大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

REオフステージ(惣堀高校演劇部)115・ちっとも変わってない……

2024-08-09 08:58:54 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
115・ちっとも変わってない…… 






 甲府の街は十分都会なのだが、車で十分も走ると凄みの有る山々が迫ってくる。


 その山々を経巡るように三十分も走ると二十一世紀の感覚が無くなってしまう。

 アスファルト舗装にさえ目をつぶれば、ここが縄文時代と言われても「そうなんだ」と頷いてしまうし、信玄公の軍勢が通られますと言われれば、馬蹄の音が木霊すような気さえする。

「ここで舗装道路は終わりです」

 家令の穴山が呟くと、それが音声入力のスイッチであったかのように土道の感触がお尻に伝わってくる。

「ちっとも変わってない……」

 須磨の小さな歓声を穴山は穏やかな笑顔で受けとめてくれる。

 林を過ぎると騙し討ちのように川が現れ、車は器用に直角に曲がっていく。知らずに突っ込んで行ったら谷と言っていいほどの流れに突っ込んでしまうだろう。

 そして見えてきた……松井家先祖伝来の城郭と見まごうほどのお屋敷が。

 屋敷の前は、先ほどの川の支流に当たる流れが堀のように横たわり、石垣の上にはしゃちほこが載った二層の楼門が聳えている。

「しゃちほこがあるのはお城なんだよね」

 そう呟いた時「しゃちほこは火除のお呪いなんですよ」と、穴山は幼い須磨に教えてくれた。

 あれから十年以上もたっているのに、ほんの昨日のことのように思い出されるのは、あまりに変わりのない屋敷と風景のせい。

 しかし、美晴には大お祖母さまの気持ちが変わっていないことの現われのように思えた。

 制服を着てきて良かったと思った。

 もう半年もすれば前人未到の九年生になるが、高校生であることには変わりはない。

 大お祖母さまは――高校生でいる間は保留にしてやろう――ということだったのだから。

 その昔、松井家が大名であったころ、家臣や領民の為に藩校を持っていた。藩校には決まった入学年も卒業年も無く、教授方頭取と呼ばれる校長が認めなければ卒業にならなかった。真に役に立つ人材を養成しなければ教育の意味が無いとされていたのだ。

 大お祖母さまに会って、なにを話のテコにするかは思い浮かばないが、制服である限り、そこから話の広げようがあるかと、須磨は思った。

 幕末の頃、何某という祐筆の子が十年学んでも卒業しなかった。始め国学を志したが、国学では動乱の時代、家のためにも藩のためにもならぬと悟り蘭学に切り替えた。が、その蘭学にも疑問を抱いて六年目にして洋学こそが次代の学問、経世済民の学であると思い定め、大政奉還の後、明治新政府の官僚になるとともに維新後の松井家の隆盛に力を尽くしたと言われている。


「それでは、仕来(しきたり)りですので、ここでお控えください」


 やっぱりと思った。

 松井家は仕来りにやかましい。
 
 須磨は通された広間の畳の縁を踏まないようにして、上段の二間前に正座して待った。

 座布団は置かれていたが大お祖母さまの指示が無い限り使ってはいけないことも承知している。

 上段は中央が間口二間の床の間のようになっている。松井家の家紋を背に厳めしい鎧が据えられて、まるで時代劇に出てくる殿様との対面のしつらえだ。

 さて、何から話そうか、どういう風に語ろうか……ここに来るまでに考えていたあれこれを反芻してみるが、そのどれも、やがて上段に現れる曾祖母には無力のような気がしてくる高校八年生の須磨であった。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
 



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