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イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

あまちゃニアンのまだまだ眠りたくない夜

2014-01-23 01:11:40 | テレビ番組

 まあ、そうは言っても、紅白歌合戦のアレをもって“第157回=正しい最終回”と解釈するのはさすがに無理がある(@『あまちゃん』)。

 2013年9月28日の、本放送最終回が、“完マークのその後”を何とでも想像できる“開いた”風通しのいい終わり方だっただけに、ドラマ時制の「2012年(=震災の翌年)7月」から、自分らの暮らす日常の時制まで、どうにか橋を架けて「あの人たちはいまはこうしている、こうなっている」をあれこれ妄想したい我らあまちゃニアンとしては、あの紅白にどうしても過剰な意味を持たせたくなってしまうのですが、やはりあれは審査員席に座られたコンダクター・宮藤官九郎さんから、我々とキャスト、そして『あまちゃん』の制作・放送にかかわったすべての人たちへの“感謝スペシャルメモリアルギフト”であって、それ以上でも、それ以下でもないと思います。

 そう謙虚に考えておかなければ、たとえば鈴鹿さん(薬師丸ひろ子さん)とともに帰京しスリーJプロダクションで女社長業を続けているはずの春子さん(小泉今日子さん)が、いきなり北三陸の梨明日のママに戻っている経緯も説明がつかない。やはりアレは「ドラマの続き」ではなく、「ドラマのキャラと世界観を、2013年の紅白歌合戦という敷地に“移築”した」別建ての寸劇だったのです。

 月河は156回の“開かれっぷり”“妄想ウェルカムっぷり”を心底愛しているので、なおさら、言ってみれば単なる年末恒例“大晦日となれば毎年飽きもせずにやってる”お決まり番組に過ぎない紅白歌合戦ごときの、そのまたごく一部の時間を割いただけの歌入り寸劇程度で、『あまちゃん』という、昭和と平成、二十世紀と二十一世紀を股にかけたグランドロマンが「本当の意味で完結した!」「着地した!」なんて思いたくないし、とりわけ全国のあまちゃニアン、並びにアンチあまちゃニアンの皆さんにも思ってほしくないのです。

 そろそろ、あれから4週間が過ぎようとしているのに、未だに「終わってない、“閉じてない”」と念じ続けているのだから、『あまちゃん』の磁力恐るべし。

 遅まきながら(遅まき過ぎるか)、最終回の2~3ヶ月前から言われていた“あまロス”ってのがコレか?・・いや、『ごちそうさん』にも、遜色ない体温で嵌まっていますから、“ロス”は当たらないな。何も“喪失”してないし。

3月29日の“完”マークまで和枝姉ちゃん(キムラ緑子さん)にはいけずしててほしいと願ってるし。農地改革でまた辛酸なめそうだがなあ。


外からオグリオグリオグリ

2012-07-09 01:21:39 | テレビ番組

七夕の前日・76日(金)の『あさイチ』プレミアムトークゲストに小栗旬さん。スタジオ登場シーンで、思っていたよりずっと長身なのに驚きました。184センチだそうです。この番組で、MC井ノッチより背の高いゲストは、実はかなり珍しい。

なんでかな、小栗さんて、ガタイの外枠イメージが成宮寛貴さん、小池徹平さん辺りとなぜかかぶっていて、実際よりずっと小柄に考えていたんですね。たいへん失礼をば。“生徒役”のイメージが刷り込まれているせいかもしれない。リアル高校生の年代で高校生を演じていた頃よりは実身長もぐぐっと伸びているのではないでしょうか。

気がつけばもう今年の暮れには三十路に入るアラサー。“若手”俳優とか“イケメン”俳優とかカンムリ付けるのはそれこそ失礼なポジションとキャリアをお持ちですが、小栗さんが、たとえば教室シーンでも目を引くカッコよさの若手として認知度を高めてきた20002002年頃は、エンタメ界が “イケメンブーム”とでもいったものでふつふつと地熱が上昇していて、月河の長年のレギュラー講読雑誌『TVBros.』には巻末ぴぴぴクラブの後に、の若手イケメンくんを写真とインタビューつきで紹介する“あらま美形”なんていう噴飯タイトルのコーナーもありました。ドラマであれCMであれ、「どこかにかっこいい子いない?」「いたいた、ほらあの人は何ていう人?」みたいな視線を常時含んでウォッチされていた時期です。

