部屋*
その部屋の扉をあけてみて下さい
部屋の真ん中にはカーテンのしまった窓しかありません
次の部屋は
ニスのはげた机が一つ忘れ去られてありました
緑色のベルベットの椅子はどこへいったのでしょう
向かいの部屋には
壊れた本箱がゆがんで立っています
歯のように並んでいた本もだいぶぬけました
最後の部屋に
誰かいませんか
ただ黄色くなった写真の中で
知らない少女が微笑っていました
彼女の残した日記のなかの一ページにあった詩です。1970年のものです。私がいうのもおかしいのですが、なかなかのものだと思います。
才能とはいわないまでも、こうした志向があったのなら、もっと書くように勧めてやったのにと思います。しかしこれを書いていたことも知らなかったのです。
何よりも内容に思い当たるのです。
60年前後の、ちょっと気障ないい方をすると、「恋と革命に生きた」時代が終焉し、私自身が全く生きる方向をもたないまま精神的に彷徨ないしは徘徊していた頃なのです。荒廃していたといっていいでしょう。
そんな私を彼女は不安の眼差しで見つめ、しかも私自身が自分を整理できないまま心を閉ざしていたこともあって、彼女自身の居場所もわからない状況にあったと思います。
そうした不安感、喪失感が上の詩にはよく現れているような気がします。
二連目の、「ニスのはげた机」は彼女自身のようですし、「緑色のベルベットの椅子」は、私、ないしは私と歩調を合わせて歩んでいると確信がもてた頃の状態を表しているように思えます。
彼女の詩は、少なくとも深く胸をえぐられる思いの読者を一人もちました。それは私です。私はいま、自責の念にかられながらこの詩と向かい合っています。
*題名は私がつけました。