トモコパラドクス・94
『すみれの花さくころ・3』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……いよいよ演劇部のコンクールの中央大会だ!
ノッキー先生がドアを開けると、楽屋の真ん中に、赤ん坊が寝かされていた……。
「なに、この赤ちゃん……!?」
赤ちゃんは、照明のミラーボールをくるんでいた毛布に、だっこ型ネンネコに収まって大事にくるまれていた。
「手紙が付いている」
ノッキー先生が、ネンネコの中の手紙に気づいた。
『訳あって育てられなくなりました。乃木坂学院の「すみれの花さくころ」は予選のときから観て感動しました。このこの名前は「かおる」といいます。そうです、お芝居の中に出てくるかおるちゃんと同じ名前なんです。勝手なお願いですが、このお芝居の関係者の方に育てていただけないでしょうか。わずかですが、当面の養育費も入れさせて頂きました。まことに勝手なお願いですが、よろしくお願いします』
「先生、ネンネコノの中にこれが」
妙子が差し出した封筒には、思わぬ大金が入っていた。
「……二百万円、帯付きで入ってる」
捨て子なんだろうが、その捨て方、同封された金額の大きさに、みんなは驚いた。
友子と紀香には、捨てた人間は、分かっていた。部屋に残留思念が残っているし、赤ちゃんの記憶の中にも母親の姿と名前が焼き付いていたから。
――まだ学校の近くにいるわ――
――分身を置いて、見つけにいこうか――
「わたしに心当たりがあります」
入り口に、乃木坂学院の制服にチェンジした滝川浩一がいた。むろん女子高生のままである。
――みんなに暗示をかけて――
友子と紀香は、滝川が送ってきた情報で、みんなに暗示をかけた。
「まあ、C組のコウじゃない。見に来てくれてたのね」
紀香が調子をあわせた瞬間に、みんなは二年C組の滝川コウという女生徒だと思いこんだ。はるかとまどかは、現役ではないので、制服だけで、そう思っている。
「じゃ、赤ちゃん連れて行きます」
「大丈夫?」
ノッキーが先生らしく心配した。
「大丈夫です、うちにも赤ん坊いますから。じゃ、二人も付いてきて」
滝川の後ろに、人間に擬態したポチとハナがついていった。
「頼もしい姉弟ね」
「乃木坂学院にも、あんな子がいたんだ」
はるかと、まどかが感心した。
「ちょっと待ってくれる、有栖川さん」
学校の前、地下鉄の駅へと続くフェリペ坂で、滝川はにこやかに有栖川峰子を呼び止めた。
「あなた……乃木坂の……」
「滝川コウ。それから、乃木坂は都立高校。あたしたちの学校は下に学院が付くの」
制服と、学院へのこだわりで、峰子は、すっかり滝川が乃木坂学院の生徒だと思いこんだようだ。
「立ち話もなんだから、ここで、お話しない?」
滝川が指差したところには、喫茶フェリペが……むろん他人には見えない。
「……そう、あの赤ちゃんは、そういう運命のもとに生まれたのね」
滝川は、峰子の思念から、状況は全て掴んでいたが、峰子自身に整理させるために、時間をかけて話をさせた。
スキャンダルであった。峰子は、事も有ろうに先生を愛してしまったのである。
文芸部というマイナーな部活の顧問と生徒という立場であった。峰子の読書意欲は強く、顧問の先生が勧める何十冊という本を片端から読んでしまった。読書欲の原動力は顧問の先生への憧れであった。それが原動力であるがゆえに、二人の距離は急速に縮まり、去年の秋に二人は一線を越え、子を宿してしまった。
峰子の家は、旧華族の家系で、豊かさと同量の厳しさがあった。峰子は、わざと両親といさかいを起こし、乳母の家から学校に通うようになった。親も乳母の家であり、峰子の気持ちも一過性の反抗とタカをくくっていた。
顧問の先生とは、峰子が無事に子どもを産んで、学校を卒業したあと、退職して峰子といっしょになるつもりであった。幸い、九州の学校につてがあり、そこに就職し、峰子と子どもを養うつもりであった。
子どもは、男女どちらでもおかしくない「薫」という名前を考えた。
そして、先生は我が子の顔を見る前に交通事故で亡くなってしまったのだ。
三か月のちに子どもが生まれた。「薫」は女の子らしく「かおる」としたが、その子にも峰子にも将来がなくなってしまった。このままでは両親にも知れてしまう。悲観した峰子は、一時自殺さえ考えた。
そして、そこで出会ったのが、乃木坂学院の『すみれの花さくころ』であった。
『すみれの花さくころ』は命と希望を明るく描いた作品である。それが最優秀に選ばれたとき、峰子は、この人達に託してみようと思った。幸い中央大会の会場は自分の学校である。
「分かった。わたしが責任を持つわ」
滝川は、二年C組の滝川コウとして引き受けた。女子高生が赤ちゃんを預かる不自然さは、峰子自身の思い入れと、滝川の暗示によって受け入れられた。
「もう一度、かおるちゃんに会っておく?」
「会えるの!?」
「入ってらっしゃい」
滝川は、ポチとハナを呼んだ。当然擬態化した姿である。
「はい、だっこしたげて」
ハナは、不器用にだっこしていた赤ん坊を峰子に渡した……。
そのころ、フェリペでは、審査結果が発表され『すみれの花さくころ』が最優秀に選ばれていた。
――聖骸布の次は赤ん坊。で、オレしばらく女子高生で母ちゃん。よろしくな!――
滝川の、ヤケクソとも楽しみともとれる思念が送られてきた。