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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

正直タロウさんとセーフティネット

2008-11-30 01:53:59 | 社会評論
写真は本文とは関係ありません。近所の「名残の紅葉」です。

 タロウさんはとても正直な人です。
 「何で貧乏人や病人のためにお金持ちの自分が懐を痛めねばならないのか」とおっしゃいます。

 みんなが努力さえすれば、お金持ちになって自己責任で健康管理が出来、保険など必要ないのだというのがその根拠なのでしょう。
 本当にそうなれば、保険の問題とか年金の問題は一挙に解決しますね。
 さすがタロウさん、立派なお考えというほかありません。

 

 しかしなぜか、タロウさんがよって立つブルジョア社会のお仲間たちは、タロウさんとは違う考え方をしていて、タロウさんのご発言に困惑すらしているようです。
 タロウさんのようなボンボンはいざ知らず、ほかの方たちは、資本主義というのは誰かが富めば誰かが貧困のうちにある体制だというリアリティをよくわきまえていらっしゃるからです。

 

 ですから、保険や年金などの福祉によるセーフティネットの必要性を認めていらっしゃいます。
 それは、労働力商品としての私たちの再生産を保障するためでもあり、また、格差社会がもたらす不公平感などを希薄化し、暴動など(あるいは革命などを)を誘発しないための必要不可欠な措置なのです。

 つまり、こうした一見、相互扶助に見える諸制度は、われわれ下々のためのように見えながら、タロウさんたちのお金持ちがそれであり続けるために必要な制度なのです。
 それをわきまえないタロウさんの発言は、天に向かって唾しているようなものなのです。

    

 とても無邪気なタロウさんは、自分が依拠している体制の仕組みがよく分かってはいないようです。いわゆる社会福祉が、タロウさんのお考えのようにお金持ちの憐憫によるものだという考え方は、19世紀末までのものでした。

 ついでながら、その分担金の負荷を庶民にまで強いる現今の福祉制度は、逆に、なぜお金持ちの体制を維持するためにみんなが負担を強いられるかと言ってもいいほどの制度なのです。

 

 要するに、タロウさんの言葉を借りて申し上げるならば、
 「たらたら飲んで、食べて、ブルジョア社会維持のためのシステムをも理解しないタロウさんのために何で私たちが金を払うんだ」
 ということになります。

 タロウさんは、ブルジョア社会の中にありながらその仕組みを全く理解せず、トンチンカンなことをおしゃべりしているのです。

 医師にも、そしてどんな職業の人たちにも、非常識なひとがどれだけかはいます(その比率は政治家ほどは多くはないでしょうが)。
 しかし、彼らとて、それをタロウさんにだけは言われたくないのではないでしょうか。

 

 マンガのお好きなタロウさんは、ついにはご自分がマンガになってしまわれたようです。









コメント (4)
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