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パリの憂鬱~「エディット・ピアフに捧ぐ」

2011-12-05 | 音楽

アメリカに住んでいたときに向こうで買ったPCのコードを引越しのどさくさで紛失してしまいました。
写真データを救出する為に海外に注文し、先日それがやっと届きました。
久しぶりに昔の写真を見ていたのですが、パリ滞在のときの写真を見ていると、自動的に脳内に再生される音楽が・・・。

フランシス・プーランク作曲、「15の即興曲」第15曲『エディット・ピアフ讃』

フランス5人組の一人、プーランク(1899-1963)については、
クラシック、純音楽という範囲にいる作曲家でありながら、
なぜか「プーランクw」と思わず小さいwを付けて語ってしまう「けれん味」のようなものがあって、
(わかってくれますよね、演奏家の方たち?)実はみんな大好きなのに、
大声で好きと言うのに気恥ずかしさが伴う作曲家です。

そう、ラフマニノフの交響曲第二番のときにも似たような話をしましたが、
音楽として非常に耳触りがよく、一般受けする、という長所が演奏家にとっての
(照れ笑い)にもなっているのかとわたしは想像します。

そのプーランクの中でも、もうプーランク節大爆発!のいい曲、それがこの曲。
本人、開き直って「エディット・ピアフに捧ぐ」なんて題を付けてしまいました。
youtubeでも聴けますので一度お聴きくださればお分かりかと思いますが(お薦め演奏は稿末に)
前奏後出だしからゼクエンツが炸裂しています。

本人も、
「シャンソン風のもの凄いいい曲作ったんだけど、またなんか『俗っぽい』とか言われるから
タイトルに『エディット・ピアフに捧ぐ』って先手を打って付けちゃえ」
なんて思ったのではないかと、ほぼ断言します。


アメリカ滞在中、夏の3カ月の休みを利用して、二夏連続でパリにすみました。
やはりヴァカンスで家を空け、その間人に貸すことをしている人と個人契約をする方法で長期宿泊をしたのです。
こういう個人のまた貸しをサブレットと言います。
契約書を送ってきたと思ったらそれがフランス語で、TOが
「フランス語じゃ読めないから英語でプリーズ」というと、さすがフランス人。
「英語できないから無理。変なこと書いてないから適当にサインシルブプレ」
なんてケセラセラな返事が返ってきて、TOはほとほと困っていました。

美しい、お洒落な哀愁の都、ばかりではない部分を思い出したので、写真と共にご紹介。

 

借りていたアパルトマン室内。行ってみると驚いたことにゲイカップルが住んでいました。
彼らは一つずつ寝室を持っていましたが、最終の夜旅行から早く帰ってきてしまい、
「悪いけど寝室一つ譲ってくれない?」
と恥ずかしそうに電話してきました。
私たちは一方の寝室に親子川の字で休み、彼らは男二人で小さなシングルベッドで寝たようです。
まあ、初めてのことでもなかったでしょうが、狭かっただろうなあ・・・。
何をしているか分かりませんが、芸術家っぽい雰囲気、演劇関係かな?という二人でした。
サンフランシスコから行ったので「世界はゲイが溢れている」との感をここでも持ちましたが、
ここだけにあらず。

 

デパートの子供服売り場にあった子供専門ヘアサロンのこの美容師さんは、
「サンフランシスコからきたの」というと異様に眼を輝かせて反応していました。
見た目もそうですが、しゃべり方も全くそういう人でした。
フランス語でも英語でも日本語でも、万国共通で分かってしまうんですよね。ゲイの人って。

しかし、この美容師さん、子供のカットといえども全身全霊でやってくれました。
この真剣な表情、わかります?
これまで息子のカットで心底「巧い!」と唸ったのはこのパリのゲイ・コワフィエだけです。
バーバパパの絵本を持っているのはわたし。
このとき、通りがかりのフランス人が次々とカットされている息子の写真を撮り出したので、
写らないようにどこうとしたら
「あなたが入っていないとだめ!」と押し戻されてしまいました。
何が珍しかったんだろう・・・?

息子と言えば、当時二歳。
クラプトンのギターを真似て歌うのが趣味でした。

モンマルトルのストリートミュージシャンを見たとたん異常接近。
じわじわ近付いていっています。
 楽器(カバン)をおもむろに外し、演奏準備。

楽器を弾きながら激しく縦揺れシェイクしているので画像がブレています。
このあたりから人だかりができ始め、このミュージシャンの友人のサクラは友達に電話して
「今日はサクラいらないみたい」と。(横で聞いていた)

人が集まってきています。この後またもや皆が写真を撮り始め、人だかりができました。
「ティアズインヘブン」が始まり、息子が一緒に歌い出すと周りのフランス人の間から
「おーららー!」「いるしょーんと!」(いやぁーあの子歌ってるでー)
とどよめきが起こりました。
「写真撮ってもいい?」「かれは将来楽しみですね」とたくさんの人に声をかけられました。
息子が演奏家としてブレイクしたのは後にも先にもこの時だけだったんですけどね・・・。



