大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・トモコパラドクス・94『すみれの花さくころ・3』

2018-12-20 06:36:42 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・94 
『すみれの花さくころ・3』
 

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……いよいよ演劇部のコンクールの中央大会だ!


 ノッキー先生がドアを開けると、楽屋の真ん中に、赤ん坊が寝かされていた……。

「なに、この赤ちゃん……!?」
 赤ちゃんは、照明のミラーボールをくるんでいた毛布に、だっこ型ネンネコに収まって大事にくるまれていた。
「手紙が付いている」
 ノッキー先生が、ネンネコの中の手紙に気づいた。

『訳あって育てられなくなりました。乃木坂学院の「すみれの花さくころ」は予選のときから観て感動しました。このこの名前は「かおる」といいます。そうです、お芝居の中に出てくるかおるちゃんと同じ名前なんです。勝手なお願いですが、このお芝居の関係者の方に育てていただけないでしょうか。わずかですが、当面の養育費も入れさせて頂きました。まことに勝手なお願いですが、よろしくお願いします』

「先生、ネンネコノの中にこれが」
 妙子が差し出した封筒には、思わぬ大金が入っていた。
「……二百万円、帯付きで入ってる」
 捨て子なんだろうが、その捨て方、同封された金額の大きさに、みんなは驚いた。

 友子と紀香には、捨てた人間は、分かっていた。部屋に残留思念が残っているし、赤ちゃんの記憶の中にも母親の姿と名前が焼き付いていたから。
――まだ学校の近くにいるわ――
――分身を置いて、見つけにいこうか――

「わたしに心当たりがあります」

 入り口に、乃木坂学院の制服にチェンジした滝川浩一がいた。むろん女子高生のままである。
――みんなに暗示をかけて――
 友子と紀香は、滝川が送ってきた情報で、みんなに暗示をかけた。
「まあ、C組のコウじゃない。見に来てくれてたのね」
 紀香が調子をあわせた瞬間に、みんなは二年C組の滝川コウという女生徒だと思いこんだ。はるかとまどかは、現役ではないので、制服だけで、そう思っている。
「じゃ、赤ちゃん連れて行きます」
「大丈夫?」
 ノッキーが先生らしく心配した。
「大丈夫です、うちにも赤ん坊いますから。じゃ、二人も付いてきて」
 滝川の後ろに、人間に擬態したポチとハナがついていった。
「頼もしい姉弟ね」
「乃木坂学院にも、あんな子がいたんだ」

 はるかと、まどかが感心した。

「ちょっと待ってくれる、有栖川さん」
 学校の前、地下鉄の駅へと続くフェリペ坂で、滝川はにこやかに有栖川峰子を呼び止めた。
「あなた……乃木坂の……」
「滝川コウ。それから、乃木坂は都立高校。あたしたちの学校は下に学院が付くの」
 制服と、学院へのこだわりで、峰子は、すっかり滝川が乃木坂学院の生徒だと思いこんだようだ。
「立ち話もなんだから、ここで、お話しない?」

 滝川が指差したところには、喫茶フェリペが……むろん他人には見えない。

「……そう、あの赤ちゃんは、そういう運命のもとに生まれたのね」
 滝川は、峰子の思念から、状況は全て掴んでいたが、峰子自身に整理させるために、時間をかけて話をさせた。

 スキャンダルであった。峰子は、事も有ろうに先生を愛してしまったのである。

 文芸部というマイナーな部活の顧問と生徒という立場であった。峰子の読書意欲は強く、顧問の先生が勧める何十冊という本を片端から読んでしまった。読書欲の原動力は顧問の先生への憧れであった。それが原動力であるがゆえに、二人の距離は急速に縮まり、去年の秋に二人は一線を越え、子を宿してしまった。
 峰子の家は、旧華族の家系で、豊かさと同量の厳しさがあった。峰子は、わざと両親といさかいを起こし、乳母の家から学校に通うようになった。親も乳母の家であり、峰子の気持ちも一過性の反抗とタカをくくっていた。
 顧問の先生とは、峰子が無事に子どもを産んで、学校を卒業したあと、退職して峰子といっしょになるつもりであった。幸い、九州の学校につてがあり、そこに就職し、峰子と子どもを養うつもりであった。
 子どもは、男女どちらでもおかしくない「薫」という名前を考えた。

 そして、先生は我が子の顔を見る前に交通事故で亡くなってしまったのだ。

 三か月のちに子どもが生まれた。「薫」は女の子らしく「かおる」としたが、その子にも峰子にも将来がなくなってしまった。このままでは両親にも知れてしまう。悲観した峰子は、一時自殺さえ考えた。
 そして、そこで出会ったのが、乃木坂学院の『すみれの花さくころ』であった。

『すみれの花さくころ』は命と希望を明るく描いた作品である。それが最優秀に選ばれたとき、峰子は、この人達に託してみようと思った。幸い中央大会の会場は自分の学校である。

「分かった。わたしが責任を持つわ」
 滝川は、二年C組の滝川コウとして引き受けた。女子高生が赤ちゃんを預かる不自然さは、峰子自身の思い入れと、滝川の暗示によって受け入れられた。
「もう一度、かおるちゃんに会っておく?」
「会えるの!?」
「入ってらっしゃい」
 滝川は、ポチとハナを呼んだ。当然擬態化した姿である。
「はい、だっこしたげて」
 ハナは、不器用にだっこしていた赤ん坊を峰子に渡した……。

 そのころ、フェリペでは、審査結果が発表され『すみれの花さくころ』が最優秀に選ばれていた。

――聖骸布の次は赤ん坊。で、オレしばらく女子高生で母ちゃん。よろしくな!――

 滝川の、ヤケクソとも楽しみともとれる思念が送られてきた。


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高校ライトノベル・トモコパラドクス・93『すみれの花さくころ・2』

2018-12-19 07:00:23 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・93 
『すみれの花さくころ・2』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……いよいよ演劇部のコンクールの中央大会だ!


 たとえ短い文章であっても手紙はメールの何倍も暖かい。

 はるかとまどかの手紙はまさにそうだった。
『東京に居ながらロケで観にいけませんでした。予選最優秀のお知らせありがとう。そしておめでとう! 中央大会は必ず観にいきます。がんばってください。 坂東はるか  仲まどか』

 そして、中にはすみれの押し花が入っていた。ありがたい先輩たちだと感激した。

 秋晴れの空の下。ドーンと花火は上がらなかったが、フェリペ学院の講堂と言うよりは、多目的ホールで東京高校演劇の中央大会が開かれた。
 乃木坂学院の出番は、大ラスだった。
 乃木坂学院は、少人数だけども、演劇部では伝統校、キャパ600あまりの会場は満席だった。
「はるかさんとまどかさん、調光室から観ていてくれてる!」
「二人ともアイドル女優だもんね。あそこまで届く芝居にしよう!」
 そして、観客席には、友子の弟で父ということになっている一郎と妻の春奈。豆柴のハナは人間の女の子に擬態させて連れてきている。早いもので十歳くらいのお下げの女の子。もう生後七ヶ月だから、擬態させると、これくらいになる。
 ハナの横には十五歳くらいの少年がいた。一瞬だれかと思った。
――ポチの擬態だよ――
 滝川の思念が飛び込んできた。
 で、とうの滝川は、あろうことか女子高生に擬態していた。
――そーいう、趣味だったんですか?――
 と聞くと、
――これが一番目立たないから――

 なるほど、観客の七割以上は、女子高生だ。でも、中には家族なんだろう、幼児を連れた人や、赤ちゃんをあやしながら観ているOGらしき人。お年寄りもチラホラ。別に女子高生しなくてもと思っていたら、開演のブザーが鳴った。

