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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・78『2GUNS』

2016-10-30 06:34:33 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・78
『2GUNS』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


本来 昨日、これと“42”を見る予定でしたが、朝っぱらから大頭痛、今日に延ばして“42”は堪忍してもらいました。
 体調万全とは行かないものの、これ以上ワガママ(本来、この2本プラス“パーシー・ジャクソン2”“SPEC”をオファーされとりましたが、どちらも蹴ってますもんで)は、なんぼなんでも言えません〓

 重い頭を支えながら映画館に入ったのですが……ゲンキンなもんです、映画が面白かったので重い頭も軽くなって、現状 頭痛の再発も無し……いやはや、我ながら……〓
 さて、今作 ド派手なクライム・アクションです。原作小説があるかと思っていたのですが、またもやグラフィック・ノベル(漫画)が原作でした。
 アメコミと言えば派手なコスチュームヒーロー物しか無いイメージが強いのですが、現在 極少数ながら純然たる犯罪スリラーも存在するようです。
 元々、20世紀初頭から50年代に猖獗を極めたパルプフィクション(安物の探偵小説やSF、ポルノ)の影響下で誕生していますから、かつては様々なジャンルの作品が有りました。第二次大戦後 一気に広がったのですが、60年代に入る直前、「子供に悪影響を与える」ってんで焚書され、以降 勧善懲悪以外のコミックは一掃されてしまいました。
 これは、当のアメリカ人も認めていますが、アメリカンの単純お馬鹿の証明です。なんせ、中世ヨーロッパで焼かれた魔女容疑者よりも近代から現在に至るアメリカで魔女狩りに会った犠牲者の方が圧倒的に多いのですから、何をか言わんやであります。
 それはさておき、現在のアメコミに復活し始めたサスペンス/スリラー物は、かなり上質な作品が多いらしく(全く読んでません、なんせ1冊 高いっすから)同種の小説に引けを取らないそうであります。本作も小学館から2千円ほどで発刊されてるそうですから、興味のある向きはお手にしてみて下さい……尚、購入されたら是非ご一報を、貸してね〓

 漸く映画です。本作の目玉は、入り組んだ人間/組織関係の クンズホズレツストーリーですが、デンゼル・ワシントンがこの所定期的に取り組む悪役(トレーニングデイ/デンジャラスラン)と マーク・ウォールバークが取り組むコメディタッチ(アザーガイズ/テッド)が組み合わさっているってのが最大目玉です。面白い映画ってのは、脚本の出来、編集の巧みさなんかと同じように 何らかの“化学変化”が起きています。本作の化学変化は、まさに主役の二人が引き起こしているのです。  フリーランスの悪党ボビー(ワシントン)とスティグ(ウォールバーク)は最近コンビを組んだ。メキシコの麻薬ディーラー/パピ(E・J・オルモス/ブレードランナーでデッカードを連れにくる刑事……あの時はスリムだったのに)に偽造パスポートと引き換えにコークを貰う予定が現金を渡される、しかも もう一人組んでいた悪党は殺されて首に成っている。腹いせに(?)パピの貸金庫の300万$を狙って銀行強盗、犯行は見事に成功するが、金庫にあったのはなんと4300万$!! この金を巡ってDEA/CIA/NAVY/マフィアが絡んで二転三転、一体誰の金なのか、信じられるのは誰? 元々ボビーもスティグも何者? 謎は少しずつ明かされていくが、誰が信頼出来るのか、全貌を知る者は誰なのか、こいつが全く解らない。解らなきゃ全部集めてガラガラポンてなもんで大乱闘になる訳ですが、はて 誰が生き残って大金を手にするのか。
 ラスト、さすがの大迫力なのですが……これって、どこかで見たような……と思ったら「マチェーテ/R・ロドリゲス監督、来年2がある)」のラストにムードがそっくり。まぁ、本作の方がスマートですがね。
 他の共演者も多彩で、P・パットン(Mi:I)B・パクストン(楽しそうに悪役やってます)分かりにくいのがジェームス・マースデン、この人「Xメン」でサイクロップスをやっていた俳優さん、準主役なのにサングラスをしているか目をつぶっているか、さもなきゃ目から光線を発しているかで素顔が判らなかった、漸くメジャー作品で素顔オープン、なかなかのハンドサムであります。
 なかなか容赦の無い殺人シーンの連続で 「カタルシス」ってのとはちがいますが、これもアメリカ映画の一つのスタイル、子供に悪影響……なんぞと思うなら、大人だけで見に行って、くれぐれもスクリーンに放火などなさいませんように。お願い申し上げます。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・77『グランドイリュージョン』

2016-10-29 06:08:04 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・77
『グランドイリュージョン』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


なんも考えんと、考えるのは客席で見ながら。とにかく、今の仕事が終わり次第 映画館にダッシュ!

 以下、できるだけネタ割らんように気をつけますが、出来れば白紙で見て下さい。
 マジシャンの映画ってのは有りそうで案外少ない。比較的新しい所だと「プレステージ/C・ノーラン監督、H・ジャックマン他」とか「幻影師アイゼンハイム」とか……大体が20世紀初頭が舞台でゴシックファンタジー風でトリックは科学~的な物が多かった(プレステージはお薦め) 第二次大戦で、街のイリュージョンを作ってドイツ軍の夜間空襲を避ける……なんてな実話作品もありました。
 本作にもゴシックな味付けは有りますが、単にマジックにとどまらず、強盗・アクション・カースタント・推理~etc. 極上のアクションサスペンスに仕上がっています。
 主役は4人のストリートマジシャン、謎の人物に集められて“4HORSEMEN”としてデビューする。アメリカのショービズ界の仕組みが垣間見える。どんなマジックかは見てのお楽しみ、総てに多額の現金強奪が絡む。
 4HORSEMEN~てのは「黙示録の四騎士」でしょう、ということは 彼らの犯行は天罰なのか はたまた単なる泥棒なのか。
 マジックのネタは、直後に明かされる、但し、これは映像マジックではなく、実際にマジックネタを作って撮影されたのだという事です。多数のマジシャンが技術指導等で協力しています。キャストは自分の持ちネタマジックの指導を受けているそうであります。マジックシーンが極めてリアルなのは そういう努力の結果なんですねぇ。
 彼らのイリュージョンに絡めた大金強奪には何か裏がありそうです。社会正義なのか私怨なのか……ストーリーは重層化されています。このメールの読者には“耳にたこ”でしょうが、アメリカは自警国家です。「自分の身は自分で守る」の裏にあるのは「自分の恨みは自ら晴らす」という事です。さて、本作のイリュージョンは「社会正義(法秩序に拠らない)」なのか「私怨に
よる報復なのか」…これが見ながら推理する一点。 もう一点、4人を集めた黒幕(?)は一体誰なのか、これは真のターゲットが誰なのかと裏表のテーマです、もう怪しい奴だらけですが、後から思うと二つ目のイリュージョンで二人にまで絞り込めます……さて、貴方には見抜けたでしょうか?

