聞いたことはあるが食べたことのない遠方の珍味を、贈答品や到来もので知るように、月河もデジタル式“電子”体温計は、新卒で入った会社の健保組合から入社記念にタダでもらったのが初体験です。
1980年代初期で、買うとなったらまだ結構な値段だったんじゃないかと思いますが、プレバブル期でどっちかと言うと買い手市場、70年代入社組に比べて同期は少なめで、“精鋭を採って大事に(こき)使う”という方針だったんでしょう。新人くんはカラダが資本だよと。
社会人になってからの月河は、小学生坊主の頃よりは丈夫に育っていたのであまり使用頻度は高くありませんでしたが、コレ何がいいって、水銀のアナログ式より測定時間が短いし、“上がり切った(=実態の体温をキャッチした)”瞬間にピピピ・・・とアラームで教えてくれるのが良かったですね。特に、熱がある/ない微妙なときの「いつまで挟んでいればいいのか」問題を電子音で解決。これ画期的でしたよ。約一分=60秒以内で“上がり切る”、所謂“平衡(へいこう)温”に到達できるための電子予測回路を作り出し、軽量小型化して体温計の体裁にまとめるのは大変なプロジェクトだったそうですが、こういうの、日本人は、少なくとも昭和の当時は得意中の得意でしたからね。
高齢組と一緒に生活するようになって二本買い足しましたが、一本は薬屋さんで「婦人体温計なら小数点第二位まで出ますよ」と言われて、ぱっと見パーツがピンクなだけしか違いのない“婦人電子体温計”ってのを買いました。なるほど。女性には排卵サイクルっちゅうものがありますからね。毎朝の体温とどう相関関係があるのか、長年女性やっていながら月河はいまだにさっぱりわかってないけど、コンマゼロゼロまで測れる精密さの分、普通の発熱疑いで測るとデリケートすぎて、他の体温計では36℃台後半なのに“37.34”ぐらいに出ることがあります。細かければいいというものでもない。
これと同時期、もう90年代に入っていたかと思いますが、同じ薬屋さんで買った“婦人”の付かない小数点第一位まで表示のも、パーツの色がブルーなだけでほぼ同型。ちなみに二本とも、先日、立石義雄会長が新型コロナ感染症で亡くなられたオムロンの製品です。
うちの高齢家族は、この時点で二~三回は入院生活を経験していましたから、体温計のデジタルにはあっさり、むしろ積極的になじみました。アナログ式水銀体温計はそれよりずいぶん前から「チカチカ光って、目盛りも細かくて見えやしない」と忌避。うん、アレは確かに、とりわけ高齢者の視力に優しくなかったですね。高齢組ふたりとも、まさかのポッキリ破損、敷物の上にガラスと水銀が飛び散ったりこぼれたりして肝を冷やした実体験もあるらしいです。
月河の入社記念品とともに、デジタル三本は10年以上家族間を手分けして働いてくれましたが、そのうち乱視入って来た高齢組その2が、「数字が小さい」と、次なる不満を言い出したので、んじゃ数字も液晶画面も大きいの大きいの・・と捜して買ったのが同じオムロンの“けんおんくん”。
脇に挟む測定部だけが細長くて、液晶画面部分は幅広くて、これで平べったかったらお好み焼きひっくり返すコテだわみたいな、従来の体温計像をくつがえす様なフォルム。
高齢家族の要望どおり数字が太いフォントで大きいだけでなく、挟んで10秒か15秒でアラームが鳴って“速報値”→ワキに戻して→2分ぐらいで別の音質のアラームが鳴って“平衡温”・・と、二段構えで測定してくれる優れモノです。“測定完了”を示すアイコンも、速報はクルクル回転、平衡温=上がり切り値はまるごと点滅と、少なくとも水銀柱のチカチカよりは高齢者の視覚判別能力にフレンドリー。
月河もこれに巡り合ったときは、体温計もここまで来たか!と、“究極感”をおぼえたものですが、そこからさらに4年ほど経過して、今度は、理工系出身で数字の細かいの見るのには自信がある筈の高齢組その1から、思いもよらぬクレームが。
曰く「アラームが聞こえない」。
「特に、二回目(=平衡温)のアラームはささやかすぎる」「速報値は、ワキに入れて“すぐ来る”とスタンバってるから聞こえるが、二回目は間が空くから、鳴る前に眠くなって二度寝してしまう」。・・・・ふぎゃー。視力のあとは聴力問題ときたか。なんだか、高齢者の身体諸能力、感覚知覚の低下と、技術との追いかけっこ、イタチごっこみたいになってるんですけど。
でもねー、探せばあるもんです。アラームを音でなく、携帯のマナーモードみたいに、バイブで知らせるヤツ。月河も、この頃にはインターネット環境になっていたので、冗談半分みたいな意識で「携帯の呼び出しだってバイブあるんだから、体に密着させて使う体温計こそあるんじゃね(笑」てなノリで検索かけたら、ちゃんとあったんです。時計でおなじみのシチズン製電子体温計“振動したら検温終了”。セールスポイントをまんま商品名にしちゃった。
こちらは二段構え測定ではありませんが、婦人体温計同様、小数点第二位まで表示します。バイブも、月河が試してもいい感じ。ガチ熟睡しちゃってワキがゆるんでしまわない限り、むずがゆいような「ヴォオオン、オオオン、オン」が二回来て測定終了をお知らせ。これなら高齢組も「聞こえなかった」とは言わない。
数字も、“けんおんくん”ほどの大きさではありませんが、液晶表示としては見やすいほう。表示部が凹になっていなくて、本体上で平面なので、数字の端に影がかぶらないのが見やすさ、読み取りやすさにつながっていると思います。
ただ、これも婦人体温計同様、コンマゼロゼロまでの精密さの裏返しで、測定都度の“ふり幅”がやや大きめな気が。“点”ベースでは合格の正確さなんですけど、熱が上がって来る局面、解熱薬が効いて下がって来る局面では「一時間前より、異常に上がってる」「急速に下がりすぎ」と思えるような数値が出ることがある。挟んだワキを体の下にするか、仰向けになるか、測定中に汗かいちゃったかきっちり拭いた後かなどでも、あなどりがたく違ってきますからね。
・・・こうして、“家庭内体温計史”を現物でたどってみると、アナログ水銀から電子デジタルへ、小さい文字から大きい文字へ、音声から触覚へと、測定機としての精密さ正確さとともに、表示のフレンドリーさを追求して進歩してきたんだなというのが如実にわかります。
最近は、じっとしていない乳幼児対応だけでなく認知症患者も多い高齢者保健施設、アフターコロナの公共機関や学校でのエントランスチェックにも最適の“非接触型”も増えているとか。
まだ「体温くらい自分で測れるわ」と豪語する月河家高齢組は、さすがに非接触型には興味を示していませんが、月河がこの人たちの年齢になる頃にはあと何世代くらい交代するのでしょうかね、体温計。
医学の最先端から月河レベルの無知な一般市民まで全世界が一丸となって、今般の新型コロナのような“未知のウイルス”と闘う時代でも、「人間の体調の最初の変化を知る指標は体温」という点だけは変わらない、それもある意味、驚きです。