍」における事実と真実を読んでみた。
侍のモデルは支倉{はせくら}六右衛門だった。
そこで急に思い出した。
十数年前仙台に行った時に自分はこの支倉が住んでいたところに行ったことがあったことを思い出した。
小説のなかでは谷戸となったその場所には小説のように何もない場所だった。
今思えば、小説そのままの土地だったように思えた。
そう思うと、あんな場所から命がけで会ったこともない殿{伊達政宗}のために広い世界に行き、命辛々生きて戻り、そのお役目のために切支丹になったのに、それなのに世の情勢が変り、切支丹は絶対禁令になり、その渦に巻き込まれ、死を選ばされる。
そんな惨い話しがあるか・・・。
そう思えてならないが、処刑される侍、西たちはイエスとともいることを感じられたように気がするが、にもかかわらず、与蔵、侍の家族たちの気持ちを考えれば、到底それだけでは心治まらぬ思いにもなり、「疲れた」と言うことになる。
十字架の上でうなだれている彼と同じなる。
話は少しずれるが、このベラスコのモデルはフランシスコ会のルイス・ソテロ神父であり、浅草で治療院を開いていた。
解説にはなかったが、ここに徳川家康の影武者と伝承されている原主水{はらもんど}が切支丹信仰の咎により、大阪の牢にいたが、そこ脱出して、ひそかにこの治療院に身を隠しつつ、患者の治療に手伝っていたということである。
たぶん、遠藤氏もこのことは知っていたと思うが、それを描けば、これまた小説は終わらなかっただろうとも考えた。
結局ベラスコの同僚、心は純粋だがさえないディエゴも、原主水を含む48名とともに品川で処刑された江戸大殉教で亡くなったのが事実であろう。
いろんなことを感じ考えるが答えなど出ない、だからこそ、出ない曖昧なものを今日はまたゆっくりとあたため直して見よう。
信仰とは・・・。
それがこのうちに・・・。