 いやぁ、ドッと疲れました。絶対見抜いてやる積もりで画面の隅々まで凝視しとりました。お陰様で、製作サイドの仕掛けた罠に嵌められる事三度(何気に一瞬 画面上を横切る人物、「こいつや!」とガッツポーズするも……関係なし、やられたぁ) ある種のトリックが自分の考え通りだった、その直後に落とし穴があるので、これは私の思い過ごしではなく製作が意図的に挟んだ罠です。絶対!間違いない!………4人のマジシャンを演じたキャストの素晴らしさは目を見張りますが、中でもJ・アイゼンバーグ(ソーシャル・ネットワーク)W・ハレルソン(ラリー・フリント)に大注目!
日本じゃまだまだ無名ながらFBIディラン/マーク・ラファロ、IPOアルマ/メラニー・ロランにも今後目が離せない。 今作の見所が、M・フリーマンとM・ケインのぶつかり合い、両者一歩も引かずのど突き合い・蹴り合いであります。
 とにかく、冒頭からラストまで瞬きすらする間無し、さて どこまで集中できますやら。
 忘れちゃいけないのが、監督、脚本、編集、撮影の見事さです。久方振りに「これがハリウッドサスペンスじゃい!」と言える一本。隅から隅まで、ご堪能下さいませ~~~〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・76『先週末日本公開ランキング』

2016-10-28 06:10:32 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・76
『先週末日本公開ランキング』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画ランキングですが、もったいないので転載しました


10月に入って大作公開が無くランキングは横ばい傾向が続いています。

①陽だまりの彼女
 2W連続1位、今週3作品が新たにランキング入りしているが、実質ライバルは“そして、父になる”“謝罪の王様”の二本。とはいえジャニーズは強い。

②そして、父になる
 4W 目 ながら恐らく動員数10万人以上、“陽だまり~”が1W目21万人、今週15万人だから、次週上下入れ替わる可能性あり。硬派テーマの本作が ここまで高位を維持しているのは、一人福山の人気だけではない。これは作品の持つ力量が並外れている事の証です。

③謝罪の王様
 これも4W目、宮藤官九郎作品は趣味じゃないけど、阿部サダヲと組むと途端に面白くなる。大人計画からの名コンビ、息はピッタリなんですなぁ。しかし、クドカンの確信犯的露悪趣味とギャグセンスには多少辟易する。おそらく、私が、パンク/メタルに耽溺できないのと同じ根っこがあるんだと思います。同じくメタル的芝居の新感線は大好きなんですが、こっちは半分ハードロックですから。

④人類資金
 初登場 260スクリーン 土日8万人。役者は気になる配役ながら…なんせ福井(亡国のイージス)の原作/脚本、先般も“ハーロック”をボロボロにしてくれたので「意地でも見に行くかい!」と無視……なんですが、意外に入ってませんねぇ。“謝罪の王様”くらいには勝ってると思ったんですが。宣伝不足?

⑤怪盗グルー~
 5W目 強いにゃ強いが、アメリカ程の大ヒットにはならなかったですね。国の持っている事情が違うからですが、スーパーマンの不入りと並んで、日本人の映画に求める物に変化が表れているのと、観客層そのものの変化も感じられます。

⑥ダイアナ
初登場 331スクリーン 4万人 悲劇の英王女ダイアナの映画であります。内容からして上映館数が異様に多いのですが「日本人はダイアナが好きだから」程度の思い入れやったんでしょうね。結果、惨敗です。

⑦ゴーストエージェントRIPD
 初登場 348スクリーン 土日4万人弱…まぁ、こんなもんだっしゃろ。殆ど宣伝もしとりまへん。配給に売る気無し~ 嗚呼

⑧おしん
 先週末初登場5位 6万人、来週はおらんかも……なんで今更“おしん”なんですかねぇ。韓流が未だにマダム達に人気だから“おしん”も当たると勘違いしましたかねぇ。韓流ドラマは日本のドラマの3-40年前をトレースしていると言われますが、確かにそれはあるにしても、古い日本ドラマとは決定的に違う顔も持っている。ここを見落とすと大失敗。例えば今“細腕繁盛記”やら“横堀川”なんかをリメイクしても客は来ないですよね。見たい?

⑨ATARU
 強いなぁ~、なんで? 中居の力? テレビドラマの人気? 6W目ですよ!

⑩風立ちぬ
 驚異の14W目、そろそろ終わりそうではありますが。宮崎監督作品でここまで賛否の割れた映画もありませんでした。ただ、否定的意見が余りにも情けないのが多かった……「主人公がタバコ吸いすぎ」 「武器を作っている事に対する懊悩が無い」 「東北地震があったのに関東大震災の映像を流すのは許せない」etc~ ゴメンね……あんたらアホか? 「物語に起伏がない」だの「主人公の声が気になった」だのは 真っ当な感想に聞こえる。こういうのがホンマに多い、こいつばかりは上から目線で言わしてもらいます「少しは勉強しなはれ」。

※今週消えたのが3作品
“エリジウム”“あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない”“R100”
 エリジウム5W目、R100が3W目に対して“あの日見た~”が8W目!単にアニメ人気とは言えない、本作上映館なんと全国でたったの64館、それでこの成績、これは、ワンピ/ヱヴァとは違う奇跡的ヒットです。
 かっこさて、今週のランキングを見ていて、しみじみ想うのは映像観客層が広くなったなぁと言う事です。改めてトップ10と圏外落ち3本のタイトルを見ると、どれ一つ メイン観客層が被っていない。この事が今後の日本映画界(洋画配給も含めて)にマイナスの影響を与えなければええんですが……アメリカなんかはマーケットリサーチで当たりそうな映画ばっかり作って業界が沈みかけましたからねぇ。杞憂であれかしと願うばかりです。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・75『ヘンゼルとグレーテル』

2016-10-27 06:00:46 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・75
『ヘンゼルとグレーテル』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので、転載したものです。

公開時、見逃してました、star chでやってたので漸く見れました。

 グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」の15年後、お菓子の家の魔女を焼き殺してから、兄と妹は魔女専門の殺し屋に成りましたとさ…チャンチャン〓
“ブラザーズ・グリム”なんかを見ていても、ここまでやってええんかい? と思ったものですが、本作に至っては もうタガがはずれとります。ブラザーズ・グリムでは一応時代設定や、ドイツの黒い森のイメージなど、細かく気配りしてありましたが、この映画は一切斟酌しとりまへん。

 大体が いつの時代のどこの話なのやら、飛び道具がボウガン(しかも連発)にとどまらずライフルもどきが出てくるわ、弾丸無限に撃てるみたいだし、果てはガトリングガンまで登場、“ウ゛ァン・ヘルシング”でもそこまでやらんかったのに……まぁ、そんなこんな含めて楽しめる映画でしたけど。スピード感があって、こだわってる暇がないってのが主因でしょうね。ヘンゼル役のジェレミー・レナーが、まるっきりスパイアクションのノリで走り回っております。妙にリアルで引き込んでいきます。お見事!
 兄妹の父母の設定にも一捻り、最近流行りの白と黒の対立も盛り込んで、道具建ては仰山であります。
 もう ここまで並んだら、ただただ受け入れて 片っ端から食い散らかす以外にありません。  
 アメリカじゃ5000万$位の稼ぎで、まぁ スマッシュヒット、最近 ダークファンタジーに当たりがなかったので、この類はあまり作っていなかったのですが、全く無い訳でもなく、久し振りだから当たったという事でもありません。
 実は、本作の製作陣そのものがヒットの理由が解らないと漏らしています。そんな事もあったので是非とも見たいと思うとりました。結論は、ジェレミー・レナーに惹かれて見に行ったら、結構スピード感があって面白かったって事なんだと思います。何より製作者の本気が伝わってきます。
 妥協の無い製作姿勢がヒットを産む…これが総てじゃありませんが、最低必要条件なのですね、改めてそう感じた次第です。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・74『R.I.P.D.ゴースト・エージェント』

2016-10-26 06:24:03 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・74
『R.I.P.D.ゴースト・エージェント』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


