昨年は何やかやで紅葉狩りには行けないままだった。
今年こそはと思っていたところ、今年はこの地区のクラブ活動の一環として、滋賀県の湖北方面の石道寺、鶏足寺(旧飯福寺)へ行くことができた。
しかし、11月19日(日)は何度天気予報を見直しても90%の確率で雨。まあ雨中の紅葉もいいかと覚悟を決めはいたが、最近の天気予報はなかなかの的中率、やはり当日は雨。
ひと様の運転は楽だ。前夜の睡眠不足もあって、うつらうつらの往路。ところどころで目を開けたが、気がつくと幹線道路とは外れて、対向車とすれ違うのが困難なほどの曲がりくねった田舎道。
ん?ここはどこ?と思っているうちに車が止まり、ここが目的地という。
着いたのはいいが雨は土砂降り一歩手前の激しさ。古い雨合羽をもってきてよかった。駐車場から少し登ると石道寺とある。どうやら鶏足寺とは境内が続いているようだ。
こんな雨中にもかかわらず結構な人出。私が知らなかっただけで、紅葉の名所として知られたところらしい。
観光バスも客を吐き出している。中国か台湾からの団体もいる。せっかく来てくれたのに、雨はいくぶん気の毒だ。
しかし、私の勝手な感想からいうと、雨の紅葉もなかなかしっとりしていて良いものだ。それにその雨も次第に小降りになってきた。
肝心の紅葉の方だが、これがいい。これまで観たうちでは(といってもそんなにあちこちへはいってはいないのだが)、ベストスリーには固い。
紅葉の密度がすごいのと、樹齢が適しているといおうか、紅葉の広がり感が半端ではない。紅葉のなかにすっぽり包み込まれた感じで、対象として紅葉を観るというよりそのなかにいるという感じがする。
木々の紅葉もだが、ややピークを過ぎたのか、地上に敷き詰められた錦織の絨毯が素晴らしい。上下左右から紅葉の集中砲火を浴びている感がある。
それらを堪能し、それまでは比較的緩やかだった階段や坂道が、やや急峻な石段の辺りまで来ると、鶏足寺本堂まで900メートルの表示が。
時刻を確認すると、集合時間までにあと一時間を切っている。ここまでに既に1キロ近くを歩き、さらに一キロ近くを往復して時間内に戻る自信はない。雨降りの階段、足を滑らせたりしたらと、今年の私のメインエベントだった左手の骨折を思い起こす。
そこで、その石段だけは登って、これまで来た参道を見下ろす地点で写真を撮り、駐車所へと戻ることに。
当たり前のことだが、風景というのは見る視点や方向によって変わるもの、帰りは帰りで結構撮影スポットがあり、それらを撮しながら帰ったら、ちょうど集合時間ぐらいだった。
ちなみに、雨はほとんどあがっていた。
昼食は途中の道の駅のようなところで摂る。かき揚げそばと鯖寿司がセットになったお勧めランチを注文。
そばはたぶん冷凍の戻しで、熱湯で10秒ほどのところ、多忙で戻しすぎたのだろう、伸び切っていた。ちなみに、冷凍のそばでも、戻しをちゃんとすれば、そこそこコシがある。
鯖寿司の方は、小浜からこの辺りを通って京へ向かう鯖街道の名にちなんでいるだけあって、鯖にはまだ赤味が残っていてそこそこ美味しかった。鯖寿司定食というのがあったからそちらにすればよかったと悔やんだが後の祭り。
写真は撮り忘れた。早朝出発で朝飯抜きで、がっついていたからである。
続いてやはり湖北の在原集落を訪れる。ここはその名の通り、「伊勢物語」の主人公、在原業平の終焉の地といわれ、その墓所もあるというが、史実としてはしかとは確認されてはいないようだ。
業平ときくと、百人一首に精通していらっしゃる方は、「ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の歌を思い起こされることだろう。なお、この歌の解釈をめぐる落語が文字通り「ちはやふる」である。
