伊藤博文 近代日本を創った男伊藤 之雄講談社このアイテムの詳細を見る |
約600頁の大作。
図書館で予約していて受取る際には、その厚さに尻込みしそうになりました。
電車の中で立って読むと、そのずっしりとした重量で手首を鍛えることができます。
でも、読み始めてみるとこれが面白い。
読了時の満足感はそのボリュームだけによるものではありません。
手紙や日記など一次資料への取材量が尋常でなく、まるで伊藤博文の生涯を傍で見てきたかのような臨場感にあふれています。
伊藤博文は低い身分の出自で、世代的にも明治維新時にはまだ若手でしたが、明治初期に岩倉・木戸・大久保らから信頼を得て台頭し、彼らの死後には実質的に明治政府のナンバー1の存在となる。
本書で強調されているのは、明治天皇からの信頼が絶大だったこと。
そうした信頼を基盤に、憲法制定、条約改正、朝鮮・満州を巡る国際関係などの難題にリーダーシップを発揮してあたっていきます。
優れていたのは、その国際感覚と現実主義的な構想力。
若くして英語を学んだことで重用され、英国への密航や岩倉使節団への参加により欧州の先進国における国家の在り様を実地で見聞することになる。
当時の日本社会の成熟度を考慮すると、形式的に憲政を導入しても時期尚早であることを冷静に判断し、一方で民党勢力の過度の台頭を抑制してエリート主導による国家整備を進めつつ、民党の育成にも心を配り、実際に政友会の初代総裁となります。
一次資料への豊富な取材をベースにしているので、他の明治政府首脳陣との複雑繊細な人間関係についても微細まで記されているのが興味深いところです。
例えば、伊藤にとって師匠的存在であった木戸孝允や、一番の盟友であった井上馨との間にすら、一時期疎遠になったりもする。
また、元勲ナンバー2の座にあった山縣有朋は、同じ長州出身ながら対峙することしばしばであったものの、伊藤自身山縣の窮地を救うこともあり、単純なライバル関係にあったわけでもない。
薩摩閥でも、西郷従道との関係は安定していたが、松方正義とはソリが合わなかった。
伊藤の生涯は、まさに明治日本という国創りの足跡と重なります。
そして、幕末から新政府の立ち上げに至る政治状況・社会状況は、閉塞感に包まれつつある現在21世紀初頭の日本の姿とオーバーラップするものがあるなと改めて感じました。
この時代、たくさんの人が死にました。
戊辰戦争や西南戦争のような内戦、排外主義者による外国人への殺傷事件、不平士族など既得権益を失った者や民権主義の壮士が起こす騒擾事件。
それに比べると今の日本はまだまだ至って平和ですが、近い将来もっと社会不安は大きくなるかもしれない。
伊藤博文は、そんな時代を良識とバランス感覚、そして「剛凌強直」な信念で国を引っ張っていった。
そんな人物が果たしてこれからの日本にも出現するのか…