月河の中では漠然と“特撮系”“学園系”に彼らを分けていて、実際、特撮ヒーローと学園ものがフレッシュイケメンの2大宝庫だったのですが、ここで何度も書いている通り月河は学園ドラマというジャンルがとことん苦手で忌避しているため、たとえば『ごくせん』のチョイ役からオーディションを経て『仮面ライダー』へ…というルートで“こっち”へ来てくれない限り、“あら美”で顔と名前を知ったとしても、知った止まりでそれ以上深追いしようがありませんでした。

小栗さんは最後まで“こっち”に来ないままの人でした。

そしてイケメンブームの地熱が醒めてもしっかり生き残った1人です。もう“イケメンである必要はない”役でもちゃんとこなし、なおかつイケメンであることを活かして演じ切る。イケメンブームの支え手であった女性客の中でも「とにかくイケメンあるのみ」という趣味志向の、おもに中高年層は2004年の冬ソナブーム以降大半韓流に行ってしまい、イケメンであること以外特段の売りを持たない日本人俳優さんは当然のように露出機会が激減しましたが、小栗さんはイケメンはイケメンでもそのイケメン度合いがちょうど手ごろだったのが生き残った決め手かもしれない。“小栗旬”という商品の価値全体を100とすると、その中で“イケメン”の占める割合が50を超えるか超えないかのところでとどまっている感じなのです。美形だけれど、ほどほど生活感があって、地上的というかね。笑ったときのつっぱったようなアゴのラインが、会社で言えば庶務課とか、業務管理課とか、内勤っぽい。

長年付き合っているマネージャーさんの“小栗旬トリセツ”によれば、「朝の寝起きだけ別人。あとはぜんぶ長所」だそうで、AM815~の『あさイチ』では特にテンション低めだったのかもしれませんが、満29歳という年齢以上にクールでハシャギ少なく見えたのは、お父さんが国際的オペラ監督、お母さんがバレエ教師という、もともと芸能色の強い生まれ育ちも大きいようです。なんか若手の頃から場慣れというか、芸能人として振る舞うことに慣れている、ガツガツしてない空気がありましたね。

コメントVTRで登場の蜷川幸雄さんが「最近(役者として)よくないね。たやすい、くみしやすいところとばかり仕事してる」「ちょっと男前、ちょっと賢そう、ちょっとワル、ちょっといい人、何でも“ちょっと”“ちょっと”なのが物足りない」「もっと落ちるところまで落ちて、泥水に顔ツッコむくらいになったら、また一緒に仕事しよう」と楽しそうにダメ出しエールをくれていましたが、蜷川さんのような燃え型演出家に“堕ちていくところを見たい”と思わせるのは役者冥利に尽きるじゃないですか。平凡な小市民性と狂気を兼ねそなえた、プーシキン『スペードの女王』のゲルマンとかドストエフスキー『悪霊』のスタヴローギンなど演ってほしいですね。『白痴』ならムィシュキン公爵じゃなくラゴージンのほう。ハイスミス『太陽がいっぱい』以降のトム・リプリーシリーズも似合いそう。

…しかし、その前に、一度は特撮に来てほしかったなぁ。『仮面ライダーカブト』で徳山秀典さんが演じたやさぐれ兄貴なんかぴったりだったのに。『超星神グランセイザー』の軟派なファッションデザイナー=セイザーダイルもいいな。ルックスが良くてキャラの立つ俳優さんには月河、一度は「変身!」とか「装着!」とか言わせてポーズとらせてみたいんですよね。


倒れちゃいケンゾー

2012-07-01 01:13:20 | テレビ番組

世良公則さんは、ツイストで♪アンタに あげぇぇぇた~って歌っていた頃は、“プロ歌手にあるまじき汚声”に聞こえて、それがユニークで売れたと思うのですが、改めて俳優としてセリフ言ってるの聞くとどうしてなかなかの良声ですな(@『梅ちゃん先生』)。お店などであの声の世間話が背中から聞こえたら、どんな二枚目かと確実に振り返りますぜ。