 友子演ずるすみれが、図書館帰り、新川の土手を歩いていると、浮遊霊のかおると出くわす。
 かおるは、東京大空襲で亡くなって以来、ずっとここいらあたりを浮遊している。
 かおるは、霊波動の適うすみれにずっと声を掛けてきたが、すみれには聞こえないし、見えもしなかった。
 だが、今日は図書館で借りた本が触媒になって、初めてすみれは、かおるが見える。

 かおるは、宝塚歌劇団を受けたく、その宝塚の楽譜を取りに戻って死んでしまったほどの宝塚ファンである。
 で、かおるは、すみれに頼み込む。
「お願い、あなたに取り憑かせて。そしたら、すみれちゃんを宝塚のスターにしてあげる!」
 でも、進路を決めかねているすみれには、もう一つピンと来ない。
 けっきょく、かおるは無理強いしてもだめだと悟り、二人で新川の土手に紙ヒコーキを飛ばしにいく。
 そこで、かおるに運命の瞬間。体が消え始める。
 幽霊は、人に取り憑くか、生まれ変わるかしないと、やがては消え去っていく。まさに、その瞬間がやってきた。
「かおるちゃん、わたしに取り憑いて、わたし宝塚受けるから!」
「だめよ、本心から願っているわけじゃないのに、そんなこと……」

 そこで、奇跡がおきた。

 川の中で消えようとしているすみれの幽霊ケータイが鳴り、ゴーストジャンボ宝くじに当選し、人間に生まれ変われることになる。

 観客は、ここまで、新旧二人の女学生の友情と別れに涙するが、かおるの生まれ変わりと、二人の友情にカタルシスを覚える。
 そして、ラストのどんでん返しで、会場は暖かい空気に包まれ、バックコーラスにダンスも入って……中央大会に向けて、ダンス部とコラボして加わってもらった。

 そして、満場の拍手の中、幕が下りた。

「やったー!」
「思い残すこと無い。やるだけやった!」
 お手伝いのクラスのメンバーも加わり、大感激!
 楽屋前に戻ると、はるか、まどかの両先輩も待ってくれていた。
「おめでとう、最高の出来だったわ!」
「わたし、自分が演ったときのこと思い出しちゃった!」
「ありがとうございます、先輩!」
「ここじゃ、目につくわ。楽屋に入りましょう」
 ノッキーこと、柚木先生が、楽屋の教室の鍵を出した。

「あら、開いてる……」

「あ、すみません。最後にメイクの崩れ直しに入って、閉め忘れました!」
 妙子が、赤い顔をして叫んだ。
「もう、気をつけてよ……」

 ノッキー先生がドアを開けると、楽屋の真ん中に、赤ん坊が寝かされていた……。


※『すみれの花さくころ』のラストシーンはYou tubeでごらんになれます。

 https://youtu.be/ItJpVtCcxMQ

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・92『すみれの花さくころ・1』

2018-12-18 06:33:29 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・92
『すみれの花さくころ・1』 
   

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……聖骸布問題も解決。いよいよ演劇部のコンクール!


 聖骸布問題を解決させて東京に戻ると、滝川にこう言われた。

「聖骸布問題は片づいたけど、お楽しみも終わってしまったね」
「え……」
 友子も紀香も、一瞬ポカンとした。そして思い出した。

「アアアアアアアア……!!!」

 そう、楽しみにしていた演劇部のコンクール予選が終わってしまっていたのである。
 むろん、分身を残してあったので、予選は無事に最優秀賞をとって終わった。
「よかったね、頑張った甲斐があったね。ちょい役だったけど、大感激。中央大会も頑張ろうね!」
 妙子一人が感激している。
 むろん、分身の記憶は自分たちの記憶でもあり、感激でもあるのだが、実際に舞台に立っていないと、微妙に寂しい。

 本番は、裏方で、クラスの有志が「お手伝いさん」として活躍してくれた。
「ありがとう、亮介がいなかったら、もっと立て込みに時間かかった!」
「感謝感謝、麻衣、みんなのお弁当作ってくれて!」
「大佛クンの照明、シンプルでバッチリだった!」
「純子、衣装頑張ってくれたね!」
「梨香、トラックの手配ありがとう!」
「アズマッチ先生。舞台に立っていても、先生の応援分かりました!」
「ここまでやってこれたのは、柚木先生の顧問としての、また担任としてのお陰です!」

 目を潤ませながらのお礼に、おさおさ怠りはなかった。が、やっぱ虚しい。

 その日は、部室で、いまどき珍しいアナログテレビをモニターにして、記録のビデオを観た。
「貴崎先生が、お辞めになってから、初の快挙よ……!」
 柚木先生の目が潤んでいる。
「貴崎先生って……」
「わたしの前の顧問の先生。すごい先生、生徒もすごかったけど。ああ、むろんあなた達もね!」
「あたし、この本読んで泣けました」
 妙子が、そっと本を示した。

『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』

「あたしたも読んだわ。泣けて笑えて……それで、頑張ろうって気になれたんです!」
「ノンフィクションだけど、デフォルメがあると思ってたんです。でも、その通りでしたね……」
「一学期に、坂東はるかさんと仲まどかさんが来てくれたじゃない」
「二人とも、眩しい女優さんでしたね……」
「あなたたちとは、ほんの二三年しか違わない……現役のころは、あなたたちみたいだったわよ」
「ほんとですか!?」
「坂東さんは、転校しちゃったんで、厳密にはうちの卒業生じゃないんだけどね」
「ああ、ご両親の離婚で、大阪の真田山学院に行ったんですよね。そうだ、坂東さんは、そっちの学校で、この『すみれの花さくころ』やって、惜しくも本選でおっこちゃうんですよね」
 そう言うと。妙子はロッカーからファイルを出してきた。

『まどか 真田山学院高校演劇部物語』

 と書かれたブットいファイルだった。
「こっちは、まだ出版されてないんでウェブで検索してプリントアウトしたんです」
 何度も読んだんだろう、ファイルに手垢がついている。
「やだ、きれいな手で扱わなくっちゃ」
「やあね、それだけ何度も読んだのよ!」
 妙子が真剣に言うのがおかしかった。

 友子も紀香も義体なので、両方とも知っている。義体のCPUは、あらゆるネット上の情報とリンクしているからだ。
 でも、妙子が羨ましくなった。ネットで検索し、発見、プリントアウト、そして時間を掛けて読み込み、ジンワリと実感していく。アナログな人間であるからこそ味わえる感動であるからだ。

 友子も紀香も演技した。

「ふうん、こんなのがあったんだ。あたし先に読んでいい?」
「紀香先輩、それはないでしょ!」
「じゃ、ジャンケンだ!」
 三回勝負で、友子は紀香に譲った。ちょっと虚しい。そこにアズマッチ先生が息を弾ませながらやってきた。

「速達、坂東はるかと、仲まどかのお二人から!」

 これには、リアルに驚き、喜べた……。


※ 『すみれの花さくころ』You tube  https://youtu.be/xoHJ-ekEnNA

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・91『絶崖の聖杯・2』

2018-12-17 06:56:59 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・91
『絶崖の聖杯・2』
    

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 もう一度T町にテレポし、それを……発見した。

 二人のミイラ化した遺体だった。肉屋の冷凍庫に入れられていたので、町の空気中のカツブシ的な臭い粒子は、ごく微量で、しかも拡散していたので、発見に時間がかかった。
「ひどい……まだ十代の女の子よ」
「勘が鋭いというだけで殺されたのね、あたしたちが居場所を感知出来なくするためだけに」
「奴も焦っているんだろう。ここに隠すまでに悩んでいる。だから臭いの粒子が飛び散ったんだ」

