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自衛隊観艦式観覧記~「陸自の軍艦マーチ」

2012-10-28 | 自衛隊

海軍海自に興味を持ちはじめて以降、ずっと、艦が出航するときに演奏される
軍艦マーチを一度聴きたいものだと思ってきました。

観艦式のプラチナ・チケットを手に入れたエリス中尉、実は何よりもわくわくしていたのが
この「軍艦演奏による出航セレモニー」です。
海軍の出陣の時には必ず皆が聴いた、このマーチ。
一度その状況で聴いてみたい!
そして、いよいよそのときがやってきたのでございます。


「ひゅうが」への乗艦が済み、隣に停泊していた「おおすみ」を見送って、
しばらくした頃、わたしのいた前甲板に、楽団が集まりました。

 

前にも書きましたが、「ひゅうが」に乗り込んでいたのは陸自の東部方面音楽隊です。

当たり前のことですが、フネでは全ての予定がきっちりと時間通りに行われ、
演奏開始も当然のことながらそれに即します。
演奏までの時間を、隊形を組んで待つ音楽隊の諸君。
期待は高まります。

「出航いたします!」

午前9時きっかりにアナウンスがあると、一息後に、「行進曲軍艦」が始まりました。
ああ、ついに、この曲を艦上で聴く日が・・・・・・

・・・・・・しかし思ったより早く来たなあ・・・・・・

などと、ひとかたならぬ感激にふけったエリス中尉であります。

ところで、この行進曲「軍艦」について、以前書いたことがあります。
横須賀に「軍艦の碑」というモニュメントがあり、その設立記念に、
関係者や元海軍軍人がこの曲への思いを語った文集を私費出版したのですが、
それを手に入れたのをきっかけに色々と調べたことを書いたのです。

その本に寄稿した人々は、一様に「軍艦」の素晴らしさを讃え、この曲との関わりを
熱く語っておりました。
その彼らの発言のなかでで一度ならず出てきた文言が

「世界三大マーチ」

というものです。

旧友、星条旗よ永遠なれ、そして軍艦。
この三つが世界三大マーチとして讃えられている、
と言われているのですが、そのときもひねくれ者のエリス中尉は、

「ではラデツキー行進曲(R・シュトラウス)の立場は?」

(だったかな)と疑問を呈してみました。
いや、ラデツキーに限らずとも、ざっと考えただけで

双頭の鷲の旗の下に
ボギー大佐
錨を上げて

もういくらでも世の中に有名なマーチはあるのですよ。
明らかに「軍艦」より有名なマーチが。

でね。

この「世界三大」という言い方なのですが、この段階ですでにこれは

「(日本人の考えるところ)の世界三大」

である、と言い切ってしまおうと思います。

World's best march
World's selection
World's strongest

英語ではこういう言い方をしますが決して「三大」とは言いません。
そして、たとえ「三大」にこだわらず、「世界のベストマーチ」というくくりであっても、
今までエリス中尉、この「軍艦」を、
日本以外の媒体で見たことも聞いたこともないのです。

「笑ってはいけない行進曲軍艦」
という項で、いろんな軍艦マーチの録音の収められたCDについてお話ししたことがあります。
この中でベルリンフィルをはじめ、3つくらいヨーロッパのオケが演奏した「軍艦」を

「ビーフ100パーセントのハンバーグ」

(その心は、お金がかかっており贅沢ではあるが美味しくない)
と揶揄ったように、これらの演奏は全く「軍艦」の音楽としての形を崩してしまっています。

ドイツの指揮者が作曲者の瀬戸口藤吉から送られた楽譜をかってに添削し、書き直し、
瀬戸口が激怒した話もそのときに書きましたが、彼らは
「所詮日本人の作品、音楽的な基礎もまったくできとらんじゃないか」
と思ったことは想像に難くありません。
ましてや、彼らの誰一人として、これを「世界の三大マーチに数えられる名曲である」
と思って演奏していないことは、聴く人間が聴けばわかります。

