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【今回の戦争について】ドイツからの便り エロスとタナトス

2022-05-18 11:20:40 | フォトエッセイ

 ドイツに住む私の畏友・小林敏明氏(哲学者)の、今般のロシアウクライナ問題を中心としたレポートが5月16日付「朝日新聞」朝刊の文化欄17ページ に掲載された。
 一読して感じるのは、いわゆる現場との距離感の問題である。情報網等の発展により地球は狭くなったといわれるが、やはり1万キロ近く離れた土地での 臨場感というのは、日本では伺い知ることができない面がある。
 
 彼の住まいはライプツィヒで、かつての東独地域に相当する。そしてポーランドも近く、したがってポーランド経由のウクライナからの避難民が現実に列をなしているのを見る地域でもあり、いわば地続きの戦争なのである。
 したがって、その物価などへの影響も日本もそうではあるが彼の地ではより鋭角でドラスティックなようなのだ。

       
          2017年3月11日 脱原発ベルリン風車デモでの小林氏
 
 軍事面での問題もある。ドイツはロシアの侵攻後、国防費一千億ユーロ(約13兆円)の緊急拠出を発表し、4月末には対空戦車などの重兵器のウクライナ供与を決めた。しかもこれを決めたのは、ショルツ首相率いる社会民主党、緑の党、自由民主党(日本のあの愚劣な党とは質が違う)の左派リベラル政権の決定だけに、すんなり決まったわけではなかった。この決定には反対デモも行われ、それ以後も燻っているという。

 こうした軍事力に関する件においては、ドイツは慎重である。それはかつてのナチスドイツ時代、ヨーロッパの戦乱についての消すことのできないその責任をいまなお自覚的に継承しているからである。
 小林氏はそれについて次のように述べている。
 「70年余ナチス下での戦争責任と徹底して取り組んできた国が、どんな大義があるにせよ、また軍事的に動けば、国際社会の目にどう映るか。自制心は保守派も含めて働いていたと思う」

 この辺りはこの日本という国と決定的に違う点である。70年余、この国が武力を用いて東南アジア全体を蹂躙し、「東洋鬼」として恐れ、蔑まれていたことを大半の日本人が忘れているし、自民党など保守派ときたら、「戦後レジームからの脱却」だとか、「美しい日本を取り戻す」などとその時代への回帰さえ目指す始末である。

 小林氏の話に戻ろう。 
 彼は、今回の事態で欧州全体に不気味な空気が漂っていると指摘する。そしてそれを、フロイトを援用した戦争論一般との関連で考察する。人間のもつエロス(生への欲動)とは対極のタナトス(死への欲動)は、折を見て破壊や憎悪を伴う攻撃衝動として発現する。しかし、一方、人間は罪悪感や良心によりそれらを抑制し、文化や秩序を形成してきた。ただし、その抑制が過剰になるとメランコリー(鬱)に陥り、さらにそのメランコリーに耐え得ないと再びタナトスの支配する破壊的欲動の状態に陥る。

    



 ようするに、氏の戦争論はこうした循環の一契機として捉えられるのだが、氏のいう欧州全体を覆う「不気味な空気」とはまさに鬱の終焉とそれを突き破るタナトスの時代の到来を伺わせるのではないかという点にある。

 ここには、氏独特の戦争論と、それによる欧州を覆う暗雲の解析があるが、それを裏付ける兆候は欧州にとどまらず広範囲に見出すことができる。
 今回の事態に触発されて、永世中立であったはずのフィンランドとスェーデンがNATO加盟を決断したこと、フランスではかつて泡沫であった極右ルペン派がマクロンに10%と迫る気配であること、アメリカでは一度失脚したはずのトランプの人気が衰えず、再デビューの可能性もあること、日本でも、最近の世論調査によれば、リベラルを凌駕して、自公に次ぐ勢力は維新であることが明らかになりつつあることなどである。

      



 これらを小林氏の解析にあてはめるなら、鬱状態がタナトス的な状態へと変動する世界的な兆候と見て取れる。ようするに、氏のいう「不気味な空気」は、今や欧州のみならず、世界中を覆っていることになる。

 氏の論は、こうして具現し始めたタナトス(死への欲動)が、諸芸術や文化などによって、無害なものへと昇華させられる希望を述べて終わっているが、正直いってそれはあくまでも希望的な観測にすぎないし、氏もそれを自覚していることと思う。
 今や狭小なプラグマティストでしかない私は、これらの事態のなかにあって、ただただ悲惨の減少を祈るばかりである。


「ライプチヒへ行きたい」と小林氏に言って、「いらっしゃい」と言われたのが3年ほど前か。それからコロナ禍で往来不能になってしまった。往来可能になったらまた受け入れてくれるだろうか。ライプチヒを含むドイツ全般と、ポーランド。そして、アウシュビッツ!
 私は、20世紀の人間だから、20世紀に起きたことをしっかり見ておきたい。


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