大橋むつおのブログ

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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第15話《尾行》

2023-12-09 06:50:45 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第15話《尾行》さつき 




 卒業から八ヵ月もたって、このナリになるとは思わなかった。


 いま、あたしは帝都女学院のセーラー服を着て渋谷の街を歩いている。

 話は、昨日に遡る。

 バイトのシフトが、あたしと秋元クンと聡子の三人が重なった。

 あたしは元々は入ってなかったんだけど、妹のさくらが学校の屋上から落ちたと連絡があって、先週の水曜日は途中から抜けてしまった。そのための穴埋めのために臨時で入って、偶然あれを見てしまった……。


 休憩中に聡子のスマホにメールが入ったんだ。


 バックヤードにいたので、その一角にある休憩室の気配はなんとなく分かる。イソイソとメールを読んでいるんだろう「ウフ」なんて声まで聞こえる。

「サトちゃん、ちょっとー」

 本の整理のことで、店長が聡子を呼び出した。

「ハーイ」

 休憩室から出てきた聡子は、幸せオーラをまき散らしながらフロアーに戻っていった。
 
 そして、それを秋元クンも見てしまったのだ。

 悪い予感がして、あたしはパーテーションの隙間から休憩室を覗き込んだ。

 なんと、秋元クンは聡子が置き忘れたスマホを盗み見していた。

 サッと顔に朱がが差したかと思うと、傍らのメモ用紙になにやら書き付けた。

 秋元クンは筆圧が高いので、下の紙に跡が残る。秋元クンが出てきた後、休憩室に入り、薄くエンピツでこすって内容を知った。


 そいで、明くる日、卒業後も残していた制服を引っぱり出し、モールのトイレで着替え、髪もお下げにして、メガネをかけた。

 鏡で確認。

 どう見ても現役の帝都女子。念のため、そのナリでバイト先にも入ってみたが、店長はおろか、客で居た帝都の子達にも怪しまれなかった。むろん秋元クンにも。

―― でも、これって全然成長しとらんということではないか(^_^;)? ――

 素に戻りかけて、筋向いのファンシーショップで時間をつぶす。

 こういう緩くて可愛いアイテムには縁がないんだけど、いつまでも職場でうろつくわけにもいかないからね。

 職場の店先を視野の端に入れながら、現役JKとかに混じってグッズのあれこれを見たり手に取ったり。

 お!?

 ぶら下げ物のマスコットを見ていると、お父さんが買ってきた土偶にソックリのがあって、思わず手に取る。

 帝都はカバンにマスコットとかを付けるのは禁止だったけど、密かに付けている子は居た。普段は出しているんだけど学校が近くなると、カバンの中にしまい込む。リングとかストラップの端っこが残ってしまうんだけど、学校もそこまでは取り締まらない。

 年末に兄貴が帰ってくることを思い出して、さくらの分と合わせて三つ買う。兄妹三人でオソロという歳でもないけど、面白そうだしね。

 
 秋元クンは、バイトが終わると、私服に着替えて休憩室から続くバックヤードから出てきた。


 西口ロータリー近くの喫茶SBYに入った。秋元クンは、店全体が見える奥の席に陣取り、あたしは大胆にもその隣の席に座った。入り口には背を向けているけど壁の鏡で人の出入りは観察できる。

――変装は日常的な姿で。尾行は繊細、しかし大胆に――

 店で立ち読みした『探偵術教本』の備考に則って、セオリー通りに成功していた。
 もう一つのターゲットも、だいたい見当は付いていたが、聡子が入ってきて、パッと笑顔になったので確定した。

 吉岡物産の社長秘書の吉岡だ。

 二人の関係は、聡子が去年の夏、家出して亜紀と名乗って大阪のガールズバーで働いていた頃からのものであることは承知していた。

 聡子は、在籍こそ都立S高校の三年生だが、感覚はあたしよりも大人なところがある。たった一回とは言え、秋元クンと体の関係になったのも、その大人の感覚からだったろう。当時秋元クンは彼女に手ひどく振られて、どん底に落ち込んでいた。聡子も、吉岡とは大阪で終わったものと思い、バイトとしては後輩にあたる秋元クンに親身になっていてやった。その結果としての、たった一度だけの関係を、純情男の哀しさで引きずってしまっている。