お薦めって程の映画じゃないけど、そこそこ楽しめる作りにはなっています。

 例によって一切“禁理屈”であります。M・I・Bのゴースト版+ゴースト・バスターズの「魔神降臨呪い」……であります。
 成仏(アメリカだから昇天か)しない死者が年月を経ると怪物化し、それを捕まえるゴースト・ポリスの組織がある。なんせ一度死んでいるから、どんなショックを与えても怪我すらしない、“オダブツ弾”ちゅう弾丸(一回しか名乗らなかったので英語でなんと言ったか聞き漏らしました)で頭を撃たれると消滅する。人間の姿だと、人間並みにしか動けないが、正体を表すと怪力を発揮する……とはいえ、物理的法則には従わざるを得ないetc~てな設定です。
 原作はグラフィックノベル(要するにフルカラー・デラックス・コミック)で、ダークホース・コミックス社の出版、この会社はマーベル/DCに次ぐアメリカ3番手の会社で“300”“シン・
シティ”“ヘル・ボーイ”“マスク”“エイリアンVSプレデター”なんかを出しています。いかにもアメリカンコミック的ご都合ストーリーですが、始めにお断りしたようにそこはグッと飲み込んで楽しみましょう。過去のゴースト・ファンタジーやウェスタンのパロディも山盛り、結構笑わしてくれるサービスもあります。
 前にどこかで書いたかもしれませんが、ジェフ・ブリッジスって割と大男のイメージがあるのですが、さほどじゃないんですねぇ。共演のライアン・レーノルズ(デンジヤラス・ラン)がデカいのかと思いきや、ケウ゛ィン・ベーコンと同じ位なので……拠って、ジェフ・ブリッジスもそんなに大男じゃないとなる。 若い頃は、ジョン・ウェイン張りに見えたんですけどねぇ、共演が小さい人ばっかりやったんですかねぇ。
 まぁ、そらええとして、本作キャストはコミック映画に慣れたメンバーが揃っていて、演技の勘所をキチンと押さえています。この演技が大ご都合主義ストーリーにリアリズムを与えています。なんと言われようが「ご都合主義ストーリー」は駄目だって方以外、案外楽しめると思いますゾ〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・73『モック・バスター……?』

2016-10-25 06:46:45 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・73
『モック・バスター……?』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

今週は映画無しデス。

 それで“モック・バスター……一体何の事だとお思いでしょうか(ウ゛ァイオリン弾きの森繁風に…)
 MOCK(模倣する)+BLOCK BUSTER(超大作映画)=MOCK BUSTER……要するにパクリ映画の事です。
 レンタルビデオ屋で、こんな経験ありませんか?「アバター」の隣に「アバター オブ マーズ」、「トランスフォーマー」の隣に「トランスモーファー」、続編は無いはずなのに「タイタニックⅡ」~~なぁんてな限りなく怪しいタイトルを発見した事はありませんか? これらは総て“ASYLUM”(精神科病院)という会社の作った低予算SF作品、どこかで闇製作してるのかと思いきや、立派にハリウッドのディズニースタジオの北東に鎮座しています。
 MOCK BUSTERはASYLUMの専売特許ではなく、インディーズ系には、この類いの映画を作っている所が幾つか有ります(ツインヘッドジョーズとか砂浜を移動するジョーズやら)

 昔から、B・C・D・F級映画ってのは沢山有りました。「デスペラード」なんてな映画も、元はR・ロドリゲスが7000$で作った「エル・マリアッチ」のハリウッド・リメークです。B級の帝王 R・コーマンは確信犯的低予算、早撮り、二番煎じ。エド・ウッドなんてな怪人監督もいました。
 インディーズに限らず、パクリはメジャー系でも花盛り、企画の盗り合いなんてな日常チャメシです。「アルマゲドン」の企画を先取りして低予算、早撮りで作ったのが「ディープインパクト」なぁんてな有名な例もございます。
 アメリカは知的財産権にうるさい国ですから、企画のパクリには厳しいんじゃないか…と思っていたのですが、ところが意外や、殆ど笑ってスルーするみたいです。過去には訴訟もあったようですが、立証が難しく、必ずしも勝訴出来ない事例が多くて、訴訟するよりは逆手にとってCMに使ってしまえ……位の感覚のようです。
 ASYLUMの設立メンバーも、元はインディーズでアート作品を撮っていたようですが、大手ビデオチェーンとの出会いから、徹底的マーケティングによる「売れる企画」の低予算(スタートは一本3万$、大体10-20万$、メジャーは1000万$)早撮り(2-3週間撮影、月1本製作、95年設立後15年で100本製作、メジャーは年2-3本)企画から製作から配給まで自社内で完結させる…というスタイルに変更、会社経営維持の不安定なハリウッドにあって低レベルではありながら(年間売上高600万$)安定した経営をしているようです。
 パチモンと知りながら、怖いモノ見たさで、ついつい手に取る……結構こういう人が多いようで、こんな人間心理にもはまるようです。バカにしつつも、ツボにはまると、つい見込んでしまう作品もたま~にあったりして、こういうのがカルトムービーに成ってしまったりするのです。
 ASYLUMの成功(?)で、インディーズに同様の会社が増えたのは事実ですが、映画界のニッチ産業という立場と共に、映画人の初期養成所としての役割も果たしているようです、全社一丸で早撮り、スピード製作のタフな現場ですから、VFXなんてな専門職以外はなんでもやらされる、ものの2-3ヵ月もしたら一丁前の職人に見える(?)ようにはなるらしい。思えばR・コーマンの足下からコッポラやキャメロンなんてな監督や、J・ニコルソン、P・フォンダなんかが育っている。メガ・シャーク vs ジャイアントオクトパス(ゴールデンゲートブリッジを噛み砕くほどデカいサメ)なんてな映画のネット予告編は、かの「アバター」の予告編に次ぐ再生回数だそうです。安っぽい作品ながら勢いで見せきる! チープ作品の系譜は決して無くならず、今後も映画界に居座り続ける事でしょう。中には、あまりにも馬鹿馬鹿しく、時間の無駄に思える作品も有るでしょう(その方が多いやろね) でもまぁ、そうと知りつつ、怖いモノ見たさで選んだのなら「馬鹿だね~、こんなん作ってええんかい?」てな、おおらかなる気持ちで笑い飛ばしてやって下さい。
 世の中には、Aクラスを名乗りながら、見ていて怒りに震える作品もあります。本物の詐欺作品(?)ってのはそういう映画です。そういう映画に当たったら、それこそ大声で「金返せ~!!」と叫びましょう。
 誰しも過去に1-2本はB級カルトがあるでしょう。あなたのカルトは何ですか。まさか…ディバイン(アメリカのデラックスマツコ的オカマ、徹底的グロ・ゲロ)などと答えるあなた……B級ファンと言うより、変態でっせ!!〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・72『ゲキ×シネシレンとラギ』

2016-10-24 06:38:31 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・72
『ゲキ×シネシレンとラギ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している評ですが、もったいないので転載したものです。

さすがに、本公演30回以上経てからの録画、ギャグのキレは良くなっています。
 去年私が見た公演は5回目位、ギャグはまだまだ未完成で、意図は判るがそこら中で滑ってました。
 ゲキ×シネも10周年だそうで、確かに手慣れて見やすく、聞きやすく工夫されています。今回、音入れはハリウッドに外注したとか。原音の録音があまり良くないので、わざわざ外注にするのは勿体なく感じましたが、しかし、さすがにハリウッド、音像はクリアで芝居の頭から間違いなく正確にセリフが聞こえて来ます。効果音とのバランスも良くなっていて、これならDVD再生時いちいちボリューム調整しないでもよさそうです。まぁ、テープのときよりディスクの方が音バランスは良くなってはいるのですが、所々不具合が有ります。何でなんですかねぇ? ハリウッドのサウンドスタジオちた所で、機材は殆ど日本製なんですけどねぇ。この差はどこでついちゃうんでしょう。  

