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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

映画『海街diary』を観る(ネタバレ最小限) 

2015-06-20 23:20:11 | 映画評論
 映画には、当初からテーマが明示(ないしは暗示)されていて、それに沿って内容が進行してゆくものが多いのだろう。そのほうが観客を引きつける上でも効果的かもしれない。いわゆる起承転結がそれなりに明らかだからだ。

 これまでの是枝作品は、その意味では割合、テーマ性がはっきりしていた。しかし、四姉妹の一年間の日常を描写したこの映画(原作は一年間ではないがそれを短縮したことは成功だったと思う)では、提示部にちょっとした劇的なシーンがあるものの、あとはとりわけこれといった展開がない日常の描写のように見える。
 その提示部にあるものとは、15年前に出奔したままの父が、離れたところで亡くなり、残された腹違いの妹(中学生)を引き取り、四姉妹での生活が始まるというものだ。さきに、四姉妹と書いたが、正確にはこの新参の妹を含めて四姉妹になったわけである。

          

 しかし、その日常のじわじわっとした状況の展開にそれぞれリアルな深みがあって面白い。確かに、台詞やアクションで声高に明示されないことどもの積み重ねではあるが、ふとした会話のふれあいや淡々としたそれらの交差のなかに、あるいはちょっとした表情の変化のうちに、彼女たち四人のそれぞれが背負っているものがそこはかとなく伝わってくる仕組みになっている。

 しっかりものの長女・幸(綾瀬はるか)は四姉妹のまとめ役だが、やはり秘めた生活をもっている。当初、あばずれ風にみえる次女・佳乃(長澤まさみ)は後半、その仕事ぶりなどで意外としっとりとした味を見せる。三女・千佳(夏帆)は一見ケロッとした感じだが、どこかにぶれない芯があるようだ。
 これら三姉妹に加わる四女・すず(広瀬すず)は新参者として微妙な立場だが、次第に打ち解け、馴染んでゆくさまがいい。ただし彼女は彼女で、三人の父を奪った母から生まれたという傷跡のようなものをちゃんと自覚している。

        
 
 そうした差異をもったこれら四姉妹が、ときには尖った感じになることはあるが基本的には相互に信頼し、認め合って、柔らかそうでいてそれなりに強固な関係を築いている。 
 それぞれが達者で好演だが、とりわけ難しい年代の少女を極めて天然に演じきっている広瀬すずがいい。 

 それら四姉妹を取り巻く脇が手堅くて、淡々とした日常にさまざまなアクセントを付けている。
 樹木希林、大竹しのぶ、風吹ジュン、リリー・フランキー、堤真一、加瀬亮、鈴木亮平などがそれだが、とりわけ、風吹ジュンの演じる食堂のおばさんとリリー・フランキーの喫茶店のマスターは、それぞれこの姉妹たちとは従前からの関係があり、また、飲食店コンビのこの二人自体の関係(海猫食堂に喫茶山猫堂というネーミングが暗示)においてもほんわかとしたものがあって、それがラストにちゃんと生きてくる。

        
 
 映像は美しい。鎌倉という地の利を得てはいるが、二時間もののミステリードラマのように、それらを表面に押し出すことなく、日常的な自然の風景としてさり気なく、ただしやはり美しく処理されている。
 
 すずがサッカークラブの仲間たちと船上から花火を見るシーンは幻想的で素晴らしい。カメラは上方から海に浮かぶ船を小さく映しだすと、その船の周りの海面がそれぞれの花火の色に染まり、また船自身が花火色に輝く。カメラは船内に移るが、ここで花火に染まるのは目を輝かせる少年や少女たちの容貌だ。
 この間、花火の本体そのものはけっして映像として現れることはない(ほかのカットでは少しでてくる)。

        

 是枝監督はやはり映画を作るのが巧いと思う。一見、淡々とした進展の中に描写されたものは、しっとりとして奥行きがあり、上質の人間ドラマになっている。

 最後に蛇足だが、 カンヌではスタンディング・オーベーションはあったものの受賞は逃している。冒頭でも書いたように、テーマ性を明示しないまま進行する表面上は静謐なドラマの微妙な機微のようなものが、ヨーロッパ風の美意識にいま一歩届かなかったということなのかもしれない。
 しかしこの際、賞などはどうでもいい。こうしたパステルカラーのような淡い情感が漂う映画もたまにはいいものだ。



 

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2 コメント

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良いレビュー (みゅんか)
2015-06-21 05:33:19
さっきまで原作の吉田秋生の[海街diary 1.蝉時雨のやむ頃]を久しぶりに読んでいました。
思い入れの有る原作が映像化されるのはイメージとのずれが怖くてあまり劇場に足を運ぶのは進まなかったのですが、映画評論を拝見してどんなテレビの宣伝より見てみようという気になりました。映像化は監督が原作をどう調理しようか自由ですものね。
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はじめましてでしょうか? (六文銭)
2015-06-21 11:24:40
>みゅんかさん
 たぶんはじめましてだと思います。
 ようこそ。
 私は原作の方は読んでいませんので比較はできませんが、一般的に言って、原作を大きく歪曲したりしていない限り、原作に想を得た映画作家の独立した作品として受容されればいいような気がします。そのほうが2倍お得というものです。
 その上で比較検討されるのも楽しいかもしれませんね。
 私が読んだレビューで、両方みた人には、例えば長女の綾瀬はるかのイメージが違いすぎると言っている人もいましたが、映画自体では結構しっくりとハマっているように思いました。また原作の雰囲気をよく捉えているというレビューも多くありました。
 いずれにしても、ご覧になってそんなにがっかりなさる作品ではないように思います。とにかく、映像が綺麗です。映画はやはりそれが基本ですものね。_
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