ちょっと変化球を好む人には、「やわやわと 重みのかかる 芥川」の江戸古川柳が面白いかもしれない。
芥川とは平安時代の色男、在原業平が二条后を盗み出し、背負って渡ったという川の名前。絶世の美女の柔らかさを堪能したことがうかがえる結構エロティックな句である。
ここでの見どころは、いまなお残る茅葺きの里。ただし、ほとんどはトタンなどでカバーされていて、茅葺きが露呈されている家屋は少ない。茅葺きを維持するには大変な苦労を伴うことからして、これはやむを得ないであろう。
最後は、高島市マキノ高原のメタセコイアの並木に立ち寄った。
この頃にはすっかり雨も上がって、訪れる人たちも数多い。中にはマナーの悪いのがいて、片側一車線の並木のど真ん中に停車している馬鹿のせいで、その付近で時ならぬ渋滞が起こっている。
ここはこれで4度目で、この紅葉の時期は好まれるようだが、私は一度だけ訪れた新緑の時期の光景が忘れがたい。
すくすくと伸びるこの樹の生命力を象徴するような新緑、それをまとった樹々は誇らしげに天を目指してそそり立っていた。
晩秋の日は落ちるのが早い。曇りがちの4時ともなれば、車のライトがつく時間だ。
そこを最後に、帰途についた。
一日、家を空けたみかえりに主夫の勤めとして、道の駅での野菜の買い物。ネギひと束、日野菜ひと束、赤かぶ2玉、唐辛子ひと束、合わせて500円。
日野菜は漬物に、赤かぶは酢漬けに、唐辛子は乾燥させてここ半年ぐらいは使えそうだ。
紅葉狩りの話が、結局所帯じみてしまうところに私はいる。
今年こそはと思っていたところ、今年はこの地区のクラブ活動の一環として、滋賀県の湖北方面の石道寺、鶏足寺(旧飯福寺)へ行くことができた。
しかし、11月19日(日)は何度天気予報を見直しても90%の確率で雨。まあ雨中の紅葉もいいかと覚悟を決めはいたが、最近の天気予報はなかなかの的中率、やはり当日は雨。
ひと様の運転は楽だ。前夜の睡眠不足もあって、うつらうつらの往路。ところどころで目を開けたが、気がつくと幹線道路とは外れて、対向車とすれ違うのが困難なほどの曲がりくねった田舎道。
ん?ここはどこ?と思っているうちに車が止まり、ここが目的地という。
着いたのはいいが雨は土砂降り一歩手前の激しさ。古い雨合羽をもってきてよかった。駐車場から少し登ると石道寺とある。どうやら鶏足寺とは境内が続いているようだ。
こんな雨中にもかかわらず結構な人出。私が知らなかっただけで、紅葉の名所として知られたところらしい。
観光バスも客を吐き出している。中国か台湾からの団体もいる。せっかく来てくれたのに、雨はいくぶん気の毒だ。
しかし、私の勝手な感想からいうと、雨の紅葉もなかなかしっとりしていて良いものだ。それにその雨も次第に小降りになってきた。
肝心の紅葉の方だが、これがいい。これまで観たうちでは(といってもそんなにあちこちへはいってはいないのだが)、ベストスリーには固い。
紅葉の密度がすごいのと、樹齢が適しているといおうか、紅葉の広がり感が半端ではない。紅葉のなかにすっぽり包み込まれた感じで、対象として紅葉を観るというよりそのなかにいるという感じがする。
木々の紅葉もだが、ややピークを過ぎたのか、地上に敷き詰められた錦織の絨毯が素晴らしい。上下左右から紅葉の集中砲火を浴びている感がある。
それらを堪能し、それまでは比較的緩やかだった階段や坂道が、やや急峻な石段の辺りまで来ると、鶏足寺本堂まで900メートルの表示が。
時刻を確認すると、集合時間までにあと一時間を切っている。ここまでに既に1キロ近くを歩き、さらに一キロ近くを往復して時間内に戻る自信はない。雨降りの階段、足を滑らせたりしたらと、今年の私のメインエベントだった左手の骨折を思い起こす。