 まぁ、そらええとして、今回に限った事じゃないんですが(いや、今回はヤッパリ多かったかな)アップが多くて、全景があまり映らなかった。
 スクリーン化された作品は、役者の表情がハッキリ見えるのと引き換えに、劇場公演を見て受け取る、劇全体から受ける感動を伝えきれないきらいがあります。無い物ねだりだとも思うのですが、何らかのバランスが有るんじゃないかと、毎回考えてしまいます。
 通常、劇場中継なんかは5-6台のカメラで作るのですがゲキ×シネは18台のカメラで撮っています、それなりにベストショットが多過ぎて、アップの連続になるんですかねぇ。去年、劇場公演を見たのはセンター右寄り、前から5列目だったので、役者の表情もハッキリ見えていました。だから、アップの映像に接しても、そう落差はなかったのですが……劇場で受けた印象とは少々違っていました。  ゲキ×シネ形式から来る印象なのか、収録日の雰囲気なのかは計りかねます、なんつっても芝居は生モノですからねぇ。

 本作は、ギリシャ悲劇「オイディプス王」の翻案です。そうとは知らず、実の父を殺し、母を抱いてしまうというドロドロ悲劇、第一幕幕切れに原作とは逆の順番でラギ(藤原竜也)の悲劇が明かされる。この時のラギの表情が凄すぎて、もうここで芝居が終わってしまった印象がありました。 劇場公演の時も、このシーンは異様な迫力だったのですが、芝居をぶった斬るまでではなかった。
 だから本公演時、後半ラスト、シレン(永作博美)とラギの“血の因縁”と意外な(??)力を知り、自ら滅びるより生きる決意をする。示唆するシレンに、ラギは「今の言葉は、女としてか、母としてか」と問う。
 シレンから返される言葉は「人として」……この芝居の決定的なオイディプスとの違いが現れる最重要のセリフなのだが……舞台を見た時には、はっきり、そう受け取ったのだが、今日のスクリーンからは“浮いた印象”を受けた。やはり第一幕幕切れで終わっている。 ゲキ×シネだけを見たならここまでの破綻はなかったかもしれないが、舞台から受けた印象とのギャップは大きかった。

 新感線は、97年版髑髏城の七人、続く阿修羅城の瞳を最後にした初期のうえ歌舞伎から一歩踏み出した作品を目指している。
 中嶋(劇作家)にせよ、演出いのうえにせよ、試したい事は沢山あるんでしょうねぇ。はっきり言わしてもらって結構失敗もある。
 新路線以降、「朧の森に棲む鬼」「蛮幽鬼」からは目指す方向が見えたように思えたが、宮藤官九郎の起用と「蜻蛉峠」は失敗としか思えない。新感線生え抜き役者の奮闘で、なんとか見られる出来にはなっている。しかし、正直しんどかった、早く突き抜けていただきたい。私の周りの新感線ファンは大体同意見であります。
 そんなこんなを別にしまして、高橋克美の悪役振り、存在感は舞台/ゲキ×シネを比較して、いずれも遜色ありません。小劇場の頃から、のほほんとしたキャラクターで出て来た人ですが、実は暴れん坊なのかも知れません。
 橋本じゅんさん、毎度の持ち味で、ファンを安心させてくれるのですが……今回は少々やり過ぎの感有り。古田がもっとしっかり受け止めていたら違って見えただろうが、途中で明らかに突き放している。アドリブ部分なので、演出意図なのか古田の感覚なのかは解らない。古田演じるキョウゴクの造形が今一ハッキリしない事が影響しているのかもしれない。
 シレンとラギ、ゴダイ大師(高橋克美)三者の因縁が大黒柱とすれば、キョウゴクの歪みは梁なのだが、ちょっと弱い。旧いのうえ歌舞伎には、こういう取りこぼしは有り得ない。
 中嶋・いのうえが未だ苦闘半ばなのだろうと愚考する由縁であります。
 意外な所が河野まさとの扱い(密偵/ヒトイヌオ)です。この所、あまり役に恵まれず、この人の持ち味も間違いなく新感線臭の一つですから、勿体なく思っていました。今回久々ハマりキャラで暴れております。この迷路を抜けて、新いのうえ歌舞伎がどのような顔を見せるのかわかりませんが、ドキドキってか、イライラってかファンはみんなまっています。

 頑張ってや!ほんまに!

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・71『そして父になる』

2016-10-23 06:14:23 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・71
『そして父になる』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


結婚すらしていない俳優が二組の家族を演じ、それを父に成れなかった60男が見ている。

二人の子供がいて、6年前、同じ病院で生まれた。看護婦の悪意で取り違えられ、別人の子供とは知らず育てて来た。
 育てて来た年月をとるのか、血の繋がりをとるのか、究極の選択を迫られる大人達……。
 当然、「自分ならどうするのか?」と、問うてみるけど、結論など出ない。自分がやりそうなのは、無理苦理にでもなし崩しに二家族を一つにしてしまう方法を考える? 全く違う家族が大人同士は互いの異質さに感じる嫌悪を隠しながら、子供に真実を告げる日を先延ばしにする……臆病な自分ならそうするだろうなぁ、今は子供を傷つけたくない、と 言い訳しながら。映画は結論を出していない。
 ある意味、今後、今自分が考えたような関係になって行くのかもしれない。子供の取り違えによって、新たに親戚が増えるようなものである。二組の家族で二人の子供を育てる。血縁に対する我欲(支配欲)を押さえ切れるならば……残念ながら親に成れなかった身には確答が見えない。

 自分にも取れる立場はあるが、それは後にして、まずは映画の話。

 監督の是枝裕和は日常の切り取りが巧い人だ、決して結論を急がない、押し付けない。“誰も知らない(柳楽優弥/カンヌ史上最年少最優秀男優賞)”“歩いても、歩いても”“空気人形(ビニールのダッチワイフに命が宿る)”これらが私の知る監督の全て、いずれの作品もまったく押し付けがましい結論は無い。
 福山雅治は半人前の父親として顕在していた。スター福山雅治はどこにもいない。そして“父”になろうとする、一人の男として実在していた。リリー・フランキーの演じる斎木は、野々宮(福山)より少し年上、強い嫁さん(真木よう子)に支えられて気のいい親父を演じる。父と言うよりは一番デカい子供の雰囲気。野々宮はエリートサラリーマンで、何でも与えてくれそうだが、子供の目からは斎木の方が気楽だろう。
 その意味で斎木も未だ父親になりきってはいない。
 二人の妻は、その点立派に母親である。母性愛はやはり最強の愛情の在りようだと思う。斎木ゆかりは三人の子供を揺るぎなく抱き留めている。野々宮みどり(尾野真千子)は慶太を産んだ後の予後が悪く、その後、子供を持てなくなったが、その分慶太への想いは大きい。夫を深く愛しながらも、慶太に「このまま二人で遠くに行こうか」と語りかける。おそらく、その時慶太が「パパは?」と聞かなければ実行しただろう。
 女性は出産を通して本能的に母親となる(中には、その本能の弱い方もいらっしゃるようですが)。 映画は、その本能的強さの上に「そして“母”になる」行程をも描いている。それは、野々宮の母(事情有り)の姿を通しても語られる。

