ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




呑んべ横丁。葛飾区立石7-1。2008(平成20)年12月11日(5枚とも)

京成立石駅のすぐ西、線路の南から見た呑んべ横丁(2階建ての長屋風の建物)。右のビルは石井ビル(中華・海華)。とりあえず写真の面を正面とすると(例の「呑んべ横丁」の看板がある反対側が正面なのかもしれないが)二つの入口があって、それが北の裏側まで通っていて建物は南北に3列に並んでいる。中央の棟は二つに分かれていて、その間は南北の通路を結ぶ東西の通路だ。東(右)の棟は航空写真で見ると4棟の長屋からなるようだが、西の棟は細長い1棟に見える。通路は屋根が架かっていてアーケードになっている。各長屋の壁はモルタル塗りが基本のようだ。二階はいずれも通路の側に少し張り出していて、一階との段差は看板にするためだろう、斜めの壁にしてある。あの「アカカンバン洋服店」の看板はその部分に書かれている。



戦前は住宅地だったと思われるが、それが強制疎開で取り払われ、1954(昭和29)年(1953年とも)に長屋式の商店が建てられた。日用品を扱う店が多く入ったようだが飲食店もあったらしい(知の冒険>開発が迫る立石の…)。「立石デパート」と称した。しだいに普通の店は居酒屋にとって代わっていく。「ションベン横丁」と言われるようになって困った「立石デパート商店会」の何人かが「呑んべ横丁」の看板を作ったそうだが、いつのことなのだろう? 共同トイレは店にある鍵で開けるのだという(ラブ・ユー立石>おでんや)。「知花子」と「伯爵」には店内にトイレがあるそうだ。



立石駅北口の再開発がいよいよ工事に入ったようだ。今は建物を壊している段階で、呑んべ横丁の南側半分が取り壊された。36階建ての高層ビルを建てる計画らしい。人口減少の時代に入ってしまった今、資金の回収は大丈夫なのだろうか?

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