そこで、その石段だけは登って、これまで来た参道を見下ろす地点で写真を撮り、駐車所へと戻ることに。
当たり前のことだが、風景というのは見る視点や方向によって変わるもの、帰りは帰りで結構撮影スポットがあり、それらを撮しながら帰ったら、ちょうど集合時間ぐらいだった。
ちなみに、雨はほとんどあがっていた。
昼食は途中の道の駅のようなところで摂る。かき揚げそばと鯖寿司がセットになったお勧めランチを注文。
そばはたぶん冷凍の戻しで、熱湯で10秒ほどのところ、多忙で戻しすぎたのだろう、伸び切っていた。ちなみに、冷凍のそばでも、戻しをちゃんとすれば、そこそこコシがある。
鯖寿司の方は、小浜からこの辺りを通って京へ向かう鯖街道の名にちなんでいるだけあって、鯖にはまだ赤味が残っていてそこそこ美味しかった。鯖寿司定食というのがあったからそちらにすればよかったと悔やんだが後の祭り。
写真は撮り忘れた。早朝出発で朝飯抜きで、がっついていたからである。
続いてやはり湖北の在原集落を訪れる。ここはその名の通り、「伊勢物語」の主人公、在原業平の終焉の地といわれ、その墓所もあるというが、史実としてはしかとは確認されてはいないようだ。
業平ときくと、百人一首に精通していらっしゃる方は、「ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の歌を思い起こされることだろう。なお、この歌の解釈をめぐる落語が文字通り「ちはやふる」である。
ちょっと変化球を好む人には、「やわやわと 重みのかかる 芥川」の江戸古川柳が面白いかもしれない。
芥川とは平安時代の色男、在原業平が二条后を盗み出し、背負って渡ったという川の名前。絶世の美女の柔らかさを堪能したことがうかがえる結構エロティックな句である。
ここでの見どころは、いまなお残る茅葺きの里。ただし、ほとんどはトタンなどでカバーされていて、茅葺きが露呈されている家屋は少ない。茅葺きを維持するには大変な苦労を伴うことからして、これはやむを得ないであろう。
最後は、高島市マキノ高原のメタセコイアの並木に立ち寄った。
この頃にはすっかり雨も上がって、訪れる人たちも数多い。中にはマナーの悪いのがいて、片側一車線の並木のど真ん中に停車している馬鹿のせいで、その付近で時ならぬ渋滞が起こっている。
ここはこれで4度目で、この紅葉の時期は好まれるようだが、私は一度だけ訪れた新緑の時期の光景が忘れがたい。
すくすくと伸びるこの樹の生命力を象徴するような新緑、それをまとった樹々は誇らしげに天を目指してそそり立っていた。
晩秋の日は落ちるのが早い。曇りがちの4時ともなれば、車のライトがつく時間だ。
そこを最後に、帰途についた。
一日、家を空けたみかえりに主夫の勤めとして、道の駅での野菜の買い物。ネギひと束、日野菜ひと束、赤かぶ2玉、唐辛子ひと束、合わせて500円。
日野菜は漬物に、赤かぶは酢漬けに、唐辛子は乾燥させてここ半年ぐらいは使えそうだ。
紅葉狩りの話が、結局所帯じみてしまうところに私はいる。
紅葉、みごとですね。茅葺屋根の景色も。
それに趣を添えているのが芥川にちなむ古川柳の引用。
句を読んだあと、スクロールして写真をもういちど振り返ると、
紅葉までエロチックに見えてきます。
味と艶のある紅葉狩り記、いいですね。
こちらの今朝の気温は−10℃、すでに丸裸になった黄土高原の大地は、牙をむいて襲い掛かる獣のような風貌をしています。
ちなみに、白い犬のような動物が写っていますが、繋がれてもいないし、あれは何ですか?