六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

台湾の推理小説を読む 『台北プライベートアイ』紀蔚然

2021-10-08 01:34:19 | 書評

 ひょんなことから台湾の推理小説を読むこととなった。ひょんなことというのは、それが推理小説であることは知らなかったからである。
 
 話はまだ非常事態宣言下にあった先月に遡る。書架が閲覧できず、電話とネットで予約した書のみが借りられる岐阜県図書館で、当てずっぽうで新着図書の中から選んだ台湾の現代小説、『複眼人』が結構面白かったので(これについては拙ブログで書いている https://blog.goo.ne.jp/rokumonsendesu/d/20210916)、その余勢をかってやはり新着図書の中から台湾の作家のものを選んで借りたのであった。

                

 それがこの『台北プライベートアイ』であった。
 主人公の呉誠(ウーチェン)は演劇学の大学教授であり、自ら書いた脚本、手掛けた演劇プロジェクトも多くあったにもかかわらず、それらの名声をすべてなげうって職も辞し、下町の一角に「私立探偵」というダサい看板を掲げる。
 このシチュエーションが面白いのは、この小説の作者、紀蔚然(キウツゼン)のキャリアとほとんど同一なのである。紀蔚然もまた、大学教授であり劇作家の地位をなげうって小説を書き始めた。

             

 この小説のなかで私立探偵の呉誠が解決する事件は二つである。まず最初は、多感な中学生の少女が、突然父親に心を閉ざす事態の解明だが、単純な不倫物語と思われた事件がある社会性をもったものとして解明される。

 しかしこれは小手調べのようなもので、第二の事件の方がメインをなす。ここでは、連続殺人事件が探偵・呉誠の住まう地域で発生し、なんと、その容疑者に探偵役の呉誠自身が陥ることとなる。
 そこからどう抜け出て、真犯人にたどり着くかがこの小説の骨子になる。

 暗号や謎解きという本格推理の要素ももつが、行動を厭わないハードボイルドの要素ももつ。
 しかし、最も目立つのは、心理的、実存的要素で、冒頭での呉誠が探偵になる動機(=作者が小説家になる動機と重複?)の説明や、彼自身の心理的疾患の告白、それに彼を陥れるなど彼に挑戦する真犯人の心理的動機などがこの小説を彩る。

                            

 これら事件の解決の過程を通じて、彼がアカデミズムの世界から下町の下世話な人間関係に馴染んでゆく経緯は、ある種共感はあるものの、同時に安易な同一性の形成ではという疑問も残してしまう。

 謎解きの推理小説としては結構面白かった。


『台北プライベートアイ』紀蔚然(キウツゼン)訳:松山むつみ 文藝春秋


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アメリカ人・真鍋淑郎さんの... | トップ | 一日に二度泣いた! 八十路... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。