つまり彼らヨーロッパ人にとっての「Gunkan March」は
あくまでも

「キワモノ」

であるらしい、と実はエリス中尉見ているのでございます。

エリス中尉、海軍を愛し、この曲を愛するものの一人として、また、
日本人として、この曲が名曲であることに一毫の疑問も挟むつもりはありません。

が、また音楽関係者の末端を汚すものの一人として、汎世界的な音楽基準で、
つまり西洋理論の音楽常識から言うと、かなり控えめに言っても奇妙な部分があるのです。

「守るも攻むるもくろがねの 浮かべる城ぞ頼みなる」

という歌詞の部分が終わった後、歌詞の無い部分が始まりますが、問題はこれです。
この部分がなんだか解せないメロディだなあ、どこでフレーズが切れるのか分からなくて、
と思ったことのある方はおられませんか?
もしそうなら、あなたの音楽的な耳はかなり正常です。

この部分は小節の強拍の部分に「海行かば」のメロディをはめ込み、
それにあわせて細かい音符を装飾していく方法で作られているのですが、
問題はこの「海行かば」です。
何かとこういう間違いの多いwikiには、この「海行かば」が信時潔のものである、
と書かれていますが、「軍艦」の「海行かば」は東儀季芳作曲。
雅楽の東儀さんという方のご先祖です。

そもそも、「軍艦」の作曲されたのは1900年。
信時の「海行かば」は1937年ですから、時系列的にもありえませんね。

雅楽は西洋人の耳には「たまらない醜悪さ」に聞えるようで、その昔来日して
初めて雅楽を耳にしたある西洋人は

「耐えられない音程のなさ、リズムも無くとらえどころのない無意味な音楽」 

と酷評しているそうです。
その、リズムも拍もない雅楽を中間部に持ってきて、それを使って、
西洋音楽の形式でなんとかマーチに聞えるように編曲しようってんですから、
誰の意向かは知りませんが、(本人の意向でなければですが)
瀬戸口藤吉も頭を抱えたことでしょう。

わたしなど、この部分を見ると学生時代の対位法の課題を思い出してしまいます(笑)

というわけで、世界的に素晴らしいと讃えられるにはここがネックとなって、
とてもではないが「三大」どころか「ベスト」にも入れてもらっていない、
これが実は本当のところでしょう。

「世界三大」の前に、「日本人にとっての」を付ければ、勿論何の問題もありません。
念のため。

「軍艦」について少し検索すると、皆なんとなく「世界三大」をマクラにしてしまっているので、
この風潮に少し「水を差して」みました。

海軍だけに。


と、海軍が出たので、話を無理矢理観艦式に戻しますと、この日の軍艦は陸自によって行われました。



背中を向けているのが指揮者の三等陸佐。
向こうにいるのが文字通り陸自の自衛官ですが、制服の色が違いますね。
音楽隊は陸自の制服よりも青みがかった、バーミリオンとでもいう色をしています。

この「軍艦」のあと、「錨を上げて」など、「海軍的」音楽が演奏されました。
どちらの音楽も、陸自は海自ほど頻繁に演奏しないんだろうなあ。



そう思って、甲板の上の彼らにインタビューしてみました。

「軍艦行進曲は普段あまりされないのじゃないですか?」
「はい、でもこういう機会はよくありますので、結構します。
でも『陸自なら陸軍分裂行進曲をやって欲しい』と言われます」

まあ、そういう人は多いでしょうね。



この音楽隊の小太鼓は若い女性隊員です。
彼女は打楽器奏者ですが、専門はマリンバである模様。



「ひゅうが」では、観艦式、展示が全て終了してから帰路につく間、
陸自音楽隊によるコンサートが大々的に行われました。
その中の一曲でソロを取る彼女の勇姿。
超絶テクニックで満座の観客をうならせました。

友人のマリンバ奏者もそうであるように、きっと彼女も運動神経抜群に違いありません。
マリンバの演奏には、広い楽器の端から端まで瞬間移動する、非常に俊敏な動作が
最低限必要なので、鈍臭い人間には不可能な楽器なのです。



