イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

悪と悪と悪

2006-11-12 16:01:58 | テレビ番組

先日、DVD化が現実化しそうで非常に悩ましい状況であるとお伝えした連続ドラマ『美しい罠』あるいは“客を選ぶ”作品かもしれません。

フィクションの他ジャンルで言えば、恋愛小説やラブロマンス映画より、スポーツ・武術などのライバルストーリー、または剣豪対決ものなどを好む人にファンが多いのではないかと思います。

“対等の力量を持つ好敵手を、完膚なきまでに叩きのめし、心底降参させて退場に追い込むことが、その相手への最高の愛とリスペクトの表現である”。

なおかつ“その相手と戦い勝つこと、負けないことが、自分自身の人間としてのプライド・尊厳の最大の拠り所である”という関係。

剣豪もの、ヒーローもの以外なら、たとえば『ガラスの仮面』のマヤと亜弓の関係。『白い巨塔』の財前と里見の関係にも近い。

“愛(=リスペクト、あるいは、かけがえなく思う気持ちと言ってもいい)がつのるほど敵対のテンションも高揚する”というアンビヴァレントな心理劇を、男女の恋愛感情のフィールドで描くのは至難のワザですが、見事にやってのけてしまったのがこの『美しい罠』なのです。

しかも、対決の構図はよくある“善と悪”“正と邪”の二元ではありません。

このフィールドに到達するまでの助走として、ストーリーは“巨万の富を持つ老金融業者との計略結婚による財産奪取”という枠組みを作り、企みのシナリオを書く男性秘書と、彼のメールに釣られて来た天涯孤独の元看護師を、まずは共謀という形で同じ土俵に載せます。

つまり、“悪と悪”の男女。その悪が狙うターゲットも悪辣な取立てで財を成した“悪”。清く綺麗で正しい者は誰もいないという構図です。

男も女も財産が欲しい。感情を殺した打算ずくの利害一致で順調に回り出したかに見えたシナリオは、孤独な男と女なるが故の恋心の芽を孕んだことから軋み始め、やがて裏切りと欺瞞、そして衝撃の破局へ。富豪夫人として贅沢をほしいままにする女の前に、男が刑務所から仮出所して、手練れの乗っ取り屋のブレーンとして現われた再会後が、二人の荒野となります。「おまえからすべてを奪ってやる」「私が負けない限り、あなたの勝ちもない」…

共犯から離反を経て、宿敵へ。底流には、紛れもなく相手への純粋な愛があるのですが、それは自らの知力を振り絞り、命までも賭した謀略が成功すること、つまり自分の勝利イコール相手の退場→永遠の別離という終結でしか叶えられない愛です。“愛憎”などというひと言では括り切れない、余人の同情や共感をすべて拒否しながら駆け抜ける、濃密にして愴絶な情熱です。

とってつけたような身分差や年齢差、難病・ハンディキャップなどのハードルで無理くりに悲恋状況をこしらえる凡百の恋愛ものとは趣を百八十度異にした、凄烈なまでの緊張感をみなぎらせた愛のドラマ。

己が内なる人の心を死なせ、冷血の獣となって謀略に生きる秘書役に、幕末の若侍風悲傷を秘めた白皙の美青年・高杉瑞穂。

悲しい過去ゆえに白衣を捨てた、汚れた顔の聖母役に、人妻のたおやかさと妖精のみずみずしさ、悪女の驕慢さを併せ湛えた櫻井淳子。

そして彼らの標的となる、傲慢なエゴイストながらも愛に飢えた老資産家を演じて、野卑の中の高貴ともいうべき稀有な存在感で物語を照射した、暗黒舞踏の怪優・麿赤兒。

一期一会的奇跡のキャスティング、台詞のはしばしまで神経の行き届いた脚本、序破急のテンポを心得つつ余韻に富む演出。月~金昼オビという枠的制約を、逆にプラスに転じた作品としても稀に見る傑作です。

失礼な表現を承知で言えば、企画制作にあたったプロデューサーや脚本家、監督さんたちも、ここまですべてがうまくいくとは予想しなかったのではないでしょうか。観ていて、何となくそんな気がしたのです。これは「こうすれば視聴者にこう受けるだろう」と計算しての、企画ずくで出せる味ではないなと思う場面が何度もありました。

めでたくDVD化されれば、昼オビゆえに観る機会がなかった層にも、レンタルでファンを増やす契機になるかも。

日本のテレビドラマ、やる気とアイディアがあればこれぐらいのものを作れる可能性がまだまだあるんだよということをもっと広く知ってもらうためにも、パッケージ商品化は願ったり叶ったりなのですが。

…前に書いたような、経済学的、建築学的理由で、個人的にはきわめて悩ましい状況なわけです。

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