旧聞に属するにもほどがありますが、男性側からの告白フレーズとして「好いとった」って、いいと思いませんか。ほとんど反則だと思いませんか。長崎弁(@『カーネーション』第16週91話=1月21日)。周防さん(綾野剛さん)。
何事も前へ前へ、先んじて先んじて、自力突破主義の糸子(尾野真千子さん)からの「好きでした、ほんなけ(=それだけ)です」の告白をまず受けてやおら、というのも男として、据え膳ウマー過ぎてズルいけど、「オレも好きでした」「ワシも好きやった」より、かなり来ますよ。何と言うか、ほわらかズシン、という感触。ほどほどに古めかしいのがいいし、「好き(だ)」という形容動詞でなく、「好く」という動詞になっているのが格別なんですよね。状態でなく動作。気分よりアクション。
「男から告白するときは、ドコ出身者がドコで告白しても、全員長崎弁でなければならない」という法律を作るべきだね。国会で通ったら、かなり晩婚化少子化の流れも食い止められるのではあるまいか。まず対・女性で“打率”が飛躍的にアップすると思います。男が女に惚れるなんちゅうプリミティヴな感情は、古くさく不器用に表現してくれたほうがいいんですよね。今週(第17週)は奈津(栗山千明さん)に惚れた中年紳士桜井(ラサール石井さん)の“風鈴アタック”ってのも見せてもらえました。♪風鈴買いに行こう。中央林間の商店街に作務衣で買いに行こう。大家請求しない大家請求しない。かつはにかんでる。懐かしいな『どれみふぁワンダーランド』。英語に聞こえる日本語の歌。
長崎弁、あるいはもすこし緩めて九州弁の告白って、受けたことがあっただろうか。その昔、月河に告白しようという剛の者も、まるっきしいなかったわけではないのですが、と言うかまぁ正直なとこ、ほとんどいなかったのではありますが、出身地の“西限”は静岡ぐらいだったような。分布図つくれるほどサンプル数は無いけど、どうも西日本方面の人とはご縁がない気が。そういう雰囲気にならないのでしょうな。特に大阪近辺の人は普通に話しっぷりがおもしろいので、負けないでおもしろくしようと月河もツッコみやら振りやらがんばるもんだから、いつの間にか告白どころじゃないテンションになってしまう。
今後、告白したい長崎弁の長崎出身者、期限を定めずに募集しときましょう。一生にいっぺんぐらい言われてみたいやね「好いとった」。
初めての抱擁、見いちゃった見いちゃったの北村(ほっしゃん。)の男の嫉妬がからんだ流言で失職した周防を、組合長(近藤正臣さん)の進言で雇い入れ、見交わす目と目で静かに愛を確かめ合う日々も、人のクチに戸は立てられず「妻子持ちを囲っている」噂が町内をかけめぐり糸子は一転窮地に。以前の記事でも書いた様にNHK朝ドラは“家族”と“勤労”と“地域社会”の三本柱価値観で成り立つ世界ですから、“家族”“地域社会(=ご近所)”をまるごと敵にまわしたヒロインが、“勤労(洋服作りの技能才能と、店の盛業という事実)”だけで逆転突破なるか?という、言わば「朝ドラヒロインが(“家族”と最も相容れないところの)恋愛に本気になったらこうなりますよ」を敢えて、朝っぱらから白日のもとに提示する、なかなかチャレンジングな展開となった第17週の『カーネーション』。
しかも、相手の周防は自分の“家族”を傷つけ、糸子自身は縫い子や帳場(六角精児さん)ら雇い人の肩身をも狭くさせているという点で、唯一の武器“勤労”もくすませ気味。意地でも“家族”“地域”と融和しないぞという、根性入れて減点ロードを進む“恋愛”です。
家族の中でも最強である“子供たち”が大人家族、大人ご近所さんたちを向こうに回して糸子の味方をしてくれた(96話・1月27日)おかげで、糸子は負けるよりつらい“局地戦勝利”をおさめたのですが、その際糸子のクチから「申し訳ないと思てます」「犯している罪の重さ」という言葉が出たのは、当初ちょっと意外でした。「人の噂がどうだろうと、うちは周防さんと疚しいことは何ひとつありません」と言うかと思ったけれど。
しかし思い出すべきは、93話(24日)に、糸子が組合でばったり周防と出くわしたさらに後日、電話での呼び出しで珈琲店太鼓で再会した場面です。失職のため慣れぬ日雇い現場仕事に就いていた周防は足の骨にヒビが入る負傷で松葉杖持ちでした。
このときだけ周防をケガ人にしたのは、負傷=日雇い仕事も無理=糸子の店に雇ってもらうしかない、という状況を作るためだけではありませんでした。松葉杖は、図像的にステッキや刀剣、槍やナイフ同様、シンボルとしては“突いて使う、棒状のもの”の仲間です。まして“松葉~”が付けば、四十八手の中のアレを一瞬連想する向きもあるでしょう。
