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イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

桜斬るバカ

2011-04-03 19:41:11 | 昼ドラマ

こちらも震災で一週間お休みがはさまって放送が延び、新年度スタートですでに世の中フル回転の4月の、第2週まで盲腸みたいにぶら下がって“残業”する格好になってしまいましたが、『さくら心中』もそろそろまとめておきましょう。ここまで来たら、昼帯ドラマ恒例“最終週でのもう二転三転”で全体的視聴感が大きく変わることもなさそうです。

脚本中島丈博さん、“大家(たいか)の最晩年作”、ひとことで言ってそういった印象がいちばん強かった。

水面の睡蓮の連作などで知られるクロード・モネ、バレエの踊り子のステージや楽屋裏姿などを数多く描いたエドガー・ドガ、いずれも19世紀から20世紀にかけ活躍した、日本でも中学高校の教科書に載る級のメジャー画家ですが、晩年は絵描きさんにとって最もつらいことに、視力が致命的に衰え、それでも制作意欲だけは失われることがなく、死の直前の数年間の作品は、それぞれに若い頃から好んでいた色彩たちと、殴りつけるような筆触とが朦朧渾然と溶け合いぶつかり合い絡み合って、“万全に見えていたならば描きたいと願ったもの”が“でも見えない悔しさ”の間から熱く濃くにじみ出て溢れて来るような、健康で思い通りの作品が描けていた全盛期とは違う、独特の切実なパワーあふれる画面になっています。

中島丈博さんは御年まだ75歳、平均寿命的にも“最晩年”なんて修辞は失礼かもしれないし、画家の視力にあたる“筆力”が“衰えた”“後退した”かのような比喩もどうかと思いますが、今作『さくら心中』、独特過ぎるパワーのにじみ出かた、溢れ方が、上記の大画家さんたちの畢生の作品群によく似ている気がしてならない。

「コレを書きたい、台詞にしたい」「こういう状況を作って、その中でこういうキャラの人物にこういう行動をとらせたい」という単発の、瞬間風速的な意欲が、ありあわせ廃材で組み立てて釘打って急造したような、隙間スカスカでタテヨコ合ってないような枠組みのその隙間から、不規則に、あるときは連打で、あるときは忘れた頃に、顔面シャワー的にガッと噴射してくる感じなのです。

千年桜のオーラに理性を奪われ滅びの道を進む老舗の当主(村井国夫さん)、そのオーラを擬人化したような魔性の娘(笛木優子さん)、カネカネの唯物主義者だった高利貸し(神保悟志さん)も、いつしか彼女の人知を超えたフェロモンに魅入られて行き…という前半の主展開もそうでしたが、血縁のない妹に寄せる、責任感と欲情の混じり合った義兄(松田賢二さん)の屈折した執着や、育ちの違う幼なじみの青年同士(真山明大さん佐野和真さん)の、友情・共感にくるんだ嫉妬とコンプレックス、幼い日、自分を残して心中しようとした母に抱く、多感な娘(林丹丹さん)のやりきれなさなど、人物の突拍子もない言動や、そこから引き起こされるあり得ないシチュエーションの間を埋めるべき要素、“こういう感情が底流にあるとしたら、この言動もわからなくはない”と観ていて納得でき得る要素が、ほとんど観客の想像と深読みに「任せた」と丸投げされている。

直近の展開を例に挙げると、非業の巻き添え心中を遂げた実父そっくりの男(徳山秀典さん)が現われて、娘と母、ともに心ざわめくものを感じるまでは自然に入ってきますが、“彼は娘には興味がなく私に惚れている”と知った母が、女として満ち足りた気持ちをさておき、娘を連れての3Pデートに持ち込むとなると、かなりな勢いで行間深読みが必要です。

まして母のほうを抱く気満々だった男が「娘を愛してやって」とその母に請われ、「アナタはいい母親なんですね」と笑顔で素直に娘のほうに乗り換える段になると、想像力にもんのすごいハイジャンプをさせなければ、完全にドーンと壁に突き当たって立ち直れなくなります。

