母はいよいよごはんも食べられなくなってきた。意識は相変わらずはっきりしているが、寝ている時間が増えたようだ。
日曜日に見舞ったとき、しぼりだすように一言二言しゃべったが、後は小さくうなずいたりするだけだった。
デイサービスの職員の方がお見舞いに来て下さったようである。
母の好きだった歌をテープに入れてきてくださった。どうも兄が頼んだようである。
しばらく、楽しいデイサービスの話をして、母もテープを聞いて喜んでいたそうである。
母の好きな歌は次の3曲。デイサービスで好んで歌っていたとのこと。
白い花の咲くころ・・・母は好きな人がいたが、親の決めた人と結婚させられた。いつまでもその人のことを思っていたように思う。
みかんの花咲く丘・・・・師範学校を終えて、ほんの少し働いていたころの思い出の歌らしい。亡くなった故郷の母を思ってうたったのかもしれない。
月の沙漠・・・・物悲しい歌。いつか逝くその日を思って歌っていたのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
○白い花の咲くころ
昭和25年発売。
作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
1.白い花が 咲いてた
ふるさとの 遠い夢の日
さよならと 言ったら
黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の
あの白い花だよ
2.白い雲が 浮いてた
ふるさとの 高いあの峰
さよならと 言ったら
こだまがさようならと 呼んでいた
淋しかった あの時の
あの白い雲だよ
3.白い月が 泣いてた
ふるさとの 丘の木立に
さよならと 言ったら
涙の瞳で じっと 見つめてた
悲しかった あの時の
あの白い月だよ
○みかんの花の咲く丘
昭和21年8月25日発表
作詞:加藤省吾、作曲:海沼實
1.みかんの花が 咲いている
思い出の道 丘の道
はるかに見える 青い海
お船がとおく 霞んでる
2.黒い煙を はきながら
お船はどこへ 行くのでしょう
波に揺られて 島のかげ
汽笛がぼうと 鳴りました
3.何時か来た丘 母さんと
一緒に眺めた あの島よ
今日もひとりで 見ていると
やさしい母さん 思われる
○月の沙漠
作詞:加藤 まさお、作曲:佐々木すぐる
1 月の沙漠を はるばると 旅の駱駝が 行きました
金と銀との 鞍置いて 二つならんで 行きました
2 金の鞍には 銀の甕 銀の鞍には 金の甕
二つの甕は それぞれに 紐で結んで ありました
3 先の鞍には 王子さま 後の鞍には お姫さま
乗った二人は おそろいの 白い上着を 着てました
4 広い沙漠を ひとすじに 二人はどこへ 行くのでしょう
朧にけぶる 月の夜を 対の駱駝は とぼとぼと
砂丘を 越えて 行きました
黙って 越えて 行きました
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最終段階で医療的な処置は痛みのコントロール以外はもうない。
子どもとしてやれることは、そばにいてあげることぐらいしかない。
仕事の合間をぬって、締切を抱えながら、働きながら母を見送るのは、つらく大変なことである。
帰り際に手を振ったら、左手を上げて手を振っていた。療養中もあと何回と思って手を振っていたが、これで最後になるかもしれないとおもうと悲しい。いつか必ず別れのときはやってくるということは避けがたい事実であるのだが。
とにかく、与えられた人生を最後まで生き抜いた、よい人生だった、そんな達成感を本人が最後の最後に感じることができるよう、子どもとしては見守りたい。
日曜日に見舞ったとき、しぼりだすように一言二言しゃべったが、後は小さくうなずいたりするだけだった。
デイサービスの職員の方がお見舞いに来て下さったようである。
母の好きだった歌をテープに入れてきてくださった。どうも兄が頼んだようである。
しばらく、楽しいデイサービスの話をして、母もテープを聞いて喜んでいたそうである。
母の好きな歌は次の3曲。デイサービスで好んで歌っていたとのこと。
白い花の咲くころ・・・母は好きな人がいたが、親の決めた人と結婚させられた。いつまでもその人のことを思っていたように思う。
みかんの花咲く丘・・・・師範学校を終えて、ほんの少し働いていたころの思い出の歌らしい。亡くなった故郷の母を思ってうたったのかもしれない。
月の沙漠・・・・物悲しい歌。いつか逝くその日を思って歌っていたのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
○白い花の咲くころ
昭和25年発売。
作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる
1.白い花が 咲いてた
ふるさとの 遠い夢の日
さよならと 言ったら
黙ってうつむいてた お下げ髪
悲しかった あの時の
あの白い花だよ
2.白い雲が 浮いてた
ふるさとの 高いあの峰
さよならと 言ったら
こだまがさようならと 呼んでいた
淋しかった あの時の
あの白い雲だよ
3.白い月が 泣いてた
ふるさとの 丘の木立に
さよならと 言ったら
涙の瞳で じっと 見つめてた
悲しかった あの時の
あの白い月だよ
○みかんの花の咲く丘
昭和21年8月25日発表
作詞:加藤省吾、作曲:海沼實
1.みかんの花が 咲いている
思い出の道 丘の道
はるかに見える 青い海
お船がとおく 霞んでる
2.黒い煙を はきながら
お船はどこへ 行くのでしょう
波に揺られて 島のかげ
汽笛がぼうと 鳴りました
3.何時か来た丘 母さんと
一緒に眺めた あの島よ
今日もひとりで 見ていると
やさしい母さん 思われる
○月の沙漠
作詞:加藤 まさお、作曲:佐々木すぐる
1 月の沙漠を はるばると 旅の駱駝が 行きました
金と銀との 鞍置いて 二つならんで 行きました
2 金の鞍には 銀の甕 銀の鞍には 金の甕
二つの甕は それぞれに 紐で結んで ありました
3 先の鞍には 王子さま 後の鞍には お姫さま
乗った二人は おそろいの 白い上着を 着てました
4 広い沙漠を ひとすじに 二人はどこへ 行くのでしょう
朧にけぶる 月の夜を 対の駱駝は とぼとぼと
砂丘を 越えて 行きました
黙って 越えて 行きました
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最終段階で医療的な処置は痛みのコントロール以外はもうない。
子どもとしてやれることは、そばにいてあげることぐらいしかない。
仕事の合間をぬって、締切を抱えながら、働きながら母を見送るのは、つらく大変なことである。
帰り際に手を振ったら、左手を上げて手を振っていた。療養中もあと何回と思って手を振っていたが、これで最後になるかもしれないとおもうと悲しい。いつか必ず別れのときはやってくるということは避けがたい事実であるのだが。
とにかく、与えられた人生を最後まで生き抜いた、よい人生だった、そんな達成感を本人が最後の最後に感じることができるよう、子どもとしては見守りたい。