フリージア工房 国道723号店

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夏の旅エッセイ 3 ~宍喰の星空~

2006-08-14 22:54:21 | 町と旅

 旅エッセイ2で書いた海南の旅の翌年、四国を旅した。
 その年の四国は、深刻な水不足に悩まされていて、松山市内の中華レストランに入ったら「水はお一人様 一杯まで」と書かれた貼り紙があったり、大きな川がほとんど干上がっていたり、大変な夏だった。

 そんな暑い夏の昼下がり、南国風味な太陽が照りつける徳島駅のホーム。私は徳島県の南方に向かって走る牟岐(むぎ)線の列車に乗り込んだ。牟岐線の沿線には、さして大きな町はなく、ウミガメが産卵に訪れる海岸のある日和佐という町をはじめ、静かな海沿いの町を結ぶローカル線だ。
 私はぼんやりと窓の外の海岸を眺めながら、列車の終点の海部(かいふ)という駅で列車を乗り換えた。乗り換えた列車のボディには「宝くじ号」とプリントされている。宝くじの売上による助成金で造られた車両らしい。
 この列車は、第三セクター鉄道「阿佐海岸鉄道」の鈍行列車。海部を出ると、宍喰(ししくい)、徳島県の県境を越えて高知県に入り、甲浦(かんのうら)と停まって終点となった。ホームでは、車掌と女子高生が談笑している。
 のどかな駅前は商店などもほとんどなく、静かで小さな住宅地に突然駅が出来ましたといった風情だった。甲浦駅はまだ出来て数年くらいの駅だった。
 駅から海岸が近いようなので訪れてみたが、海水浴シーズンの終わった海岸は人の気配がなく寂しげだった。西日はすでに遠くなり、東向きの海岸は夜の気配が始まりそうなグレー色の空。

 折り返しの列車で隣の宍喰に降りた。こちらは駅近くに飲み屋や学校や商店もあり、小さいながらも人の気配のするところだった。
 私は駅前から一軒の公営宿舎に予約の電話を入れた。

 道路を挟んで海岸の前に建つその宿は、白い鉄筋の建物で、昔臨海学校で泊まった宿舎を連想させた。公営だからかどうか、フロントは丁寧過ぎない対応で私を部屋に案内した。畳の部屋には海と反対側ではあったがバルコニーも付いている。
 一階にある温泉にとりあえず入ると、意外に家族連れで混んでいた。宿泊しなくても安価で温泉に入れるようで、こちらの客の方が圧倒的に多い。
 風呂上がりに、従業員の女の子に案内されて夕食となった。この子は丁寧で愛想が良かった。海の幸が並べられたテーブルに、私は「かぼす酒」を追加した。徳島名産かぼすで造った果実酒は、ほんのりと甘かった。

 夕食後、私は海岸を散歩したくなった。せっかく海が目の前にある宿に泊まったのだから、これは当然な考えだった。
 しかし、道路を渡って砂浜に出ると、辺り一面真っ暗で何が何だかよく見えない。波の打ち寄せる方向に目を凝らすと、なんとなく波が見えた。
 真っ暗でとても歩く気がせず、砂浜に降り立った場所で佇んでいると、聞こえてくるのは、波の音と、遠くで花火を楽しんでいる家族連れの嬌声だけだった。声の方向を見ると、その方向だけ時折赤や青や黄色に光っっている。
 ただ、ぼんやりと真っ暗な波打ち際の方を眺めているのにも飽き始めた頃、ふと空を見上げると数えきれないくらいの星が空に輝いていた。星空に海岸が包まれているような遠近感に襲われ、ただただ息を飲んだ。暗闇の砂浜が決して真っ暗ではないと気付いた瞬間、私はこの地を訪れて良かったと思っていた。家族連れの声は、だんだんと遠くなっていく。

  今回のBGM  夏空のDreamer / CoCo 
 

コメント
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