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「別れのワルツ」はまだ早い 63年来の友人たちと逢った

2017-02-08 17:48:22 | 日記
 車の中は温室のように温かいが、吹く風が冷たそうななか、岐阜の近郊の街へ向かって車を走らせていた。
 21号線の高架からは、ほぼ正面に御岳、やや右に南アルプス、そして左手には乗鞍などが白く光っている。

 昨年春、私の高校時代からの友人は、肺がんで余命3ヶ月と宣告された。それから一年近く経ったが、電話で聞く声はまだまだ元気だ。
 今日はその彼と、岐阜在住のもう一人を含めた3人で、昼飯でも一緒に食おうかということで、私が運転手で肺がんの友を迎えにゆくところだ。

 同じ21号線近くに居を構えるとあって、彼の家までは車で15分ぐらい。もう8年ほど前に連れ合いに先立たれた彼は一人住まいで、週3回ほどヘルパーさんの世話になっているという。
 玄関の呼び鈴を押すか押さないかのうちに、ガラガラッと戸が開いて彼が顔を出す。何というタイミング。聞けばもうそろそろ来る頃だと出てきたら私と鉢合わせをしたとのこと。

 さっそく岐阜へととって返す。杖をついた彼の歩行はいささか危なっつかしい。「どのくらいなら歩ける?」と私。「そうだなぁ。時々行く大きな病院で、診察室だの検査だの、最後のクスリの窓口などのたらい回しがもうしんどい」と彼。
 足腰の問題というより、やはり息切れがして大変だということらしい。肺の機能が次第に低下していることは明らかだという。

 岐阜の街中でもう一人の友人を乗せる。
 この3人、どういう仲かというと、高校一年以来、当時の文系サークル、歴史研究会、文芸部、演劇部などなどを横断的に行き来していた仲。数年前までは、これに2~3人を加えて年1~2回の勉強会をしていたが、寄る年波のせいで、その勉強会は消滅し、この3人はいまも時折逢っている。
 今回も、昨年末に忘年会をとのことだったが、私自身の取り込み事で、今日にまで伸ばされた次第だ。
 3人共に78歳。したがってもう63年の付き合いなのだ。

          

 昼食は、市内の料亭の百貨店の出店で摂る。車を預けた場所から店までは徒歩だが、肺がんの彼はやはりきつそうだ。さしたる距離でもないところを何度も休みながらたどり着く。

 席につくと自ずから彼の病状についての話になる。肺に水が溜まってきたので、近々それを抜くという。そのためには一週間ほどの入院が必要だとか。
 もう一人は青果商で、いまなお現役である。いつやめるべきかのタイミングが難しいという。そして、お互いあの15歳の少年が、この歳になってこうして逢っていることのめぐり合わせにしきりと感心していた。
 二人は日本酒、私はノンアルコールビールで、鯛の兜煮御膳を食べた。

 歳の話、健康の話はこの年代には欠かせないが、そればかり話したわけではない。最近の読書傾向などにも話が及ぶ。お互い、歳はとっても活字とは縁が切れないようだ。

 食事を終えてどこか喫茶店でもということになったのだが、肺がんの彼が、もう体がついて行けないから帰りたいといい出した。多少なりとも歩いたのと、酒を飲んだのとで、傷んだ肺の供給する酸素量では、どうも耐え難いらしい。
 ならばということで、青果商の友人を自宅で降ろし、彼を近郊の街まで送る。

 途中、コンビニで止めてくれという。何を買うのかと訊くと「帰って飲む酒がない」とのこと。車のなかで待っていてくれとのことだったが、歩行が心配なのと、酒のような液体はけっこう重いからと、しばらくして私も店内に。
 案の定、彼は、紙パックの酒を2本抱えて悪戦苦闘している。さっそく駆け寄ってそれをもってレジへ。

              
 
 よく見ると、一本は日本酒、もう一本は麦焼酎。「両方を飲むのか」と尋ねると、「いや、焼酎の方はお前の分だ」という。そんな心遣いはいらないと押し問答。コンビニのレジで言い争っていてもと車へ。
 「今日は、迎えに来てくれて、二人に逢うことができ、ほんとうに嬉しかった。これはささやかな礼だからどうか受け取ってくれ」
 ここまでいわれたらむげには断れない。

 彼の家まで送る。「今日は、ほんとうに嬉しかった、嬉しかった」と繰り返す。「そんなに喜ばなくてもまた逢えるから」と私。「また逢おう」と別れる。いつまでも見送っている彼の姿をバックミラー越しに見ながらこみ上げるものがある。
 「生・老・病・死」は人の常とはいえ、お互い、間近にそれを見据えなければならないというのはつらい。
 彼の今日の一連の言動は、それなりに別れを告げるものだったかもしれないと思うと余計胸を打つものがある。

 帰宅して幾ばくかした頃、青果商の方の友人から電話がある。
 「おい、思った以上に病が進んでいるのではないか」というのが第一声。「そうなんだ」と、彼の病状、それから今日一日の彼の言動などなどに話が及び、やはり別れのつもりかも・・・ということに。

 やはりこれで別れにはしたくない。彼の病状がわかったいま、それに合わせた方法でまた逢えるようにセッティングを考えようということで話が一致した。
 しかし、お互い、どちらが先かはわからない身ではある。

 今夜は、彼がくれた焼酎を味わうこととしよう。






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2 コメント

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切ないね (さんこ)
2017-02-08 18:03:25
三人の元紅顔の美少年たちの 昼餉。

別れの喜びよう。 切なさに 胸が締め付けられますね。
返信する
淡々と・・・ (六文銭)
2017-02-08 18:13:19
 できるだけ淡々と書きましたが、途中で彼のいろいろな言動、一挙手一投足が浮かび、こみ上げるものをこらえながら書きました。
 三人のなかでは一番つっぱっていた奴、そいつの痛々しいさまを見なければならないなんてなんという因果でしょう。つらいです。
返信する

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