 えらそうな言い方を許して貰えるならば、人間は毎日を自ら選択しながら生きている……などと思うから傲慢になっていく。しかし、これを“与えられている”ととらえるならば感覚が変わるのじゃないだろうか。  野々宮は選択の繰り返しの中で、常に勝ち上がって来た強者であるが、この究極の選択の前で「選択出来ない自分」を発見したのではないだろうか。
 押し付け、説教のない作品ながら「人は子によって親にしてもらうんだよ」というメッセージだけは、一本の大黒柱として屹立している。親になりそこねた私が言うのはおこがましい限りではありますが……そんな私が、この作品を自分なりに受け止める視点は「子供の視点」です。
 いかに、取り違えられた存在であろうとも、子供にとって両親と暮らした6年は自分にとっての全てです。まったく幼い自我とはいえ、それは両親から与えられ育まれて培ってきたものです。この映画の事情は6歳の子供には100%の理解は不可能です。しかし「今日からお前は、あちらの家の子供だよ」と言われる意味は理解できる。幼い魂にどれだけ深い傷が残るか……こんな残酷な仕打ちもないだろう。
 私にも、ほんの短い間だが、両親と離れて母方の祖母と暮らした時期がある。両親が離婚の際にあり、暫く離れて暮らした。弟と一緒に預けられ、毎日が宙に浮いたような頼りなさの中で過ぎて行った。幸い、両親との日常は取り戻されたが、暫くは親の顔色をうかがい、しかし、決してうかがっていることを知られてはならないという事も解っていた。 だから、外に飛び出すより、静かに本を読んでいる方が落ち着いた。
 年を経るに従い、両親のあり方への理解もついて、今やこの事は傷でも何でもないが、ユングやフロイトに言わせれば「立派にあんたのトラウマだっせ」といわれるんだろうなぁ。
 歳と共に行動範囲は広がり、自分なりの世界を築くようになる。自分を築くのは両親ばかりでななくなり、人は社会的生き物になっていく。しかし、ここに至っても不動なものは“家族”という存在であり、人は「そして“親”になる」のであり、かつまた「そして“子”になる」のである。
 私の家は、映画ほどではないにせよ「野々宮家」に近かったかもしれない。だから二人の子供の内、野々宮慶太の傷により感情移入できる。描かれざる本作の結末に、幸多かれと願うばかりです。私事ばかり書くようですが、映画を見終わっての一番の感慨は、今や亡き両親への感謝でした。

 ありがとう、あなたたちの子供で幸せでした。俺はあなたたちの子供として、少しは幸せを伝える事ができたのでしょうか。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・70『エリジウム』

2016-10-22 06:39:17 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・70
『エリジウム』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している評ですが、もったいないので転載したものです。


ブロムカンプ(第9地区)がまたもややってくれました。

 2154年ラグランジュポイントに直径60㎞/幅3㎞のスペースコロニー“エリジウム”が浮かんでいる。エリジウムとはギリシャ神話のエリシュオン(死後の世界、神々に愛された者だけが住む世界)のラテン読み。ここでは超富裕層のみが生活し、その数、わずかに8000人!
 前作「第9地区」は、南アフリカ映画として、いきなりアカデミーノミネート、「厚かましいくらいに社会的SF」と評された。前作は南アフリカのアパルトヘイトを、人間対宇宙人の構図に移し替えて描かれたが、エビ型宇宙人は労働力とはなりえておらず。本作の地球に住む人間とエリジウム住民の図式において前作で積み残した問題が浮かび上がってくる。
 地球においても社会の隅々までロボットが入り込んでいるので、エリジウムにおけるユニバーサルサービスも究極まで機械化されていると推察出来るが、金持ちばかりが生活しているこのコロニーに生産活動の臭いがしない。恐らく、生活物資は地球からのサポートに拠っているのだろう。
 この点“銃夢”のザレムとクズ鉄町との関係に似ている。“銃夢”はJ・キャメロンが映画化企画中だが、きっと今頃焦っているのではないだろうか。それほど本作の世界の構築と見せ方は見事の一言に尽きる。 本作の出来映えがキャメロンの企画にきっと良い影響を与えるものと思いたい。
 ブロムカンプの手腕の一つは、極力「ブルーバック」に役者を立たせず、セットの中で演じさせる事。CG合成されるロボットはモーションキャプチャーを用いて作られ、それだけリアルが担保されている。 メカとガジェットの表現力が天才的なのは前作で嫌というほど見せつけられたが、本作は更に何段階も上に到達している。こればかりは見て納得していただくしかない。無論、各所に矛盾は有るのだが、細部に神経の行き届いた作り込みが、その矛盾すら押し込んで忘れさせてくれる。
 
 SF小説は、現在の社会問題を未来(あるいは過去に)に移し替えて語る文学だが、それをヴィジュアル化する時には様々な問題があり、一定の方法論が確定していないので、過去多くの失敗作を生んできた。
 ブロムカンプの巨大な構築物を見せながら、細部のリアルに徹底的にこだわる映画作法は間違いなく、一つの模範解答である。
 エリジウムの天井が素通しに開いている設定も見事で、この設定だと、自由にコロニーに出入りできる。巨大コロニーならではの人工重力で大気は漏れない設定になっている。ラリー・ニーブンの“リングワールド”[地球の軌道上に、ぐるりと太陽から等距離のリングコロニーが築かれ、これも天井は素通しになっている。]を思い出した。
 ブロムカンプの見事さの更なる一点は暴力は只々 暴力に過ぎず、そこに説教臭い注釈が無い事。手段としてのヴァオレンスを際立たせる事でキャラクター達の目的と行動をクローズアップしていく。その際の武器のセレクトと威力設定にも妥協が無く、すなわち、嘘が無い。
 エリジウムへの侵入を目指すシャトルへの攻撃兵器が提示されない事と、有ったとしても、使用出来ない事情があるらしく、それに対する説明が漏れていて、この点不満が残るのだが、大して気にはならない(でもないが、これを受け入れないと後の話に入っていけなくなる)
 冒頭に現れる矛盾なので、ここを乗り切るか否かで本作の評価が変わるかもしれない。私は取り敢えずスルーして、後の世界構築の見事さと引き換えに無視しました。
 本作の幕切れにも賛否があると思います。主人公の選択が果たして地上の“デストピア”を解消する事に成るのか、という疑問で、これまでの数ある駄作に見られる失敗は「神の御心」に逃げ込むことです。本作でも主人公の少年時代に、シスターからメッセージを受け取るシーンが有って、神に導かれた自己犠牲とも読み取れますが、そんな個人の思い入れより、大きな問題が提示されるので、宗教色は隠れています。
 ブロムカンプは間違いなくクリスチャンでしょうから、「神の導き」が心の底にあるのは確実です。しかし、その事を必要以上強調せず、最低限に抑える作法で本作を よりグローバルな作品に押し上げているのです。
 いやいや、少々語り過ぎですねぇ。もうやめにします。予告を見る限りにおいては、「第9地区」と同じような映像に見えたのですが、百聞は一見にしかず、どうか この見事なSF世界を堪能して下さい。勿論、ブロムカンプの社会性も遺憾なく発揮されており、その点も堪能出来ます。殊に、地球上の管理ロボットの人間臭さ(???)は爆笑(?)物であります。持つと持たざるが人間性をどれだけ歪めるか……あます所無く描かれています。
 本作もやっぱり「厚かましいくらい社会的SF」なのであります。
 ご免なさい、もう一つ。人間が外宇宙にでたり、そこまで行かずとも火星や月に移住するのは、地球がこれ以上の人口を抱えきれないという問題から発していて、スペースコロニーもこの発想の一部です。しかし、宇宙空間に巨大構築物を浮かべたり、他の惑星を改造(テラフォーミング)する力が有るならば、砂漠の緑化や海中都市建造の方がより現実的です。この点、昔からSF世界でも両派入り乱れて大喧嘩中、見終わってそんな事を考えてみるのも面白いもんですよ。〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・69『怪盗グルーのミニオン危機一発』

2016-10-21 05:53:56 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・69
『怪盗グルーのミニオン危機一発』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に、身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