演技しているところをちゃんと見るのは『太陽にほえろ!』のボギー=春日部一刑事役以来かもしれないので、ちょっと看過してました。やはりあの、カンフー風ともカツアゲ風ともつかない独特のアクションつきで腹式呼吸の場数踏んできただけのことはある。

そう言えばツイストが売れた1970年代末~80年前後は、世良さん以外にも、もんた&ブラザースのもんたよしのりさんとか、女性の葛城ユキさん、はたまたRCサクセションの忌野清志郎さん、そしてもちろんサザンオールスターズの桑田佳祐さんなど、もうひと昔前なら「歌手の声じゃないだろこれ」という悪声汚声濁声、異声怪声の人が次々ブレイクしていたような。ちょうど居酒屋やスナック、宴会場にカラオケ一気普及の頃で、歌うということの敷居がシロウトにもガツンと低くなった時期です。

それはさておき629日(金)放送回の世良さん扮する坂田先生、いいセリフだったではありませんか。「医者が人を助けてやってるなんて思い上がりだ」「医者は、ただ“そこにいる”だけでいいんだよ」……ううむ深い。一聴、謙遜過ぎてネガティヴなメッセージのようですが、坂田は大戦末期に大陸の病院にいて、敗戦近しの情報に怖気づき患者たちを放棄して帰国した自分をいまも悔いている男です。「そこにいるだけ」は、“生死の局面から逃げない”意味でもあるし、“患者から視線をそらさない”“疑問質問や不安にいつでも答える”ことも含まれている。

実際、平成の日本では、人口密集大都会以外のあらゆる地方で、拠点病院にすら医師数が不足し、診断能力や検査・治療設備のどうこう以前に「お医者さーん(泣)」と捜し求めたとき誰も“そこにいない”という状況が出来しています。

また大都会の大病院の、輝かしいキャリアを持つ評判有名医が、苦労して長期間待ちの予約を取って受診してみたら、パソコン上のデータばかり見て患者の顔色肌ツヤすら直に見ようとしない、患者の切実な症状の訴えを「必要なことはこっちが訊くから」と無愛想に遮る…なんてムナクソ悪い話もよく聞きます。

難しい診断や高度な治療を求められる症例ももちろんあるけれど、まずは何より「そこにいること」。そこにいて、患者を見て、話し、触れることからすべては始まる。人の命に接し取り扱う、重く大袈裟に考えていけば果てしなく重くなる仕事の本質を、この上なく謙虚で平易な表現で切り取った素晴らしいフレーズでした。

なんだか医療ドラマを見ているよう…って、コレ最初から医療ドラマか。

いま放送は設定昭和30年時制なので、だいぶ遠い話になりましたが、終戦間際に戦死した松子お姉さん(ミムラさん)の婚約者・智司さん(成宮寛貴さん)は軍医で、空襲の中入院患者たちを全員避難させ、自分は逃げ遅れて命を落とすという、坂田とは真逆の顛末を迎えてしまった人。“医師と命”という、医師を主人公に据えるなら避けて通れない大きなテーマの2大典型例が、ドラマ本編ストーリーに入る前に終わっているという脱力感がまた『梅ちゃん』らしいのですけれどね。

あとね、最近朝ドラを、朝800~の本放送枠で見ると、なんか『あさイチ』MCメンバーが、ラストシーンに対して必ず所感やツッこみを入れてませんか。今日(630日)など、週一土曜だけの『週刊ニュース深読み』3人までがマジ顔で何か言ってたし。

だからね、もうこの流れを既定にして、脚本家さんが登場人物の役名を、『あさイチ』のレギュラー・準レギュラーの名前にしちゃったらどうでしょう。クチうるさくてワキ汗っかきのオールドミス“ユミコ”とか、恐妻家で無線オタクの上司“ヤナギサワ”(祝解説委員長ご昇進)とか。お笑い顔だが私服のセンスが良くてなぜか嫁が美人女優の中間管理職“イノハラ”とか。

