いつかこの日が来るとは思っていましたが、とうとう来てしまいました。
ジュリーニは、私が心から尊敬していた指揮者でした。
昨日は悲しみばかりで、結局何も聴くことができませんでした。
そして今日。ようやくジュリーニのCDを聴きました。
でも、こんなときに何を聴いたらいいのか。
最も感銘を受けたシカゴ響との9番トリオ(マーラー、ブルックナー、シューベルト)にしようか、はたまたヴェルディのレクイエム?バッハのミサ?あるいは英雄の第二楽章?と悩みに悩んだ末に選んだのがこの1枚です。
なぜこんなときに「運命」?とほとんどの方は思われるでしょうね。
理由は一つしかありません。
私がたった一度だけ彼の実演に接する機会に恵まれたときに、聴かせてくれた曲だからです。
<コンサートの内容>
1982年5月21日(金) 大阪フェスティバルホール
チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」
ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」
<CD>
ベートーベン 交響曲第5番「運命」
カルロ=マリア=ジュリーニ指揮
ロスアンゼルスフィルハーモニー管弦楽団
(1981年11月録音)
今日この「運命」を聴き始めて、すぐに20数年前のあのコンサートの想い出が甦りました。
私が社会人になってまだ3年目のときでした。
初めて見る彼のタクトは、長身で背すじのぴんとはった美しい後姿ではありましたが、華麗さとか器用さとは対極にあるものでした。
誤解を恐れず言うと、淡々と大き目の図形を描きながら拍子を刻んでいくイメージ。
しかし、その決して器用とはいえない指揮でありながら隅々まで神経が行き届いた演奏で、生まれてくる音楽は本当に豊かに息づいていました。
ロスフィルのメンバーのジュリーニを見つめる真剣なまなざしも、決して忘れることができません。
そんなことを考えながら聴いていたので、来日公演直前にレコーディングされたこのCDの演奏内容について、細かなコメントはしません。
でも、特に印象に残ったことを書くと、それは第一楽章の運命のモチーフの処理です。この有名なモチーフがこんなに鮮烈に感じたことは他にありません。とくにティンパニの扱いの見事なこと!それと全曲をとおして感じられるすごい緊張感。これは、その後のミラノスカラ座フィルとの新盤ではあまり感じられなくなりました。
今聴いても、凄い名演だと思います。
こんな話が過去形でしか語れないなんて、本当に寂しいです。
心よりご冥福をお祈りいたします。