 あたしが見るところ、聡子と吉岡さんが本気で付き合い始めたのは、何かのきっかけで東京で再会してからだった。多分、夏の終わり頃……と、あたしは踏んでいる。

 バイト中の聡子は意図的に高校生である自分を演出している。自分の中の女を隠すためであり、秋元クンへは「これっきり」というサイン。だが、秋元クンには通じない……。

 セミロングの髪が肯き、コートに手が伸びたところで、あたしはレジに向かった。一足先に待つために。

 やがて、ハーフコートを着た聡子が吉岡の後について出てきた。どう見ても二十代前半の大学院生ぐらいに見える。レジで会計を済ませている吉岡の手には車のキーが覗いていた。

 秋元クンは、アタフタと荷物をまとめ、二人に距離を置いてレジの番を待っている。


「秋元クン、ここまでよ」

 急に帝都の女生徒に声を掛けられて、秋元クンはギクリとした。

「き、きみは……?」

「あたしだよ」

「あ、え、佐倉さん!」

「シーー! 男の人の手には車のキーがあった。きっとあの人の家にいくんでしょう。六本木あたりかな……お泊まり。聡子の持ち物と表情で分かる」

 そこまで言うと、秋元クンは、蜂蜜を取り損ねたプーさんのようにしょげかえった。

 分かり易いっちゃ分かり易いけど、仮にも大学生。しっかりしてもらいたい。

「さくらの件じゃ、お世話になったわね。ありがとう」

 そこから始めて、話題は、あたしから振りながら渋谷の街を歩いた。

「酔いつぶれない程度にやるか?」

 指でCを作ってクイっとやる。

「え……そのナリで?」

 あたしは、女子高生のナリをしていることをまったく忘れていた。

「ハハ、これじゃ、まずいよね。どこかで着替える!」

 元気に言ったのが間違いだった。道の方角はラブホ街、目の前から明らかに私服の補導さん。

「帝都の子が、こんなことしちゃいけないなあ」


 私服女性警官の誤解を解くのに、交番で一時間もかかってしまった(^△^;)。


 帰り道、豪徳寺の改札を出て、道一本遠回りする。

 改札の向こうにパトロール中の香取巡査が見えたからね、知り合い属性と警察官属性で、ちょっと敬遠。それに、今日のイレギュラーなあれこれもクールダウンしたかったしね。

 ポロン ポロロン……

 かそけきギターの響きに公園に目がいく。

 遊具に腰掛けて顔見知りがギターの練習……小さく歌ってるし。

「武藤さん!」

 思わず、高いテンションで声をかけてしまった。

「え、あ、ああ、おかえりなさい(^_^;)」

 ビックリ状態から二秒ほどで、営業中のテンションで笑顔を返してくれる。

 武藤利加子は、時どき利用するパン屋のバイトさん。名前と応対の心地よさがステキな、おそらくは同年配。

「あ、ごめんなさい。とっても雰囲気なんで、つい声をかけてしまった」

「あ、いえいいんです。あ、小さく弾いていたつもりだったんですけどぉ」

「ううん、素敵だったから、つい聞きいっちゃって。上手よねぇ」

「下手の横好きです」

「五木の子守唄だよね?」

「あ、はい。楽しい曲もいいんですけど、こういうシットリ、ちょっと不幸せ的なの好きなんです。あ、ちっとも不幸せなことなんてないんですけどね(^▭^;)」

「落ち着けるんだよね」

「あ、はい」

 それから、二人で五木の子守歌を口ずさんで、童謡を二曲いっしょに詠って家に帰った。 


 
☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 武藤利加子         駅前商店街のパン屋のバイト
  • 香取            北町警察の巡査




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