…………そのまんま過ぎるか。

とにかく、「つづく」の後スタジオに切り替わったとき「“ユミコ”がまたキレてますね~あれじゃまだ当分結婚できませんよ」「“ヤナギサワ”課長もいい加減オヤジギャグ浮いてるの気づけよ、って話ですよね」「ってか“イノハラ”くんばっかりモテるの絶対おかしいよ」といった会話で盛り上がるような作りにすればいいのにね。

………盛り上がらないか。直前まで他局見てるか。


百白くない

2011-09-13 01:40:28 | テレビ番組

先週は『スタジオパーク』と『あさイチ』2度ほど高良健吾さんを見ました。高良さんの前日の『スタパ』には井上真央さんが出ていたし、すでに先月クランクアップが報じられた『おひさま』勢は、残る3週の盛り上げプロモへ全開の模様です。

 俳優としての高良さんを見たのは『おひ』以前はBSで観た劇場版『ハゲタカ』だけでしたが、スタジオトークだとまずその圧倒的な透明感が驚異です。身長公称176㌢だそうだから同年代俳優さんの中では目立って長身なわけでもないのですが、超小顔なため実際以上に縦長に見える。で、ちょっと吊り目の爬虫類顔でてろっとした感じ、戦中戦後の“理想の育メンダンナ”がこんなにしっくり演れるようなタイプの若手くんとは思っていなかったもので。役者・演技者としてあまりにも“染まっていない”ので、監督さんやプロデューサーさん、ホン書きさんなどにとっては如何ようにも“染め甲斐”のある、無限のインスピレーションを掻き立てられる素材でしょうが、『おひ』以降の航路を見守るのが怖い気も。水晶かガラスか、はたまた金剛石か。

実年齢こそ同じながらめちゃめちゃ演技キャリア差のある井上真央さんとのコンビで、寛大で頼れる夫役をつとめてきたわけで、収録日数や時間以上に精神的に大変だったのではないでしょうか。クランクアップのシーンでは現場のイジられ担当炸裂してましたな。

他番組スタジオに出ばってのトークでも、“自陣”のおひセットでインタヴュー受けても、芸歴相応に落ち着きまくっていて絶対舞い上がらないグラつかない井上さんとではなく、もう少し荒削りで危なっかしい新人さんヒロインと組んだら、高良さんも別の面が出たかもしれない。まぁ、そこらへんは結果論で、選ばれて演じた高良さんに落ち度は無いと思う。最終話まではまだもうひと山ふた山ありそうなインタヴュー内容でしたが、もうそれはいいや。お疲れさまでした。

熊本県熊本市出身で、地元の情報誌のファッションページモデルから注目され上京して俳優業へ、というルートは『仮面ライダー剣(ブレイド)』の竹財輝之助さんを思い出します。行ったことはないけれど、熊本って、肥後もっこすのイメージとは真逆に、スレンダーなおしゃれ系くんが意外と多かったりするのかしら。竹財さんは2年前の大河『天地人』の有栖川宮役で1話だけ出演されていましたが、高良さんも一度は大河で髷、ズラ、いってみてほしいですね。町人より若武者、若殿向きか。忍者とか刺客・悪漢サイドを演るにはもう少し動きにスピード感や殺気がほしい

振り返れば、最近のNHK朝ドラで、ヒロインと恋愛要素ありの相手役を演じた若手男優さんで、朝ドラ卒業後、朝ドラ時以上の輝きを見せてくれた人ってあまり思い出せないのですよね。

…って08年上期の『瞳』からしかまともに視聴していないけれど。そこを無理やり思い出そうとしても、渡辺謙さんと内野聖陽さんと、あとは、朝ドラと縁が切れてからが本領発揮に決まってるだろうという伝統芸能後継者・野村萬斎さんぐらいまで遡ってしまう。藤木直人さんも入れるべきか、入れざるべきか。迷っちゃ失礼か。