もうひとつ、珈琲店太鼓で糸子と差し向かうとき、本当に1カットしか映りませんでしたが、右足の包帯のため、周防は“例の”革靴を履くことができない状態だった。糸子にとって、あの靴を履いた周防は、妻の着せた鎧に守られているのと同様でアンタッチャブルなのです。それが、予期せぬ負傷で素肌の足の周防と会える機会が訪れた。触れることができる生身の足。糸子にとっては思い鎧戸が、たったひととき開いたのです。糸子は心中、躍り上がったでしょう。
93話の最後、帰宅して盥で自分のナマ足を洗いながら、うちは周防さんと居れるのをこの2年ずっと夢みていたんやな…としっとり感慨に浸る場面は、周防の松葉杖がこじ開けたと言っていい。“温かい湯をたたえた盥”も、“足を浸ける”行為も、“足指と足指の間の水けを拭きとる”行為も、見ようによっては非常にシンボリックなものです。
状況的に考えても、帰宅する前、糸子が、不自由な足を杖に頼る周防の背中に背を向けて、右と左に別れてきたと考えるのはむしろ不自然。周防の当地での根城である下宿であれ貸家であれ、あるいは少し別種の、屋根と床と人目を遮断できる戸のある場所であれ、付き添って、上がり框で身体に触れるような介助をしたかもしれない。実際どんなやりとりやセッションがあったにせよ、なかったにせよ、この93話以降は糸子と周防を“一線を越えたカップル”として見てくださいねというサインが、ちゃんと脚本上示されていたのです。
ひとつ前の第16週、夜の家路、父や幼なじみや夫ら愛した男性の顔を順に思い出しながら、米兵とパンパンのいちゃつきを寂しく見送る場面と併せて、要するに糸子は、朝ドラ史上たぶん初の“性欲を持ち、性器を使い性行為をするヒロイン”として堂々とプレゼンされている。別に、脱衣して一緒に布団に入り、声を出したり動いたりする場面を入れる必要はない。
期せずして帳場さんも、「よろしいわぁ~」「さすがの春太郎サマでしたわぁ~」とクネクネ、手をモミモミ。終戦後3年が過ぎようとしている頃で、そろそろ皆さん本性、本能、全面解放したい時期なのです。
“何もしないでいきなり子持ち”になったみたいなヒロインの多い朝ドラで、もちろん性愛描写もカケラもなく、それでもしっかり見ていさえすればわかるようにヒロインの身体性、肉体性を打ち出した上で、“家族”“勤労”“地域”との真っ向勝負を演出。胸のすく挑戦的な展開は、“職人、職業人としての夢と誇りを土足で踏み荒らしてはいけない”という、糸子の同じ職業人としての慮りが、“恋愛”オーバードライブを止めた…という転帰で幕を閉じることになりました。糸子の知らないところで、いちばん訳知れる長女優子ちゃん(野田琴乃さん)は周防の子供たちと対峙し複雑な思いを味わったが、糸子自身は“家族”に負けて折れたわけではない。周防を雇い続けた半年間も、売り上げは伸び続けたのだから“勤労”も鉾を収めなかった。12月30日、年末の挨拶も通行人と昌ちゃん(玄覺悠子さん)がにこやかに交わしていましたから、“地域”も根性と才覚で組み伏せた。
しかし、糸子が周防のためにと善意で、好調の財力にものをいわせテーラー周防を開店させたことで、周防の表情は逆に沈んで行った。腕一本で自前の看板を揚げる職人の喜びと達成感を、周防から奪ってしまったと気づき、「うちでは周防さんを本当に幸せにはできない」と自覚して、糸子は身を引くと決めた。朝ドラヒロイン糸子の、“三本柱”相手の“恋愛”闘争は、“敗れざる撤退”で終息したのです。
もともと糸子のようなキャラの女性は、惚れた男性と深くかかわればかかわるほど“ひと肌脱ぐ、面倒見る、庇護する”というタームに変化していきがちで、本人のテンションとは別に、傍目からはどんどん“恋愛らしさ”から遠ざかっていくものです。しかも、相手の周防は、糸子から「好きでした」と言われるまでは手ひとつ握らず、町内の噂がピークに達してはじめて、それも「辞めます」ではなく「辞めましょか?」と言って糸子に「そばにおって下さい」と抱きつかせるような、すべてに女に先手を取らせて言質を与えぬ“細いが屈強な筋金入りの、狡い男”で、なおかつ妻子持ち。
これでもかというくらいの非・恋愛体質なヒロインに、いやがうえにも“応援できない要素”をふんだんに添付した“恋愛”闘争ですから、この程度で決着してしまうのも仕方がないととるべきか、いやいや「意外に拮抗した好勝負だった」と見るべきか。
周防の糸子への本気の恋心、原爆症の妻への責任をどう捉えるかというのっぴきならぬ覚悟を、本人のクチからでなく、聴取した組合長からの又聞きにして糸子を涙ぐませた場面(92話・1月23日)で、周防のオスとしてのひそかなしたたかさを伝えた叙述法。そして周防のため準備中の紳士服店を「開店したら覗いて」と無神経に宣伝する糸子に八重子さん(田丸麻紀さん)の「ウチとこはほら、背広着るような男いてへんしな(=未亡人2代と子供たちの家に、他人の男性を引き入れるような真似はしていない)」のソフト釘刺しで、“叱ってくれる人もなく前進あるのみの糸子の、傲岸な孤独”をさらっと浮かび上がらせたりもした。これまでにも増して中身の濃い第17週でした。