 三人は数秒間、演算……いや、考えた。そして互いをシンクロさせると元のカッパドキアにテレポした。

 司教たちの居所は、すぐに分かった。最初に居た崖庇の数キロ北で血の臭いがしたのだ。

 そこは渓谷の崖の洞窟のあたりからしてきた。
 この洞窟にたどり着くことも出来ずに渓谷に落ちたT町の人が二百人ほど谷底に落ちて死んでいた。
 洞窟の中に入ると、様々なトラップがあった。あるものは落とし穴に落ちて亡くなり、ある者は壁から突き出した無数の槍で串刺しにされたのだろう。体中に開いた穴から血を流し朱に染まって命の灯を消していた。そして、その先には、地獄の番卒でも目を背けたくなるようなトラップと、その犠牲者たち。
 そういうトラップが、機能しなくなるまで死体の山を築き、さらに、その奥に数人に減った人の気配がした。

 一番奥の広い岩の広場では、千人に近いT町の住人が亡くなっていた。遺体のそばにはいろんな杯が転がっていた。
 そう、ここは聖杯の広間なのである。

 千に余る聖杯が並んでいたのであろう。その中に本物は、ただ一つ。他の聖杯はニセモノで、それに満たされた水を飲んだものは……いや、実験台に飲まされた者は、ことごとく血反吐を吐いて死んでいたのだ。

「お、お前達は天使か……二千年にわたり、世の人々を苦しみの底に追いやった、まがまがしき神の僕(しもべ)どもか!」
 友子、紀香、滝川の三人は、無意識に天使に擬態していた。いや、あやまてる司教のゴルゴダ教団を誅するために三人の義体をして天使ならしめたのかもしれない。

 司教の傍らには、十数人の人間が居た。一人は、あのモーテルのオヤジ。他は町の最後の生き残りの人たち。マインドコントロールされているのだろう、みんな目には生気が無かった。そしてその手には、それぞれ聖杯が……。
 そして、二人と司教の間には車椅子に乗った少女と、その母親がいた。この三人は聖杯を手にしてはいなかった。

「みなさん、その聖杯は、捨てなさい。いずれもニセモノです」
 ミカエル似の天使が言うと、町の人たちは杯を取り落とした。しかし目の光は、まだ戻ってこない。
「司教、その子が、あなたの娘ですね。そして横の女性が、あなたの妻だ」
「違う! この子は神の子だ。この女は、その神の子の母。新しきマリアだ。この神の子は病んでいる。放っておくと、あと一月と肉体はもたない。この子は、この現世で肉体を成長させ、永遠の若さと命を授かり、本当の神の御教えを、人々に伝えなければならない。その為には真の聖杯に満たされた聖水を飲まねばならないのだ」
「そのために、町の人たちに試させたのですね……」
「聖骸布の全てが手に入っていれば、こんな手間はいらなかった。手に入らなかった聖骸布を取り戻すのには時間がない。そこで、こんなに大勢の信者が犠牲にならなければならなかった」
「司教、あなたは聖職の身にありながら子をもうけた。それを罪と感じ、その子を神の子と思いこんでしまった」
「違う。この御子こそが神の子なんだ。わたしは、その神の子を護持する僕(しもべ)にすぎない」
「なら、残る聖杯は、三つ。司教、あなたと、その妻である女とで試すがいい。もし外れたとしても、残った一つが真実。その子の命は助かるであろう」
「ぬ、ぬぬ……」

 三つの聖杯が、浮かび上がり、司教の目の前で空中に漂った。

 母親が、マインドコントロールされているにもかかわらず、その一つを手に取った。
「それも偽物!」
 ガブリエル似の天使が指差すと、偽物の聖杯は粉々に砕け散った。
「さあ、残りは一つ。司教……あなたが選びなさい」
 ラファエル似の天使が迫った。

 司教は、数秒迷い、叫び声をあげて逃げてしまった。

 司教の娘は、元の姿にもどった、友子たちによってナノリペアを投与され、病巣は取り除かれた。
 そして、しばらくすると、残った者達のマインドコントロールも解けていった。
 司教は死んだのか、その力を失ったのか分からなかったが、友子たちは、あえて、その後は追わなかった。

 壊滅寸前になったT町は、残った十数名の人たちで、ゆっくりと回復していくであろう。

 母と娘はS市を離れ、ニューヨークの雑踏の中で静かに暮らし始めた。その後の母子のことも、三人は調べないことにした……。

 聖杯は、真贋の二つが残ったが。その在りかは、永遠に封印された……。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・90『絶崖の聖杯・1』

2018-12-16 06:45:15 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・90 
『絶崖の聖杯・1』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 かすかに気配が残っていた。T町三千人のテレポの形跡が……。

 町の人間の中には、超能力と言うほどではないが、勘の良い者が1/1000ほどの確率でいる。その二三人の思念が、テレポさせられた先を暗示していた。トルコのカッパドキアの一点を意識の最後に残していたのだ。他の人間は、どこに行くのかも分からずに、なにが起こったのかも分からないままテレポさせられていた。

 滝川、紀香、友子の三人は、カッパドキアのそこにテレポした。

 カッパドキア……古代のカルスト大地に作られた、古代交易の中継点として栄えた都市の跡である。背の低い灌木の群れがチラホラあるだけで、住居に適した木材が無く、古代のカッパドキアの人々は、石と日干し煉瓦で家や城壁を作っていたが、ペルシアの進出と共に寂れ、岩山に穴を穿ち、それをもって住居としていた。
 それは、古代的というよりは、宇宙の別の星にある文化遺跡を思わせるものがあった。実際にスペースファンタジーのロケに使われることも多く、そういうところは観光地化され、様々な国の観光客で賑わっている。

 三人がテレポしたのは、そんなカッパドキアの辺境で、ふだん人の立ち入ることも希な渓谷地帯であった。

「地質的に不安定なところね」
「カルストだからな。石灰岩が多くて浸食がすすんでいる……あ、危ない!」
 紀香も友子も同時にジャンプして、隣の岩山に着地した。滝川だけが、上空を漂い、崩れたばかりの岩庇を見つめている。
「なにしてんの、こっちにきたら?」
「おかしいと思わないか。いくらカルストとは言え、あんなに大きな岩庇が、いきなり崩れたんだ……」
「かすかに感じる。あの岩庇の上に大勢の人間が乗っていたんだ」
「その重みで……トラップ?」
「そこまでは、分からないわ。気配を徹底的に消している」
「三千人分もの人の気配を?」
「多分、聖骸布の力だろ」
「集団テレポもね」
「こう痕跡もなにもなくっちゃ、分からないわね」
 
 三人は途方にくれた。

 感覚を研ぎ澄まし、あたりの気配を伺ったが、ウサギなどの小動物や蛇の気配まで拾ってしまい際限がなかった。
「ね、微かだけど、カツブシみたいな微粒子を検知したわ」
 紀香の一言で、三人はカツブシの正体をさぐりに、岩山をいくつか飛び越えた。

「なんだ……」

 それは、死んでカラカラに乾き、ミイラになったヤギの死体だった。
「今日は、ここで野宿だな」
「待って……T町では、ここへの残留思念が残っていたわ。それは感覚の鋭い人が何人かいたからよ。それが感じられないということは……」
「あたしたちが、追跡できないように始末した?」
「殺せば、死臭がする。おれ達の嗅覚はハゲタカの百倍はある」
「あ……」
「水道局長の殺され方……」
「ミイラ化すれば、死臭はしないわ!」
「でも、さっきのヤギみたいなのは、キリがないわ」
「水道局長とヤギのミイラじゃ、微妙に成分が違う」
「そうね、服や持ち物も同時に乾燥させるから、その成分が違うのよ!」

 三人は、水道局長のデータを基に、あたりを検索した。

「あった、三時の方角!」

 行ってみると、ワンピースを着せられたヤギとキツネのミイラだった。
「敵も読んでいるなあ」
「こうなりゃ、中型動物のミイラ、全部当たるしかないわね」

 五体目でビンゴだったが、ミイラがない。

「ミイラをテレポさせたんだ!」
「だとしたら、手の打ちようがないわね」
「もし、おれ達が、これをやるとしたら、どうする?」
「原子分解する。それだと絶対に分からないから」
「聖骸布は、トモちゃんが一部を引き裂いたんで、完全な力がないんだ。だとしたら……」
「テレポさせやすいのは、元の場所!」