『おひ』ドラマ本編のほうは、安曇野でめでたい丸山家再出発開店のはずがすでに歴然と消化試合化。桐野のお祖母さまが命名してくれた店名“百白花”ってのも字ヅラは美しいけれど、「ひゃくびゃっか」って3回続けて言ったら間違いなく噛みますぞ。


瀬戸の花婿

2011-08-25 21:23:12 | テレビ番組

 島田紳助さんが、キャラ的にも素でも、ガラが悪くてヤクザっぽいのはいまに始まったことではなく、1980年代漫才ブームに乗ってのデビュー当時から、むしろ積極的に売りにしていたくらいだし、「“ぽい”じゃなくて本当にそのスジと付き合っていたから芸能活動やめます」と一方的に言われても、何をいまさら…という感じです。

個人的には、この人のことを、“見かけたら速攻TV切る”までに不愉快に思っていたのは、ドスと顔の利く先輩の言うこと聞くしか業界で生き残って行くすべがない、ゴミクズみたいな格下の連中を掃き溜めてプロデューサー気取りだった“ヘキサゴンファミリー”の頃がピークで、最近はお顔を見かけても「まだやってるのか『鑑定団』」、「よく飽きられないなあ『行列』」等と思うだけでした。

 M1グランプリを提唱、先輩芸人さんたちを取り込んで音頭とってくれたのは貢献だったと思いますが、それも幕を閉じたし、故・松本竜介さんとツナギを着て「走れメロス、メロスは走った」なんてやってた若かりし頃は“人のやらない事をやってやろう”という欲と自負とコンプ混じりでギラギラしていて、それなりに可愛げがあったけれど、こっちはもっとずっと昔の話。今回の記者会見もまあ、ぶっちゃけ「早くTVに出なくなってほしいと、ずっと思っていた人が、その通りにやっとこさなってくれた」というのが正直な感想でした。

 それにしても、「あー清々した」で済まされないことがある。まず、「(そのスジの偉い人にトラブル解決してもらったり、お礼かたがたメールの交換などの交流を続けていたことを)悪いことをしたとは思っていない、セーフだと思っていた」と言った上で、「(芸人、芸能人として自分は)最高にカッコ悪い終わり方」「いままで若い後輩たちに厳しいこと言ってきたから、示しをつける意味でも、いちばんカッコ悪い、厳しい処分を自分で下すと決めた」とか何とか、自分を反面教師に仕立てて後輩たちへの戒めにしたかのような物の言い方。

カッコ悪く去る、自分で自分が居られなくなる振る舞いをした人間が、居続けてがんばる人たちを縛るというのは、偉そうにもほどがあるってもんじゃないでしょうか。この世は生きている人たち、明日も明後日も1年後も10年後も生きていく気のある人たちが物事を決めて回していくべきであって、死ぬ人が死に際に「これこれこういうふうに生きろ、こういうふうに生きるな、言った通りにせよ」と言い置いて死ぬのは卑怯でずるくて醜悪です。死んだ後、生きている人たちが言った通りにしてくれているかチェックしたり駄目出したりできるわけもないのだから、自分の生きている間に自分でできるだけの事をして、死ぬときは黙って笑って(笑わなくてもいい)死ねっての。

紳助さんも、芸能で生きてきた人が芸能をやめる、つまり死に際を自分で決めたのだから、「やっていいことと悪い事の区別もつかない愚かな人間だけど今日まで可愛がってくれた先輩がた、慕ってくれた後輩、皆に感謝したい、ありがとうございました」と一礼して退場、のほうがはるかに清々したのに。“心して身を律しないとオレの様な辞めかたをしなきゃならなくなるよ後輩たち”は要らなかった。

たぶんこの人、クチさき偉そうキャラなのとは別建てで、“師になりたがる”“親分風(かぜ)、兄貴分風吹かせたがる”体質の人なのでしょう。“族”やヤンキー出身の人には多いですね。実社会に出て、これが持ち味、魅力になることもあれば、そういうのが肌に合わない人を遠ざけ結果的に孤立するもとになることもある。

