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シャルリー・エブドの「風刺」画を検証する

2015-01-19 23:26:48 | 社会評論
        

 シャルリー・エブド事件の波紋はフランスの国家排外主義的なグロテスクな対応や各地でのイスラム排斥運動、そしてそれへのイスラム側からのカウンターの運動などとしていっそうの混迷を深めているようだ。これらが新たな悲惨を生まないように祈るばかりだが、それらの発端になったシャルリー・エブドの「風刺」画なるものについて冷静に考えてみたい。
 
 もちろんこれは、テロルによる表現者の殺戮を決して肯定するものではないが、一方では、「表現の自由」というスローガンそのものが西洋中心のある原理主義ではないか、ようするに「表現の自由」のもとあらゆることが許されるのかという設問がお膝元のフランスでも出始めていることも事実である。

 問題は、シャルリー・エブドの風刺なるものがどんな地点からどんな方向に向けて行われているかだろう。そう思ってその風刺画を見てゆくと、いくつかの疑問を抱かざるをえない。
 風刺のひとつの立脚点は、抑圧された者たちが、その抑圧対象である権威を笑うところにある。私たちはそれらの例として、スターリニズム時代の東欧圏で生み出されたおびただしい小話を知っている。また、この国において、江戸時代の幕藩政治を風刺した狂歌や落首の歴史を知っている。

 ところで、シャルリー・エブドは権威を笑うのだとして、例えばイスラム教やその教祖をズタズタにしてみせる。しかしである、シャルリー・エブドはイスラム教の教義によって被害を受けている被抑圧者なのであろうか。そうではない。彼らはむしろ、「愚鈍なる信者」に対する啓蒙のつもりで、「彼らの」権威を侮辱してみせるのだ。

 ようするに彼らは理性的なる者(あくまでの西洋の理性なのだが)として、「理性なき者たち」に対して説教を垂れているのだ。これは、被抑圧者が抑圧者にペンで立ち向かう風刺とはまるっきりベクトルが違って、上から目線の訓戒に他ならない。

 ようするに、西洋理性の代表者である優れた者が、非理性的で遅れた者たちをめった打ちにし、嘲笑し、愚弄しているに過ぎないのではないか。それでも彼らは、宗教的権威という非理性的なものと戦っていると強弁するかもしれない。しかしこれもまた違うのだ。

 周知のように、マルクスは、「宗教は人民のアヘンである」といった。しかしこれは宗教やそれを信じる人たちを否定したり愚弄したりしたわけではない。現世が、苦難に満ち、激しい痛みを伴わずにいられないとしたら、人民は宗教というアヘンにすがらざるをえないというその「事実」を指摘したのであって、それを非難したり単純に否定したわけではない。
 それへの解答は、現実から痛みを取り除くことであり、宗教やそれに帰依する人たちを嘲笑することなどでは決してないことを彼はその実践において示した。

 風刺が硬直し、単なる罵倒に堕した歴史を江戸古川柳の中に見出すことができる。観察とうがちと風刺に満ちたこの短詩型文学は、江戸末期に一時衰退したことがある。それは、類型化した対象を勝手にこしらえて、それを罵倒嘲笑する口汚い狂句が続出したからであり、類型化されたそれらは風刺の精神を全く欠いた、単なる悪口雑言に堕したからであった。

 例えば、「相模女」といえば尻軽で性的にだらしがないということの典型にされ、だれかれの区別もなく、句のなかに「相模」とあるだけでそれを意味するようになった。それと似たものとして「信州男」は大飯喰らいとされて蔑まれ、また、その羽織の裏地が浅葱色が多かったという理由で、「浅葱」は参勤交代で地方から江戸にやってきた田舎武士を侮蔑する言葉として氾濫した。

 それらの句や類句がこれでもかというぐらいおびただしく作られ、やがて、川柳は下品な文芸として衰退していった。
 ここにあったものはもはや風刺でもなんでもない。「粋」を自認する江戸っ子(の一部)が、その他の地方の者たちを侮蔑し貶める言葉にしかすぎなかった。そう、今でいう差別、そしてヘイトスピーチに他ならなかったのだ。

 シャルリー・エブドに戻ろう。はっきりいって彼らは西洋理性という錦の御旗を背負った権威者の側にいて、他者を侮蔑し嘲笑し、その表現でもって抑圧さえしてきたのではなかろうか。彼らは、「表現の自由」という西洋での普遍的な倫理に守られてはいたが、誰かに抑圧されていたわけではない。だから彼らの「風刺」は何かに対するアゲインストはない。むしろ、西洋合理主義という高みに立った自己顕示と自己満足の発露といえるだろう。

 しかし、それらを自分たちにつきつけられた武器として認識する者たちがいても何ら不思議ではない状況であった。グローバリゼーションのなかで、政治的にも経済的にも、そして諸文化においても、西洋にじわじわと追い詰められたイスラム社会においては、シャルリー・エブドの「風刺」は勝ち誇った西洋の側からする尊大な権威の誇示と見られても致し方ないだろう。

 もちろんこれらはテロルの背景ではあっても、それが現実に殺戮になっていいということはいささかも意味しない。ただし、「洗練された《風刺》という言説 vs 野蛮なテロ」という図式ではないように思う。「度を越した野卑なヘイト vs 怒りの短絡としてのテロル」というのが相当するのではあるまいか。

 権威に拝跪せよとはいわない。ただし、多くの人達が崇拝する対象をやたらに侮蔑するのが「正義」であったり「理性的」であるとはどうしても思えないのだ。

 私は川柳を嗜んだこともあり、風刺という婉曲な批判の方法には馴染んでいるつもりである。そうした私であるが、シャルリー・エブドのそれは「風刺」というにはあまりにも露骨で挑発的であるように思われる。
 したがって、私はその面でも「私はシャルリー」とは決していえないのである。
コメント (1)
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