もっとミニオンだらけのスピンオフ的作品かと思いきや、前作と同じく、グルーと三人の子供達が家庭を作れるかがメインテーマ。

 ミニオンのスピンオフは来年公開されるとか! そこでグルーは、子ども達の為に悪党をやめ、まっとうな事業家を目指す。三人の子供を見る目は父親そのもの……いや、べつに文句はないけど、やはりグルーは悪党が似合っている。カイル(グルーの正体不明のペット)が前庭で小便をしかけた時、さっと持ち上げて隣家の庭に降ろす。この時の表情こそがグルーの正体に他ならない。並んで待つのが嫌いで、人の遊びを邪魔する子悪党じみたオッサンが、月を盗むなんてな悪事を企む、それを多くのミニオン(“手下”っちゅう意味です)達がサポートする。こいつら間抜けなのに、何をやらせてもかなりな精度でやりとげる。 だから、メインテーマに添って グルーの悪巧みがないと締まらない。

 ところが、本作は第一作以上のヒット、並み居るピクサー作品を凌駕してしまった。これは日本人には少々分かり難い、ましてや吹き替えを見ていると尚更解らない。その原動力は“クロスカルチャー”にある。製作陣の顔ぶれだけでもアメリカとフランスのカップリングだし、BBCのモンティパイソンのテイスト、ルーシーの車が潜水艦に変化するシーンは007のロータスエスプリそのものだし、日本のカルチャーともコラボ、アメリカ国内で日々増え続けるヒスパニックにも目を配ってある。ミニオンの喋る言葉(こいつばかりは原音のまま)もデタラメながら前作よりもヴァラエティに富んでいる。鶴瓶のグルーにも慣れたし、芦田愛美のアグネスは絶品なのだけど……やっぱり字幕スーパーの原音版でなければ伝わらない物がある。一日一回でいいから原音版を上映してくれい!

 今作、映像的にも格段の進歩があり、ムービーアトラクションの意味合いが上がっている。初めて3Dを見ても良いんじゃないかという気になった……とは言え、そうなるとグルーとルーシーの恋愛部分(結構多い)では効果が出ないし、だからやっぱりグルーはとんでもない悪事を企んでいる方が良いのであります。
 ストーリー構成のリアルさに鑑み、どうしても説明口調に成らざる得ない必要が有る。その部分が多少中弛みを生んでいるのも否めない。そうなると笑いのサイクルが断ち切られて大爆笑につながらなくなる。
 まぁ、神経細やかに丁寧に作り上げられているのは確かなので大人の鑑賞にも充分耐える、大爆笑は来年のスピンオフに期待するとしましょう。
 しかし、今頃、ピクサーの製作陣は戦々恐々としてるんでしょうねぇ。数週間前公開のモンスターズUNVは大成功ながら、もし本作と同時公開していたらピクサー始まって以来、初めて公開第一週二位スタートになっているところ。日本公開は来月ですが“カーズ”の飛行機版“プレーンズ”が思わぬ大苦戦、来年のミニオンスピンオフの後塵を拝する事態に成ったりしたら株価はおちるわ、資金は集まらんわで、それこそ危機一発っつなもんです。

 さて、ピクサーの起死回生はあるのか?

 そうそう、グルーの吹き替え版には日本語文字は登場しませんでした。これは慧眼であります。だから、余計に、字幕スーパーを見せてくれい~~!!!

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・68『エヴァリン・許されざる者』

2016-10-20 05:52:09 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・68
『エヴァリン・許されざる者』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


ウルヴァリン

 まぁ~無邪気に作ってありますわ。これの原作は聞く所によると、ウルヴァリンが日本にやってきたのはエグゼビア達と知り合う前で、日本でであったマリコと結婚し、マリコは死んでしまう……というストーリー。映画はX-MEN ファイナルの後の設定で、ジーンを自ら殺してしまったトラウマに苦しんでいる。
 このシリーズ、基本 戦う相手は同じミュータントなんですが、今回は粗方が普通の人間。だからウルヴァリンの身体に異常を持たせたり、相手が剣の達人に忍者だったりと苦労しとります。新幹線の屋根の上で戦うヤクザが「あんた、まさかなスーパーマン?」的強さだったのは笑いましたけどね。ヤクザってば、葬式でマリコをさらおうとするヤクザ達が、変装していた僧服を脱いでモンモン剥き出しで走り回るのには、笑うの忘れて呆れけえりましたけどね。
 ただ、日本に対するイメージは、まだまだ混乱しているんだろうなぁってのが画面の端々から見えて来ます。日本は映画撮影に対して規制が多く、妥協しながら撮影するからどうしてもこうなっちゃうんでしょう。世界に理解されたいなら、関係省庁は真剣に考えた方がよろしいでっせ。
 本作は、ほんまにゴチャゴチャ言わんと、日本が舞台のアメコミを読んでるつもりで無心に見ましょう。 そうです! この日本は私たちの日本では有馬線!パラレル日本のお話です。信じなさい!信じる者は救われるのでありますぞ。
 所で、日本人ヒロインがなんで二人ともモデルさんなんですかねぇ。いや、頑張ってはるんですけどね(殊にアクション)、アメリカのスレッドでは、えらく褒められているらしいんですが……ドラマのリアルを担保できていない。そんなもん、当たり前なので彼女たちを責める気にはならんのですが、キャスティング担当は何を考えていたんでしょうか?
 もっとビックリしたのが、ウルヴァリンとマリコのラブシーンは追加されたんだとか……始めの企画では何を作るつもりだったんでしょうねぇ??????


許されざる者

C・イーストウッドの名作ウェスタンを同時代(1880年)の北海道に舞台を移してリメイクした。イーストウッドは、この作品でアカデミー 作品/監督/助演男優/編集賞を始め、各賞を総ナメにしている。
 ストーリーは原作映画をなぞって展開するのだが、全く違う映画のように見えた。銃も使うが、基本刀での闘い……その分、人の生き死にの距離感が近い。
 李相日監督は「悪人」と本作しか見ていない(他に「フラガール」)のだが、「痛い」作品を作る人ですねぇ。「悪人」は、殺人犯が主人公で、本来 こいつが一番悪い人なわけですが、「そうなの?もっと悪い奴はいないのかい?」という構造でした。本作も、女郎の顔を切り裂いた奴/それを殺しに来る奴ら/法執行官でありながら、法より自分の感覚を優先する奴……登場するキャラクター総てが“許されざる者”……それは人間存在の内面をさらし出せば、皆 それぞれに“許されざる内面”を持っているとの告発であって、これは原作映画とも共通している。
 イーストウッドは原作を撮影しながら「こんな暗い映画を誰が見るんだ」と自問しながら撮ったと語っている。しかし、原作を見ていて そこまでの暗さは感じなかった。それは当時のアメリカが「自警国家」であり、「法秩序の支配下にある」とは とても言えない状況であった所から、全員「許されざる者」であるとはいえ、その罪には微妙な軽重があり。娼婦の苦しみ、賞金稼ぎの主人公の正義がわずかながらも勝って見える。粗方が死んでしまった後、生き残った人々が「それでも前向きに生きて行くのさ」というメッセージが読み取れる所からも、そんなに暗いイメージはなかった。“暗さ”というよりは賞金稼ぎ(イーストウッド)と保安官(ハックマン)の、内に秘めた「虚無対虚無」という構図の方が恐ろしく見えた。
 この意味で、本作の方が「全員 許されざる者」という構図はクローズアップされている。これは日本が江戸時代以降、ずっと法治国家であったからで(現在の法秩序感覚からして如何に歪であろうとも)、その“法秩序”が届き切っていない北海道が舞台であるという所に、原作より恐怖がある。
 原作をご存知の向きには、原作世界に「地獄の黙示録」のカーツ帝国を重ね、そこに 昭和残侠伝の人切り秀次的“謙さん”が殴り込みをかける……うん、そんな感じで見ていただけると分かり易くなります。
 アメリカが南北戦争終焉、リンカーン暗殺と近代の誕生の苦しみにあった時期、日本も徳川から薩長への交代 時期の混乱状態、いずれも混沌の中にあった。とは言え、原作登場人物の抱えていた虚無よりも、本作に現れる一人一人の虚無感の方が、よりリアルに近く感知できると思う。
 決して安易なリメイク作品ではない、日本人のための“許されざる者”である。  
 渡辺謙/佐藤浩市/江本明/柳楽優弥の絡みは絶品、原作でE・ハリスの演じた役どころを演じる國村隼も迫力がある。
 炎上する娼館(ほんとにセットを燃やしたんだと思う)の前を馬に乗った男が去って行くシーンに有無をいわせぬ圧力がある。カタルシスでも迫力でもない。前述の賞金稼ぎと保安官の虚無の対決は本作では後退しているが、それ以上に主人公/釜田十兵衛の虚無と悲しみがクローズアップされる。それだけに原作ラストにあった僅かな救いが本作にはない。これは辛い幕切れではあるが、映画の描き方の文法からすると、映っていない部分で……本作には、原作に該当しない部分がある。現場に向かう三人があるアイヌの村で 屯田兵の暴力を目撃するシーンがそれ。李監督がアイヌの歴史を調べた結果 挿入したシーンなのだが、在日半島人を重ね合わせたのだと思う。子供を別にすれば唯一“責められざる人々”……しかし、力を持たぬが罪との告発もある。
 どこを切り取っても一筋縄ではいかない作品です。本作をご覧になるに際して、敢えて原作映画を見る必要はないと申し添えておきます。どうか、真っ正面から受け止めて下さい。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・67『号外・日本公開ランキング』

