ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




二軒長屋。文京区大塚5-7。2006(平成18)年12月6日

春日通りの大塚五丁目交差点から坂下通へ降りる裏通りの坂道を130mほど降りてきたところにある戦前からの二軒長屋。手前の長屋は、現在は左の半分が3階建てのビルに建て替わっている。車の止まっている横の家も、左の長屋と同タイプの二軒長屋だ。
下の写真はその長屋の方から撮っている。長屋の横の階段は春日通りへ出る路地で、『東京の階段』(松本泰生著、日本文芸社、平成19年、1600円)の「大塚5丁目・木の下を上る階段」。



上:二軒長屋、左:民家。大塚5-7
2006(平成18)年12月6日

左写真は階段の右にある民家。
写真の道路は微妙にくねりながら坂下通りへ向かう。つまりは川の跡で、音羽川(おとわがわ)が流れていた。『川の地図事典』(菅原健二著、之潮、2007年、3800円)に「……水久保、水久保新田(現・豊島区東池袋四丁目付近、雑司が谷霊園北側)を水源として東に流れ、雑司ヶ谷台(護国寺台)の東から関口台と小日向台の間(=音羽の谷の東)を南東に流れて江戸川(神田川)に注ぐ。……現在、水路は暗渠化されて下水道になっている。」とあり、写真の辺りは「雑司ヶ谷台の東」になる。
ここから少し北に行くと道が3本に分かれるところがあるが、その真ん中の路地が川跡で、通ったことはないが地図で見るとやはりくねっている。

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