大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・54「地区総会・6」

2020-02-28 06:08:19 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)54

『地区総会・6』   


 

 啓介君の気配は彼に似ていた。

 六年前の地区総会で同じような気配の男子が居た。

 北浜高校のN君。

 コンクールに臨む各学校の抱負や近況を述べることになったんだ。
 硬い事務的な話ばかりになったので、I女学院の議長が気を利かせたのだ。
「北浜高校のNです、いい芝居を創りたいと思いますが、やっぱり『意あって言葉足らず』みたいな作品になることが多いと思います。高校生なんだからという言い訳はしたくないんですけど、言葉足らずの底にある『伝えたいもの』『表現したかったもの』に着目して、お互い前向きな気持ちで、お互いの芝居を観ていきましょう!」
 というようなことを言った。要は『お互い長い目で観ていこう』ということで、来るべきコンクールの詰まらなさを前もって言い訳したようなものだった。
 
 時に言葉は『何を言ったか』ではなくて『どんな風に言ったか』が大事な時がある。

 N君は歯磨きのコマーシャルのように爽やかだった。
 あまりに爽やかな言い回しで『この人は正しいんじゃないかしら』と思ってしまった。
 ルックスも、オタクっぽい男子が多い中で、程良い文武両道的なたくましさと歯磨きのCM的な爽やかさ。

「空堀高校の松井さんですね」

 地区総会が終わって帰り道、環状線に乗る先輩たちとも別れて、二つ目の角を曲がったところで声を掛けられた。
 後を付けてきたと言うんじゃなくて、一本向こうの道から来たら、たまたま出くわしたという感じ。
 そのまま地下鉄に乗って、堺筋本町で別れるまでに携帯番号の交換までやった。

 意気投合した。

 そんなN君と付き合いが始まって、よその地区コンクールや本選の芝居をいっしょに観に行ったりした。

 どの学校の芝居を観ても、例の『長い目で観て行こう』の精神で、わたしでは気づかないような見どころや長所を言ってくれる。
 優しい前向きな人だなあと、それを包容力のように思って、十六歳のわたしは時めいてしまった。

「合評会があるから観ていこう」

 本選のプログラムが終わると、彼は、わたしを誘った。予選でも合評会はあるんだけど、N君が誘ってきたのは初めてだ。
 正式には『生徒交流会』という合評会、審査結果が出るまでの時間つぶし的なものなんだけど、半分以上の観客や出場校が残っていて、高校生らしい熱気が溢れていた。
 興味深いってか、アレっと思ったのは、本番の芝居より合評会が面白いかったこと。
「お疲れさまでした」という挨拶で始まる評はどれも暖かかった。

 四校目で「あれ?」っと思った。

 正直、箸にも棒にも掛からない芝居で、客席は真冬の朝のように冷え切っていた。
 でも、合評会は暖かいままだ。間延びした芝居を「緩やかなテンポ」、言葉足らずで伝わらない台詞を「無駄が無く含みのある台詞」、姿勢の悪い演技を「等身大のリアルさ」と称賛している。正直気持ちが悪い。

 雰囲気に乗れないまま審査終了の知らせが入って合評会は終わった。

「芝居というのは一期一会なんだということを頭に置いて作らなきゃいけない」
 審査員の一人が苦言を呈した。
 柔らかい苦言だったと思う。要は「詰まらない芝居ばかりだった」ということだ。
「創作劇ばっかりというのはどうなんだろ。戯曲というのは軽音やブラバンの演奏曲にあたるよね、軽音やブラバンが創作曲でコンクールに出るってことは有りえません。ちょっと考えていいんじゃないかな」
 同感と思ったら、N君が手を上げた。

 「北浜高校のNです、いい芝居を創りたいと思いますが、やっぱり『意あって言葉足らず』みたいな作品になることが多いと思います。高校生なんだからという言い訳はしたくないんですけど、言葉足らずの底にある『伝えたいもの』『表現したかったもの』に着目して、お互い前向きな気持ちで、お互いの芝居を観ることが大事なんじゃないでしょうか」

 歯磨きCMの中井貴一を思わせる喋り方に観客席の半分くらいから拍手が湧いた。

 地区総会での彼をグレードアップしたような感じに、わたしは思ってしまった。
 N君は、爽やかに発言して、暖かく受け入れられるのが嬉しいんだ。
 N君を残念に思った。

 それからいろいろ分かった。

 分かったから、その後の近畿大会のお誘いは断った。
 そして携帯を機種変するのに合わせて番号を変えた。
 それっきりN君とは会っていない。

 そのN君と啓介君が被った。なんで?

 ああ、喋る前に髪をかきあげる癖がいっしょなんだ。
 ただ、啓介君は緊張のあまりからで、N君のはポーズなんだと、六年後の、この一瞬で理解した。
 なんだか小さな可笑しみが沸き上がってくる。
 同じ仕草のあと、啓介君は言った。

「たぶんコンクールには上演校としては参加できませんけど、分担された仕事はやらせてもらいますので、よろしくお願いします」

 正直な発言に、我知らずコクコクと頷いてしまった。
 


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