2016-10-19 06:28:55 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・67
『号外・日本公開ランキング』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 悪友の映画評論家・滝川浩一が送ってきた、直近のランキングです。


日本公開ランキング 9/7~8

①風立ちぬ

 なんと8週連続一位! 既に100億円目前、今週は前週末比114%。監督の引退宣言効果やね。
 なんぼなんでも来週は落ちると思うが、果たして何位になるのか、来週は「ウルヴァリン」「許されざる者」「アタル」が公開。

②キャプテンハーロック

 ……とは言え、578館で公開(これは相当多い)され、3Dもあったのに、観客9万人 1億3千万……製作費30億弱らしいので……どないすんのよ……既に70ヶ国以上輸出オファーが有るらしいので、何とかなるんかな?

マン オブ スティール

公開2週目3位とはいえ、ハーロックに負けとるってことは、動員9万人以下。前週末21万人だから、ちょっと落ちすぎ。日本じゃスーパーマンは今一人気なんだよなぁ~、もったいなさすぎ!

あの日見た 花の名前を僕たちは知らない

 アニメシリーズの劇場版なのですが、先週3位 16万人、スーパーマンに5万人負けとるんですが……ちょっと待った、敵は510館、こちらは64館(!!!)これが どんだけスゲエ事だかお分かりでしょうか? 以下はもうほとんど事実上ランキングの意味なし。動員3万人以下だが、まぁちょいと、それなりに記録的なものもあるので……。

⑤貞子3D Ⅱ 2週目

⑥謎解きはディナーの後で6週目 累計260万人 30億円超。やるもんや。

⑦モンスターズ UNV 10週目 8週目で既に80億円超ですから、そろそろ90に手が届く?

⑧スタートレック 3週目

⑨少年H 5週目

⑩ホワイトハウス ダウン 4週目

 てなわけで、

“風立ちぬ”の一人勝ち状態、来週はヤバそうとは言え、動員30万人行けば またもや一位の可能性有り。げに恐ろしきは宮崎駿の神通力でござる。さて、ほんまに来週はどないなりまんにゃろか?
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・66『マン・オブ・スティール』

2016-10-18 06:56:03 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・66
『マン・オブ・スティール』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が、個人的に仲間内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


 製作/C・ノーラン、監督/Z(300) スナイダーは、やはり とんでもない“スーパーマン”を作り上げてしまった。
 
 もしかすると、賛否 四分五裂するかもしれない。

“スーパーマン”の初出は1938年、それから75年間に渡り、途切れる事無く新作が発表され続け、様々な“スーパーマン”が描かれて来た。

 ある時は、足下で水爆が破裂しても平気であり、その飛行速度は光速を超え、時間の壁を破る。如何なる理屈か次元の枠さえ凌駕してパラレルワールドにすら到達する(本作に登場のゾッドはこのエピソードで別次元の地球を破壊している)。人類にしてみれば、それは“GOD”のパワーであり、だから次のシリーズでは、彼の能力は大幅に減殺されたりもした。
 いかな漫画読みの私とはいえ全作品に触れてはいないが。各時代のエポックになるような物は読んでいるつもり……なんですがぁ。
 子供の頃にやっていたテレビドラマを皮切りに、再度の映画化、スーパーマンの地球到着からメトロポリスに出てくるまでを描いたドラマ、新旧数多のアニメーション~この辺りは割とコンプリートしていると思います。
 DCコミックのヒーロー達は、あるいは自らのアイデンティティ、またはレーゾンデートル。自分の超越性、他者とのエネルギーギャップに懊悩する者が多く、そのあたりが“マーベル系ヒーロー”の脳天気と一線を画しています(後年、マーベルヒーローも悩み始めますけど)。
 本作のクラーク・ケント/カル・エル(カルもエルも、ある種の“GOD”を指す言葉)は存在に多重の意味が託されており、その数だけ彼のアイデンティティは切り裂かれている。
 スーパーヒーローの草分けですから、その悩みも超絶規模って訳です。敵役ゾッド将軍にしても、何もかも相対化する現代の悪役に相応しく、その存在と行動原理には正当性が有ります。内面が引き裂かれたヒーローと使命感に凝り固まった敵役の決闘の果てに、勝者であるカル・エルが上げる悲鳴には、高揚など一切無く、深い悲しみが込められている。