 三人は、もう一度T町にテレポし、それを……発見した。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・89『S市Bブロックから』

2018-12-15 06:01:39 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・89 
『S市Bブロックから』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 Bブロックとは、名前の通りB級の住宅街だった。

 百坪ほどの敷地に、四十坪ほどの似たような住宅が並び、半分近くが長引く不況で売りに出されていた。遠目には閑静な住宅街だったが、中に入ってみれば、荒廃しかけたアメリカそのものだった。

「あの家よ」

 ジェシカ(紀香)が指差す通りに向けてジャック(滝川)はハンドルを回した。その家は、わずかに生活感があり、庭の芝生も程よく刈られて、程よく手入れされていない。アプローチや玄関前には枯れ葉やゴミが散見され、ここの住人が、あまり、ここでの生活に熱意がないことが伺われた。

「中に人は居ないな」
「でも、ついさっきまで居た気配がするわ」
「ワケありね……」

 かけられた鍵を難なく開けて、三人は家の中に入った。
 一階のリビングは、義体の力がなくても分かる。ついさっきまで人が居た温もりが残っていた。
「三人居たな……ほんの十分ほど前までだ。二階に一人。いったん、ここで話して、この玄関から出て行っている」
「残留思念を探ってみましょう」
 ジェシカが読み始めた。
「待って……」
「そうだ、なんか怪しい。これだけの痕跡を残しながら、読まなければ分からない残留思念……おれたちなら、読まなくても見えて当然だ……」
「これ……トラップかも」
 ミリー(友子)は、ソファーを一撫でして、玄関を指差した。
 
 三人は、家を出てブロックの端まで戻った。

「じゃ、読んでみるわ」
 とたんに、その家は前後左右の空き家を巻き込んで吹っ飛んでしまった。
「バリアーを張れ!」
 直後大量の中性子の洪水が襲ってきた。
「……今の、まともに受けていたら、あたしたちも危なかったわね。まして家の中に居たんじゃ」
「今のは、何をダミーにして読んだ?」
「ソファー……下手に義体のコピーなんか置いてきたら、リンクしているオリジナルまで影響を受けるところだったわ」
「どの程度の影響?」
「CPUが破壊されていただろうな」

 ミリーは瞬間読み取れた情報を二人に送った。あの家に住んでいたのは、中年の女と若い女……おそらくハイティーン。で、親子。父親は……なんと、あの司教!
 ただ、司教は自分の娘だとは思っていない……なんと神の子であると思っている。三人のCPUは、司教が強烈なパラノイアであるという結論を出していた。その司教が聖骸布を持っている。

 出てくる結論は……何が起こるか分からないということだった。

「水道局。もうテレポで行くぞ!」
 司教は、もう、このS市には居ない。義体であることを隠す必要もない……というか、とうに三人の正体は分かってしまっている。これも聖骸布の力だろう。

 まず局長室に行ってみた。局長は瞬間にフリーズドライにされたように死んでいた。ジャックが腕を持ち上げると朽ち木のように崩れてしまった。
「ひどい、実の弟を……」
「あの司教の力は計りしれんな」
「T町への送水管を!」
 浄水装置のある建物に行き、送水管を調べた。何も出てこなかった。
「おかしい、確かに、あのモーテルの水はおかしかったのに」
「友子、他の送水管を調べろ」
「もう調べた。平均的なアメリカの水道水よ。洗濯には使えても飲み水には適さない」
「T町のは純粋な水。東京の水道よりきれい……ん……だんだん水質が悪くなる……他のといっしょになった」
「証拠を隠滅した直後だったのね」
「T町に戻るぞ!」

 T町は、たった今まで人が居た気配。モーテルのオヤジの部屋で、電子レンジが任務終了の「チン」を鳴らしていた。かすかにビーフの良い香りがした。ジョッキの中のビールは、まだ盛んに泡を立てている。

「くそ、どこもかしこも一歩先をいかれてる!」

 滝川が、珍しくいら立ちを顕わにした。それがT町で唯一の人間的な気配だった……。
 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・88『S市司教の秘密・2』

2018-12-14 07:24:14 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・88 
『S市司教の秘密・2』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 司教は涙を流していた……わがことのように。

「海を越えたドイツとはいえ、わたしと同じ司教が、このようなことをしたとは信じられません」
「現時点での、司教としてのお言葉が伺いたいのですが?」

 記者の質問には、こう答えた。

「このドイツの司教の話は、まだ、みなさんたちからの情報しかありません。バチカンでは独自に調査中であります。わたしとしては……これが誤解であり、ドイツの司教の試練であればと願います」
 記者達は、しばし黙り込んだ。このS市は敬虔なカトリックの街であり、大方の市民がこの司教の言葉を待っている「カトリックは揺るぎない」と。
 なんせ『ハリーポッター』でさえ、反キリスト教的であると上映が自粛されたほどの街である。また司教が言葉少なに述べた言葉にも、悲しみとバチカンへの信頼しかなかった。一瞬今度の事件の犯人は、そのドイツの司教ではないかと、友子でさえ思ったほどだ。

 ベテランの記者が、締めくくるように、最後の質問をした。

「では、このS市の司教として、できることはなんでしょう?」
「祈ることだけです。わたしはS市の司教に過ぎません。法王様のように世界の平和を祈るのには、まだ修行も試練も足りません」
「正直な、お言葉に感銘いたします。では、司教様は何をお祈りになりますか?」
「わたしという小さな穴を通して神の光が届く限りの人たちの平穏と救いを祈ります」
「ありがとうございました」

――見えた?――
――大勢の市民の顔が……なにか?――
――ひっかかるの。今あの司教の頭に浮かんだ人たちの……――
――顔が?――

 驚いたことに、この司教は、数秒間の間に十万人近い人の顔を思い描いていた。そして、その一人一人から情報を読み取ることができた。むろん司教はコンピューターではないので、司教自信は意識はしていないが、一度頭に入ったものであるなら、友子のCPUはそれを読み取ることができる。

「なかなかの人格者のようだな」
 ジャック(滝川)でさえ、そう思った。
「ま、弟の水道局から当たってみましょうか」
 ジェシカが提案してきた。もう思念でなく、声に出している。

――待って、もうすぐ分かる――

 ミリー(友子)は、一見脈絡なしに並んでいる市民の人たちが気になった。普通、人間は人や物事を関連づけて覚えていく。例えば家族毎、友人のグループ、地域、職業別に。個人の情報を何万通りにも組み合わせ、関連性を導き出そうとしたが、いくらやっても出てこない。同じことをジャックもやっているようで、寡黙になった。

 そこに夕暮れ時の秋の突風が吹き、街路樹の葉が、一斉に舞い散った。

「ハハ、一瞬枯れ葉の流れが鳥に見えた。あたしってロマンチストだな」
 ジェシカが脳天気に言う。
「分かった!」
 ミリーは思わず声を上げた。
――なにも出てこないはずよ。あの司教が思い描いたひとたちの映像情報を、そのままロングにしてみて!――
――うん……あ、これは!?――

 沢山の人の姿が、ただのドットになり、その集合が一人の少女の顔になった。

――強い愛情を感じるわ――
――神の子……?――

 司教のイメージは、神の子であった。

――もう一つ分かった!――

 それは三人同時だった。文章化した個人情報をロングで見ると、S市の、Bブロックの地図になり、一軒の家が赤くマークされていた。

――ここだ、いくぞ!――

 ジャックは、司教に悟られないように、レストランまで戻り、車で戻ってきた。
「さあ、乗って」

 糸口の先が見えてきた。車はプラタナスの枯れ葉を巻き上げながら、Bブロックへと急いだ。

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高校ライトノベル・ライトノベル・トモコパラドクス・87『S市司教の秘密・1』

