イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

結局、金なんだろ

2010-12-18 15:58:48 | 世相

クレジットやローンの多重債務者には、実は金づかいの本当にルーズな人、ずぼらでだらしない人は少なく、どちらかというと几帳面でまじめな人のほうが多い、という話は何度か聞いたことがあります。

あてにしていた収入が入らずあるいは足りないまま返済期日が迫ると、「どうしよう返せない、返さなければ」と焦り、返済のためだけにさらに借金を重ねる。そちらの期日が迫るとまた借りる。そうこうするうちに、自前の収入では一生かかっても返せない額にまで債務がふくらんでしまう。

とことんずぼらで無神経な人なら、「返せ返せ言われたって、無い袖は振れないもん」「返せませんが何か?」と開き直るから、かえって多重債務を背負うこともないそうです。

『相棒 season 98話(実質7話)“ボーダーライン”の元・派遣社員柴田(山本浩司さん。『ゲゲゲの女房』では今回と対照的な、嫌味な税務署員に扮しました)も、ある意味そういう、真面目さでみずからの首を絞める悲しき多重債務者と似ていたような気がします。

「食えませんが何か?」と開き直って、恋人の部屋に転がり込むなり兄に泣きつくなりしていれば、あるいはいっそ門前払いを食わせた相手に暴力のひとつもふるって警察に突き出されてでもいれば、とりあえずの一夜の宿と、先の見通しにつながる示唆や出会いも望め、最悪の結末を迎えずに済んだかもしれないのに。

「何としても就職して自立を」「人にぶらさがって迷惑かけて生きたくない」にこだわった不器用な廉直さ、どこか“硬度”のイビツな潔さゆえに、あてどない報われない自助努力のハムスターホイールに嵌まり込み、やがてはみずから墜落する結果になってしまいました。

転落死体の解剖結果の中の、胃の内容物にまず右京さん(水谷豊さん)が食いつくところはseason 3“書き直す女”を思い出させ、“失われた足跡のトレース”ものとしては、season 5“イエスタデイ”にも相通じるものが。「食えるようになろう」として、結果的にはどんどん食えなくなっていった柴田の、死までの11ヶ月。視聴途中で「食べ物を万引きして隠れ食いしていたから、右京さんから不審がられるような内容物構成になったのか?」「悪いヤツに犯行現場を見咎められて脅され交戦の結果転落?」とも思いましたが、明らかになった真相はもっとずっと痛ましいもので……

右京さんらの捜査の過程で、派遣切りカムフラージュや労基法違反の名ばかり請負土建会社、免許偽装の盗品故売商、偽装自己破産や不法入国隠しのための名義売買、違法ではないが本人確認せず書面だけで契約するため、何の温床になるかわからないコンテナレンタル業、生活保護費圧縮のため困窮者の見極めもせず年齢で前捌きする福祉事務所など、弱者・敗者に徹底的に冷たく、なおかつ隙あらば食いものにしようとさえする現代の歪み病んだ社会の端々が明るみに出ました。柴田はそこまで読んで期待してあの挙に出たわけではなかったかもしれませんが、彼の死も無駄ではなかったとせめても思いたいものです。

“ここで何とかできてさえいれば”の最大のターニングポイントだった、実兄への相談場面がいちばんせつなかった。事実上の休職を何度かはさみながらもどうにか2年間契約雇用を得、やっと正社員に取り立ててもらえるはずだったイベント会社からまさかの雇い止め、お為ごかしに紹介された転職先もブラック派遣で収入は激減、一時しのぎでも少しは融通してもらえないかというギリギリの相談が、なんと寒空の1月の夜の公園砂場です。

兄は勤めから鞄を持って帰宅途中。実の兄なのに、自宅に上げてもらうことすらできない。

兄も、実の弟として窮状を気づかう情(じょう)が皆無なわけはない。しかし大卒時就職氷河期で定職に就けず、10数年非正規雇用を転々として慢性的に金欠のまま30代半ばに達した弟を連れ帰り面倒みてやるのは、他人である嫁や、(あるいはお受験期かもしれない)子供たちに顔向けならないという、兄には兄なりのプライドや恥の観念があるのです。まして実母(「おふくろが入院したときにも顔見せないで…」の台詞あり)を同居させ、おそらくは嫁に介護させてもいる。

あるいは柴田自身、高齢で(たぶん)病気持ちの母親に、“いい年をして食えてない自分”を見せたくないと思っての夜空の公園相談だったのかもしれない。そっちのほうが、もっと痛いなあ。

兄の口から特命コンビと捜一トリオに語られるこの回想場面のあと、薄皮を剥いでいくように明らかになる悪辣な裏社会システム、冷たい役所対応、食えないゆえに冷え切っていく恋人との関係などより、最も切実に映りました。

劇中でも出てくるように、公的生活扶助はまず“親族・縁戚がいるならまずそっちに頼ってから”という順位づけになっています。助けてもらえる“身内”が誰もいないことが明らかになって初めて生活保護申請もできるという話。

しかし実際、困窮者の立場になると、親兄弟ほど助けを求めにくい相手はいないくらいなのです。困窮している姿をいちばん見られたくない相手だし、いちばん迷惑をかけるのが申し訳ないと思う相手でもある。

真相解明後、「(柴田本人と、周りの他者たちとの)どちらかが“本気で”手を差し出していたら、このような結果にはならなかったんじゃありませんか」「残念ですねぇ」とつぶやいた後、珍しく神戸くん(及川光博さん)を“たまきさんのところ(=花の里)”に誘った右京さん、「ちょっと、暖まりたい(気分)ですね」と速攻応じた神戸くんともども、当夜の一献は柴田の鎮魂のために傾けたと信じたい。

すでに起きてしまった事象どもを推理推理で追いかける、犯人追跡捕り物サスペンスも特にない淡々とした叙述のエピソードでしたが、たとえば“違法ではないけれど問題含み”のレンタルコンテナ会社社長が聞き込みの間じゅう熱っぽい顔にマスクで、しきりに鼻をかんでいたり、特命コンビと入れ違いに事務所から出て行った従業員も背を丸めて咳き込んでいたり、柴田が(ブラック派遣とは知らず寮付き転職と信じて)引っ越した後のアパートを案内する女性管理人が「さむ~」と震え上がっていたりなど、“いろんなところに底辺が覗く”感を随所に垣間見させる演出も秀逸でした。

年の瀬にボーナスのちょっぴりもない、当方の身に沁み入るようなエピの中にも、神戸くん→捜一トリオ「ギブアンドテイクでいきません?さっきのアパート大家さん情報がこちらのギブです(←左手ポッケで右手でギブモーション×2)」→右京さんが芹沢くん(山中崇史さん)の腕グッ!(←“失敬、掴みやすいところにあったもので”みたいな)など、微苦笑寸劇も要所にまぶしてある。劇場版ⅡはDVD化されてからレンタルという、月河のいつもの運びになりそうですが、『相棒』、10周年を迎えてますます磐石です。

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