気がつけば『おひさま』も残すところあと4週。東日本大震災の影響で、3月放送中だった前番組『てっぱん』からドミノ式に、異例の1週遅れスタート、被災地・原発周辺を中心に日本全国困惑狼狽ムードの新年度で出鼻をくじかれ、どうなることかと危ぶまれたのももう半年前で、ほのかに懐かしい思い出となりました。
最近は高齢家族を中心に、TVドラマ視聴が“古代~中近世朝鮮半島史フュージョン研究会”化している月河家で、ほぼ唯一の“日本代表”、つまり引退前の大関魁皇みたいな存在が『おひさま』なので、内容的にも人気的にも盛り上がってゴールしてほしい気持ちはあるのですが、お盆休みの週前後からどんどん、野放図なまでにゆるくなり出しました。
いや正確には「観客視聴者に、ゆるいと思われることをはばからなくなった」と言うべきか。こういう女性の半生モノって、知らず知らずのうちに自分の個人的な人生座標に引きつけてしまいがちで、陽子(井上真央さん)が教職を退いたところが大きな転機のような気がし、つい“あれからこっち、陽子も周りも甘く、緩くなった”と思いがちなのですが、思い返せばこのドラマ、進路とか進学先とか結婚とか、人生の重要な決断が、誰の何に関する決断でも、概ねすべてえッそんな簡単でいいの?というノリで進んで来てました。ここ最近で急にゆるくなったわけではないのでした。
それにしても、時期もあろうに終戦記念日の週(8月15日~20日)に、和成さん(高良健吾さん)がいきなり進駐軍兵士と腕相撲始めて、勝たしてもらって家族全員でガッツポーズ大歓声、陽子の「日向子、お父さんはすごいよ」で締めたときにはどうしようかと思いました。佐久間一行の「全体的についてこ~い」じゃないけど、ついていけないよ。どう受け止めて、どういう感想を持てばいいのか。
久しぶりの上等の蕎麦入手と蕎麦打ちの腕披露機会到来でテンションアップ、でも振る舞う相手がこないだまでの敵国アメリカさん、伝統の蕎麦の味わかるの?でちょっとダウン、「グッテイ!って言わせてやろうよ」と和さんの賛成で気を取り直しまたアップ、当日ご主人(串田和美さん)まさかの肩負傷でダウン、でも徳子さん(樋口可南子さん)が交代、さすが跡取り娘な腕を見せてリカバーアップ、進駐軍さんたちひとクチ食べて「Tastes good!」で一同バンザイアップ、でも後が進まず大量に食べ残されてダウン、腕相撲ウォー勝利でアップ、夜になって陽子の「お父さんすごい」でさらにバカップルノロケアップ。足すことの引くことの、差し引きどうなんだ。何だったんだ、あのエピは、全体的に。
競馬愛好で知られた詩人で歌人で劇作家の寺山修司さんがある文士仲間に「(馬券が)当たった当たったって喜んでるけど、外れるほうが多いでしょう、トータルしたら損してるでしょう」と冗談混じりに言われてマジ激怒、「なんでトータルする必要があるんだ、あんたの人生、トータルして儲かってるのか」と言い放ったという有名なエピソードがあるけど(言われた相手は寺山さんが立ち去った後「あんなに怒るとこ見ると相当損してるね」と苦笑コメントしたそうです)、ホント、あの一連の場面ばっかりは、トータルした結論だけを言ってほしいと思いましたね。
また、悪い人ではないにしても、男性同僚のプライドずたずたな逃げ場のない叱責をする、陽子のパート先経理社員・良子(紺野まひるさん)を現在時制陽子(若尾文子さん)ナレで「私の周りにはステキな女性がたくさんいると思ったワ」と振り返らせたり、タケオ(柄本時生さん)が嫁になるミツ(安藤サクラさん)に向かって“残酷正直”な告白→陽子とミツの“幸せ負けません”合戦にして「またひとり友達が増えたワ」など、着地をとりあえずポジティヴにするための強引な転帰、無理やりなセリフも目につき耳についてきた。
何もそんなに万障繰り合わせてポジティヴに持ってくる必要は無いと思うのですけれどね。とにかく関わる相手はどこかしら必ずいい人で、回り回って結局はいい人間関係になれて、幸せ気分のうちにすべての出来事が帰結し通り過ぎて行く。女学生陽子の初恋の想いも届かず、親の許さぬ女給の彼女と手に手をとって満州へ旅立った川原さん(金子ノブアキさん)がその彼女を現地で無残に失い、スーパーやさぐれて孤独に帰国、泥酔再会という、こればっかりはポジティヴにまとめようがないでしょうというエピすら「よかったね陽子ちゃん、初恋が実らなくて」と強引に川原さんに笑顔で振り向かせて終了、というチカラワザ。丸庵全焼で陽子実家に身を寄せた丸山家一同、親代々継いだ店を失ってガックリ落ち込む家付き娘の徳子さんも、縁側で陽子にこちょこちょ励まされた後はキャッキャと屋内鬼ごっこ。何ゆえそこまで“笑顔”“笑い”にこだわるか。宗教か。
結局、“NHKの朝ドラであること”に殉じた結果かなという気も。“昭和の”“戦争をはさんだ”“女性一代記”といういちばんハズレのない三題噺フォーマットをまず決めておいて、“不倫・三角関係ほか、一夫一婦制の健全なお茶の間を脅かすドロドロはダメ”“嫁いびり、児童虐待、ハンデキャップ差別ダメ”“リアルな貧窮描写ダメ”“リアルな闘病描写もダメ”“暴力、流血もちろんダメ”“悲嘆、憤懣、後味悪さで終わるものぜんぶダメ”と、ダメなものを先回り先回りで排除して、オッケーな食材だけ残して、献立を作ったらこんなになりましたという感じ。前番組『てっぱん』がいきなり出生の秘密、家出の果てのシングルマザーを下敷きにしたお話だったし、そのさらに前の『ゲゲゲの女房』に至っては、“洗うが如きド赤貧”自体が中盤までの主食材という“逆・真っ向勝負”だったので忘れられがちですが、本来NHK朝ドラってだいたいこんなモンだよって線に、我らが(誰らがだ)『おひさま』も落ちついて、例によって例の如しなフィナーレを迎えつつある模様です。
最近のNHKは火曜夜10:00枠で、不倫嫉妬絡みのドロドロや階層差別やジェンダー、家族崩壊など濃いテーマを、おもに原作もので積極的にドラマ化しているので、シーソー効果でますます「朝は薄味に安全パイで、毒にもクスリにもならないように」という姿勢が定着してきたのかもしれない。
個人的には、ドラマとしての充実度はもう“そこそこ以下”でもいいから、音声のみ背中視聴の多い時間帯の枠、劇中音楽だけはたっぷり多彩に詰まっていてほしいなと思います。月~土毎日15分、毎週足し上げると90分もの、音の“容器”があるのですからね。
そういう意味では『おひさま』は、ちょっと一本調子の優等生的でサプライズが少ないけれど、ドラマの作風通り毒ッ気なし、臭みなし、明るく温かくに徹した良楽曲揃いでした。