2001年夏、世間がモーニング娘。とミニモニ。に浮かれていた頃、私は岐阜県の山間へと旅をした。
一日目、夕刻に岐阜へと着いた私を待ち受けていたのは、駅や町の喧騒であった。警備の人に「今日は何かあるんですか?」と訊ねると、「長良川の花火大会」だとの答えだった。今晩の宿泊地は大垣だが、荷物をホテルに置くとカメラなどを持って足早に岐阜へと戻り、夜は長良川に架かる忠節橋の近くで花火を観て、余韻を肴に大垣で飲んだ。
翌日の昼過ぎ、私は福井駅にいた。福井から南の方向に山間へ向かって「越美北線(えつみほくせん)」というローカル線が走っている。福井駅名物駅弁「越前かにめし」を買って列車に乗り込む。カニの形をした容器が楽しい駅弁を食べながら、のんびりと田んぼと山間の車窓を眺める。もちろんこの時、半月後にモーニング娘。の新メンバーがここ福井から誕生するなどとは、妄想もしなかった。
一時間半ほどで、終点の九頭竜湖(くずりゅうこ)に着いた。以前、テレビで愛ちゃんが川の名前を挙げる問題で「九頭竜川」と書いた事があったが、その川はこの湖から流れている。
ログハウス風の駅舎を出ると、静かと思われた山の無人駅は、ボーイスカウトか何かの団体で賑やかだった。
ゆっくり、湖などを見に行きたいところだが、乗り継ぎのバスの時間が迫っているので、慌ただしく駅前から去る。湖の眺めは、バスの車内から見る。細長い湖はしばらく道路に寄り添っていた。JRのマイクロバスであるこの路線バス、車内は驚くほど空いていた。湖と別れて、峠を越えると、岐阜県側の町が見下ろせた。
所要38分で終点の美濃白鳥(みのしらとり)駅前に着いた。私の今夜の目的地は郡上八幡(ぐじょうはちまん)だけど、路線の終点である北濃(ほくのう)へと寄り道。北濃行き列車の時間まで40分近くあるので、駅前散歩を楽しむ。
駅前には旧街道の雰囲気の残る、細い古びた街並みの通りがあった。その近くの書店に入ると、東京では4月に発売されるやあっという間に品切れになった「別冊宝島 まるごと一冊モーニング娘。」がまだ売っていた。
美濃白鳥からの眺めは、静かな農村の風景だった。夏の強い午後の陽射しが、田んぼを照りつける。ちょうど10分で着いた長良川鉄道の終点北濃駅は、この先から山間が深くなりますよという感じの風景の場所にあった。駅を出ると、商店はあったが人家は少なく、山肌と木々に太陽が遮られて、涼しく淋しい駅前だった。
すぐ折り返す上り列車に乗って、郡上八幡には17:08に到着。やや曇り空。
郡上八幡は夏の間ほぼ毎日、町のどこかで「郡上おどり」という祭が行われる。町の真ん中を流れる川で、子供が川遊びをする写真などともに、夏の郡上八幡の予備知識は旅の好奇心をくすぐるものだった。私は綺麗な鉄筋旅館の予約を取ったあと、カメラ片手に夕暮れの町を歩いた。
細い道がいくつか交差する町は、さして大きくないものの、老舗ふうな雰囲気を醸し出す商店が建ち並ぶ佇まいに心が和んだ。日が傾くにつれ、街灯が灯り始めると更に通りが和の味わいを出してきた。柳の下に浴衣を着たカップルがいたりすると、それがまた絵になる。
旅館はどこもほぼ満員状態のようなのだが、小さく静かな町なので、観光客でざわつくような事もなく落ち着いて散歩を楽しみ、子供が水遊びをする川に架かる橋の上で、川の流れをのんびり眺め写真を撮った。周りの観光客も皆、ゆったりと散歩を楽しんでいるようだった。
川の近くの店で、川魚アマゴの塩焼きなどを食べた。合掌造りの店構えのこの店は、何百年も前から続く富山の民家を移設したものなのだそうだ。
食事をしているうちにすっかり夜になった。しばらく商店街を歩いてみたりしていたが、そろそろ祭の時間なので会場に向かう事にした。酒屋で郡上郡大和町の地酒「母情」を買ったついでに、本日の祭会場を聞く。今晩の会場は城の近くのホテルの駐車場であった。
会場に着くと、数百人の人達で賑わっていた。祭は「郡上おどり」という踊りを踊るのがメインで、祭特有の浮ついた感じはなく、どこかしっとりとした味わいがあった。踊りは誰でも飛び入りで輪の中に参加出来て、疲れてきたら自由に輪から抜けられる。着る物も皆バラバラで、浴衣はもちろんポロシャツ姿もいる。覚えやすい踊りなので、初めは輪の外で眺めていた観光客も、やがて輪に入っていく。自由な雰囲気とゆったりした音楽。なんとも居心地良く、一時間ほどの時があっという間に流れていった。
祭が終わり、会場から去っていく人達の顔は皆、穏やかに見えた。静かな山間の城下町の夏祭りは、しっとりとした清流の町の雰囲気そのものであった。
今回のBGM でっかい宇宙に愛がある / モーニング娘。
「夏の旅エッセイシリーズ」。次回が最終回です。