2018-12-13 06:55:25 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・87
『S市司教の秘密・1』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。

 ドイツの司教が贅沢三昧で非難されている。

 S市に向かう車の中で、そのニュースを聞いた。自分の住居に何十億円も使い、インドの貧民街視察のための飛行機にファーストクラスを使うなど、司教にあらざる振る舞いにバチカンは対応に追われている。という内容だった。

「中世ヨーロッパじゃあるまいし、こんなのが今時いるんだな……」
 ジャック(滝川)は、S市へのルート66を走りながら呟いた。
「……あら、他の放送局でも同じことを言ってる」
 ジェシカ(紀香)がチューナーを回しながら言った。
「このあたりはカトリックが多いから関心が高いのよ」
 ミリー(友子)は、そう言いながら、少し違和感を感じていた。

 S市に入って最初に見つけたレストランで食事をしていると、奥の席で聖職者の略服を着た老人が、助祭一人を相手につつましく食事をしているのに気づいた。
「今まで気づかなかった」
「静かに食事をされているんだ、邪魔しちゃいけないよ」
「そうよ、ミリー。あなたもしずかにお上がりなさい」
――でも、あの二人、なんの思念も感じない――
――聖職者だ、そういう人もいるさ――

 三人が食事を終えかけると、十数人のマスメディアと思われる男女が、ドカドカと入ってきた。

「デイリーSのトンプソンです。司教、シカゴの大司教座での様子はどうだったんですか?」
 これを皮切りに、各メディアがそれぞれに口を開いた。
「みなさん、ここはレストランです。他のお客さんもいらっしゃいます。どうか教会の司祭館でお待ちください、あと……五分でみなさんのお相手をいたします」
 穏やかに司教が言うのでメディアの人間は、ゾロゾロと教会に向かった。少しあって食事を終えた司教と助祭は、ミリー(友子)達にも頬笑みを残して、教会へと向かった。
「ドイツの司教とは大違いだな、マスコミの連中も大人しい」
「人徳のある司教さんのようね。お供もひとりだけだったし」
――でも、少し変。平穏で澄み切った心しか感じない――
――聖職者としても?――
――メディアの人から読めたけど、司教の弟は、このS市の水道局長――
――水道水の成分がおかしいって言ってたな?――
――T町の水は100%このS市から買ってる――
――少し調べてみるか――

 三人はレストランを出ると、プレスの人間に変態して教会の司教館を目指した……。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・86『アメリカA郡T町・2』

2018-12-12 06:15:39 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・86 
『アメリカA郡T町・2』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


「ママ、お湯が出ないよ」

 ミリーはモーテルのシャワーを使って人並みに文句を言った。 
「あなた、お湯が出ないって」
「こんな田舎のモーテルだ。もう少し流してごらん」
「だって、もう三分も流してるわよ」
「しかたないなあ……」
 父のジャックが腰を上げた。
「キャ、黙って入ってこないでよ!」
 ミリーは慌てて胸を隠して父に抗議した。
「呼んだのはミリーだろ。で、隠すんならバスタオルにしな。丘の上しか隠せてないぞ」
 ミリーは慌ててバスタオルを身にまとい、バスから出た。
「……こりゃ、元がいかれてるな」
「他の部屋のバス使えないかしら」
「他の部屋もいっしょだよ。ちょいとオヤジと掛け合ってくる」
「トレーラーのシャワーは使えないの?」
「修理が終わらなきゃ無理だ。もっとも修理屋のシャワーを使わせろって、手はあるけどな」

 無駄口を叩きながら、ジャックは事務所に行った。

「こないだ修理したとこなんだけどな……」
 モーテルのオヤジは、太った腹を揺すりながら、給湯器に向かった。
「修理って、オヤジさんがやったの?」
「ああ、車の燃費が良くなっちまってさ。こんな田舎のモーテルに泊まる奴は、そうそう居ないもんでな……こりゃ、またプラグがいかれたかな……」
「ちょっといいかな……あ、こりゃ、規格が合ってないよ」
「そうかい、ちゃんと規格の奴を発注したんだがね」
「給湯器、昔は部屋ごとにあったんだろう?」
「ああ、効率が悪いんで、十年ほど前に替えたんだ」
「こいつは、その部屋ごとだったころのしろもんだ……」
「そうかね……」
「ねえ、ジャック。早く直らないかしら。ミリー風邪ひいちゃうわよ」
 ジェシカが様子を見に来た。娘をダシに、自分も早くシャワーを使いたいのだろう。
「ああ、今なんとかするよ」
「そう、じゃ、お願いね」
「……奥さん、美人だね」
「いやあ、怒ると手が付けられない。ちょっと触るけどいいかい?」
「あんた、直せんのかい?」
「一応、電子部品のエンジニアなんでね……このサーキットを殺して……ま、一応は使えるかな」
「え、もう直ったのかい?」
「温度感知センサーを殺した。お湯の温度設定が出来なくなるが、水と調整すりゃ、なんとかなる」
「昔のアナログだな」
「ま、それを売りにするのもいいんじゃないか。ただし、温度管理はお客様の責任において設定してくださいって買いとかなきゃ。訴えられるかもね」
「そりゃ、かなわない」
「ま、うちはオレがついてるから。部品は早く発注しとくんだね」
「ああ、そうするよ。ミスター」

 自然にミリーは鼻風邪をひいて、声がおかしい。日が傾く前に、となりのS市に夕食をとりにいくことにした。給湯器の件があったので、モーテルのオヤジがワゴンを貸してくれた。
「昔は、晩飯ぐらい出したんだけどね、客が減っちまってからはね。まあごゆっくり……ガス代はいいよ。元々うちはガス屋が本業だからな」

 朴訥だが、人なつっこく、オヤジは手を振った。

――なにか、掴めたかい?――
――水の成分が変だった。微量だけど精神安定剤に近いのが……これがデータ――
――そっちは?――
――ケータイの電波のパルスが、ちょっと。変化が早いんで解析しきれてないけど――
――ちょっと大がかりな仕掛けがあるかもな――

 この間の、三人の会話は「風邪がどうの」「トレーラーレースがどうの」という中身でしかない。盗聴されている恐れもあるので、滝川、友子、紀香の会話はあくまでも親子三人の会話であった。

 まだ、聖骸布の真実にいたるのには時間がかかりそうだった……。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・85『アメリカA郡T町・1』

2018-12-11 06:31:15 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・85
『アメリカA郡T町・1』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。


 滝川のネットワークと彼の推理でターゲットが絞り込めた。

 かなりの人数がマインドコントロールされ、教祖的な存在、もしくは身内に重篤な病気を抱えた者。
 その中でも、表だった活動が認められないものを絞り込んだ。
 活動が活発なところは、ゲリラ組織、名前の通ったカルト集団ばかりであった。
 滝川は考えた。おそらく日常に溶け込んで、教祖の姿さえはっきりしない。そんなところが本拠地であると。

 アメリカの中西部、丘の上にポツンと置き忘れられたような町、A郡T町が、そうであった。もう日本にまで手を伸ばす力を持っているので、ターゲットの町は仮名で呼ばれた。
 靖国神社を放火しようとした犯人は、数か月前にアメリカへの渡航歴があり、その時アメリカでマインドコントロールされ、指令が与えられたようたようである。指令された時期に、なにかのサインが送られ、そのとき暗示された行動を起こすようにされていた。滝川は爆破装置が送られてきたときだと睨んだ。なぜなら犯行に及んだ男の頭から、爆発物を受け取った、あるいは準備した記憶が無いからである。警察もそこまでは掴み、催眠療法などで男の記憶を引き出そうとしているが、無駄だと思った。