おそらく大勢の後輩たちが、この人に身が縮むほどシメられたり、或るときには太っ腹にオゴってもらったりして「怖いけどいい人だ」「いい人だけど、やっぱり怖い」の間で転がされ育てられてきたはず。その結果「紳助先輩に学び、見習ってああいう生き方の芸人になろう」と思う人が多かったか、「あんなのごめんだ、オレは売れてもあんなには絶対にならない」と思う人のほうが上回ったかは、これから追々結果が出るでしょうが、去る紳助さんがもはやどうこうできることではない。

余談ですがウチの高齢家族、非高齢家族ともに、「遺言だけは絶対のこさない」と長年言っています。遺言にのっとって処理しなきゃならないほどの財産がないということもまずドンと現実としてありますが、「自分より後に生き残る連中に“遵守”“尊重”という重荷を背負わせて逝きたくない」というのが彼らの言い分。

「生きている間が人間」「死んだらぜんぶ終わり」と彼らは折りに触れて言います。「残ったモノやカネをどうするかは、生きている者が好きなようにすればいい、法律なり制度なりあれば、それ通りにすればいい」「法律に従うのがイヤで、争って殺し合いでもやりたければやればいい、わずかばかりの形見や小銭のためにそんな真似してエネルギーをついやすのがバカバカしいかバカバカしくないか、それくらいの判断はつく人間に育てたつもりだが、育ってなければ力不足だったわけでしょうがない、とにかく好きにしてくれ」「死ぬ間際まで生き残る奴らの先のことを気に病むなんてごめんだ」と。

紳助さんに話を戻せば、「半年ぐらいの間だったが(芸能界の)テッペンに立ったことを確認してもらった」というよくわからない文脈で、同じ所属事務所の明石家さんまさんの名前を一度ならず引き合いに出したのも非常にイヤな感じがしました。

もう何年前になるか、紳助さん『クイズ島田検定』とかいう番組で、「ここに撃っても罪にならないピストルがあって、弾が6発入っている。“誰を撃ってもいい、あなたがいい人で、撃ちたい相手がいなければ、空に向かって撃ってもいい”って言われたとしたらどうする?」と、もんのすごい恣意的な問題提起をゲストに振って、「オレやったら明石家さんまに5発使う」と自分で答えていたことがありました(そのときのレギュラーゲストのひとりに、V6の井ノ原快彦さんがいて「あと1発はどうすんですか?」と訊いたら「みのもんたやな」「朝から晩まで(司会の)仕事しやがって」とも)。

紳助さんが事務所同期入社で同学年で、同じような言いたい放題キャラでありながらお茶の間好感度では天文学的大差をつけられているさんまさんに、親しみとやっかみ入り混じった複雑な思いをいくら抱えようと自由ですが、黒い“交際”が俎上になっての結果を見られているその最中に、「付き合いのある人」として同業者の名前を挙げるのはどうかと思います。聞く人が聞いたら「さんまか、(ダウンタウン)松本か、じゃあ朱にまじわって赤くなってるんじゃないか」と思うかもしれない。思わないかもしれないけど、みずから“カッコ悪い最悪の終わり方”と言うなら、あまり固有名詞のツバを飛ばさずに、挨拶すませたほうがまだしも見苦しさが少ないと思うのですが。

…そう言えばあのときの『島田検定』での井ノ原快彦さん、紳助さんに「イノッチはどや、罪にならないピストルや、誰撃っても捕まらへんねん、撃ちたいヤツおらんの?」と押し込まれて「NEWSですね~」とニコニコ答えていた記憶が。ジャニーズ事務所内でいちばん飛ぶ鳥落とす勢いと世間も認め、そのことを事務所先輩がネタにしてもいいくらいなのがNEWS、そんな流れの時期だったのでしょうね。2005年ぐらいだったのかな。

いまやNHK朝の顔、“はなまるヤッくんの可愛げ版”とも称される井ノ原さん、いまなら誰を撃つか。嵐か。明日(26日)櫻井翔さんが『あさイチ』プレミアムトークにゲストインするらしいですが、どんな雰囲気になるかしら。

もう、空に撃っても余裕じゃないかな。