しかし、それにつけても、『てっぱん』劇中であかり(瀧本美織さん)が、「おのみっちゃん」と呼ばれていることについて、地元尾道ではどう受け止められているのでしょうか。広島県尾道市、推計人口約14万5千人。結構多いです。都会です。「ご当地の人なんか誰も見てないから適当にやるさ」と舐めてかかるわけにはいきません。
このニックネーム、P発の提案なのか脚本家さんのアイディアなのかわかりませんが、考えてみたらかなり大胆ですよ。あかりのキャラ、瀧本さんオーディションキャスティングを含めた人物像に、よほどの自信があったと見える。
たとえば、もんのすごくルックスのパッとしない、ウザくて不快な性格の人物が、毎週月~土の朝6話、毎話再放送も含めると日に5回も放送される国営TV局のドラマ内で「セタガヤちゃん」と呼ばれていたら、80数万人世田谷区民の皆さんは激怒しクレームの嵐となり、世田谷区の受信料徴収率はグラフの底辺を割って床を突き破るでしょう。
実在の地名をまんま、フィクションの人物のニックネームに採用するのは勇気が要ります。そのフィクションが当該地を含めて全国に流通するとなるとなおさら。
欽ちゃんファミリーに昔、訛りキャラの気仙沼ちゃんっていたけど、気仙沼の皆さんはどう思っていたのかな。お笑いと言えども素朴で愛されキャラだし好意的に受け入れられていたのかな。「気仙沼の人間が全員、あんなに訛ってて田舎くさいと全国の人に思われたら心外だ」と苦々しく思っていた向きもあったのではないかしら。
もっとも、江戸時代までは武士と一部の土地持ち高級農民、名主さんとか庄屋さん以外は名字がありませんから、“ドコソコのナニベエ”式に全員地名名乗りがデフォルトですよね。お百姓さんなら「ナニナニ郡(ごおり)ナントカ村新田(しんでん)のダレハチ」とか、侠客や博打打ちなら「会津の小鉄」「清水の次郎長」「焼津の半次」とかね。『素浪人花山大吉』では長年品川隆二さんが近衛十四郎さんから「おい、焼津の」と呼ばれていましたね。一家を構える親分になると地元では「次郎長親分」「親分さん」と地名抜きの敬称扱いですが。
商家なら屋号呼びですね。でもその屋号がいきなり出身地由来だったりしますからね。「紀伊国屋文左衛門」とか。紀伊=和歌山県と言えば昔もいまもミカンどころですが、“紀伊”という旧国名と現在の和歌山が結びつかない若い世代が「豪商で巨万の富を築いた紀伊国屋」と聞くと「…本屋さん?」と思うかもしれない。「そうじゃなくて、紀伊国屋文左衛門略して“紀文(きぶん)”」と言うと、「あー、カマボコ屋さんね、そんなに儲かってたの」となるかも。
屋号問題に行き着くと、月河はいつも「『水戸黄門』でご老公が名乗る“ワタシは越後の縮緬問屋の隠居光右衛門、これは番頭の助さん、手代の格さん”は、“屋号は?”と突っ込まれたらどう答えるんだろう」という疑問にぶち当たり、妄想の迷路に迷い込んでしまうのですがね。東野英治郎さん版の頃だったか、ご老公一行が漫遊先で“ホンモノの越後の縮緬問屋光右衛門”さんに出くわすというエピソードがあったはずですが、さすがに未見で屋号まで劇中触れられていたかどうか。
「おのみっちゃん」と言えば尾道市民のみならず、「小野ミツ」「小野光子」「小野美智子」「小野美津代」「小野路恵」などの本名を持つ皆さんも心おだやかでいられないのではないでしょうか。劇中ジェシカさん(ともさかりえさん)や浜勝社長(趙珉和さん)が「おのみっちゃーん!」と陽気にコールするたびに、思わず「はーい!」と返事したくなるのでは。
そう言えば、昔、月河の勤め人時代、営業先に“民芸居酒屋 お呑み”ってあったな。「お呑みで楽しくお呑みなさい」なんてチラシにキャッチが入ってた。同ビル他フロア入居のマスターやママさんたちからは「おのみさん」と呼ばれていたけれど、“み”と“さ”の間に小さい“っ”を入れて呼ぶ大将もいました。不況の波を真っ先に食らう業種ですが、まだやってるかしら。
おのみちどのみち劇中のあかりちゃんが、ちょっと落ち着きがないのが気になるけどまぁざっくり言って好感度キャラだし、なんたってピッチピチに若いし伸び盛りだし、「あんなのに“おのみち”名乗られたら迷惑だ」とはなりますまい。
それにしても地名ニックネームは大胆です。地名ひとつの背後に、何千何万もの“勝手に使われたら迷惑する関係者”が控えているわけですから。
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