小太鼓のドリルでも一番左に。
マーチングバンドの花形はなんと言っても小太鼓です。
学校の音楽の授業では小太鼓を専門にしている息子は、
この日の演奏を最初から最後までiPodに録音していました。

三人の連奏による一糸乱れぬリズムの統制。
スネアドラムの響きには無条件で心をわしづかみにされます。
打楽器の説得力を実感する一瞬です。

コンサートは日本の童謡を何曲か入れ、その合間にこういった、
アクロバティックで華のある曲を盛り込んで、退屈しないプログラムにしています。
音楽に造詣が深くなくとも老若男女皆が楽しめる、といった選曲です。



ラテン風の曲はトランペットのソロでした。
ソロを取らせてもらう、というのはもちろんのこと彼自身が優秀だからでしょうが、
なんと言ってもトランペットという楽器が「主役」としてはまるからでしょう。

「海行かば 日本海海戦」という映画でも、軍楽隊のトランペット奏者が主人公でしたね。
トランペットという楽器は華やかな音色もさることながら、演奏姿もカッコイイのです。

古来、ヨーロッパでこの楽器は「英雄的」という代名詞のつくものとされてきました。



ベースはダブルベースとエレキベースの持ち替えです。
どうでもいいけど、陸自の制服にあまりエレベは似合わない気がするのは
わたしだけでしょうか。



ダブルベース(コントラバス)はなんとサイレント仕様の電気楽器です。
これは、弦楽器も夜練習できる!といううたい文句で発売された練習用の弦楽器で、
ヴァイオリン、チェロも発売されています。

身体に当たる部分のフレームだけが本物と同じフォルムをしており、
演奏には差し支えない程度に省略化されています。

オブジェとしてはなかなかいい感じです。

しかし、知り合いのチェリストによると「サイレント型では全然練習にならない」ということです。
エレクトリックピアノもそうですが、微妙なタッチのバランスは
電気を通して増幅すると再現できず、そういう学習をすることはできないのです。

しかし、アンプを通すこのような場所のコンサートでは、それなりに効果的なのかもしれません。



チューニングを行うのは通常のオケであればオーボエですが、ここではクラリネットです。
いまから彼がA(ラ)音を鳴らすので、全楽団員が注目したところ。

それにしても、皆さん、思いませんか?

「どうしてこんなにおじさんばかりなの?」

これはですね。
音楽大学を出た学生の就職の無さが一つの原因です。
ご存じのように日本にはオーケストラが少ない。
少ない上に、民主党政権になって以来、あの悪名高き蓮舫の仕分けショーで、
文化活動、ことに音楽全般に対する国からの予算というのは跡形もなく削られてしまったそうです。

ですから、これまでも決して就職先が潤沢と言えなかった音楽系大学卒の学生は、
このだめ押しにより、さらに一層卒業後の就職戦線で路頭に迷うことが多くなってしまったのです。

音大卒業者にとって、勿論各地にあるオーケストラに入団するのは最終目標ですが、
「自衛隊音楽隊」に入団するのもまた、実はかなりの「エリート」なのです。
そりゃそうですね。
入団すれば公務員で(一般オケのように「アルバイト」こそ出来ませんが)安定性は抜群。

こんな職場を、いったん入った者がおいそれとやめるわけがありません。
なので、欠員が出たときに入団する若い人はちらほらいても、
昔からいる隊員は、特に男性は「決してやめない」のです。
そしてやめないまま年を取っていく。楽団の平均年齢も一緒に上がる。というわけですね。

また別の日に書きますが、この観艦式の間、停泊していたフネの各音楽隊が、
みなとみらいでコンサートを開きました。
わたしはそれをわざわざ見に行ったのですが、
海自の方が陸自より幾分新陳代謝がされて平均年齢はかなり若いように思われました。

そして、陸自に関してはみたところどうも「男性優位」のようです。
狭き門でよほど優秀でないと入れない自衛隊音楽隊でソロを勤めたこの女性隊員は、
ですからよっぽど優秀であるのに違いありません。


次回は、「ひゅうが」艦上でのアトラクションについてご報告します。
続く。