イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

クイーン『Yの悲劇』再読 ~ハッタりも謎のうち~

2021-10-21 21:24:55 | ミステリ

 エラリー・クイーン『Yの悲劇』は、古典本格ミステリの中では、エドガー=アラン・ポー『モルグ街の殺人』やアガサ・クリスティ『アクロイド殺し』等と系譜を同じくする“意外な犯人モノ”とされていますが、月河は初読時、全441頁(田村隆一訳・角川文庫版)の残り100頁少々で犯人がわかりました。

 「・・なーんだ」って感じの解でした。別に自慢でもなんでもなく、多いと思いますよ、この作品には、そんな読者。

 ・・本格ミステリで、ミステリファンなら最低限タイトルと著者だけは知らない人がないだろうというド古典の作品で、いまさらネタバレ厳禁もないもんだろうと思いつつ書くのが難しいのですが、ホレ、あの、“計画犯”の“計画書”が、探偵に発見され写しを取られ(コピー機なんかない1930年代ですから手書き書写です)作中全文紹介されると、最初の卵酒毒殺未遂を計画書通りの体当たりなやり方で“阻止”した人物、ああアレが“実行犯”だったんだな・・と誰でも察しが付くはずです。

 だからそれに続く、探偵による犯人の(低)身長割り出し、ミスリードのためのニセ証拠の辻褄合わなさなど、謎解きの眼目のパートはかなり体温が引いた状態で読んでいた記憶があります。

 当時は海外ミステリの沼に嵌まり始めてまだ浅かった月河、“冒頭からラストまで、謎の提示・展開と謎解きっきりで全編”“それ以外のオハナシ一切無し”という、すがすがしいまでの“本格”っぷりに惚れていたクイーン作品の白眉ですが、あらためて久々に読み直してみると、“意外な犯人モノ”でありながらそれこそ意外に早い段階であっさり犯人特定できてしまう奥行きの浅さをはじめ、いろんなところでわりとあからさまに“B級感”の漂う、いい意味でも悪い意味でもツッコミどころの多い娯楽作だったことがわかります。

 ちょっと前のエントリでも書いたように、この作品はいきなり“お屋敷”モノ“因縁の一族”モノです。横溝正史さん『犬神家の一族』や『悪魔が来りて笛を吹く』等の、“親の因果が子に報い”式お約束満載ストーリーの一連の作品とも通底するし、いまの感覚で言えば非常に2サス的な、「いねーよこんなヤツら」の中で自己循環、自己完結する世界観です。

 とはいえあくまでUSA製のミステリですから、フロム英国的なゴシック・ロマン性はほとんどありません。お屋敷モノではあっても幽霊屋敷ではない。ゴーストは出ないし、呪いも祟りもありません。

 ミステリビギナーの月河が魅了された新鮮さはここも大きかったと思う。舞台となるハッタ―家は、当時の、新聞中心のマスコミから『不思議の国のアリス』の人物にちなんで“マッド(気狂い)・ハッタ―”と仇名され、「つねにグリニッチ・ヴィレッジの上流社会の境界から一インチだけはみ出している」「いやな連中」(同訳・同文庫版)とささやきかわされる奇矯な一族ですが、なにしろ舞台は英国でもフランスでもなくアメリカ合衆国です。“中世”という歴史のページを持たず、皇帝も王妃も、王侯貴族も存在したことのない国ですから、貴顕の人々同士が血で血を洗う継承権争いや内戦の記憶はない。ハッタ―家の社会的な磁場の強さは「富裕でけちんぼうのオランダ人の先祖から代々受けついできた巨額の資産」「顧問弁護士ですら、財産がいったいいくらあるか、正確に知るものはいない」と、ひたすらカネがもたらすもので、しかも、あろうことか、作中殺害される当主たるハッタ―老夫人の遺言状が(横溝作品のように)紹介されて、その異様な分割条件が一同に動揺を惹き起こすくだりもあるのに、これが事件解明にまったく影響しないときています。

 腐るほどカネがあり、カネで社会的重きをなしているという設定の家と家族を舞台にしていながら、事件はビタ一文カネと関係ないまま起こり、収束するのです。

 言わば、“ものすごい大金持ちの一族で起きた事件”という設定自体が、壮大なミスリードになっている。

 また、“親の因果が子に報い”的な恨みつらみや呪い祟りの連鎖の代わりに、老夫人が二度の結婚を通じて配偶者とその間にもうけた子供たちにもたらした“病毒”=性感染症が設定され、その影響で、家族全員がなんらかの形で心身に異常をきたしているというのもかなり大胆というか、ご無体なB級路線です。1930年代前半の初刊だったから通用したのか、現代だったら当該疾病の患者団体や、専門医の学会から“実態と違う”“患者と家族を貶める”と非難囂々だったでしょう。

(この項続く)


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