 そんなヤワな相手ではない。もし記憶を引き出すことができても、男は自殺するように刷り込まれているだろう。

 推理の最大の根拠は、このA郡T町で、ある日を境に犯罪が一件も起きていないことであった。周囲の町は、程よく治安が悪く、T町も似たり寄ったりであった。おそらく町ぐるみマインドコントロールされているのだろう。そして首謀者は目的以外には混乱を好まない。

 しかし、こんな状況を長く続けていては、やがては目だって世界中の注目の的になる。聖骸布を手に入れた彼らの行動は早いと睨んだ。

「ちぇ、またエンストかよ」

 ジャクソンは、自分のキャンピングカーのバンパーを蹴り上げた。
「あなた、またなの?」
 妻のジェシカが降りてきた。
「この車で、大陸横断なんて元から無理なのよ」
 娘のミリーは降りもせず、窓を開けてプータレた。
「ロトの50万ドルで、満足すべきだったのよ」
「かもな、でも、このキャンピングカーレースに勝てば100万ドルだぞ!」

 そこに保安官の車が通り合わせた。

「あんたらも、トレーラーレースの参加者かい?」
「ああ、でもただのエンストさ、今日中には隣のS市にまで行きたいんだがね」
「あんた、この坂でスピード出し過ぎたんだよ。4マイル先から続いてるから緩く見えるがね、実際は見かけの倍の勾配がある。どれどれ……こりゃオーバーヒートだな。今日はこれで三台目だ。よかったら町の修理屋に電話してあげるが」
「ああ、仕方がない。頼むよ保安官」
「……マイク、保安官のジェフだ。三台目の客だ。レッカーで来てくれるか……そう、場所はナビに出てるとこだ。よろしくな……よかったね、これ以上は面倒見切れないってさ」
「保安官、後ろに積んでる立て札は?」
 ミリーが聞いた。
「『スピード落とせ』だよ」
「もうちょっと、早く出してくれればよかったのに……」
「まあ、T町もいい町だ。一晩ゆっくりしていけばいいさ」

 そう言い残して保安官は坂を下りていった。

「予定通りね、ジャック」
 紀香のジェシカが、滝川のジャクソンに言った。
「今夜が勝負ね」
 と、友子のミリー。

 まずは敵地潜入に成功ではあった。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・84『聖骸布の謎・2』

2018-12-10 06:47:38 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・84 
『聖骸布の謎・2』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、聖骸布のなぞとは!?


 聖骸布のレプリカからは、とんでもない情報が読み取れた……。

 それは、聖杯の存在とその在りか。そして聖杯の在りかにたどり着くまでの方法と能力に関してである。しかしレプリカの悲しさ、分かるのはそこまでであった。
 聖杯の具体的な在りかはゴルゴダの丘から、半径五百キロのどこか。方法と能力については、友子が直接目にした「空を飛ぶ力」しか分からなかった。
 聖杯の力については、皆目分からなかった。

「仕方がない。なにか動きがあるまでは待つしかないわね」
 友子と紀香は、そう結論づけた。

 ゴルゴダの丘の半径五百キロ以内では毎日事件が起こっていた。カッパライから戦争に至るまで、怪しいと思える事件は数万件もある。中には聖杯がらみのこととはっきり分かるものが何件かあった。
 実際聖杯の強奪事件というのもあった。だが、自分の分身をテレポさせて調べても、先祖代々「聖杯と信じ」保管されていたものが盗まれ、トレースしていくと、ガラクタ、あるいは単なる骨董品に過ぎなかった。

――そっちは、どう?――
――とても手に負えない。自分のCPUで「聖杯欲しい」で、検索したら、サッカーのワールドカップよ――
 紀香もお手上げのようだ。

「ちょっと、ハナ連れてお散歩に行ってくる」

 気分転換のつもりで日曜の街に出た。ハナも少し大きくなった。滝川からもらった赤い首輪がかわいい。生後三か月といったところで、人間で言えば五歳ぐらいになる。好奇心も旺盛で、一秒もじっとしていない。あっちの電柱、こっちの生け垣などで匂いの嗅ぎまくり。動くものにはなんでも興味を示す。通り行く人や犬には、だれかれかまわずに興味を持って追いかける。
 カワイイとは思うのだが、考え事をしているので、いささかわずらわしい。
「こら、どこ行くの!」
 ちょっと気を抜いた隙に、ハナは一人で駆け出した。自分としたことが……と、思ったら、友子の手にはリーダーが握られたまま。リーダーと首輪が外れたようだ。

 角を曲がると、ハナは喫茶店の前でお座りしていた。見ると『喫茶 乃木坂』であった。

 これは、友だちのポチの匂いを……ということは、滝川がいる。入ろうとしたら張り紙が目に付いた。
――ペットの持ち込み、ご遠慮願います――
「どうしろってのよ……?」

 すると、ハナが五歳ぐらいの女の子に変身した。

「トモちゃん、入ろうよ。アイス食べたい」
 そう言いながら、ワンピのポケットに首輪をしまった。

「おお、ハナ、ちょっと見ないうちに大きくなったな!」
 九歳ぐらいの男の子が後ろの席から声をかけてきた。その子の前には、新聞を読んでいる滝川の背中が見えた。
「ポチ……クンですか?」
「うん、人間の姿してるから」
「すみませーん、アイスとコーヒー、ブレンドで」
「趣味があうようだね」
 ウェイトレスのオネーサンが二組のアイスとコーヒーを持ってきた。
「どうして、ペットの持ち込み禁止になったんですか?」
「マスターの気まぐれ。たまにはペットの実年齢や、個性をしっかり知っておけってことらしいよ」
 なるほど、人の姿にするとよく分かる。アイスを食べてじっとしていられなくなったハナとポチは公園に行きたがった。
「遠くにいくんじゃないぞ、犬の姿に戻ってしまうからな」
「うん」
「ちゃんと、ハナちゃんの面倒みるんだぞ」
「分かってらい。ハナ、行くぞ!」
 二人は、元気に公園に行った。
「なにか、困っているようだね?」
「ええ……」
 義体同士なので、瞬間で情報が伝わった。

「ゴルゴダ教団で、検索してごらん」
「やりました。ゴルゴダのつくキリスト教系の宗教団体は二十ほどありましたけど、どれも無関係でした」
「名前は、仲間内でしか使ってないんだね」
「でも、バチカン大使には名乗っていってます」
「多少の敬意ははらっているのか、ブラフなのか……じゃ、これで」
「教祖の本人または身内が不治の病……」

 ポチとハナが泥だらけになって戻ってきたとき、ターゲットが絞り込めた……。
 

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・83『聖骸布の謎・1』

2018-12-09 06:35:47 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・83 
『聖骸布の謎・1』
        

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……彼岸花の共同幻想や靖国神社事件やら、今度は……!?



「靖国神社では、大変な目に遭ったね」

 理事長先生がねぎらって下さった。
「いいえ、おかげで放火も未然に防げましたし、紀香も生まれて初めて入院体験できましたし」
「白井さん、ほんとうに軽い怪我で済んでなによりだ」
「ハハ、バカは怪我の治りも早いんです」
 元来義体である。ナノリペアで、あっと言う間に治せるのだが、切られたところを大勢の人に見られているので、人間より少しだけ早い三倍の回復力で治した。病院には「お医者様のお陰です」と持ち上げ、その医者は、医学雑誌から取材を受け、臨床医としては珍しく学会で紀香の治療について論ずることになっている。
「警察と消防署と靖国神社から表彰されることになりそうだよ、他のみんなもね。でも鈴木さん、よく男が放火しそうだということが分かったね。一番遠くにいたのに」
「なにかインスピレーションのようなモノでした。きっと彼岸花の兵隊さんたちがついていてくれたのかもしれません」
「……かもしれんな。あんなに鮮やかに、沖縄戦のことを、みんなに見せてくれたんだからね」

