イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

忸怩たる思いで慙愧に堪えない

2007-03-21 15:21:08 | テレビ番組

パソコンのハードディスクにTV録画する方法を一度覚えてしまうと(←まだ、その都度マニュアル読み直さないとスラッとは予約~再生できないのですが)、VTRテープって、ホント、始末におえないくらい場所塞ぎに感じられます。

最近は“あとで観るかもしれないから、とりあえず録っとく”極力排除。録って一週間以内に観なかった番組は“実は、思ったほど自分の中にニーズもウォンツも無かった”と判断、ラベルからどんどん抹消して上書きして行くことにしています。どんなに忙しくても、観たくて観たくて仕方がなければ、できのいいミステリ小説同様、深夜明け方に食い込んでも、翌日倒れそうで仕事にならなくても、人間、観るもんです。

“観たは観たけど何も残らなかった”番組も同じ理由で抹消抹消。いま『華麗なる一族』のテープが抹消ボックスに入っていますが、消す前にもう一度見返したのが、第5話『運命を分けた死』の大川代議士葬儀。

祭壇に向かって弔辞を述べている人の、弔辞がねもうコレ、爆笑。

「…後進に道をゆずったとは言え、君の影響はいまだ大いなるものがある。君を頼りにしている人々は数多い。君の突然の訃報に、大いなる指針を失った悲しみにくれる者の少なくないのも、無理からぬことである。…」

“~とは言え、~なるものがある”“少なくないのも無理からぬ”ってオマエどんだけ婉曲表現だよ!ここは映像的には、ゴルフ中の銀行局長との面談をとりつけた美馬(仲村トオルさん)が中央通路を静かに入ってきて大介(北大路欣也さん)に耳打ち、大介退席で鉄平(木村拓哉さん)憮然…という無言劇の場面で、言わば弔辞はBGM、一連の絵に足りる尺だけ稼げばよく、ヘタに感極まって真に迫ってないようにあえてしたんでしょうが、それにしても、意味の無いのにもほどがあるってぐらいの意味の無さ。無意味もあるレベルに達すると、逆に巻き戻して音量上げて耳をそばだてさせるだけの力がありますね。

生前、大御所と持ち上げられた政治家も、死ぬと義理で集まってくる手合いの代表の原稿読み弔辞なんて大概こんなもんだよ、という皮肉だとしたら、ベタコテの厚顔な泣かせ演出ばかりが目立ったこのドラマの中で出色のアイロニー、シニシズム表現だったかも。

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