パリの観覧車。
軽い気持ちで乗ったら、このような剥きだしのかごに乗せられて、ものすごいスピードで回転。
おまけになんだかぐらぐらしてるし。
「息子しっかり抱いててよ!」息子「パパ―痛いよー」「止まるまで我慢しなさいっ」
「こわーーー!」「こえええよーーー!」「かっ・・・風がっ・・・・」「揺れてるうううう」
ある意味どんな絶叫ライドより恐ろしかったです。
おまけに時々サービスのつもりか急停止するし。
これ、過去に絶対落ちて死んだ人、いると思う・・・・・。

でも、基本「落ちるのは自己責任で」だからなあ、あちらは。



駅の配電盤にこの絵だけ;;
説明一切なし。感電も自己責任。
うーむ、これは確かに感電しておる。それにしてもやたらドラマチックです。

でも、絵で分かるようなことなのに、いちいち4ヶ国語の注意書きを並べる日本のような
「お節介国家」よりはこっちの方がまともだと思いません?

 

さて、パリと言えば遠目に美しく、近眼にはやたら不潔な街。
下を見て歩いていないといろいろ落ちているのでフンでしまいます。
壁だってうっかりしているといろいろついているので、油断はなりません。
そんな街ですから、食べ物の持ち運びには注意していただきたいのですが


フランスパンを公衆電話ボックスにじかに・・・・そこは汚いだろうがっ。
せめてパンを紙で包んでください。お願いします。
おまけにこのバケットの量・・・。
もしかしたらどこかのシェフ?このバケット、今晩の仕込み用?
これ、何処かのミシュラン星レストランで、お客に出すんだったりして。


そういえば犬養道子さんが
「バケットを運搬していた男が道で一つ落とし、犬のがついたけど、
彼は拾ってちょいと指で払って持っていった」

と証言してたなあ。
それに比べればましか。どっちもお断りしたいけど。


街のところどころにある公衆トイレ。
これ、最後までというか今でも謎の構造なんですよ。
中に入れば、便器(和式風)があるのですが、流れて行くところがないのです。
そう、陶器のお皿みたいなものですね。
思いっきり??????になりながら外に出ると中から自動で鍵がかかり、
しばらくしてごごごおおお~っと大音響が聞こえてくるのです。
「使えます」
の表示になってからドアを開けてみるとなんと!
何もなくなっているのです。
綺麗になっているのです。
床、便器、全てが。皆濡れた状態で。

これは、床ごとぐるりんとひっくり返って、そこにあるものを下に落としつつ、
水がごおおおーっと激しく噴き出して、
床と言わず便器と言わずきれいさっぱり洗ってしまうのではないか?


というのが今のところ想像しうる仕組みですが、
「これ・・・いったん鍵を開けて、外に出ず、中に残ってもう一度扉を閉めたらどうなるんだろう?」
「もしかして、床が回転して下にボチャン?」
「そしてもう一度床が戻って何事もなかったように・・・」
「こわああい」「こええええ」

ちなみに、この時再会したフランス大蔵省勤務の知人に恐る恐るその話をすると
「僕はそういうときはカフェに行くので使ったことないから知らない」
と鼻で笑われました。

 

・・・・フランス人って、こういうやつらなんですよね。

話が下に落ちてしまったので引き上げます。
ルーブル美術館の話。

 

幼き日、我が家にあったルーブル美術館の画集で見た
「フィリップ・ポットの墓」
その画集は今にして思えば間違っていてロダンの「カレーの市民」と書いてあったのです。
永年勘違いしていたのですが、実物を見てその間違いに気付きました。
かつて遺体の乗った台をを担ぐうつむいた人々がリアルで恐ろしく、食い入るように眺め
「この頭巾の下の顔はどうなっているのだろう」と想像したものです。
それを実際見る日が来て感無量だったのですが・・・。
こんな顔でした。
左目が溶け落ちている・・・・やっぱりこれもこええええ。

ところで、ルーブルの隅にある無名の彫刻に、こんな悪戯書き発見。

眼を描くな!それも猫目を。
 


という具合に、なにかとカルチャーショックの大きな街ではありましたが、
住んでいた計半年、これもまた何かと言うと脳裏を流れるのが冒頭の
「エディット・ピアフに捧ぐ」でした。

信じがたい不潔さと人類の産み出し得る最高の美が共存する街。
人もまたそのように複雑で、この夏なのに湿り気のあまりない影を帯びた空気を持つこの街。
その空気の匂いと明るい夕方にふいに街に響く教会の鐘の、何故か心を締め付けられるような響き。
人生について深く思索せずにはいられなくなるような、矛盾と混沌が不思議に一つの魅力となって、
このセンチメンタルなメロディがまるでこの街のテーマソングのように聴こえたものです。


http://www.youtube.com/watchv=GETFcTMU1JA&feature=related