 理事長先生には、そう思ってもらうことにした。義体の力であるとは、やはり言えない。

「ま、それはそれとして、理事長先生。この部屋のカーテン替えましょう。事務長さんからもきつく言われてるんです。一番エライ人の部屋が、一番みすぼらしいって。新しいカーテンはロッカーの中ですよね。失礼して替えさせて頂きます」
「どうも歳なんで、新しいものは、なんだか落ち着かなくてね」
「椅子や、ソファーは張り替えてるじゃないですか」
「ああ、張り替えだけで本体は昔のままだからね」
「この部屋の本体は、理事長先生です。その本体を生かすためです」
 紀香がうまいことを言う。
「ハハ、一本取られたね。じゃ、男子諸君にでも……」
「いえ、わたしたちがやります。お任せを。友子、脚立とってきて」
「はい、先輩」
 シオらしく友子は、廊下から脚立を運び入れた。
「こりゃ、手回しがいい」
 理事長先生も降参のようだ。
「先生、新しいカーテン、業者さんは昔といっしょですよ。ほら!」
 裾のロゴを見せた。
「ああ、特注品なんだね、事務長さんも気を遣ってくれて……」

 二人のカーテンの掛け替えは曲芸だった。友子が付け終わると、ヒョイとジャンプ。その間に紀香が脚立をスッと移動させ、その上に器用にお尻から着地。いちいち上り下りしないので、カーテンは一分余りで付け終わった。

「では、この古いのは演劇部で保管させていただきます」
「ああ、どうぞ。マッカーサーの机も演劇部だったしなあ」
「では、失礼いたしました」
「どうも、ご苦労様」

 こうやって、友子は学校で一番古い布きれ、それも乃木坂界隈でも一番古いそれを手に入れたのだ。

「どう、これくらい古ければ使えそう?」
「なんとか、やってみよう……」
 妙子には部活は休みと言って、部室に紀香と二人きりになり、あることを企んでいた。
 友子が、聖アンナ教会のシスター・マリア藤井に変身し、空に逃げる三人組が持っていた聖骸布を掴み、その端っこが引きちぎれたときに、聖骸布の情報を取り込んだ。
 それは、義体である友子のCPUをもってしても、1/10以下しか取り込めないほど膨大なものであった。あとは取り返した1/4から得た情報でやっと半分近く。それを、この乃木坂界隈で一番古い布地である理事長室のカーテンに再現してみようというのだ。
「マッカーサーの机の力も借りよう」
 
 畳1・5畳分ほどのマッカーサーの机に広げ、友子は、自分の目をプリンターモードにして聖骸布を焼き付けていった。

「……なんということ!?」

 聖骸布のレプリカからは、とんでもない情報が読み取れた……!


※マッカーサーの机:乃木坂学院の初代理事長が使っていたモノで、戦後マッカーサーが視察に来たときに使ったことに由来する『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』に詳しく書かれている、化け物机。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・81『バチカン市国大使館』 

2018-12-08 06:56:15 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・81 
『バチカン市国大使館』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……彼岸花の共同幻想から、やっと覚め、靖国神社で事件に巻き込まれる!


「あの……お手洗い、行っていいですか!?」

 友子の、この一言は、警備員、警官、そして早くも湧き出したマスコミをたじろがせるのに十分だった。
 友子は、トイレの中で分身を合成、靖国神社は分身に任せた。
 
 友子は直ぐ近所のバチカン市国大使館の前までテレポした。場所柄に相応しくシスターに変身している。
「しまった、遅かったか!」
 清楚で気品のある大使館から、神父のナリをした男たち三人が駆け出してきて、なんと空に飛び始めた。
 彼らは義体でもなく、エスパーでもないただの人間である。ただ、手に四メートルほどの小汚い布を三人で持ち、空に駆け上がった。その布に力があるのだ。

 その布が聖骸布であることは、靖国神社にいたころから分かっていた。この聖骸布を盗み出すためのブラフが、靖国放火であった。
 放火した男はマインドコントロールされていて、放火の行為に移る寸前まで意図がが分からなかった。
――紙袋を拝殿に投げ、一目散に逃げる――
 寸前に読めた思念は、これだけであったが。それが爆発物であることは瞬間の透視で分かった。
 そして、靖国神社で大騒ぎになっているうちに、数百メートル離れたバチカン市国大使館での騒ぎを感知した。

 させるか!

 


 男たちは、まだ数メートルの高さまでしか達していなかった。友子は三人目の男の手からはみ出している一メートルほどをようやく掴んだ。それ以上の行為は、大使館や、近所の人に見られてしまうのでできなかった。

 ビリっと音がして、男の手から下の一メートルあまりをちぎり取った。人間らしく見せかけるために、友子は、しばらく気絶したふりをした。

「大丈夫かね、シスター……」
 優しげな、ジョゼッペ大司教大使の声で気がついたふりをした。
「ありがとうございます。わたくし神田の聖アンナ教会のアンナ藤井と申します。たまたま大使館の前を通りかかりますと……」
「ありがとう、シスター・マリア。あなたの奇跡的な働きは目の前で見ておりました。まもなく救急車が来ます、ちゃんとお医者様に診ていただきましょう」
「あれは聖骸布では……」

 その一言で十分だった。瞬間ジョゼッペ大司教大使や、周囲の大使館員の心が読めた。

「あの布が、何であったかは言えませんが、わたしたちにはとても大事なものではあったのです。一部とは言えとりかえしていただいて、本当にありがとう」
「大使、救急車がまいりました!」
 女性職員の声がした。

 あの盗賊団は、ゴルゴダ教団というカルト集団であること。聖骸布を狙って世界中を、駆け回っていたこと。バチカンは聖骸布を守るため、世界中に聖骸布を移動させていて、たまたま在日大使館で保管していたところを、神父を騙った男三人に奪われた事などが大使たちの心から読み取れた。

 しかし、その先が分からない。

 

 飛んでいった三人組も、その進路は港区の上空までで、その先は教えられてはいなかった。靖国のオッサンと同じく、分担した行為の一部しか意識には無く、名前も素性も分からない。

 病院に着いて驚いた、集中治療室が紀香といっしょだったのである。

――なんだか、大変なことに巻き込まれてしまったみたいね――
――こら、怪我人がニヤニヤしちゃダメでしょうが!――
「あ、イタタ……」
 紀香がシラコイ演技をかます。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
「麻酔が切れてきたんでしょ。大丈夫白井さん(紀香の苗字)?」
 慌てて学校からやってきたのだろう、ノッキー先生が、ほつれた髪を掻き上げながら言った。
「先生、いま白井さんの麻酔が切れました!」
 友子の分身がけなげに、ドクターに報告している。

――まあ、一晩は大人しく患者になっておこうね――

 そう誓い合う友子と紀香であった。事件は、まだほんの入り口だ……。


※聖骸布:キリストが処刑されたあと、その遺骸を包んだと言われる布。キリスト教の聖遺物。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・80『九段北3−1周辺』

2018-12-07 06:35:17 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・80
『九段北3−1周辺』
       

 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……彼岸花の共同幻想から、やっと覚めた……。


 けっきょくは、クラスの生徒だけで行くことになった……。

 早咲きの彼岸花を見ているうちに、友子達は高山理事長の若き日の沖縄戦の体験を共同幻想として見てしまった。百人を超える中隊が五人にまで減ってしまうところまで戦い、十人の女学生の命を救った。これは過去の事実。その女学生や旧制中学生に友子達は入り込んで、実際の戦争を体験してしまった。

 何かをしなければならないと思った。

 その日はオープンスクールの日で、沢山の中学生や保護者がやってくる。で、生徒達は午前中は授業で、昼からは、いろんな係りに当てられている。でも全校生徒が残らなければならないというほどでもない。

 そこに委員長である大佛が目を付けた。

「この時間に、試合に出かけるクラブなんかもある。有志による社会見学ということにしよう」
 ということで、理事長先生にも頼んだ。
「うまいことを考えたもんだね。しかし、世の中にはいろいろ言う人がいるからね。ぼくは遠慮しておくよ」
 で、生徒八人だけで行くことになった。

 友子、紀香、大佛、亮介、妙子、麻衣、純子、梨花の八人だ。

 学校への届け出には「九段北3−1周辺の文化財、外交施設見学」とした。確かに、あのあたりは大使館がチラホラある。その説明で生指の許可は、あっさり下りた。
「大佛クン、アッタマいい!」
 女子のみんなが喜んだ。亮介は影が薄くなった。

 で、八人がやってきたのは靖国神社であった。

 幻想とは言え、あの中に出てきた兵隊さんたちは本物だ。名前が分かっているのは吉田さん池尻さんら数名だけど、彼岸花をまき散らすように死んでいく姿は何人も見た。
 その人達にできること……これしか思い浮かばなかった。

 平日の午後だというのに、たくさんの人たちが来ていた。

 門をくぐり玉砂利を踏んでいくと、死んでいった吉田さんたちの顔がうかんでくる。
 ただ、友子と紀香は、緊張を感じていた。
 そこここにいる警備員の人たち、外苑付近にいた警察官の人たちの目が険しい。

――ちょっと前に、放火未遂があったようね――
――今日は大丈夫みたい――
 紀香と友子は、義体同士だけで通じる会話をした。
 手水舎で手を洗い、うがいをした。妙子や麻衣はやり方が分からなくてキョロキョロしている。
「鈴木、さまになってんな」
「竹田さんが、こないだテレビでやってんの見て覚えちゃった」
 亮介には、そう言ったが。義体である友子は礼法をインストールしてある。

 間口の広い拝殿は八人全員が横に並んで、まだ余裕がある。二礼二拍手の二礼目に、一番端にいた亮介の横にオッサンが立った。

 直前まで分からなかった。オッサンは一礼目で、横の紙袋に手を伸ばした。

「亮介、その紙袋奪って!」
「奪ったら、人の居ないところに投げる!」
「て、どこに!?」
 亮介は紙袋を持ってアタフタ。オッサンはナイフを出して亮介を追い回し始めた。
「小僧、それをよこせ!」

 紀香が飛び出し、亮介から紙袋を受け取り、社務所近くのポッカリ人の居ないところに投げた。紙袋はそこで小爆発を起こしたあと、激しく炎を吹き上げた。
 オッサンが振り回したナイフが、紀香の制服を浅く切り裂いた。
――人間らしく反応して!――
「キャー!」
 シオらしい悲鳴を上げて、紀香が突っ伏した。
 オッサンは、もはやこれまでと、ナイフを自分の首に突き立てようとした。刹那、友子の飛びけりが入り、ナイフは宙を飛び、麻衣の足もとに突き刺さり、もう一つ悲鳴が上がった。
 友子はオッサンに当て身をくらわすと、ハンカチをオッサンの口に突っこんだ。

 ようやく警備員と、警察官が駆けつけてきた。
「この人、自殺します。警戒してください」
――友子、そのオッサンは暗示をかけられてるだけだ、本当の犯人は――
――分かってる、でも、今動いたら義体ってことが分かってしまう!――

 犯人達の本当の狙いは分かっている。靖国は単なるブラフだ、褒め称える警備員や警察官に取り巻かれながら、今から、すぐ近所でおころうとしている犯行に手も出せない友子であった。

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高校ライトノベル・トモコパラドクス・79『彼岸花の季節・3』

2018-12-06 06:54:29 | トモコパラドクス

トモコパラドクス・80 
『彼岸花の季節・3』
        


 三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……今年の彼岸花は、早く咲いた……。


 南西のガマに向かった第一小隊と学生女学生は無事だった。

「高山曹長殿、中隊は無事でありましょうか?」
 兵の一人が聞いた。友子は思った。この人は自分たちが無事であったことが後ろめたくて聞いて居るんだと。
「気にするな、ただの運だ。中隊の敢闘のお陰で、我々は無事に来られたんだ。自分たちの命を大切にすることを考えろ」
「先生、このガマには水が湧いています!」
「ほんとう!?」
 純子が叫び、宮里先生が確認した。
「……この水は飲めるわ。兵隊さん達も、どうぞ!」

 五六人はいっしょに飲める泉で、みんな喉を潤した。鉄鉢にくんで頭から被る兵もいた。

「ばかもん、そういうことは、水筒に水を詰めてからやれ。お前の汗くさい水なんかごめんだからな」
「申し訳なくありました!」
 つかの間、空気が和んだ。十分に水筒や竹筒に水を入れると、さっきの兵にならってみんなで水を浴びた。顔を洗うだけでも、元気がもどってくるようだった。

「シッ………!」
「妙ちゃん……?」
「人が近づいてきます……」
「吉田、様子を見てこい!」
「は!」

 吉田という兵は二分ほどで戻ってきた。

「北方十二時と二時の方向から敵歩兵部隊。見える範囲に、それぞれ二個中隊。距離は四百ほどであります」
「………」
 高山曹長が腕を組んだ。
「宮里先生。あなた方は生き延びてください。我々はやるだけやります。けして無駄死にしないように……いいですね。中隊八十名が犠牲になって助かった命なんですから。寺沢、池尻、お前達も、ここに残れ」
「総長殿、我々も連れて行ってください!」
「足手まといな負傷兵は連れて行けん」
「曹長殿!」
「吉田、二人の武装を解除しろ。そこの中学生も銃を渡しなさい。川西、敵が二百まで近づいたら知らせろ」
「は!」
「このガマの北東に岩場があります。我々は、そこで最後の一戦をやります。宮里先生、生徒達のために冷静に行動してください」
「でも……」
「もう、十分です。学生、女学生は良く聞け。敵の姿が見えたら、アイ、ウィル、サレンダー……サレンダーでいい、そう言って手を上げて出て行くんだ。けして肩から下に手をやるんじゃない」
「曹長さん、それは……」
「この条件で、それだけ言えば、敵は撃ってはきません」
「総長殿、敵二百であります!」
「よし、岩場に向かって移動。姿勢を低くせよ。移動中の発砲はするな、ひたすら駆けろ!」

 そして、高山らが移動を開始すると、二名の兵が発砲しながら反対方向に駆け出した。

「あいつら……」
 そう呟きはしたが、移動速度は緩めなかった。反対方向に行った二人の気配は十秒と持たなかった。
 岩場まで、二十メートルのところで敵に見つかり、激しい銃撃を受けた。岩場にたどりつけたのは六名に過ぎなかった。吉田一等兵が、横に飛び出しスライディングしながら、手榴弾を投げた。最接近していた米兵が二人吹き飛んだが、吉田も肩を撃たれ動けなくなった。
「援護射撃!」
 残った四人が撃ちまくったが、たちまち機関銃にやられ、二人が頭を吹き飛ばされた。
「もういい、撃つな!」
 高山は最後の命令を出した。そして吠えるように叫んだ。

「ウイ、ウィル、サレンダー! ドントシュート!」

 そう言って銃を投げ出し、ガマに民間人と非武装の負傷兵がいることを英語で伝えた。

 小隊長が戦死して指揮権を委譲された時に、小隊は、まだ四十人居た。中隊全部で百人は居た。それがガマの負傷兵を入れても、わずかに六名。女学生たちを守り抜けたことで良しとしよう。
「ソーリー、レスキュー、ヒム。ヒイ イズ ウーンデッド」
「サージャント、ヒイ イズ デッド オルレディ」

 小隊……いや中隊の生存者は五名に減ってしまった。

 彼岸花をそよがせている風が逆風になって、みんなは目が覚めた。友子と紀香のCPUも一瞬の機能停止から回復した。機能を停止していたのは一秒ちょっと。その間に高山理事長は無意識に、ここにいる全員に幻想をみさせた。義体である友子たちにも。

 彼岸花が無心にそよいでいた……友子はなぶられた髪をそっと直した。

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