このドラマは、一事が万事こういったふう。陽光にさざめいていたモネの花の色、ポーズを取るドガのバレリーナたちの伸びやかな肢体や衣装の躍動感が、残り少ない時間をいや増しに生き急ぐような荒々しいタッチで、造形や遠近法の整合性などものかはとばかりアトランダムにぶつけられ、“きっとこういうモノが、こういう絵が描きたかったのだろうな”と、鑑賞する者が想像するしかない晩年作そのものです。

モネの絵がどれだけ好きか、モネの若い時分からの制作姿勢や画歴にどれだけ理解と思い入れが深いかで、最晩年の、いきなり初見で見ればもはや何が描いてあるのかすら判然としない朦朧パワー作の評価・捉え方が決まってくるように、『さくら心中』は“昼帯ドラマというものにどれだけ興味があるか、愛しているか”“その昼帯ワールドに唯一無二の一時代を築いた中島作品に、どれだけ関心と敬意を持てるか”を観客に問いかけてくる、言わば踏み絵的作品だったように思います。

これほどの究極作はもうこれきり、二度と出ないかもしれない…なんつって、来年のいま頃には中島さん76歳、また涼しい顔(知らないけど)で、もっと朦朧エスカレートした作を「この前はよくぞついて来たな、ホレこれならどうだ、ここまでならどうだ」と喉元につきつけてそうな気もしますけどね。ともあれ、見ごたえのある、と言うより、“ついて行きごたえのある”ドラマではありました。

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いざやいざや見に行かん

2011-03-08 17:18:55 | 昼ドラマ

結局『さくら心中』株を上げたのは、先週惜しまれつつ(?)急逝を遂げた櫛山唯幸社長役・神保悟志さんと、リベンジテンションいよいよアゲアゲな明美役・中澤裕子姉さんだけのような気がしますね。

桜子(笛木優子さん)&比呂人(徳山秀典さん)の主役カップル以下、年長世代の脇を固める皆さん、娘・息子世代の若い衆も、さしたる意外性や味出しを見せるでもなく、このドラマ放送前からの、各人持ち前のイメージのままに背景に沈んでいるようで、いささかもったいない。何を期待しての起用だったのだろうと。

2002年の『新・愛の嵐』以来久しぶりにこの枠参加のかとうかず子さんなど、“9年後”篇以降は煮しめたような色のメイクで、せっかくの衰えぬ美貌も見せ場がなく残念。夫・郁造さん(村井国夫さん)が独走で自滅してしまった“放っとかれ未亡人”に甘んじず、イケメンの恋人のひとりも作って夫に負けじと心中企図ぐらいな展開を期待したのですけれどね。

シャカのコント師・大熊啓誉さんも、期待したわりには“普通に芝居のできる芸人さん”の域にとどまっている気が。2000年前後の、『爆笑オンエアバトル』がいまより元気だった頃を支えたコンビの一角、もっとはっちゃけてくれると思ったのに。劇中ワールド自体の振り幅がコント以上だから、埋没してしまうのも仕方がないかな。タチバナ美容院のレジ奥で、桜子ら主役陣のやり合いを、シャツだけ派手な感じで所在なげに聞き耳立てている見切れっぷりなんかは結構、愛嬌がある。

一方、神保さん扮する櫛山社長は、ドラマが始まる桜子19歳・昭和50年時制においては設定60歳でスタートしたはずなので、お亡くなりになった平成2年時制は七十代半ばにさしかかっていた計算。当初はギラギラ脂ぎって、クチをひらけばカネ、カネ、金儲け、私生活はケチケチしぶちんのゴウツク一代だったはずが、いさみ酒造倒産救済のカタに桜子を息子の嫁にと言い出したのがきっかけでか、徐々に“色”に覚醒。これもまた劇中、桜子が幼女の頃から纏っている千年桜の妖気ということなのか、桜子と比呂人が「心中の前に心おきなく…」とばかり酒造り場の2階でモリアガッテいる最中を覗き見てからというものは、「凄い○○やった」「腰が抜けるほど○○しとった」「ワシの頭蓋骨の底に焼きついて離れん」と(ここらへんは検索除けのために伏せ字にしときますが)あからさまに放言してはばからない、筋金入りの色呆け爺に。

息子の嫁にした桜子の(比呂人との一夜でもうけた愛娘さくらを引き取りたいばかりの)打算結婚をのんで嵌まり、オスとして老いて行く身を儚みつつ桜子の“メス”の匂いに耽溺して「比呂人との仲は認めてやる、比呂人とここで一緒に暮らして、好きなだけ○○したらええんや」「たまにでええ、ワシにも凄い○○をしてくれ」「桜子がしてくれたら、ワシかてまだまだでけるんやぞ」と這いずるように押し倒そうとする第43話の場面は、可笑し味とペーソスに満ちた、このドラマ屈指の名場面でした。設定75歳ですからね。『相棒』の鬼より怖いオールバックの首席監察官・大河内春樹役をはじめ、『仮面ライダー龍騎』以降、『キバ』へのゲストイン時も、どっちかというと硬で冷で徹なイメージの神保さん、これだけ惜しげもなく崩して見せてくれたら、軟で笑で淫な役のオファーもガンガン来るのではないでしょうか。『相棒』ワールドで神戸くんが「ますます結婚が遠のく」と心配してそうですが。

そして忘れちゃならねえ中澤姉さんの明美。心中失敗で逃亡、吊り橋から投身も未遂で記憶を失ってさまよっていた比呂人を看護婦(看護“師”より、やはりこっちのほうが昼帯らしくていいですね)として介抱して以来、ピラニアのように食いついて離れない深情け上等。「比呂人が記憶を取り戻すためには此処でないと」と飛騨高山に強引に引っ張ってきて、渋る桜子に比呂人に会うよう強要。めでたく記憶回復した比呂人が案の定桜子と再燃したら、吼えるわめく手あげる足あげる。食べ物投げる踏みつける、ついでに中にいろいろ仕込む。比呂人がかつての心中相手桜子を認識したら、「あのときは酷い女にたぶらかされてえらい目にあった、オマエと出会ってラッキーやった」と自分のほうに戻ってきてくれるものとでも思っていたのかしらん。戻ってきたらきたで「比呂人はアンタじゃなくワタシを選んだのよん」「ワタシが比呂人をホラこんなに幸せにしたのよん」とばかり、わざと桜子の目にとまる界隈で比呂人といちゃついて見せびらかし、結局好きこのんで毎日危ない橋を渡って暮らすようになったんじゃないかと思いますがね。

女が男に惚れる、執着するという心理の中の、いちばんダークでグロでエゴい面を集約してカッタマリにしたようなキャラ。43話で明美自身の台詞で“タネ明かし”があったように、比呂人と深い仲になってすぐ、避妊していたにもかかわらず望まぬ(望まれぬ?)妊娠をして中絶手術がこじれ、子宮全摘のやむなきに至ったことが人格崩壊の主因だった模様。もったいなや、こういうタイプの女性は、どんな形であれ子供を授かって産むことができていれば、溢れる情熱とパワーの捌け口が得られたはずなのに。子供を持てない、身ごもることもできない体になってしまったとあっては、そりゃ暴発も、決壊もしますわなぁ。比呂人も罪なことを。いちばん手を出しちゃいけないタイプに手をつけて、いちばん失敗しちゃならないトコロでしくじってしまった。日本製のアレ用品は優秀なはずなのに。明美が確信犯で切れ目を入れておいたのかも。自傷して「アンタのせいでこんなんなったワタシ」と恩に着せるのも、この手の女性がよくやる技のひとつ。

モーニング娘。のオリジナルメンバーで今日のガールズアイドルグループ全盛の口火を切ったひとりでもある中澤さんが、昼帯、それもテンションの極端なことでは追随を許さない中島丈博さん脚本作でこれだけはじけられるとは予想外でした。中島作品でのここまでぶっちぎれた極北情念女性キャラは、『牡丹と薔薇』での小沢真珠さん、『真珠夫人』での森下涼子さんに匹敵する。

結構な大人女性の年齢になってからガールズグループでデビューしたりなんかすると、やっぱりオンナ同士の楽屋裏での暗闘劇みたいのもリアルでご存知で、嫉妬ジェラシー、女のダークサイド演技に直球で利いて来るのかな。思いがけないナイスキャスティングだったかもしれません。

上記2キャラに比べるといささか一本調子とは言え、桜子たち自己主張と我利我欲にかけてはひけをとらない主要人物たちを囲む外野席の、たとえばいさみ酒造の比呂人以外の従業員たちや、タチバナ美容院の美容師と客たち、桜子の生母秀ふじ(いしのようこさん)の小料理屋や沙也香(須藤温子さん)実家のカラオケスナックの客たちなど、“背景”の人物たちが文字通りの、掛け値無しの背景におさまっているのもこのドラマのすごいところ。飛騨高山って、行ったことはありませんが、山国の古都、昭和も平成も大都会だったことはないはずだし、元・庄屋の旧家での度重なる心中沙汰に不倫、痴話喧嘩の末に古女房は階段転落死、息子の嫁を離婚させて後妻にする金貸し、心中の片割れを連れて乗り込んできた派手派手身なりのよそ者女が美容院でトンカチ片手に大暴れ、しかも片割れはかつての心中相手の実家に住み込み就職…と、あり得ないスキャンダルの無限ブラックホール化して、一般市民も心おだやかにカラオケしたり一杯飲んだり髪セットしたりしてる場合じゃないと思うんですがね。

ドラマメインストーリーの当事者たち以外の、TVのこちら側の平坦なリアル世界とフィクション世界との橋渡し役になる、リアル一般常識を兼ね備えた人物がひとりも、鐚一文も登場しない、隅から隅までずずいと常識無視ぶっ飛ばしワールド。中島丈博さんの毎度の十八番ながら、ここまで来るといっそ潔い。もう、誰が生き残ってほしいとか幸せになってほしいとか考えるのも野暮。中島さんもリアルに、櫛山社長の晩年と同じ年代に入られており、失礼を承知で言えば、こういう極北的なお話はもうあと何本書いていただけるかわかりません。行くところまで行っていただきましょう。いただくしかないでしょう。

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中の人

2011-02-24 14:33:58 | 昼ドラマ

前回触れてみたSUNTORY ALLFREE、きわめて個人的な事情を付け加えますと、Alc.0.00%で「車の運転も安心」と商品説明にはあるのですが、炭酸にとにかく弱い月河、炭酸酔いというか、コレをガッといくと、しばらく、なんとなーくホロ酔いに近いテンションになります。血管の中に泡プチプチ入ってフワフワするような。

もちろんアルコールがもたらすガチの酔いとは根本的に違いますから、遠のくのも早いし翌朝ハングオーバー的なこともありませんが、ガッの後のホロ~フワフワ~の最中、車を運転しろと言われたら、メンドくさいから「飲んじゃったので今日は勘弁」と白旗あげちゃいますね。並外れて炭酸に弱い、月河限定の事情だと思いますが、暑いときでもサイダーやコーラは敬遠な人、コーラ飲んですぐ走ったりすると脇腹痛くなるタイプの人は、「コレなら飲んでドライブOK!」と飛びつかず、ALLFREEもまずはカラダのほうを“試運転”してからいってみることをおすすめします。炭酸酔い。短時間だけど、侮れませんよ。命もクルマも大切にしませんと。

さて、『さくら心中』が肉食&ツラの皮千枚張り桜子に沙也香&明美の妬みそねみ独占欲タッグがからんで持ち直してきた今日この頃、次クール4月(4日)からの同枠の新昼帯ドラマも発表されました。

『霧に棲む悪魔』…原作がウィルキー・コリンズの19世紀のベストセラー『白衣の女』と聞くと、あの長尺をだだっ大丈夫か!?と思ってしまいますが、「すむ」を“棲”の字表記にしたところが昭和メロっぽくてなかなか巧打ですね。

ヒロインに入山法子(いりやま・のりこ)さん。資生堂TSUBAKICMなどで活躍のモデルさんと聞いたときは、デルモ上がりかぁ背ばっかり高い大根演技の人だったら長丁場キツいなぁなんて思ったのですが、なんと『ゲゲゲの女房』でイトツ父さん(風間杜夫さん)が若い美女と浮気?疑惑のお相手、“劇団アガルタの志穂さん”でした(ちなみにアガルタは「つかこうへいさんの芝居にあこがれて立ち上げた」劇団)。

初見でちょっと山口百恵さんを思い出した、微量薄幸そうなお顔立ちに、柔らかそうながら迫力のある唇が印象的でした。同じ資生堂の、1980年代のイメージガールだった甲田益也子さんともどこか似ているかな。モデル出身ですからもちろん肢体は抜群なんだけど、ばりばりファッショナブルではなく、どこか和風で古風。80年代というより、昭和50年代っぽい、あの感じなら昼帯いけそう。そう言えば、何年か前、2人くっつくとハート型になるもんのすごい手編みセーターを速水もこみちさんにプレゼントする、天然なのか執念なのかわからん彼女役でクルマのCMにも出てましたっけ。脚本金谷祐子さんとともにこの枠で数々いい仕事をされている風岡大Pがうまく、ライト/ダークの起伏を引き出してくれれば、化けるかもしれません、入山さん。

…なんかなあ、『ゲゲゲ』組からの参戦と聞くと嬉しくなって、ハードル下げてしまうな。

共演陣に京野ことみさん、戸次重幸さん、広岡由里子さんのNHK朝ドラ経験者、榎木孝明さん、矢島健一さん、斉藤暁さん、鶴田忍さんと、善悪どちらにも濃そうなベテランどころのお名前も。入山さん扮するヒロインのお相手役と思われる姜暢雄(きょう・のぶお)さんは、朝ドラでご存知の向きのほうが多いかもしれませんが、月河としては何と言っても『忍風戦隊ハリケンジャー』のゴウライ弟・クワガライジャーです。

ここにリンクした東海テレビの新着情報内で、唯一公開されているスチールカット、入山さん姜さんの後ろに、2006年のやはり風岡・金谷チームの作『美しい罠』で、不破山荘のホール入口に最終話まで立っていた西洋甲冑と、同じ物と思しきモノが見えるのが早くも苦笑。当時は「アノ中に誰かが入って監視してました、ってオチがいつか来るんじゃないか」なんて言われていましたが(?)、今度はどんなロケーションに立っているのかしら。今度こそ誰か入るかな。

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タヌキの金時計

2011-02-19 17:16:48 | 昼ドラマ

『さくら心中』のいさみや酒造も、櫛山社長(赤ら顔メイクに詰め物メタボ腹で奮闘の神保悟志さん)が桜子(笛木優子さん)に鼻毛抜かれたせい?でにわかにホトケ心を出し、吟醸酒醸造を復活させましたが、アルコールとの付き合いかれこれ30年になる月河も、日本酒だけはいまだに“御せてないなあ”と思うジャンルです。

商品としても、日本酒って山のように銘柄やテイスト(甘←→辛、淡←→醇など)分けがあって、奥が深いじゃないですか。どの辺の銘柄を、どんな飲みかたで、どんな料理とともに、どういうシチュエーションで飲めば旨いのか、心地よいのか、そこがどうにも掴めない。

たとえば初夏のカラッと晴れた日に、屋外での販売応援などでいい汗をたっぷりかくと、「あ~これから帰り、ホルステン置いてる店まで足伸ばして、霜付くくらいキンキンに冷やし直してガーー行きたい」と思うし、百貨店の乳製品フェアで、切り口の真ん中だけ帯状にクリーム色した、外側は悪女のように色白のブリーチーズを見つけると「B2に寄ってカベルネ・ソーヴィニヨン買ってくか、TPPのおかげで安くなったチリ産でもいいや」となるし、フレッシャーズ時代に一緒にアホやって職場を騒がせた仲間と再会するなら、「ワイルドターキーが中途半端に残ってるから、空けるの協力しなよ、氷だけ駅前で買ってきて」と頼んでおく。

…日本酒の場合、そういった“こういう時にこんなノリで飲みたい”がなかなか浮かんでこないのです。

それでも先日、“飲むなら日本酒”の人と自宅で付き合うことになりました。自分だけ発泡酒で伴走となると、缶あけるのがせわしなくてメンドくさいし(←せわしなくないペースで空ければいいのだが、泡モノをチビチビ、刻み刻み飲むのはオモシロクない)…と、某・K正宗辛口を、そうねえ、直径5.5センチぐらいの切子のグイのみでお相伴したわけですよ。いきなりだから大した料理も作ってられません。烏賊の辛子面太子和えに、グリーンアスパラ(←時節柄、当地産というわけにはいかずニュージーランド産)をグリルで焼いてポン酢醤油にぶっ浸けたやつをつまみにしたりなんかして。

…いやぁ、キクねえ日本酒。K正宗だけに。

「烏賊旨いね」「明太子もうないから、山椒昆布の佃煮和えでもいい?」「何でもいいよ、足10本ついてれば」「烏賊リング揚げとけばよかったかな」「作りながらじゃ落ちついて一緒に飲めないし、いいよ」「私たち揃って烏賊好き、タラコ好きだもんね、コレステロール尿酸値上がるね」「なに、こんな時代、好きな物たらふく食って飲んで、早く死んだ者勝ちだよ」「我々が早死にしても、上の団塊がしぶとくごっそり生き残るしね」「団塊の老後の面倒みるはめになるだけなのに、健康健康言って長生きしようってヤツらの気がしれない」「日本の断末魔は団塊にみとってもらおう」「ザマ見ろ団塊」「わはは」「がはは」と怪気炎したところまでは覚えているのですが、その後どうやって食器片付けて、タクシーを呼び玄関まで見送ったもんだかさっぱり思い出せない。

翌日昼過ぎ、見送った当人から、「いろいろご馳走になってありがとう」「今度行くときはこっちの名産、何か持ってくから、穴子とか」と電話が来たので、暗に“料理が少なかったよ”という意味かな?…とも思いましたが、とにかく思い出せない。

意外と、向こうも何出されたか思い出せてなかったりして。

とにかく油断なりません、日本酒。辛口をキンと冷やしてクッといくの、味としては美味しいのはわかるのですけれどね。御せてないのだよなあ。

ドラマの『さくら心中』は、桜子が櫛山社長に結婚を迫り、打算上等のふてぶてしさを隠さなくなった辺りから、ある意味持ち直してきました。桜子の心中騒動、さくら(篠川桃音さん)奪還劇から9年、女子中学生に成長したさくら(林丹丹さん)は血のつながらない兄・健(真山明大さん)大好きの多感な少女で、実母桜子がもたらした複雑な家庭環境と、クチさがない町の噂に心いためている最中ですが、健はすでにさんざん家の内外で人間の醜部を見せつけられて、揉まれ叩かれた結果、一種の開き直りに達し、東京に学ぶお坊っちゃん大学生としてマイペースとある種のシニシズム、エゴイズムに生きています。

さくらが預けられた押川家の養子のひとりで、養母の虐待の日々の中で幼いさくらを衷心いとおしみ、さくらも当時は実の兄のようになついていた陸雄(この枠2006年『偽りの花園』以来の佐野和真さん)は、高卒後辛酸をなめましたが縁あっていさみ酒造に雇われる身となり健・さくらと再会。こちらは可憐な少女に成長したさくらに、妹としてかわいがる懐かしむのとは別の感情も芽生えたようで、健兄ちゃん大好きのさくらをはさんでまた別立ての情念劇がスタートしそうです。

中学生さくらを演じる丹丹さんの、神経質キッツそうなところと、その神経が剥き出しで寒風にさらされているようなイタさとを兼ねそなえた雰囲気がいいですね。おかれた状況としてはかわいそう過ぎるくらいかわいそうなんだけれども、どっかピリピリツンケンして「可愛げがねーなこのアマは」という気も微量起こさせる。S心”を刺激されるとでも言うか。

微妙な丈の白ソックスにヒザの見えるミニスカート、“お手伝いさん風”の田舎ツインテールにビニールのハンドバッグ、設定時制としてはプレバブルの昭和60年ぐらいなのかなというところですが、そこからさらにもうひと昔遡ったような、“自意識を持て余し気味”の時期を迎えた、地方の狭い古都で暮らす女子中学生に、丹丹さんのオールドファッションド東洋美少女顔がナイスマッチです。

“林丹丹”さんという芸名、米倉涼子さん主演のドラマのクレジットで23年前に初めてお見かけして、“りん・たんたん”なのか?だったらあまりにも、歌のように音韻がリズミカル過ぎね?母さんのお肩をたたいてるか、いっそ銀の小粒のスッとするやつみたいだし?“はやし・にに”?(←青丹よし奈良の都は咲く花の~ってぐらいなもんで)とかいろいろ考えたものですが、はやし・たんたんでいいみたいです。今作でやっと確認。長々ご無礼いたしました。

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大切なことは君自身が

2011-02-13 14:53:49 | 昼ドラマ

月河が昼帯ドラマに“嵌まる”味を覚えたのが10年前の2001年、ちょうどいまと同じクールに放送されていた『女優・杏子』でした。なんとなく惰性で毎号読んでいたTV誌の、年明けから始まる新ドラマ紹介ページで「杏子は毒の強い女」というフレーズと、衣装合わせシーンと思しき、荻野目慶子さん扮する杏子の小さなスチールカットを見たのが、何とはなしの、きっかけと言えばきっかけ。年末年始特番に多くのページを割く号でもあり、新ドラマと言っても昼帯ですから、タテ2センチヨコ5センチかそこらの微々たるスペースだったと思います。

 ショービズバックステージものなら好物だし、ザ・女優魂なイメージの荻野目さんなら裏切られることもなかろう、撮り溜めの正月番組も飽きたし、暮れに借りたレンタルビデオも返却してしまったし…と、本当に何の気なしに1話見たら2話になり、あの年は確か第3話が週末跨ぎになるカレンダーだったので3話行き4話行き…で、10年を経たいまでも、「あれ以上に次回待望のテンションが下がらずに完走した連続ドラマは無かった」と断言できるくらい忘れ難い作になったのだから世の中わからない。

春は名のみの風の寒さや~♪な2月前半のいま時期は、杏子さん賭博同席黒い交際疑惑でオファーが途絶え女優生命のピンチ、夫・竜介さん(樋口浩二さん)の不倫疑惑で夫婦関係もピンチ、一方、この時期杏子さんと袂を分かっていた友ちゃん(渋谷琴乃さん)は介護派遣先の元・映画女優花村みすずさん夫妻(←実は内縁)の殉死?逝去で落ち込み…という切実なストーリー3本綯い合わさって進行していた記憶が。ヒロインの起こす波紋、巻き込まれる荒波だけではなく、取り巻く複数の人物たちの物語もしっかり射程に捉えて上下左右に振る、実に燃費のいいジェットコースタードラマでした。

ヒロインが昼帯ではよくある、常識外れや、奇矯な言動をしでかしても、“杏子さんはザ・女優でエキセントリックプラウドな女性だから”、劇中ドラマや映画の主役が1話の中で何度も二転三転するなどわけわからない展開になっても“実社会の芸能界も、理屈の通らないヘンな世界だから”で、なんとなく腑に落とさせる構造がおのずからできていた。“昼ドラ”であること、“芸能界と女優”がテーマであること、荻野目さんがヒロイン役であることなど、いろんなことをすべて逆手に取ったり順手に取ったりした、こんなにクレバーかつスイートスポットな作にももう出会えないかもしれません。

さて、同じ伝統枠の、同じ1月期クールで放送中の『さくら心中』はどうでしょうか。11日(金・祝)放送の第28話が未再生ですが(放送後2日経っても未再生という時点で体温差が歴然だが)、「どうしたらいいの」「なんとかならないかしら」「なんてひどいことをするのかしら」と、紙芝居のキャプションの様な台詞で感情表現する桜子(笛木優子さん)を筆頭に、どんどこずんどことチープな世界になってきていますぞ。お話が安いというより、舞台背景とかその見せ方が、もう満遍なく安い。

10日放送の27話では、さくらちゃん(篠川桃音さん)の養い親(お懐かしやうわさのチャンネル、木の葉のこさん)が情夫をくわえ込んだの情報に、さくらを取り返すチャンス!と桜子(笛木優子さん)勝(松田賢二さん)兄妹が押川家に押しかけて庭先で押し問答のシーン(←時節柄、相撲ネタ)(←嘘)、セミの声がみいみい響いて、厚化粧の環が蚊遣りを傍らに団扇パタパタしているにもかかわらず、半袖姿の桜子兄妹ともども、台詞のたびにクチから白い息が出ること出ること。そもそもいきなり日差しが斜めでオレンジ色で夏の光じゃないし、寒中の撮影なのまるわかり。「カット!」待ちで毛布とカイロ持ってスタンバるスタッフさんが映り込んでいないのが不思議なほど。そのもう12日前の押川家夕食のシーンでも、窓の外は真っ白白なのに庭先からの家の全景になると夕闇に包まれていたりしました。軒先の玄関灯に照らされての明るさがガラスに映っているなら、さらに明るい室内からあんなに白く見えるはずがないのに。

すでにクランクアップした村井国夫さんや、大島蓉子さんなどキャストの中でもベテランどころは、演出星田良子さんの手法を「しつこいくらい細かい」とクチを揃えてリスペクトするのですが、どこがそんなに細かいのか不思議。月河が再放送も含めて、一部分でも連続視聴したこの枠の昼帯ドラマ30数作の中でも、贔屓目に言っても3本の指には入る適当さ、雑さです。

昔、『スクール・ウォーズ』などの大映ドラマによく出ていた俳優さんが「寒い時期に設定が夏の、屋外のシーンを撮るときは、カメラが回り出す直前まで氷片を口に含んで(口内を冷やして)おいて、台詞で息が白くならないようにしました」「でも頑張って含み続けていると、よーいスタートでいきなり台詞のとき、舌がかじかんで噛むんですよね」とインタヴューで振り返っておられましたが、そんなアナログな手を打つ気も回らない、映ってはならないモノが映ったら撮り直す手間も惜しむ、士気の低い現場になってしまったのか。

思えばこの枠、20081月期の『安宅家の人々』を最後に、キャストスタッフクレジットを主題曲に乗せて、キャストが象徴的な寸劇を演じたり、(そこそこ)華麗なイメージCGが繰り広げられたりするOPが冠せられなくなり、その頃からシロウト目にも明らかな“制作予算の縮小再生産”の露呈の歴史になりました。

続く同年4月期『花衣夢衣』が始めてOP無しになったときは、人気漫画原作ゲットと衣装用の友禅などの着物がモノいり過ぎたか?と思いましたが、結局その後、OP映像が復活したのは最初からDVD販売と舞台公演セットで商品化されたと思しき『インディゴの夜』2010年)だけ。

「あって良かった」「作品の魅力になった」と言えるOPばかりでもなかったから、OPの有無で良作・成功作と貧作・雑作・駄作を決めるわけにもいかないですけれどね。『杏子』から10年、こだわって見つめ続けてきたこの枠との付き合いも、そろそろ考え直すときが来ているのかもしれません。

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