ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




光明ビル。中央区銀座1-4。1987(昭和62)年5月24日




皆川ビル
銀座1-5
1985(昭和60)年9月8日

『近代建築ガイドブック[関東篇](東京建築探偵団著、鹿島出版会、昭和57年刊)』の写真では「キャバレー月世界」や「足立歯科」の看板が揚げられている。同書のデータによると、設計:豊町工務店、大正9?完成。
撮影時は取り壊し直前だが、パブ・シェークスピアが入っていたと思う。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





読売旅行、大成パルゼット。中央区銀座2-2。1985(昭和60)年頃



読売旅行、大成パルゼット。1987(昭和62)年5月31日

前の通りは外堀通り。昭和30年頃の火保図では「報知新聞」と「日本ドレス/埼友ビル/日本流曹協会」となっている。昭和61年の住宅地図では「読売旅行」と「大成パルゼット銀座ビューロー」。



鉄骨橋梁会館。銀座2-2。1987(昭和62)年5月31日

これも外堀通りのビル。読売旅行から北へ3軒目。

銀座の番地は西の方から始まる。銀座2丁目2番地の西は外堀通りで1番地はない。1丁目は3番地から、3丁目は2番地からだ。埋め立てられて首都高やその下の有楽町フードセンターになったかつての外堀りが千代田区との境になっているのは昔と変わらない。住宅地図ではフードセンターを東西に分ける区境の線が引かれている。住宅地図にそういう表示はないが1番地がフードセンターに割り振られたか、そのつもりで現在の番地になったのではないか。現在の住居表示は1968(昭和43)年10月で、銀座西1~8と銀座1~8を統合したもの。フードセンターの開業はその約10年前である。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )