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石原慎太郎と『地の糧』


14 石原慎太郎についてのお話は、読者にはあんまりおもしろくないかもしれませんが、わたしには大事なことなのでもう少し詳しいことを書いておきます。

 石原慎太郎が『週刊新潮』2007年6月21日号でこう言っているのをモスタガネムの学生たちに紹介しました(同趣旨のことはたぶん石原氏はあちこちで言っていると思いますが、こんなオヤジ雑誌に出ていたのが印象的だったのでファイルしてあります・・・):

 私が高校生の頃読んだ青春の書ともいえる『地の糧』の中の一節は未だに他のどの本よりも忘れがたい。
 『ナタエル(ママ)よ、君に情熱を教えよう。行為の善悪を判断せずに行為しなければならぬ。善か悪かを懸念せずに愛すること。
 私は心中で待ち望んでいたことをことごとくこの世で表現した上で、満足して――あるいは、全く絶望しきって死にたいものだ』

 たぶん石原氏はNathanael「ナタナエル」の名を間違えたりはしなかったと思います。新潮の記者(新潮だから自社記者だと思う)が間違えたんでしょうか。そもそもこれは聞き書きなのか、どうなのか・・・ まあそんなことどうでもいいですけど。

 ともかく、わたしフランス語の原文を持って行ってこのあたり(つまり原文は文の順序が違うし、間にいろいろ入っているので)を朗読しました。

 Agir sans juger si l'action est bonne ou mauvaise. Aimer sans s'inquieter si c'est le bien ou le mal.
Nathanael, je t'enseignerai la ferveur.

Une existence pathetique, Nathanael, plutot que la tranquillite. Je ne souhaite pas d'autre repos que celui du sommeil de la mort. J'ai peur que tout desir, toute energie que je n'aurais pas satisfaits durant ma vie, pour leur survie ne me tourmentent. J'espere, apres avoir exprime' sur cette terre tout ce qui attendait en moi, satisfait, mourir completement desepere'.

(原文ではespereとdesespere'の両方をイタリックにして同語根の両語が対をなしていることを読者に示してるんですが、こういうのは訳に反映するのが難しいですね。ジッドの賢人の言いたいのは、自分の中にあるすべてのことを表現しおおせて、望むことの尽き果てた状態で死にたい、ということなんでしょう。「あるいは」にあたる要素は原文には見当たらないですから)
 
 フランス語なんぞ役に立たないというだけでなく、子供の産めなくなった高齢の女性は役に立たないとか(これを言ったら聴衆からわあ、と叫び声があがりました。当然)、「第三国人」がどうだとか言ったりしていろいろ物議を醸す人ではあっても有権者に支持された東京都知事であり、息子は国民議会に送り込んでいる有力な政治家で小説家である石原氏が、フランス文学のこういう局面に強い影響を受けた人だということを知ってもらうことが、たぶんアルジェリア人に知的に日本を把握してもらうひとつの手だと思ったのです。

 ちなみに『地の糧』Les Nourritures terrestresは1897年発表。賢者が若者ナタナエルに与える詩的叡智という趣きの作品です。
 煮詰まってしまい、窒息しそうになったヨーロッパ文明の拘束をのがれてアルジェリアに――そう、まさにアルジェリアに――逃れ、陥った病からも生還したジッドが生の歓喜を称えあげた書です。もちろん作品内にはアルジェリアも出てきます。

 この作品もフランスでは長く受け入れられず、まさに第一次大戦の後、評価が高まったのですね。
 1932年生まれの石原氏が高校時代に読んだというのですから敗戦後数年くらいの時期でしょう。第一次世界大戦後、1920年代のヨーロッパの知的世界の雰囲気と呼応するところがあったと思います。

(写真↑はルーバイさんが撮って送ってくれたものです。方式がjpegじゃなかったのでボケボケの状態で載ってますが、ご容赦ください)
 
コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )
« WBC ネジュマ »
 
コメント
 
 
 
初めまして (台湾人)
2010-03-14 00:15:24
私は結構フランスの文化や歴史に好意を持っています。

英米のアングロサクソン諸国が国際政治で好き勝手にやっているのを少々食い止めたり批判する勇気がある国はフランスのみだと思います。

向米一辺倒しないフランスの気骨には感心します。
 
 
 
Unknown (raidaisuki)
2010-03-22 23:20:06
台湾人さま

 コメントありがとうございます。

 フランスは基本的価値観をアメリカと共有していますし、歴史的にアメリカに直言できる立場にあるわけで、フランスのやり方をほかの国がまねることはたいへん難しいと思います。

 でもアメリカの価値観を尊重しながら自国の立場をタフに主張できる政治家は、なんとか育てられる状況を作っておきたいものです。
 
 
 
お返事ありがとうございます (台湾人)
2010-05-13 12:09:01
サルコジ大統領は親米派だと報じられていますね。支持率は滑り台のように低迷している彼ですが。

昔のフランソワ・ミッテランやシラク大統領の支持率は結構高かったような気がします。

私自身は英語の単語に似ているフランス語しか聞き取れず、フランス語の基礎などまったくないのですが。
 
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