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夏の旅エッセイ 1 ~小浜の夏~

2006-08-07 22:24:53 | 町と旅

 夏というのは、出歩くには不向きな季節。だけどどこかに行きたくなる季節。
 そんな夏の旅。私自身の夏の旅の体験談をピックアップして、いくつか紹介していきたいと思います。では、始まり始まり。


 それは、今からだいぶ昔の話。私にとって初めての夜行列車体験だった。東京駅のホームに、列車の発車時間の二時間以上も前から並び、青春18きっぷ片手に東海道本線大垣行き、通称「大垣夜行」に乗った。
 通路まで人が溢れるほどの満員。私は通路側の席になんとか座る事が出来た。向かい合わせの座席に同席した旅慣れたお兄さんが、「靴を脱いだ方が楽ですよ」と持参の新聞紙を床に敷いてくれた。
 列車は車内灯を減光もせず西に向かって走り続けたが、静岡県に入って間もなく真っ暗なホームの駅に停車した。駅名標を見ると「ゆい 由比」と書いてあった。いつまで経っても列車は発車する気配がなく、やがて前を走る貨物列車にトラブルがあったため、この駅に停車している旨がアナウンスされた。
 いつまで経っても眠気が訪れず、列車も走る気配なくで、私はホームに降りて気分転換をした。ホームの隅の灯だけが明るい静かな駅は、潮の香りを乗せた風が心地よく、ベンチにしばらく座ってホーム灯に集まる夏虫を眺めていた。

 翌朝、列車は定刻から一時間以上も遅れて名古屋に着いた。疲れた私は終点の大垣まで行かず、名古屋で一旦降りた。初の夜行体験に、浜松まで眠れず睡眠不足気味な私は、気分転換に岐阜までは名鉄パノラマカーに乗り、名鉄新岐阜駅で朝食にきしめんを食べた。

 東海道本線を乗り継ぎ、どうにか京都までやって来た私は、山陰本線に乗り換えてこの日の目的地「福井県小浜市」に向かった。嵯峨野の竹藪、保津峡の眺め、眠い気分も覚める風景を見ながら綾部(京都府)という駅で舞鶴線に乗り換えた。
 綾部駅のホームに入ってきた小浜行きは、関西方面から直通でやってきた列車なので混んでいた。私はどうにか空いている場所を見つけ座った。楽しげに会話するおばあちゃん一人に高校生くらいの女の子二人が相席だった。
 話のはずんでいた三人は実は他人同士で、西舞鶴で女の子達は降りた。おばあちゃんは今度は「どちらまで?」と私に話しかけてきた。「若い人達は夏になると小浜に行く人が多いですね」と言うおばあちゃん曰く、小浜は海水浴で有名な町なのだそうだ。
 おばあちゃんは次の東舞鶴で降りた。列車はこの頃にはガラガラになり、思ったほど小浜に行く人は多くないように思えた。海水浴へは車が主流なのだろう。車窓に映る日本海は夏だというのにややモノトーンな暗さがあった。

 小浜には夕方四時過ぎに着いた。一時間ちょっとしか寝ていないのに元気な私は、レンタサイクルを借りて町中を走った。小浜は「海のある奈良」と呼ばれるほど寺社が多いのだけど、立ち寄らずにひたすら町散策をした。古びた路地の多い町だ。

 夜は「ユースホステル」に泊まる事になっていた。ユースホステルとは、主に十代の若者を対象とした安価な宿泊施設だ。予約葉書には「日が暮れてきたらタクシーで来るように」という注意書きがあり、それに従いタクシーで向かった。海を見下ろす小山の上に建物があった。

 ユースホステルは教育的施設な側面もあるため、場所によっては宿泊者ミーティングなどが行われたりするらしいのだが小浜はなく、簡素なおかずの夕食を食べ風呂に入ると、する事がなくなり眠気も手伝い部屋のベッドに入った。部屋は相部屋で、私以外の人達は仲間同士らしく、ラジカセをかけながら静かに会話が盛り上がっていた。クーラーなどなく扇風機が回るだけの部屋だったけど、睡眠不足であっという間に眠ってしまった。

 翌朝、夕食以上に簡素なおかずの朝食に絶句し、「まあ若いうちはこういうのも勉強」と思いながら、食べ終えた食器を洗っていた(ユースホステルは、食器は自分で洗う)。すると、隣に自分より明らかに年下な女の子がやってきて、「食器はここでいいんですか?」と聞いてきた。周りは年上風ばかりだったので、ちょっと嬉しくなった。

 朝食後、チェックアウトを済ませ、「行きはタクシーで来たけど、帰りはどうしたらよいものか」と玄関先で悩んでいた私に、さきほど話しかけてきた女の子が再びやってきて「帰るんですか?」と声をかけてきた。成り行きで、一緒に駅まで行きましょう!という事になった。

 山の坂道を下りながら自己紹介をした。彼女は兵庫県西宮から舞鶴に住む親戚の家まで遊びにやってきた中学生だった。一泊だけ社会勉強にとユースホステルに泊まり、小浜市内の寺社を昨日見て回ったのだそうだ。
 彼女は、神奈川県から来た私に、「いつか湘南に行ってみたい!」と目を輝かせて話してきた。明るい笑顔で真面目そうな雰囲気の彼女は、好きな歌手は渡辺美里だと言った。その日、私は名古屋に、とあるコンサートを観に行く日だった。私の着ている黄色の「HIP'S ROAD」のTシャツは、わかる人にはわかる代物だった。今で言えばヲタシャツみたいな物だ。

 小浜駅で名残惜しく別れた彼女とは、その後一度も会った事はない。今頃、どうしているかな?と時々思い出したりしている。

  今回のBGM  Teenage Walk / 渡辺美里
 

コメント (2)
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