佐々木孝丸訳『赤と黒』

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 ゆまに書房さんから出ている、佐々木孝丸訳『赤と黒』第一巻、オンデマンド本が届きました(↑)。

 これは昭和7年春陽堂刊「世界名作文庫」収録のものの復刻です。

 残念ながら大正11年の正真正銘の日本初登場のときの新潮社刊『赤と黒』のテキストとは違います。

 栗須公正先生が「大正文学におけるスタンダール像」(『アカデミア』156号、昭和57年)に:

 佐々木訳『赤と黒』は訳文に問題があったようである。横光利一は後年、スタンダールについて語ったとき、「新潮社のは佐々木孝丸訳で訳がまずくて途中でやめた
、あのとき読んでいれば・・・」と感慨深げに述べたそうである(成瀬正勝「昭和初頭文学への鍵」、雑誌「明治大正文学研究」二十五号)。実際、訳文に晦渋な部分が目立つのは事実である。(ただし、昭和五年、世界文学全集版では全面的に改善されている。横光の感想は大正十一年版に対するものと思う。)

と書いておられます。

 たしかにこの昭和7年版は相当改善されているのでしょう、パラパラ読んでみて、そんなに悪い訳ではないという印象を受けました。

 大正11年版についても栗須先生は:

 ・・・スタンダール紹介という点からみると、序文と七十六頁に及ぶ巻末の解説附録には歴史的意義があるように思える。この書の受容史上の重要性を発見し、「大正十一年の時点では驚くべき充実した内容の解説ではあるまいか。」という大岡昇平氏(「文学界」一九八ニ年一月号掲載「大正のスタンダール」)の復権要求はまことに正当なものと考えられるのである。

と書いておられます。

 そうなるといよいよ最初の、横光利一が投げ出してしまったらしい大正11年版が読みたくなってきました。

ウィキペディアの「佐々木孝丸」の項では『赤と黒』翻訳は落合三郎名義で出したように書かれていますが、これは違うと思います。ただこれも大正11年版の現物を確認してから指摘するべきことですね)

 ちなみに桑原武夫・鈴木正一郎編『スタンダール研究』(白水社、1986年)の年譜によれば、『赤と黒』佐々木孝丸訳は:

大正11年(1922年)佐々木孝丸訳(新潮社「世界文芸全集」第8、第12巻)
昭和5年(1930年)佐々木孝丸訳(新潮社「第二期世界文学全集4」改訳、1巻)
昭和7年(1932年)佐々木孝丸訳(春陽堂「世界名作文庫」、前中後)

と出ていて、この時点までは『赤と黒』は佐々木孝丸の訳を読むしかなかった状態だったのですね。やっと昭和8年になって桑原武夫・生島遼一訳の岩波文庫上巻、翌昭和9年に下巻が出てやっと佐々木訳独占状態が終わることになります。

 それにしてもこの佐々木孝丸という方は面白い方ですね。

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