らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

台湾旅行(7)台中市「逢甲夜市」

2019-05-07 | 旅行

前日に落石事故があったことから、タロコ渓谷の観光は中止しとなり、入り口まで行って引き返した後、私たちは旅程に従って、花蓮駅から在来線の特急列車で台北に行きました。
台北では、免税店で買い物をした後、台中市までをバスで移動したのですが、その間、台北市、桃園市、新竹市など台湾の市街風景を眺めながら3時間ほどのバスの旅を楽しみました。

・台北の駅ビルです。


「ザ グランド ホテル (圓山大飯店)」
バスの窓越しに眺めた「ザ グランド ホテル (圓山大飯店)」です。
円山大飯店(えんざん/まるやま-だいはんてん)は台北市に位置する中国建築が特徴のホテルで、台湾神宮の跡地に建設されており、台北のランドマークになっています。
かつては、世界の10大ホテルに選ばれる程の最高級ホテルで、外国の要人の方だけしか泊まれなかった由緒あるホテルだそうです。
詳細については旅程の5日目にご紹介します。



「逢甲夜市(ほうこうよいち)」
台北から3時間弱バスに乗って台中市に着いた頃には日が暮れており、その足で逢甲夜市を散策しました。
逢甲夜市(ほうこうよいち)は、台湾第三の都市・台中市の西屯区に位置する観光夜市で、1963年設立されたそうです。
ここの夜市は台湾最大の夜市の一つと言われています。

「夜市」
夜市(よいち、よるいち)は、主に中華圏や東南アジアを中心に存在しており、夕方から真夜中に営業する屋台、露店、雑貨、売店、移動販売などの集合体をいいます。
特に熱帯や亜熱帯地域においては、昼間の暑さを避けて比較的快適な夜に人々が外出するために夜市が発展しているようです。
お寺、大学、駅、公園、川沿いなどを中心に発展している事が多いということです。



「夜市の由来」
隋や唐の時代、市場は厳格な規制を受けており、官吏の管制で開店や閉店時間が決められていました。
その後、晩唐の時代に長安の崇仁坊で夜市が始まったと言われており、後に、洛陽、開封、揚州などに発展して行ったようです。

夜市は、東南アジアの熱帯および亜熱帯地域では、昼間の高温を避けるため夜市が自然に発展していき、庶民の憩いの場・生活の場として愛されていますが、特に台湾では夜市が観光資源として重要な役割を果たしています。
しかし、国が豊かになり、道路占有や食品衛生に関する法律が整備され、人々の嗜好も変化していく中、かつて日本の大都市から屋台が姿を消してしまったような事が起こる気配もあるということです。



「夜市の種類」
・「観光夜市」
観光夜市に明確な定義は無いが、国内外を問わずに多くの人を集めようとする夜市の事で、夜市の入り口の門に「○○観光夜市」と書かれていることがあります。
観光客が多く集まる大型のものから、地域に密着した小型のものまで幅広く、
台湾では、・南部台湾の中正夜市
       ・中部台湾の逢甲夜市
       ・北部台湾の公館夜市や師大夜市
などがあります。

・「屋台夜市」
屋台を中心とした夜市で、夕刻になると、道の両脇に屋台が次々と現れ、通りが夜市となります。

・「学生夜市」
学生を対象として学校の周りに発展した夜市を指します。
学生の授業時間、休憩時間、休日(夏休み、冬休み、連休、期間テストなど)に合わせて営業します。
交通の便が良く、規模が大きくなると、普通の観光夜市と遜色ない物もあるということです。



「逢甲夜市」
「逢甲夜市(ほうこうよいち)」は私立総合大学である逢甲大学前の商店街として始まったことから「学生夜市」でしたが、今では家族連れや国内旅行の団体さん、外国人ツアーなど様々な人々であふれかえっている「観光夜市」となって逢甲商圏をつくり、現在、台湾一大きな夜市となっています。
私たちが散策した当日も観光客であふれかえっていました。

・賑わう夜市です。


・豚の丸焼きロールやハムのネギ巻き、かわいいイチゴ飴などなど、色々な物が売られています。 
 でも、ガイドさん曰く、生物は食べない方がいいですよ!お腹をこわすかも知れませんから。 



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