 本作143分の中に、一体幾つのスーパーマン設定が込められているか……途中まで勘定していましたが、訳が解らなくなってしまいました。後、1~2回見ないと整理できません。製作陣は、その会議上で納得いく設定になったのでしょうが、映画初見の人間には複雑に成りすぎて飲み込みにくい側面があります。
 C・ノーランの旧作のいずれもが、なかなか一筋縄には行かない設定になっていますが、その複雑さは、登場人物の関係性に現れるので、人物相関に留意していると世界観が見えてくるのですが。本作の複雑さの大半は、殆どスーパーマンの内面に起因するので、極論するとカル・エルが、同じシーンながら二人や三人に分裂してしまいます。
 スーパーマンが抱える自己矛盾が作品そのものの矛盾に繋がるようにも見えてしまうのは、そのせいなんでしょう。 だから、スーパーマンとゾッド達の戦いにしても、そのエネルギー衝突によるカタルシス以前に「あ~あ、こんなビル街で傍迷惑な乱闘しとるなぁ」なんてな“ハンコック”みたいな感想が先に立ちます。
 映像が良く出来ていて、スピード感もエネルギー感も十二分以上に伝わって来ますから、ここに乗り遅れるとスペクタクルを満喫する前に余計な感慨にくるまれてしまいます。
 徐々にスーパーマンの潜在能力が発揮され、最終的には地球を改造しょうとするエネルギーにすら打ち勝ちます。その彼と互角以上の戦いを繰り広げるゾッドもそれなりのエネルギーのはずで、そんな二人が組み合ったら、その足元から地球なんか真っ二つに割れるんじゃないんですかねぇ。
 さて、なんだか否定的な感想に見えるんですが、さにあらず。過去に見た“スーパーマン映画”の中では最高傑作だと言えます。 ただ、一見しただけで、映画の総てを即座に飲み込めないのが口惜しいのであります。
 超絶世界のお話は、なぁ~んも考えずに見通す事が肝要なのですが、なにせ、人間クラーク・ケントの苦悩があっちこっちに出てくるので……しかもリアルに表現されるので、SFを見ている視点が各所ではずされます。これって、やっぱり製作意図なんでしょうねぇ。
 旧作群との違いは、まだ他にもあって、スーパーマンの正体の明かされ方が独特であり、それに絡んで、デイリープラネット記者のロイス・レインとカル・エルの関係も今までとは全く違っています。
 大体が、今までの“スーパーマン”シリーズで何がイラつくかってぇと、お間抜けクラークと全然 敏腕記者に見えないロイス(今回、ジミー・オルセンは登場しません)の関係ほどイラつく設定は無かったんですが、本作のエイミー・アダムスのロイス・レインは最高でおました。
 今作、エイミーを筆頭に、R・クロウ/K・コスナー/D・レイン/L・フィッシュバーン……なんてな人々がリアルに存在していました。殊に、特筆すべきは、ゾッドを演じたM・シャノンで、この人無しに本作の成功は語れません。
 ちょっと、考え過ぎて十全に楽しめたとはいえないので、また、見落としが相当有りそうなので、なんとか時間を作ってもう一回見たいと思っています。どうもディスクの発売まで待てそうに有馬線。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・65『スタートレック イントゥダークネス』

2016-10-17 05:36:27 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・65
『スタートレック イントゥダークネス』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


さぁ~って、どないしましょっかねぇ……えっと、これを読む人はみんなトレッキスト(トロツキストではないので、殊にサヨクの皆様 誤解の無いように)だとして書くことにします。

 トレッキストと申しましても、初期のカーク船長、Mr.スポックの時代のファン。ピカード以降のシリーズは取り敢えず関係おへん。そんな ふっるいシリーズなんか知るかい!って人は……大丈夫! そのまんま受け入れて下さい。面白いのは保証、もし映画の中で誰かが命懸けの行動に出たとしたら、その動機は純粋です! 手放しで感動しちゃって下さいませ。

 さて、トレッキストの皆様は……取り敢えず本作に関する配給会社のスポットCMやら映画チラシに書かれているコピーは全部捨てて下さい。邪魔なだけです。ほんでもって、いにしえのシリーズを思い出していただきたい。古いディスクがあれば見ておく事をお薦めいたします。全部を見る必要は無いんですが、どこまで……と、指定するとネタバレするんで申しません。
 感のいい人なら、本作に何気なく出てくる数字を聞いただけで相当部分解ります。
 クリス・パインのカーク船長も板についてきました。Mr.スポックとの友情も前作ではまだまだ心もとなかったのですが、本作でガッチリかみ合います。
 トレッキストとしての肝は、今作の敵役「ハリソン君」が、自ら正体を明かす前にどこで見破れるか。エラリー・クインじゃありませんが、「さて、証拠は全て出揃った」って奴です。監督は明らかにマニアに向かって挑戦状を突きつけていますよ。
 前作のなぞりも多数有り、ニヤニヤしながら見とりました。本作を見ていて判らないのは、対クリンゴン戦争が、どこで始まったのかって事で……この辺をネタにもう一本くらいは作れそうであります。
 兎に角、思わず頬が緩むくらい“スタ・トレ ワールド”です。正確な科学的理屈や設定のアンバランスもそのまんま。おっと、そういや一カ所だけ、過去のシリーズには無くって、本作で初めて出てくる装備設定が有りました。思わず大笑いしてしまう所……いやぁヤバかった。まぁ、今回のシリーズは前作を持って、未来と繋がってはいるものの微妙に異なったパラレルワールドに入っているので、こんなのも有りかなぁ…と、さらにニヤニヤ。トレッキストなら、こんな楽しみ方もご理解いただけると思います。
 さて、そろそろやめんといらん事まで書いてしまいそうですUSSエンタープライズ隊員達の若き時代を存分にお楽しみ下さい。
 ところで、本作、来週行く予定やったんですが、急遽 先行ロードだってんで見ちまいました。これが編集にバレたら、来週別作を見に行かされるんやろなあ。来週っちゃ、何があるかってえと……ゲゲッ「実写版 ガッチャマン」かぁ……びみょ~じゃあ~

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・64『パシフィックリム/ 少年H/ワールドウォーz』

2016-10-16 05:56:40 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・64
『パシフィックリム/ 少年H/ワールドウォーz』


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。

『パシフィック・リム』

 監督の異常者とも言える『日本の怪獣・巨大ロボ特撮&アニメ』に対するオタク愛がひしひしと伝わって来ます。
 これは『指輪物語』に注がれた情熱と全く同じ愛情と執念です。とは言え、毎度の繰り言から始めなければならないのが残念至極……まず、3Dは絶対ダメです! 2Dを見ましたが、全編 殆ど夜か海底が舞台、要するに暗いシーンが大部分なので、3Dにすると更に暗くなる、コンピューター後処理だと真っ暗になるんやないですかねぇ。

 もう一つ、殆ど吹き替えしかやっていない〓〓 一カ所 字幕上映を見付けたが、3Dとカップリング。役者の演技の出来が計り辛い。ハッキリ 上手いと言えるのは、芦田愛菜の泣きと菊地凛子くらい、その菊地凛子の吹き替えを別人がやっているし、怪優ロンの吹き替えがケンコバ……ケンドー小林が悪いとは言わんが、ロン・パールマンの吹き替えは荷が重かろう。
 吹き替えのキャスティングは 日本側の配給の責任、デル・トロの情熱が理解されていない、世界中のどこよりも日本に向けて発信されているのに…情けなさに泣けてきますわい。
 デル・トロはアニメ等の作品に限らず、柳田理科雄の科学解説にも通じている。それは巨大ロボのコックピットや操縦士が二人なんてな所から見て明らか。
 演技うんぬんに関しては字幕スーパー版を見るまでペンディングにしておきます。我々がかつて「ゴジラ」や「マジンガーZ」を見た時の気持ちを思い出して見て下さい。それだけの価値はあります。

『少年H』

 取り敢えずは、さすが古沢良太の仕事だと褒めておきます。あの、どうしようもないでたらめ史観の原作を、ようもここまで大東亜戦争当時の親子ドラマに収束させたもので、お見事!
 とは言え、今まで腐るほど見せられた戦争ドラマのステレオタイプ、大して新し味はない。登場人物もステレオタイプだし、演技に見るべき所もない。僅かに妹/好子を演じた花田優里音の表情が生きていた位、肝心のH役 吉岡竜輝がまるでダメ。水谷/伊藤の父母もリアリティ無し。
 まぁ、そこん所は原作の底の浅さとデタラメ加減に有ると思われる。古沢の台本はそれなりの出来だと思うが、監督が原作のテイストにこだわったのだろう。ラスト近くになる程、Hが叫び始める。これなら最初から原作通りに作った方が、少なくとも左翼連中から喝采を受けただろうに。兎に角、古沢良太君 ご苦労様でございました。

『ワールドウォー Z』

 ブラッド・ピット主演作品として初めての1億$超(もうちょいで全米2億$に届く) いわゆる「ゾンビ物」と「パンデミッククライシス」のミックスではあるが、見事なストーリーテリングと小気味よいテンポの演出である。設定、撮影共に斬新かつリアル、余計な事はもういいません、兎に角 映画館にGO! 見応え保証します。

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